AIRPORT ONE SHOT : 『女子会』
空を舞台に働く人にも、それぞれの時間がある。
職務に全うする時間もあれば、仲間と笑い合うひとときも。
そして、ときには仕事を離れ、友人たちと心を解き放つ夜もある。
今夜、管制官、グランドスタッフ、キャビンアテンダントと、様々な形で空に関わる四人の女性たちが久しぶりに集い、グラスを傾けながら語り合うのは、恋のこと、仕事のこと、
そして“帰る場所”について。
羽田空港近くのイタリアンバル。窓際のテーブルには、すでに山口真奈美、篠田恵、そしてANAのグランドスタッフで真奈美の高校時代の同級生である三浦萌の三人が座っていた。前菜が並び、グラスを片手に談笑している。
「こうやって集まるの久しぶりだよね。」
真奈美が嬉しそうに微笑む。
「ほんと。最近は仕事ばっかりで、会えなかったし。」
三浦が肩を竦める。
「でも今日は、恵梨香さんに会えるから楽しみです。」
真奈美が少し照れながら言うと、篠田が笑って頷いた。
「なかなか会えないもんね。恵梨香、ずっと飛び回ってるから。」
三人は顔を見合わせて笑い合った。
その時、入口のドアが開き、大きなスーツケースを引いた城之内恵梨香が姿を見せた。彼女はエミレーツ航空のキャビンアテンダントで、篠田と同い年の友人。海外を飛び回る生活を送っており、今回は久しぶりの帰国だった。
「お待たせー!」
「恵梨香!」
篠田が手を振る。
「スーツケースごと来たの!?」
「だって、さっき乗務してたドバイ便が遅延しちゃって、それで直接来たのよ。ホテルに寄る暇なかったんだから。」
「久しぶりです、恵梨香さん。」
真奈美が微笑む。
「真奈美ちゃん、お久しぶり!相変わらず頑張ってる?」
「ええ、なんとか……。」
真奈美は少し照れながら答えた。二人は数回しか顔を合わせたことがなかったが、自然と笑みがこぼれる。
城之内が席に着くと、四人はすぐにグラスを掲げた。
「改めて、かんぱーい!」
軽やかな音が響き、笑顔がテーブルに広がった。
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「で、めぐはどうなの?追っかけのほうは?」
恵梨香がニヤリと笑う。
篠田は少し間を置き、グラスを手で弄びながらため息をついた。
「……カイトが、結婚して脱退しちゃったからね。」
「えっ……うそでしょ!?」
城之内が驚いた声を上げる。
三人は一瞬黙り込み、視線を交わす。
「2月ですよね。私もニュースで見ました。」
萌が小さく頷いた。
「正直びっくりした。」
「メンバーの中だと人気高かったですよね……。」
真奈美がぽつりと漏らす。
「まあ……幸せになってくれるならいいんだけどさ。」
篠田は苦笑いを浮かべる。
「でも正直、ぽっかり穴が空いた感じ。管制のストレス全部吹き飛ばしてくれる存在だったから。」
「でも推し活ってそういうもんじゃない?」
城之内が肩を竦める。
「いなくなっても、そのときの思い出は残るでしょ。」
「そうだけど……次の推し探さなきゃ。」
篠田はわざと明るく笑って見せた。
「ところで。」
三浦がグラスを置いて小声になる。
「管制官って恋愛してる暇あるんですか?」
「……それ聞いちゃう?」
篠田が苦笑する。
「で、実際どうなの?」
城之内が興味津々で身を乗り出す。
「私は……正直あんまり考えられないですね。仕事だけでいっぱいいっぱいで。」
真奈美がぽつりと答える。
「へぇ、真奈美ちゃんはそういうタイプなんだ。」
城之内が頷く。
三浦がにやりと笑いながら振った。
「えー、真奈美。高校のときは結構モテてたじゃん?」
「えっ、ちょ、ちょっと萌!」
真奈美の顔が一気に赤くなる。
「えー!そうなの?」
篠田と恵梨香が同時に身を乗り出す。
「でも、真奈美不器用すぎるんですよ。それでバスケ部の先輩にフラれたことがあって。」
三浦がからかうように笑う。
「ちょ、ちょっと!その話はやめて!」
真奈美はグラスを両手で持ちながら必死にごまかす。
「真奈美ちゃん、そういう一面があるの意外!」
城之内がくすっと笑った。
「やっぱり真面目な子ほど、恋愛では不器用なのかもね。」
篠田がニヤリと笑う。
「もう!本当にやめてください!」
真奈美が抗議し、テーブルは大きな笑いに包まれた。
「そういえばさ。」
三浦がふと思い出したように言った。
「真奈美って、片山さんのことよく話してたよね?」
「えっ……!」
真奈美が箸を止めて固まる。
「片山さん?」
恵梨香が興味深そうに首を傾げる。
「どんな人なの?」
「うちの管制部の上司で……すごく仕事にストイックなんですけど、頼れる方です。」
真奈美が視線を落として答える。
「奥さんとかいるの?」
萌がにやにやしながら聞く。
「聞いたことないです……。」
真奈美が小声で返す。
「休みの日は何してるんだろうね。」
篠田が首をかしげる。
「普段はずっと仕事してるイメージしかないし。」
「そういう人こそ意外と趣味あったりするんじゃない?」
城之内が笑う。
「うーん……想像つかないです。」
真奈美は顔を赤らめながら答えた。
「ちょっと!真奈美、赤くなってる!」
萌が茶化すと、再びテーブルは笑いに包まれた。
「そういえば。」
篠田がふと口を開いた。
「片山さん、普段は遅くまで残ってるのに、今日は珍しく慌てて帰ってたよね。」
「確かに。なんだか落ち着かない様子でしたね……。」
真奈美も思い出したように小さく呟いた。
