7話 エルフの弓使い
翌朝。
メアリーは焚き火の残り火の傍で目を覚ました。
身体が軽い――とまではいかないが、昨日よりは確実に楽になっている気がした。
「おはようございます、メアリー様」
リリアが既に起きて、朝食の準備をしていた。
「おはよう、リリア。アレンさんは?」
「外で見張りをしているそうです」
洞窟の外へ出ると、アレンが朝日を浴びて立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。よく眠れた?」
「はい。ありがとうございます」
メアリーが頭を下げると、アレンは柔らかく笑った。
「そういえば、まだ言ってなかったことがあるんだ」
「何ですか?」
「俺には、もう一人仲間がいる」
「え?」
メアリーが目を見開いた瞬間、木々の間から声が響いた。
「アレン、遅いわよ。朝食の準備くらい手伝いなさい」
現れたのは、長い銀髪と尖った耳を持つ、美しい女性だった。
エルフ――メアリーは一目で理解した。
その女性は弓を背負い、緑色のマントを纏っている。涼しげな瞳は、鋭く周囲を観察していた。
「紹介するよ。セレナ・シルヴァーフォレスト。俺のパーティメンバーで、エルフの弓使いだ」
「初めまして。セレナよ」
女性――セレナは、メアリーとリリアに軽く会釈した。
「あなたたちが、アレンが助けた旅人ね」
「は、はい……メアリー・グレイス・ニールセンです。こちらは親友のリリア」
「よろしく」
セレナの声は冷静で、感情が読み取りにくい。
けれど、その瞳には敵意はなかった。
「セレナは昨夜、別行動で周辺の偵察をしていたんだ」
アレンが説明する。
「この辺りは魔物が多いからね。念のための警戒だったんだけど――」
「オークの群れが近づいていたのを確認したわ。アレンが倒してくれたみたいだけど」
セレナは淡々と言った。
「あなたたち、かなり無謀な旅をしているわね」
「……はい」
メアリーは俯いた。
「でも、行くしかなかったんです。私たちには――」
「分かってるわ。アレンから聞いた」
セレナはメアリーを見つめた。
「追放されたのね。ビンセント王国から」
「……はい」
「あの国の貴族は、本当に腐っているわ」
セレナの声に、わずかに怒りが滲む。
「私の故郷も、かつて――」
そこで言葉を切ると、セレナは深く息を吐いた。
「まあ、過去の話よ。それより、あなたたちを助けることにしたんでしょう? アレン」
「ああ。メアリーとリリアは、これから俺たちのパーティメンバーだ」
「分かったわ。なら、私も協力する」
洞窟に戻り、四人で朝食を囲む。
リリアが作ったオーク肉のスープと、昨夜の残りの串焼き。
「美味しい」
セレナが小さく呟いた。
「リリア、あなた料理が上手ね」
「あ、ありがとうございます!」
リリアが嬉しそうに笑う。
「母が料理人だったので、色々教わったんです」
「そう。じゃあ、これからも期待してるわ」
セレナは淡々と言うが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「セレナはモンスター素材の知識が豊富なんだ」
アレンが説明する。
「エルフは長命だから、色々な経験をしている。特にセレナは――」
「150歳よ」
セレナがあっさりと言った。
「え……150歳?」
メアリーが驚くと、セレナは肩をすくめた。
「エルフの基準では、まだ若い方よ。見た目は人間でいえば20歳くらいかしら」
「そ、そうなんですか……」
「驚くことはないわ。エルフは普通に数百年生きるもの」
セレナは串焼きを一口食べる。
「それより、メアリー。あなたの魔力、まだ不安定ね」
「……はい」
「アレンから聞いたわ。魔力食増幅草を盛られたんでしょう?」
「ご存知なんですか?」
「ええ。私も見たことがある。あれは本来、病後の回復薬として使われる薬草よ」
セレナは真剣な表情で続けた。
「でも、悪用されると――異常な食欲と魔力の減退を引き起こす。あなたが今、苦しんでいるのはそのせい」
「……そうです」
「でも、安心して。アレンの言う通り、効果には限界がある」
セレナはメアリーの目を見つめた。
