AIRPORT ONE SHOT : 『僕らはいきものだから』
いつものように始まる一日――だが、その中には確かに「変わりゆく時」がある。
羽田空港の管制官たち。
片山直樹、山口真奈美、鈴木辰哉、内田翔平、篠田恵、三津谷雄介、そして佐藤健一。
それぞれが日々の業務に追われながらも、互いを支え合い、成長を重ねてきた。
空を守る仕事は、常に厳しく、そして誰よりも「人の想い」を扱う仕事でもある。
そんなある日、管制保安部に小さな来訪者たちがやってくる。
――小学校の社会科見学。
日常の中のほんの一幕。けれどその一日は、彼らにとって特別な時間となる。
それは、管制官としての誇りや使命だけでなく、
「自分たちが何のために空を見上げているのか」を改めて思い出させてくれる日。
新人だった山口真奈美は、気づけば次の世代へ何かを伝える側になっていた。
片山直樹は、そんな彼女の成長を静かに見守りながら、
“空を守る”という言葉の意味を、改めて胸に刻む。
そして彼女も”管制官”という仕事に、今まで向き合ってきたことへの1つの答えを出そうとしていた。
六月の朝。羽田空港・管制保安部のスタッフルームには、いつもより少し賑やかな空気が流れていた。窓の外では、誘導路を進む機体が朝の陽射しを反射して輝いている。コーヒーメーカーの湯気とともに、テレビのニュースが静かに流れていた。
『先日発生した、大井ふ頭付近での暴力団の抗争事件に関して、警視庁が捜査を進めています。現場では大きな爆発があり、未確認の物体が飛び去って行ったとの……』
「また物騒なニュースだな。」
鈴木辰哉が紙コップを片手に呟く。山口真奈美は画面を見ながら小さく眉をひそめた。
「飛び去って行ったって……飛行機関係じゃないですよね?」
「違うと思うけどな。まぁ、あんなとこで爆発なんて聞かないし。」
内田翔平が肩をすくめる。片山直樹は無言でコーヒーを一口飲み、テレビの音量を少し下げた。
「そろそろミーティングだ。鈴木、今日は頼むぞ。」
「了解です。」
鈴木が立ち上がり、会議室の資料を手に取った。真奈美、そして篠田恵も続く。
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会議室では、すでに三津谷雄介と部長の佐藤健一が待っていた。壁には「太田区立第三小学校5年生社会科見学対応スケジュール」と書かれたホワイトボードが貼られている。
「さて、いよいよだな。」
鈴木が資料を手にして、笑みを浮かべながら言った。
「はい。」
篠田が確認するように答える。その隣では、真奈美がメモを取りながら軽く頷いた。手帳の上には、かわいい飛行機のシールが貼られている。
「メインは俺がやるとして、子どもたちへの説明は内田さんも少し手伝ってもらっていいですか?」
「おう、任せろ。子どもウケは得意だぞ。」
「……それが一番心配なんですけど。」
篠田が苦笑する。
「最後のディスカッションは片山さんですね?」
「まあ、そんなところだな。」
片山が答えると、三津谷が軽く手を上げた。
「俺は補助に回るよ。子どもたちが質問攻めしてきたら真奈美がフォローする感じで。」
「わかりました!」
会議室が和やかな雰囲気に包まれる。
そのとき、佐藤が資料を閉じて静かに口を開いた。
「この社会科見学は、子供たちが“空の仕事”に興味を持つきっかけになるかもしれない。だから、いつも以上に丁寧に接してほしい。どんな小さな質問にも、真摯に答えるように。」
全員が姿勢を正す。片山も軽く頷き、「了解しました。」と短く応えた。
「あと……」と佐藤は続ける。
「子どもたちに見せたいのは、設備でも技術でもなく、ここで働く“人”の姿だ。それを忘れないでくれ。」
真奈美は、その言葉を聞きながら小さくペンを走らせていた。
