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AIRPORT ONE SHOT  作者: Common / Story By Sully Hughes


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4/11

AIRPORT ONE SHOT : 『カップラーメン』

真夏の羽田空港。夜のフロアに残っているのは、山口真奈美と鈴木辰哉の二人だけだった。昼間から続いた業務が長引き、気づけば時計は午後十時を回っていた。窓の外には蒸し暑さを含んだ夜気が漂い、照明の白い光が書類の山を淡く照らしている。


鈴木が机の上のテレビを何気なくつける。画面に現れたアナウンサーが淡々とニュースを読み上げた。


「……ただいまの時刻は午後十時を回りました。本日8月4日、東京の代々木公園では――。」


鈴木の表情が一瞬固まる。隣で書類を片付けていた真奈美が首を傾げた。


「どうかしました?」


「いや……。」


鈴木は画面から目を逸らし、短く答える。ふと視線を空席に向けた。そこは片山の席だった。


「そういえば、片山さん今日は休みでしたね。」


「有給だよ。……あの人、毎年8月4日は必ず休むんだ。大分のときもそうだった。」


「え、そうなんですか? 何かあるんですか?」


「理由は聞いても教えてくれなかった。ただ、何があってもこの日は必ず休んでた。」


真奈美は首をかしげた。あの寡黙な片山が、毎年同じ日に必ず休む。その理由を知る者はいない。だが、言葉にできない重みを感じ、真奈美は小さくため息をついた。


_______________________________________


「なんか……腹減ったな。」


「私もです。」


二人は顔を見合わせ、思わず笑った。そして同じタイミングで立ち上がり、オフィスを出ることにする。管制部のドアを開けると、夜の廊下はひんやりとした空気に満ちていた。蛍光灯が規則正しく床を照らし、遠くで清掃機の低い音が響いている。二人はエレベーターに乗り込み、静かな駆動音に揺られながら下っていった。ドアが開くと湿気を帯びた空気が流れ込み、夜風がかすかに頬を撫でた。


地上の通路を歩いて第一ターミナルへ。深夜にもかかわらず、到着ロビーには数組の乗客がいた。長旅を終えてスーツケースを押す家族、ソファで仮眠を取る若者、スマホを食い入るように見つめるビジネスマン。人影はまばらだが、空港が止まらないことを実感させる光景だった。


「まだこんなに人がいるんですね。」


真奈美が驚いたように言う。


「羽田は24時間動いてるからな。俺たちが帰る頃でも、誰かは飛び立つし、誰かは着く。」


鈴木が肩をすくめる。


二人は到着ロビーの一角にあるコンビニへと足を踏み入れた。


「どれにします?」


真奈美が棚に並ぶカップを指差す。


「俺は定番のカップヌードルだな。こういうときはシンプルなのが一番いい。」


「じゃあ私は味噌にします。ちょっと冒険。」


「大げさだな。」


鈴木が笑う。


_______________________________________


レジを済ませ、休憩室に戻る二人。お湯を注いで机に置き、三分を待つ間、肘をついて語り合った。


「真奈美は、この仕事慣れてきたか?」


「慣れたとは言えないですね。毎日が必死で。今日だって、あの指示は正しかったのか不安で仕方ないです。」


「不安になるのはわかる。ただ、それに飲まれるのはよくない。誤った判断をしかねないからな。」


「……ですね。」


やがて秒針が三分を刻み、二人は同時にフタを剥がした。漂う香りに顔をほころばせ、麺をすする。


「うまい!」鈴木が声を張る。真奈美も笑いながら頷いた。


「……大分でも、片山さんと二人でこうして食べたことがあったな。」


「えっ、片山さんが? 信じられないです。」


「俺も最初は意外だった。でも普通に『熱っ!』って顔して食べてたよ。ちょっと面白かった。」


「想像したら笑っちゃいますね。」


二人は笑い合い、しばし麺をすする音だけが響いた。


_______________________________________


ラーメンを食べ終える頃、真奈美は箸を置き、表情を引き締める。


「鈴木さんは……どうしてずっと続けられるんですか? この仕事。」


鈴木は少し驚いた顔をして、やがて笑った。


「どうしてって聞かれると難しいな。俺だって失敗もするし、嫌になることもある。でも……普通に飛行機が飛んでるのを見ると、自分たちの仕事が役に立ってるんだって思える。」


