2話 婚約破棄
あの晩餐会から三日後。
メアリーは王宮の一室で、ライオネル王子を待っていた。
彼から「話がある」と呼び出されたのだ。その声は震えていて、
何を告げられるのか、メアリーにはもう分かっていた。
重い扉が開く。
入ってきたライオネルの顔は青白く、目は赤く腫れていた。
「メアリー……」
彼の声は掠れている。
「……婚約破棄の話ね」
メアリーは先に言った。もう、涙は出なかった。
「違う! 僕は……っ、僕は君を守りたかった!」
ライオネルは駆け寄り、メアリーの手を取った。
「でも兄上が、王国が……貴族たちの圧力が……! 僕にはどうすることも……!」
涙に濡れた瞳。震える声。
けれど、メアリーの心にはもう届かなかった。
「私のために戦ってくれると、そう言ってくれたのに……!」
メアリーの声が震える。それは悲しみではなく、怒りだった。
「あの晩餐会で、私が侮辱されたとき――あなたは黙っていた。ただ、視線を逸らしただけだった」
「それは……」
「私が一番辛かったとき、あなたは何もしてくれなかった」
ライオネルの顔が歪む。
「メアリー、信じてほしい。僕は、今でも君を……」
「――ならば、どうしてあの場で私を庇わなかったの?」
静寂。
答えられないライオネルの手から、メアリーは自分の手を引き抜いた。
「もういいわ。あなたの涙に、もう意味はない」
私は背を向ける。
「メアリー……!」
「さようなら、ライオネル」
メアリーは振り返らずに、部屋を出た。
その夜。
メアリーは自室で、古い日記帳を開いた。
ペンを手に取り、震える手で一行だけ書き記す。
《私は、必ずすべてを取り戻す》
インクが紙に染み込む。
もう、誰も信じない。
もう、誰にも頼らない。
失ったものは、自分の手で取り戻す。
メアリーは日記を閉じ、窓の外に広がる夜空を見上げた。
月は、冷たく輝いていた。
翌朝。
メアリーの部屋を、親友であり従者でもあるリリアが訪ねてきた。
「メアリー様……」
リリアの目も赤い。彼女も、昨夜は泣いていたのだろう。
「リリア」
メアリーは静かに微笑んだ。
「私、決めたの。もう泣かないって」
「メアリー様……」
「これからどうなるか分からないけれど――私は負けない」
その言葉に、リリアは目を見開いた。
そして、ぐっと唇を噛み締めると、力強く頷いた。
「はい……! 私も、メアリー様と一緒に戦います!」
「ありがとう、リリア」
ふたりは手を取り合った。
嵐は、まだ始まったばかりだった。




