AIRPORT ONE SHOT : 『推しの子』
アイドル_ 。
ステージに立つその姿は、誰よりも眩しく、手を伸ばしても届かない存在。
歌い、踊り、笑顔を振りまく彼らは、観る者の心を一瞬で奪い去る。
それは幻想か、現実か。
ただの人間でありながら、ファンにとっては光そのもの。
推しの一言、ひとつの仕草が、日常を生き抜く力になる。
篠田恵にとっても、それは同じだった。
几帳面で真面目な管制官としての日々の裏側で、彼女を支える大切な“光”がある。
「ふふ……」
その日、篠田恵は妙にご機嫌だった。資料を片付ける手際もいつになく軽快で、鼻歌まで飛び出していた。
「篠田さん、なんか今日テンション高くない?」
背後から鈴木辰哉の声。振り返った篠田は慌てて咳払いをした。
「え?いやいや、そんなことないです。普通です、普通。」
「いや、普通じゃないよ。さっきから顔がニヤけてるよ。」
「えー?そんなこと……」
篠田は笑ってごまかすと、荷物を肩にかけてオフィスを出ようとした。
「おい篠田、どこ行くんだ?」
声をかけてきたのは内田翔平だった。
「今日早退するって前から言ってたじゃないですか。」
「そうだっけ?なんかあるのか?」
「ひ・み・つ・です!」
人差し指を口元に立てて、そのまま足早に管制塔を後にする篠田。
内田は「なんなんだ、あいつ……」と首をかしげつつも、苦笑いを浮かべて見送った。
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外の空気はすっかり冬。吐く息が白く立ちのぼる中、篠田の足取りはやけに軽い。彼女が向かったのは東京ドーム。
「うわぁ……!やっぱりすごい人……!」
会場の周りはすでにファンで埋め尽くされていた。色とりどりのペンライト、推しカラーの法被、手作りのうちわ。「カイト!愛してる!」なんて大きく書かれたボードも見える。
そこへ、聞き覚えのある声。
「恵!こっちこっちー!」
手を振っているのは小島ゆり子。高校の同級生であり、同じ『BELIEVERS』ファン。違うのは——ゆり子はメンバーのレン推しという点だった。
「ゆり子!久しぶり!」
「久しぶり!恵相変わらずカイト推しなんだ?」
「当たり前でしょ!」
「いやいや、レンには敵わないよ!」
「はぁ!?カイトのダンス見たことある!?」「あるよ!何度も!でもレンの表情管理のほうが上!」
二人の声が次第に大きくなり、周りのファンから「わかる~!」と相槌まで飛んでくる。気がつけば小さな論争会場になっていた。
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ライブ開演前、二人はグッズ売り場へ。長蛇の列に並びながら、どちらがどのグッズを買うかでまた口論。
「私はもちろんカイトのタオル!」「じゃあ私はレンのペンライト2本持ち!」「負けないからね!」
笑いながらグッズを抱え、いよいよ場内へ。
会場内に入ると、巨大スクリーンが頭上を覆い、ステージ中央には眩いスポットライトが交差していた。観客席は推しカラーの光で埋め尽くされ、ペンライトの波がうねるたびにまるで光の海のように揺れ動く。開演を待つファンのざわめき、流れるBGMに合わせた手拍子、期待感に包まれた空気が、すでに東京ドームを一つの熱狂の渦へと変えていた。
照明が落ち、一気に大歓声が巻き起こった。
「キャーーーーーー!!!」
篠田はペンライトを全力で振り回し、叫び、時には涙まで滲ませた。普段は几帳面でまじめな管制官とは思えない姿だった。
曲がかかり、ステージのライトが一斉に点灯すると、中央に姿を現したのは5人組アイドルグループ『BELIEVERS』だった。カイトが観客に向かって
「東京ドーム!盛り上がっていこうぜ!」
と叫ぶと、会場の熱気は一気に最高潮に達する。彼は力強いダンスで会場を掌握し、隣のレンは柔らかな笑みを浮かべながら観客に手を振り、ファンの心を射抜いた。他のメンバー——ユウジ、マサト、ショウ——もそれぞれが個性的な動きでステージを彩り、息の合ったダンスパフォーマンスが東京ドーム全体を揺らすほどの熱気を生み出していた。
「カイトーーー!!!」
「レンーーー!!!」
二人の声は轟音にかき消されながらも、確かにそこにあった。
曲の合間、カイトがマイクを握りしめて声を張り上げた。
「今日は来てくれてありがとう!みんなの声、ちゃんと届いてるよ!」
その言葉に篠田は胸を押さえ、目を潤ませながら
「聞こえてるって……!やっぱりカイト最高!」と叫んだ。
続いてレンが穏やかな笑みを浮かべて言った。
「寒い冬の夜だけど、ここにいるみんなの熱気で僕らはすごく温かいです。最後まで一緒に楽しんでいきましょう!」
ゆり子は隣で手を叩きながら
「ほらね!?レンの言葉、沁みるでしょ!」
と篠田に耳打ちした。
篠田は即座に
「でもカイトの声のほうが心に響いたから!」と突っ込み、二人の言い合いは再び始まった。
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ライブ後。
「……最高だった。」
「レンの笑顔、やばかったよね。」
「いや、カイトのダンスだって!」
「また始まった……!」
笑い合いながらドームを後にする二人。その足取りは、冬の夜にもかかわらず軽やかだった。
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2月。休憩時間、篠田はトイレの個室でスマホを開いた。何気なく流れてきたニュースの見出しに、思わず息を呑む。
『BELIEVERS・カイト 結婚発表と同時にグループ脱退』
画面にはカイトが記者会見で笑顔を見せる姿が映し出されていた。篠田の指先が震える。胸の奥が締めつけられるように苦しく、しばらくその場から動けなかった。
「……嘘でしょ……」
小さく漏れた声は、タイル張りの空間に虚しく響いた。
芸能界(この世界)では「嘘」が武器になる。
完璧な笑顔、作られた言葉――それらは観客を魅了し、アイドルをアイドルたらしめる。
けれど、篠田の“推し”であるカイトが語ったのは、嘘ではなかった。
彼は真実を、自らの言葉でファンに伝えた。
嘘ではなく、真実。
その正直さは、篠田に深い衝撃と痛みを与えた。
だが同時に、彼女にとってカイトが確かに“光”だったことを強く刻みつける瞬間でもあった。
" カイト "という一つの星がステージから去った。
それでも、彼女はいつか気付くだろう。あの一番星の輝きは、決して消えることなく残り続ける。
記憶となった光が、これからも彼女を支えていくだろう。