「そうそう。昼間、片山さんが電話してるの見かけたんだ。すごく仲良さそうな感じだったよ。」
篠田が思い出すように言った。
「へぇ……誰と話してたんだろう。まさか、奥さんとか。」
三浦が首を傾げる。
「さあ……。」
真奈美は答えを濁しつつも、なんとなく気になって仕方がなかった。
「じゃあ次は。」
城之内が篠田を見てにやりと笑う。
「めぐはどうなの。ちなみにさ、内田さんとかどう?」
「え、ちょっと待って!なんでそこで内田さんになるの!」
篠田が慌ててグラスを持ち直す。
「だって、めぐって内田さんと一緒に仕事してるでしょ。」
城之内が探るように笑う。
「いやいやいや!あの人仕事はすごいできるけど、普段はいい加減だし、コロコロ彼女変わるし。しかも付き合ってもすぐ彼女に振られるんだから!絶対にない!」
篠田は真っ赤になって両手を振った。
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「はー、ハックション!」
一方、その頃。居酒屋「空の縁」で内田翔平が大きなくしゃみをして、持っていたジョッキのビールを思い切りぶちまけてしまった。
「お前、何やってんだよ……!」
向かいに座っていた三津谷雄介が呆れた声を上げる。
店内には酔客の笑い声が響き、内田は慌てておしぼりでテーブルを拭きながら「誰か俺の悪口言ってんのか?」とぼやいていた。
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萌がふと赤ワインを見つめながら呟いた。
「私ずっと空港にいるから、恵梨香さんみたいに海外を飛び回る生活が羨ましいです。」
「そうでもないよ。着いたと思ったら、また次フライトって感じで落ち着く暇もないから。家に帰れるのも年に数回だし。私からしたら、みんなの方が羨ましいな。」
恵梨香が赤ワインを少し口にしてから言った。
「世界中飛び回ってても思うの。どこにいても“帰れる場所”があるのってとても大事だなって。」
「……なんかわかります。」
三浦が頷く。
「空港って、そういう“帰る場所”のみたいなものかもしれないね。」
「やだ、ちょっと泣きそう。」
真奈美が笑いながら目元を押さえる。
「真奈美、それくらいで感動しないでよ。」
篠田がすかさず突っ込む。
再び笑いが弾け、グラスが鳴り合った。女子会は夜が更けてもまだまだ続いていくようだった。
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店の前に出て、夜風を受けながら立ち話をする四人。
「恵梨香はしばらく日本にいるの?」
篠田が彼女に尋ねた。
「2日後にパリ行き。そのあとはまたドバイね。」
城之内が軽く笑う。
「やっぱり忙しいですね……。」
真奈美が感心したように頷いた。
「でも、久しぶりに会えて本当に楽しかったです。」
「私も。だから次はもっとゆっくり集まろうね。」
城之内が笑顔で返す。そして少し茶化すように真奈美を見て、
「それより、片山さんと進展あったらちゃんと教えてよ?」
「ちょっと……!」
真奈美の顔が一気に赤くなり、篠田と三浦が吹き出す。夜の街に笑い声が響き、女子会の余韻がいつまでも残っていた。
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その頃、都内のホテル。重厚な内装のバーでは、静かなジャズが流れ、柔らかな照明に包まれた空間に片山直樹、そして彼の同期で旧友の坂本浩司の姿があった。二人はウイスキーグラスを傾けている。
会計を済ませ、席を立つ。バーの扉を押し開けると、絨毯張りの廊下と落ち着いた灯りが二人を迎えた。エレベーターに乗り込むと、低く響く機械音と共にゆっくりと下降していく。片山は無言で夜景を映す鏡面の壁を見つめ、坂本は軽く腕を組んで佇んでいた。
ロビーに降り立ち、大理石の床を歩いてエントランスを抜けると、外の夜気がふっと肌を撫でた。都会の光が広がる中、坂本がふと口を開く。
「そういえば、羽田での仕事はどうだ?」
片山は少し考えた後、静かに答えた。
「慌ただしいが、充実しているよ。特に山口真奈美という若い管制官がいて、彼女の成長を見守るのはやりがいがある。新人とはいえ、責任感が強く、学ぶ姿勢も立派だ。」
坂本は興味深そうに頷き、穏やかな笑みを浮かべた。
「そっか。片山もいいチームに恵まれたみたいだな。」
片山はその言葉にわずかに頷き、夜の街に視線を向けた。
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その帰り道。真奈美は一人で夜の街を歩いていた。ネオンの光がアスファルトに反射し、遠くを飛ぶ航空機の灯りが小さく瞬いている。バッグを肩にかけ、ふと見上げた空にため息をついた。
胸の奥に小さなざわめきを抱えながらも、真奈美の足取りは不思議と軽かった。夜風が頬を撫で、今日の笑い声がまだ耳に残っている。彼女は静かに歩を進め、闇に溶け込む街並みに消えていった。
夜更けの酒宴に響いた笑い声は、やがて街に溶けていく。
仲間と交わした言葉、何気ない冗談、そして胸に秘めた思い。
それらは、彼女たちが空と向き合うための支えとなっていく。
その頃、片山直樹は再会した旧友と杯を交わし、若き管制官の成長について静かに語っていた。そして彼は、これをきっかけに、己の過去と向き合うこととなる。
しかし、それはまた別の物語。
今宵はここで、おやすみなさい_。




