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4話 スライムゼリー

 追放から三日目。


 メアリーとリリアは、エルドラシア山脈のふもとに差し掛かっていた。


 乾いた風が吹き抜ける荒野。食料は底をつき始め、メアリーの空腹は限界に近づいていた。


「メアリー様、もう少し我慢してください。次の町まであと二日ほどです」


「分かってる……分かってるけど……」


 メアリーの足取りは重い。


 その時だった。


「ギギッ!」


 耳障りな奇声と共に、茂みを割って五体のゴブリンが姿を現した。


 粗末な槍と棍棒を振りかざし、涎を垂らしながら襲いかかってくる。


「聖光の矢ホーリーアロー!」


 メアリーは震える手で杖を構えた。


 しかし、練り上げたはずの魔力は霧散し、放たれた光の矢はかろうじて一体を撃ち抜くだけに留まる。


「くっ……!」


 残る四体の突進を、リリアが短剣で迎え撃った。


 低い姿勢で駆け込み、ゴブリンの足を的確に切りつけて一体の動きを止める。


 けれど、すぐに次の棍棒が襲いかかってきた。


「私が……聖女なのに……っ!」


 満足に戦うこともできない。


 メアリーは膝から崩れ落ちた。


 なんとかゴブリンを退けたものの、ふたりは心身ともに疲弊しきっていた。


 リリアが倒れたゴブリンの一体を見下ろす。


「……メアリー様」


「何?」


「このゴブリン、食べられますよ」


「え?」


 メアリーは目を見開いた。


「モンスターを……食べるの?」


「はい。私、王宮に仕える前は、冒険者の宿で働いていたんです」


「そうだったの?」


 リリアは頷いた。


「父が冒険者で、母が宿の料理人でした。だから、モンスター料理は子供の頃からよく食べていたんです」


「……そんなこと、初めて聞いたわ」


「あまり自分から話すことじゃないかなって」


 リリアは照れくさそうに笑った。


「でも、今の私たちには必要な知識です。モンスターの肉は、実は普通の肉よりも栄養価が高いんですよ」


「栄養価?」


「はい。特に魔力を持つモンスターは、その肉にも魔力が宿っています。だから――」


 リリアはメアリーを真っ直ぐ見つめた。


「メアリー様の魔力回復にも、きっと役立ちます」


「本当に?」


「試してみる価値はあると思います」


 ぐぅ、とメアリーのお腹が鳴る。


「……分かったわ。やってみましょう」


 近くの洞窟で焚き火を囲み、リリアは手際よくゴブリン肉を串に刺していく。


 その動きは慣れたもので、まるで熟練の料理人のようだった。


「母の教えです。モンスター肉は下処理が命。血抜きをしっかりして、臭みを取る」


 荒野で摘んだ香草(ローズマリーに似た植物)と岩塩を振りかけ、じっくりと焼き上げる。


 ジュージューという音と香ばしい匂いが、メアリーの食欲を刺激した。


「はい、どうぞ」


「いただきます……」


 恐る恐る一口食べたメアリーは、驚きに目を見開いた。


「これが……ゴブリンのお肉? 臭みも硬さも全然なくて、まるで上質な鶏肉みたい……美味しい!」


「でしょう? ゴブリン肉は脂肪分が少なくて、身体に負担をかけないんです」


 リリアは嬉しそうに微笑んだ。


「それに、満腹感も長く続きます。メアリー様の――その、食欲の問題にも、きっと効果があるはずです」


「リリア……」


 メアリーの目に、涙が浮かぶ。


「ありがとう」


「いえ。私、ずっと思ってたんです。メアリー様が苦しんでいるのは、食べすぎてるからじゃない。身体が本当に必要としているものを食べていないからだって」


「必要としているもの?」


「はい。魔力を奪う呪いがかかっているなら、魔力を補う食事を摂ればいい――父がよく言っていました。『冒険者の身体は、食べるもので作られる』って」


 その夜、メアリーは自分の体内で渦巻いていた魔力が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻しているのを感じた。


