第23話 中山君には好きな人がいる
『ちょっと出かけてくるね。いってきます』
『車に気を付けるのよー』
『はーい』
とある日の休日。
身支度を整えた私は一人で家を出ました。
向かう先は離れた場所にある大型ショッピングモール。
近々誕生日を控えたお姉ちゃんへ渡すプレゼントを探しに行くのです。
歩いて三分。
駅に着いた普段使っている定期ではなく、代わりにICカードを使い改札を潜り学校とは反対方向に向かう電車に乗り込みました。
道中は快適とは決して言い難かったです。
何故なら──
(しばらく抱きしめていたってことは少なくとも臭いとは思われてませんよね?
いや、でもでも我慢していた可能性も。
いやいや、お姉ちゃんは良い匂いがするって男の子達から評判でしたし、同じ家に住んでて同じシャンプーを使ってるのですから臭くないはずです。
……そもそも体臭って遺伝で決まるものなのでしょうか?あぁ〜、もう!分かりません!)
──電車の中にいるとどうしても中山君に抱きしめられたことを思い出してしまうから。
休日で人が多いことよりも、私としてはあの日の中山君にどんな風に思われているのかが気になって仕方なかったのです。
それほどまでに数日前に起きた出来事が私の脳裏に焼き付いていました。
人によってはそんなに気になるなら「隣の席にいるんだからどう思っているのか聞けば良いじゃない?」という人もいるでしょう。
ですが、私にはそんな度胸はありません。
中山君の口からもしも『正直、ちょっと臭った』みたいなことを言われるかもしれないと思うと、どうしても尻込みしてしまったのです。
だから、私が悶々としているの自業自得なのは分かっているのですが、お目当ての駅に着くまでの約十分はやけに長く感じました。
電車降りてようやく解放されると思っていた私ですが、残念なことにショッピングモールに入ってもそれは変わりませんでした。
『ねぇねぇ、そこのお洒落な服を着たお姉さん。今ね、香水のお試しキャンペーン中でこの香水を使った感想を聞かせて欲しい──』
『そんなに私って臭いますか!?』
『──えっ、いや、花やかな甘い良い匂いがするけど』
『あの、二つ年上の姉に渡す誕生日プレゼントを探してるんですけど何かオススメのものはありますか?』
『そうですね。では、こちらのアロマなど如何でしょう?』
『そんなに私臭いますか!?』
『えっ、そんなことはありませんが。如何なさいましたか?』
『あっ、すいません。最近ちょっと色々ありまして』
理由は簡単。
ショッピングモールには匂いに関連する商品が多すぎるのです。
そのため忘れようとしているのにどうしても頭に不安が過ってしまって、肝心のプレゼント探しは全く捗りませんでした。
『はぁ〜、駄目ですね。集中しないと』
しかし、このままおめおめ帰ってしまっては本末転倒。
また同じことの繰り返しになります。
このことを強く自覚したところで私はパチンッと頬を叩き気合いを入れ、目の前にある雑貨と真剣に向き合いました。
『……これお姉ちゃんっぽい色してる。でも、こっちの方がイメージに合ってますかね?』
雑念が入らぬよう目の前の商品を小さな声で品評していると、不意にパリンッと言う音が横から聞こえてきました。
『……イタッ』
その瞬間、足に軽い痛みが走ります。
すぐさま視線を下に向けると足の踵よりもやや上の方が切れていて、地面には陶器の破片が散らばっていました。
さらに、視線をほんのわずか横にずらすとそこには地面に倒れ伏す小さな男の子がいて、顔を上げたかと思うとその瞳は潤んでいました。
「す、すいません!ウチの子のせいで」
「いえいえ、ちょっと掠っただけですからこれくらいどうってことありませんから。それよりお子さんに怪我はありませんか?」
「う、うん。僕は大丈夫。けど、お姉ちゃんに怪我させちゃだ。ごべん゛な゛さ゛い゛」
私は彼が何とか泣かないよう明るく振る舞ってみたのですが、床に垂れてしまった私の血と母親の謝罪によって状況を把握してしまったらしく決壊。
ポロポロと大粒の涙を流しながら男の子は私に謝ってきます。
『本当すいません!すいません!』
お母さんの方も息子の反応で私が怪我をしたことを察したらしく青い顔で謝ってきます。
『うわぁ゛ーん!』
『いや、本当に大丈夫なので気にしないでください。私は大丈夫だから。よしよし、泣かないで。あっ、店員さんが来ましたよ』
『すいません!お待たせしました。すぐ片付けますね』
『あっ、私手伝います!こうき、ほら危ないからこっちに来なさい』
『う゛ん』
注目されるのを嫌った私はなんとか二人が落ち着くよう宥めていると、店員さんがやって来ます。
そのおかげで二人の注意が私から逸れてようやく一息が吐くことが出来ました。
『……足、結構血が出てますよ。とりあえずこれで拭いてください』
『ッ!?』
胸を撫で下ろそうとしたタイミングで声を掛けられた私は、盛大に肩を跳ね上げます。