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午前十時。東京湾からの潮風が管制塔の外壁を撫でる。青空の下、校外学習バスが駐車場に到着し、元気な声が響いた。
「わあー! 高い!」
「飛行機がこんな近くで見える!」
案内役の鈴木は笑顔で手を振り、子どもたちを迎え入れた。ヘルメット姿の整備士たちが横を通るたびに、子どもたちは歓声を上げる。
「5年生の皆さんこんにちは! ここが、管制塔です!」
入口で子どもたちが整列すると、佐藤が一歩前に出てマイクを取った。
「みなさん、羽田空港の管制塔へようこそ。今日は“空のお仕事”の舞台裏を見てもらいます。私たちの仕事は、飛行機を空へ安全につなぐこと。みんなが安心して空を見上げられるように、たくさんの人が力を合わせて働いています。」
佐藤は少し笑みを浮かべながら続けた。
「今日は楽しく、たくさん学んでいってください。」
子どもたちはぱっと顔を輝かせ、「はいっ!」と元気に返事をした。
「では、ここからは管制官の鈴木君にバトンタッチします。」
「はい、それじゃあみんな、行こうか!」
鈴木が大きな声で説明を始める。見学は滑走路を望む展望デッキから、実際の管制室を模した訓練ルーム、そして職員の休憩エリアと進んでいった。
三津谷が整然と並ぶレーダーモニターの前で子どもたちに笑いながら言った。
「この光ってる点が、今飛んでる飛行機だよ。ここで空を見守っているんだ。」
「じゃあ、おじさんたちは一日中お空を見てるの?」
「そうかな、でも寝る時はちゃんと目はつぶってるけどね。」
笑いが起きる。真奈美も少し緊張がほぐれたようだった。
途中、内田が子どもたちの集団に混ざって歩きながら、得意げに話しかけた。
「いいかー、ここで空の交通整理をしてるんだぞ。おじさんの声ひとつで飛行機が動くんだ!」
「えー! 本当!? カッコいい!」
「だろ? カッコいいだろ!だから女の子にもモテモテで——」
「内田さん。」
篠田がピシャリと遮った。その隣で三津谷も苦笑しながら「おいおい、また始まったぞ」と小声で突っ込む。
「はいはい、ジョークだよ。ジョーク。」
「まったく……」
子どもたちはくすくす笑い、内田は照れくさそうに頭をかいた。
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やがて、最後のプログラム——ディスカッションの時間。
子どもたちが座り、スタッフが準備を整える中、片山がマイクを手に取り、ふと真奈美の方を見た。
「なあ、真奈美。お前やってみろ。」
「えっ、私ですか!?」
「そうだ。せっかくだから、お前の言葉で伝えてみろ。」
突然の指名に真奈美は驚いたが、片山の静かな目を見て覚悟を決めた。
「……わかりました。」
マイクを受け取り、真奈美は子どもたちの前に立った。
「こんにちは、管制官の山口真奈美です。みんな、飛行機は好きですか?」
「はーい!」
教室のような元気な返事が返ってくる。
「管制官とは、空の交通を守る“案内人”のような仕事です。みんなが乗る飛行機は、自由に空を飛んでいるように見えるけど、実は見えない道を通って、決められた時間に飛んでいます。私たちはそのたくさんの飛行機が安全に行き交えるよう、常に確認をしながら空を見守っているんです。」
「もし間違えたらどうなるの?」
突然の質問に、真奈美は少し考えてから答えた。
「……間違えないように、たくさんの確認とチームワークを重ねるんです。完璧じゃないからこそ、仲間と支え合うことが大切なんです。」
そのとき、一人の女の子が手を挙げた。
「あの、おねーさんは、この仕事……好きですか?」
思いがけない質問に、真奈美は少し目を瞬かせた。マイクを持つ手に力が入る。
「……うん、好きだよ。」
その言葉のあと、少し照れたように笑いながら続けた。