 聖女としての力が、確実に戻り始めていた。


 翌日。


 ふたりはクロムウェル王国を目指す交易路を進んでいた。


 乾いた風が砂塵を巻き上げる中、道の先でぬるりとした音がした。


「メアリー様、気をつけて!」


 半透明の《スライム》が十体、道を塞いでいる。青白い粘液がとろりと蠢き、弱酸性の体が石畳をじりじりと溶かしていた。


「あれに触れたら装備が溶かされます!」


 リリアの声が震える。


 メアリーは杖を構え、「聖光の波ホーリーウェーブ」を放った。しかし、光の奔流はスライムの体を通り抜けるばかりで、ほとんど効果がない。


 リリアが短剣で切りかかっても、刀身が「じゅっ」と音を立てて腐食していく。


「もう……ダメ……!」


 メアリーの足がすくんだ。


「諦めないでください! メアリー様、その光を一点に!」


 リリアは叫ぶと、近くの枯れ枝に油布を巻き付け、即席の松明を作って構えた。


「いきます!」


 メアリーが杖先に集中させた聖なる光が、松明の先端に触れた瞬間、勢いよく炎が燃え上がる。


 リリアはそれをスライムの群れへと投げ込んだ。


 炎に焼かれた粘液が黒煙を上げ、スライムたちは苦しそうに身を縮めていく。


 ふたりの連携で、なんとか全ての敵を退けることができた。


 息を切らしながら、リリアがスライムの残骸を見下ろす。


「……メアリー様、この粘液、集めましょう」


「え? まさか……」


「はい。スライムも食べられます」


 メアリーは思わず声を上げた。


「あんな酸性の……?」


「煮沸すれば大丈夫です。父が――冒険者時代に、よく作ってくれたんです。スライムのゼリー」


「ゼリー……」


「はい。母が、それを美味しくアレンジする方法を教えてくれました」


 リリアの目が、少し遠くを見る。


「ふたりとも、もういないんですけど――でも、その料理は今でも覚えています」


「リリア……」


「だから、メアリー様にも食べてもらいたいんです。私の大切な思い出の味を」


 その言葉に、メアリーは頷いた。


「……お願いするわ」


 その夜。


 鍋で煮沸したスライムの粘液は、透き通る淡い青色のゼリーに姿を変えた。


 リリアがレモンのような香草と蜂蜜で味付けし、サラダ仕立てにする。


「これなら、たくさん食べても身体に負担がありません。それに――」


 リリアは微笑んだ。


「満腹感が続くので、夜中にお腹が空いて眠れない、ということもなくなるはずです」


「本当に?」


「はい。試してみてください」


 メアリーが一口食べると、その食感に目を見開いた。


「ぷるぷるしてる……! それに、こんなに軽い口当たりのデザート、初めて……!」


 ひんやりとした酸味が舌に広がり、満たされないはずの食欲が穏やかに満たされていく。


 ゼリーは焚き火の光と星空を映し、まるで宝石のようだった。


「これなら毎日でも食べたい!」


 メアリーの顔に、久しぶりの心からの笑みが浮かぶ。


「ふふっ。クロムウェルに着いたら、もっとすごい料理人に会えるかもしれませんよ」


「料理人?」


「はい。ドラコニアに"ゴルゴン"っていう伝説の料理人がいるって、父から聞いたことがあるんです。モンスター料理の達人だとか」


「会ってみたいわね」


「はい!」


 スライムゼリーの効果か、乱れがちだった魔力のコントロールが、少しだけ精密になっていくのをメアリーは感じていた。


 焚き火の光の下で、聖女としての自信が、ほんの少しだけ戻り始めていた。


 そして――リリアという親友がいてくれることに、心から感謝した。


「ねえ、リリア」


「はい?」


「あなたがいてくれて、本当に良かった」


「……メアリー様」


 リリアの目に、涙が光る。


「私も、メアリー様と一緒にいられて幸せです」


 ふたりは笑い合った。


 長い旅は、まだ始まったばかり。


 けれど、この旅が――ふたりを強くしていくことは、間違いなかった。


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