AIRPORT ONE SHOT : 『前夜』
夜の東京国際空港、管制保安部のオフィス。壁に掛けられた時計の針は午後十一時を示していた。
静まり返った広いフロアに、残っていたのは二人の管制官――三津谷雄介と内田翔平だった。
しかし――翌日、この場所に一人の男が姿を現す。
その名は片山直樹。
これはその“前夜”の話。
二人は静寂の中で、仕事や日常、そして胸の内を語り合っていた。
そんな中、不意に小さな事件が彼らを巻き込んでいく――。
三津谷が資料をめくりながら、独り言のように呟いた。
「はあ……。シフト調整がうまくいかないな。」
「三津谷さん、そんなの明日やればいいじゃないですか。そろそろ帰りましょうよ。」
スマホを眺めながら内田が言う。
「内田こそ、仕事がないなら先に帰ったらどうだ?」
「別に帰ったら帰ったで、誰かがいるわけでもないですから。それよりもほら、今日も既読スルーですよ。」
「……またか。」
「三回目のデートまではいい感じだったんですよ。でも結局ダメなんですよね。」
「お前の“続かない”はもう代名詞だな。」
「いや、1年続いたことだってあります!」
「それを誇らしげに言うなよ。」
三津谷が小さく笑ったそのとき――。
「ガガガッ!」 突然フロアに異音が響いた。清掃用カートがひとりでに走り出したのだ。
「うわっ、動いたぞ!」
内田が椅子を蹴って立ち上がる。
「落ち着け。ただの誤作動だ。」
「誤作動ってレベルじゃないですよ! 暴走してますって!」
カートは机や椅子を押しのけ、コピー機に突っ込もうとする。
「まずいな……。」
三津谷が駆け出す。
「俺に任せろ!」
内田が勢いよく飛びかかるが、派手に床に転がった。
「いってぇ……! 俺は一体何と戦ってるんだ……!」
「カートだろ。」
「そういうことじゃないっすよ!」
三津谷が横から押さえ込み、スイッチを切った。カートはようやく沈黙した。
「ふう……これで大丈夫だ。」
「三津谷さん……もしかして明日来る新しい管制官より、このカートの方が強敵なんじゃ……。」
「何馬鹿なこと言ってるんだ。まあ、お前にとってはそうかもしれないな。」
二人は汗を拭いながら並んで座り込んだ。
「明日から来る管制官、片山さんでしたっけ? どんな人なんですかね。」
「さあな。なんでも大分空港から来るベテランだそうだ。」
「ベテランね……。俺、正直不安なんですよね。最近空回りばっかだし。」
「自覚があるなら改善しろよ。」
「改善って簡単に言うけど……。俺、いつも勢いでやっちゃうんですよ。」
「まあ、そこがお前のいいところでもあるがな。」
内田は少し黙り込み、スマホを見つめた。
「……俺、やっぱり結婚したいな。誰かに『おかえり』って言われたい。」
「なんだよ。まだまともに付き合ってる相手もいないだろ。だが、家族がいるのは悪くはないな。」
「やっぱそうですか?」
「娘に『おかえり』と言われるだけで救われる。だが家庭は家庭。仕事は仕事だ。どっちも手抜きするつもりはない。」
「やっぱ三津谷さんカッコいいっすわ。家庭も仕事も両立できて。」
「いや、必死にバランスを取ってるだけだ。」
「俺も早くそうなりたいなぁ。」
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時計の針は日付をまたごうとしていた。窓の外は依然として夜の闇に包まれている。
その時、ドアが静かに開き、部長の佐藤が姿を現す。
「……お前ら、まだいたのか。」
落ち着いた声でそう言いながら、時計に目をやる。
「もう遅いから、帰れ。それに明日から新しい管制官が来るからな。」
三津谷と内田は顔を見合わせ、深いため息をついた。
「……もう帰るか。」
三津谷が立ち上がり、肩を回す。
「そうっすね。ここにいたって仕方ないし。」
内田も疲れ切った顔でスマホをポケットにしまった。
二人はそれぞれの足取りでフロアを後にした。静まり返った羽田の夜が、再び深く息を潜めていた。
深夜のオフィスに再び静けさが戻る。
だがその静寂は、嵐の前のひとときにすぎない。
翌朝、この場所に新たな風が吹き込む。
彼らの物語はこれから始まる――。