「役に立つ……。」


「そう。俺たちが判断ひとつ誤れば、空を飛ぶ人たちの命が危うくなる。責任は重い。それに、この仕事はいつどんなことが起こるか分からない。去年の冬のサイバーテロもそうだし、それなりに経験を積んでる今でも驚かされることが多いよ。だからこそ、仲間の存在が大事なんだ。俺ひとりじゃ絶対に無理だ。」


真奈美は静かに息を吐き、頷いた。


「……私も、もっと頼っていいんですね。」


「当たり前だろ。俺たちはチームだ。片山さんだって、そう思ってる。」


少し間を置いて鈴木が問い返す。


「じゃあ真奈美、お前はどうなんだ? なんで続けてるんだ?」


真奈美は目を丸くし、少し考えてからゆっくり答えた。


「私……まだわからないです。でも、たまにパイロットから『ありがとう』って言われたとき、胸が熱くなるんです。その瞬間があるから、続けられてる気がします。」


「いいじゃないか。」


鈴木が微笑むと、真奈美もつられて笑った。


「でも、悩むことばっかりです。私の判断で誰かに迷惑をかけたらどうしようって……。」


「それはみんな同じだ。俺だって怖い。でもな、怖いからこそ気を張れるんだ。」


「……そうかもしれませんね。」


_______________________________________


二人は片付けをしながら、話題は休みの日の過ごし方についてになった。


「鈴木さん、明日の休みは何するんですか?」


「休みか……。多分寝てるな。あとは部屋の片付けくらいだ。」


「意外と普通なんですね。」


「普通でいいんだよ。非日常は仕事でたっぷり味わってる。」


二人は笑い合った。真奈美が少し考えてから問い返す。


「家族と過ごすこととかは?」


「たまに甥っ子と遊んだりするよ。けど基本は一人だな。」


「そうなんですか。私は……休みの日はだいたい家で映画見てます。」


「なんだ、真奈美も普通じゃないか。」


「悪かったですね。私も“普通”で! でもまあ、現実逃避ですよ。そうでもしないとやってられませんから。それに、この前は友達と映画館で『ヒロアカ』観に行きました。めっちゃ面白かったです。」


鈴木は目を丸くした。


「ヒロアカ? ああ、あの人気アニメの。真奈美、そういうのも観るんだな。」


「はい。意外ですか?」


「意外だな。でも、似合ってるよ。」


「鈴木さんも観てくださいよ。」


「たまにはアニメもいいかもな。」


鈴木は少し笑って首を傾げる。


「そういや俺が中学生のときに観た映画を思い出したよ。『アビエイター』って知ってるか?」


「レオナルド・ディカプリオが出てるやつですよね? 飛行機作った人の。」


「そうそう。あれ観て、飛行機ってすげぇなって思った。あの時の衝撃は今でも覚えてる。」


真奈美は感心したようにうなずいた。


「なるほど……鈴木さんの原点ってそこなんですね。」


「どうなんだろうな。でも、あれを観たから今も空港で働いてるのかもしれない。」


そんなやり取りの合間に、重い疲れが少しずつほどけていった。窓の外には夜の闇が広がり、時計の針はすでに深夜を指していた。


_______________________________________


「そろそろ戻りましょうか。」

真奈美がカップをゴミ箱に捨てながら呟く。


「ああ。もうちょっと頑張るか。」

鈴木が伸びをして立ち上がる。


二人は肩を並べて休憩室を出た。廊下には人気がなく、真夜中の静けさが羽田を包み込んでいた。


湯気の向こうで交わされた言葉は、何気ない会話のようでいて、

互いの胸に静かに刻まれていく。

それは、不安を抱えながらも前へ進もうとする若手と、

支えとなろうとする先輩の、ほんのひとときの記録。


空港は昼も夜も止まらない。

そして彼らもまた、止まることなく歩みを続けていく。

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