後ろを振り向くと、そこにはフード付きの青いパーカーに黒のワイドパンツという普段よりもラフな姿の中山君が立っていました。
『……えっ?中山君』
『……田中さん!?』
思わぬ遭遇に驚愕の声を上げる私。
ですが、中山君も同じだったようで素っ頓狂な声を上げていました。
しばらく無言のお見合いをしていると、中山君が『と、とりあえず、これで血を拭いた方がいい』と黒いハンカチを差し出してきます。
ここで、私は親子には見せないようにしていた傷口を中山君に見られていたのだと今更ながらに理解しました。
『あ、ありがとうございます』
中山くんが心配してくれた喜び半分と、誰が相手でも同じ行動していたというモヤモヤ半分を抱えたまま私は彼からハンカチを受け取りました。
その際に、以前嗅いだ爽やかな中山君の匂いがしてドギマギしつつも、私はその場にしゃがんで血を拭くのでした。
すると、頭上から『絆創膏みたいなの持ってるか?』とこちらを気遣う声が聞こえてきます。
『はい、いくつか常備しているので大丈夫です』
中山君の優しさに甘えたい。
そんな気持ちもありましたが、彼のハンカチを私の血で汚しているという現状を思うとここで甘えるのは非常に申し訳なくて。
私はポーチにしまっていた少しくたびれた絆創膏を取り出し、傷口に貼るのでした。
『バイバイお姉ちゃん!』
『バイバイ』
事故が起きたタイミングで怪我をしたところを見せていなかったからでしょう。
また、それに加えて『男はそう簡単に涙を見せるんじゃねぇ。ほら、飴ちゃんだ。食ったらなんか元気が出てきただろ?いつまでも泣いてたら母ちゃんが不安になるぞ、笑え笑え』とアフターフォローをしてくれたのもあり、男の子の方はすっかり元気を取り戻しました。
ですが、お母さんの方は簡単にはいかず未だに申し訳なさそうに頭を下げてきます。
『すいませんすいません。この度は本当にお世話になりました』
私がどうしたものかと困ったように眉尻を下げていると、お母さんと目が合いました。
そこでお相手の方は私が困っているのを察したらしく、また一段と申し訳なさそうな顔をして財布から一枚の紙を取り出しました。
『つまらないものですがお詫びの品です』
『商品券?しかも三千円分も!?もらえませんよ!別に私は大したことしてませんから』
渡されたのはこのモール内でならどこでも使える三千円分の商品券。
正直、今回の一件は軽い不幸な事故程度の認識で全く気にしていなかったので私は目を剥きました。
私は慌てて返そうとすると手を抑えられて『そんなこと言わずに。これは彼氏さんとのデートを邪魔してしまったお詫びです。少ないですが楽しんで来てもらえると助かります』と、微笑みを浮かべられながらとんでもないことを言われたのです。
『ッ!?』
当然のことに頭が真っ白になって固まりました。
彼女は盛大な勘違いをしている。
正さないといけない。
それなのに何故か私の口から溢れたのは『あ、ありがとうございます』という考えていることとは全く程遠いものでした。
『良い感じに収まって良かったな、田中さん』
『ッ!?』
ぼんやりとする頭で親子が離れていくのを呆然と眺めていると、中山君から声を掛けられた私は思わず心臓が飛び出るかと思いました。
少し離れた場所にいると分かっていたのに。
まるで盛大なドッキリを喰らったかのような錯覚してしまうほどに、胸がドキドキしています。
『そ、そうですかね?』
私は何とか必死に取り繕いながらも中山君に応えます。
『なんか不満気だな?』
けれど、その際私の顔が晴れていなかったらしく中山君から探るような目を向けられました。
やっぱり中山君は私のことを良く見ている。
そう。私は不安なのです。
中山君と休日に出会って助けてもらっているこの状況が夢なのではないか?と。
もし夢じゃないのなら私には身に余り過ぎる。
一生分の幸運を使ってしまったのではないかと不安で不安で仕方ない。
けれど、こんなことを素直に言えるはずもなく私は遠回しに『えっと、その、はい。ちょっとだけ。私だけがこんなに得をしていいのかなと』と言うのが精一杯でした。
『いいも何も田中さんは被害者なんだから当然だろ
『そうです、ね』
となれば、すれ違いが起きるのは当然です。
だって中山君はエスパーではないのですから。
商品券の方を見ながら呆れた顔をする中山君に、曖昧な笑みを返す事しか出来ませんでした。
そんな私を見て中山君は表情そのままに一度大きく息を吐くと、どうしたものかと明後日の方に視線を飛ばされています。
私は中山君を困らせてしまっていることで申し訳なさをさらに募らせていると、突然彼が口を開きました。
『まぁ、それでも納得出来ないってのなら日頃の行いの良さが出たとでも思ったらいいんじゃね?昨日、掃除当番じゃないのに俺の掃除手伝ってくれたし。あれ、めっちゃ助かった。ありがとな』
私の方を真っ直ぐに見つめ、少しだけ気恥ずかしそうにはにかみながら中山君はお礼を言ってきたのです。
既に昨日受け取ったはずのお礼を改めてもう一度。