「適切な食事と訓練を続ければ、必ず回復する。私が保証するわ」
「本当に……?」
「ええ。私たちエルフは、薬草の知識が豊富なの。だから、あなたの回復をサポートできる」
その言葉に、メアリーの胸に温かなものが広がった。
朝食を終えると、セレナが立ち上がった。
「さて、出発の前に少し訓練をしましょう」
「訓練?」
「ええ。メアリー、あなたの魔力がどれくらい回復しているか確認したいの」
洞窟の外、開けた場所にセレナはメアリーを連れて行った。
「あそこの岩に向かって、魔法を撃ってみて」
セレナが指差す先には、大きな岩がある。
「分かりました」
メアリーは杖を構えた。
「聖光の矢ホーリーアロー!」
光の矢が放たれる――が、軌道が乱れ、岩の横に逸れた。
「くっ……」
「もう一度」
「はい……聖光の矢ホーリーアロー!」
今度は岩に当たったが、威力が弱い。岩に小さな傷がつくだけだった。
「……ダメです。全然、昔のように……」
メアリーが肩を落とすと、セレナは首を横に振った。
「いいえ、悪くないわ」
「え?」
「昨日のオーク戦を見ていたけど、あの時よりは確実に良くなっている」
セレナは冷静に分析する。
「魔力の流れが少し安定してきている。あと数日、適切な食事を続ければ、もっと良くなるはずよ」
「本当ですか……?」
「ええ。焦らないで。一歩ずつ進めばいい」
セレナの言葉は冷静だが、その中に優しさが滲んでいた。
「ありがとうございます、セレナさん」
「セレナでいいわ。さん付けは堅苦しい」
「……セレナ」
「うん。それでいい」
セレナは小さく笑った。
訓練を終えて洞窟に戻ると、アレンとリリアが荷物をまとめていた。
「おかえり。調子はどう?」
「少しずつ、良くなっているみたいです」
メアリーが答えると、アレンは嬉しそうに頷いた。
「それは良かった。じゃあ、そろそろ出発しようか」
「どこへ向かうんですか?」
「まずはクロムウェルの街へ。そこで装備を整えて、それから――」
アレンは地図を広げた。
「ドラコニア連合王国を目指そうと思う」
「ドラコニア……!」
リリアの目が輝く。
「ゴルゴンさんに会えるんですか?」
「ああ。セレナも面識があるらしい」
「少しだけね」
セレナが頷く。
「ゴルゴンは、モンスター料理の達人よ。あなたたちのダイエットにも、きっと役立つはず」
「楽しみです!」
リリアが飛び跳ねる。
メアリーも、胸が高鳴るのを感じた。
新しい仲間。新しい目標。
少しずつだが、前に進んでいる。
四人は洞窟を後にし、クロムウェル王国への道を歩き始めた。
メアリーの足取りは、昨日よりも軽い。
「ねえ、セレナ」
歩きながら、メアリーが声をかけた。
「何?」
「あなたは、どうしてアレンと一緒に旅を?」
セレナは少し黙った後、静かに答えた。
「……私の故郷は、かつて魔王の配下に襲われたの」
「え……」
「家族を失った。友人も、多くの仲間も」
セレナの声に、わずかに悲しみが滲む。
「その時、アレンが助けてくれた。魔王の配下を倒して、故郷を救ってくれたの」
「アレンさんが……」
「ええ。だから私は、アレンについていくことにした。彼なら――この世界を、本当に変えられるかもしれないから」
セレナはメアリーを見た。
「あなたも同じでしょう? 前に進みたいと思っている」
「……はい」
「なら、一緒に歩きましょう。私たちは、もう仲間なんだから」
その言葉に、メアリーは思わず涙が出そうになった。
「ありがとう……セレナ」
「どういたしまして」
セレナは小さく笑った。
その笑顔は、冷静な彼女からは想像できないほど温かかった。
四人のパーティは、陽光の下を進んでいく。
メアリー、リリア、アレン、セレナ。
それぞれが過去に傷を持ち、それぞれが前を向いている。
長い旅は、まだ始まったばかり。
けれど――この四人なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。
「さあ、行こうか!」
アレンの声が、青空に響く。
「クロムウェル王国まで、あと三日だ!」
「おー!」
リリアが元気に答える。
セレナは静かに頷き、メアリーは杖を握りしめた。
新しい冒険が――今、始まった。