「正直、毎日とても大変です。1日に何十機、何百機もの飛行機に正確に指示を出さなきゃいけないから。なかなか上手くいかなくて、落ち込む日もあります。でも、空を見上げるたびに思うんです。ああ、今日も誰かが帰ってきて、誰かが旅立っていくんだなって。」
真奈美は少し考えるように言葉を選んだ。
「前に友人のキャビンアテンダントさんがこんなことを言ってました。『空港って、帰る場所の象徴みたいなものだ』って。空港って、飛行機が飛び立つ場所でもあり、再び戻ってくる場所でもある。夢を追うために旅立つ人もいれば、大切な人の元に帰ってくる人もいる。出会いや別れ、喜びや涙——いろんな物語がこの空港という場所で交わっている気がします。」
彼女は少し間を置いて、ゆっくりと息をついた。
「私たちの仕事は、その誰かの大切な物語をつなぐ手助けができる。そして、私もこの空の下で生きているって、そう感じられます。だから私は……この仕事が好きです。」
真奈美の言葉に、会場はしんと静まり返った。子どもたちは真剣な眼差しで彼女を見つめている。
片山は腕を組んで小さく頷き、鈴木は感心したように微笑み、篠田は胸に手を当てて目を潤ませていた。三津谷は優しく笑い、佐藤は穏やかにうなずいた。
次の瞬間、温かな拍手が広がった。真奈美は少し照れたように笑い、深く頭を下げた。
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夕方。社会科見学を終え、バスがロータリーに停まっていた。オレンジ色の夕陽が窓ガラスに反射している。
「今日はありがとうございましたー!」
子どもたちが笑顔で頭を下げ、佐藤は優しい笑みで応じた。
「またいつでも遊びに来てください。」
鈴木は子どもたちに手を振り、真奈美も隣で笑顔で手を振り返した。内田はテンション高くハイタッチを求めながら見送るが、篠田がすかさず「もう、やめてくださいってば!」と突っ込み、隣の三津谷も「おいおい、子どもたちに悪影響だぞ!」と笑いながら肩を叩いた。そのやり取りに、子どもたちは笑い声を上げた。
少し離れた場所では、片山が腕を組みながら静かにその光景を見守っていた。ふと、バスに乗り込む前に一人の女の子が真奈美のもとへ駆け寄った。
「おねーさん!」
真奈美が振り向くと、その子は少し息を切らしながら笑った。
「わたし、大人になったらおねーさんみたいな管制官になりたいです!」
その言葉に、真奈美は驚き、そして優しく微笑んだ。
「ありがとう。きっとなれるよ。」
バスのドアが閉まり、エンジン音が響く。
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バスが走り去り、静かになったロータリーに風が吹き抜けた。
佐藤が声をかけた。
「みんな、ご苦労だった。」
「お疲れ様でした!」
鈴木が答え、皆がそれに続く。
内田が手を叩きながら、「さあ、戻るか!」
と言うと、篠田と三津谷が笑いながら「はいはい、飲み会じゃないんですから」と突っ込む。その様子に真奈美も思わず笑った。
皆が戻る中、片山と真奈美は少し後ろを歩いていた。
「……真奈美、よかったぞ。」
片山がふと口を開く。真奈美は驚いたように顔を上げた。
「え?」
「さっきの話だ。真奈美らしい、いい答えだった。」
「ありがとうございます。でも、緊張でカチカチでした。」
「そんなことない。堂々としてたぞ。」
片山はポケットに手を突っ込みながら、空を見上げた。
「ああやって子どもたちに何かを伝えようとする姿勢、それが一番大事だ。俺たちの仕事も、人を想う気持ちがあってこそ成り立つ。羽田に来て、真奈美やみんなを見て、改めて学んだよ。」
真奈美は少し目を丸くして笑った。
「……片山さんがそんなこと言うなんて、ちょっと意外です。」
「たまには言うさ。」
片山は小さく息をつき、照れ隠しのように視線を逸らした。
二人の頭上には、夕焼けを背にして一機の旅客機が上昇していった。
夕陽が空を見つめる二人の背中を長く伸ばしていた。