けれど、それは前回のように感謝の気持ちを伝えるためのものではなく、私が今の状況を受け入れられるよう励ますためのもの。
私を見て、私のことを考えて、私のためを思って考えた言葉。
このことを理解した瞬間、落ち着いてきたはずの鼓動が再び暴れ出すのを感じました。
嬉しい。
顔が熱い。
嬉しい嬉しい。
顔がニヤける。
嬉しい嬉しい嬉しい。
中山君の顔が直視出来ない。
嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい。
でもでも、やっぱり今の顔を見られるのは恥ずかしい。
私はだらしのなく緩んだ顔を中山君から見えないように背け、『あ、ありがとうございます』と羞恥心を髪の毛を弄ることで誤魔化しながら何とか返事をするのでした。
『あの、聞きそびれていたのですが中山君は何でここに?』
熱が全て取れないまでも緩んでいた顔が引き締まったところで、沈黙を嫌った私は中山君にショッピングモールにいる理由を尋ねました。
『そういえば言ってなかったっか?俺は母さんの誕生日が近いからなんか良いものがないか探しに来た感じ』
すると、なんと中山君は私と同じように家族のプレゼントを探しに来たのだそうです。
『そうなんですか!奇遇ですね。私の方も実はお姉ちゃんの誕生日が近くてプレゼントを探していたところなんです』
性別も性格も家族構成もバラバラ。その上、家も離れていて普段の生活園もズレている。
クラスメイトなこと以外共通点のない二人が同じ目的を持って、同じ場所で出会うなんて奇跡としか言いようがありません。
だからでしょう。
『あの、良ければ一緒に選んでくれませんか?一人だとどうも自信が持てず決めきれなくて』
私がこんな大胆なことをしてしまったのは。
ついつい舞い上がってしまった私は中山君をプレゼント探しに誘ってしまったのです。
右手に持っていた商品券を隠しながら。
『……別に構わないぞ』
誘いの結果はOK。
中山君は了承してくれました。
(もしかして迷惑だったのかな?)
ですが、返答までに少し間があって私は少し不安になりましたが、それは杞憂でした。
『用事?一応修理に出してる自転車の受け取りがあるくらいで他にはないぞ。おっ、これとかどうだ?ハンドクリーム。結構重宝されるって聞いたぞ』
『ふふっ、それハンドクリームじゃなくて塗り薬ですよ』
『あっ』
『中山君って意外と抜けてるところがあるんですね』
『コーヒーミルだ。しかも自分の手で引くタイプのやつ。使い勝手は悪いんだろうが、かっこいいんだよなぁ』
『分かります。アンティーク感が良いですよね』
『おっ、田中さんも分かってくれるか。じゃあ、もしかしてログハウスとかに魅力とか感じるタイプ?』
『はい!将来住んでみたいなと思うくらいには憧れてます』
『マジか!いいよなぁ、ログハウス。なんて言うか現代の家にはない暖かみがあって』
『母さん、そういえば香水を切らしたとか言ってたな。いつも使ってる奴は……うげっ。一万五千もするのかよ』
『あはは、まぁ良い香水はそれくらいはしますよ』
『そうか。田中さんもこんくらいの値段のやつ使うのか?』
『いいえ。流石に、私が使うのはもう少し安いやつです。高校生ですからそんなに高いものは』
『へぇ〜、じゃあ、値段で差はそんなにないんだな。田中さんの使ってるやつの方が良い匂いするし』
『ッ!?そ、そうですか。ありがとうございます。良ければ教えましょうか?』
『マジ!?頼む教えてくれ』
だって、中山君は嫌な顔なんか一つもせず、私と一緒に誕生日プレゼントを選びに付き合ってくれたから。
途中、何度も浮かべた彼の笑顔は心底楽しそうでそれを見ていたら不安なんていつの間にか消えてしまいました。
ただその代わり、とある問題が浮上しました。
『高いですね』
『高いな』
それは私達の中々良いプレゼント見つからないこと。
一応何個か良さそうなものは見つけたのですが、残念なことにそのどれもが予算オーバーだったのです。
(どうしましょう?)
かれこれ十店舗以上回ったところで、私はどうしたものかと頭を悩ませていれば、スマホで調べ物をしていた中山君が『ん?』と何かを見つけた時のような声を上げました。
『どうしましたか?』
私は何があったのか尋れば、中山君は『なぁ、これとかどうだ』と言いながらスマホの画面をこちらに向けました。
そこに映っていたのは透明なガラス瓶に入った花の画像。
ですが、ただ入っているのではなく透明な液体の中に花だけでなく葉や飾りが沈んでいます。
『これは、ハーバーリウムですか?』
その姿に全く見覚えがなかった私は画面上部にある名前を読むと、中山君がどんなものなのか教えてくれました。
簡単に言うと、生花をオイルに漬けて長期間保存出来るようにしたお洒落なインテリアだそうです。
『良いですね!これにしましょう』
綺麗なインテリアとしてだけでなく、花言葉を用いて相手にメッセージを送れるという点が個人的に高評価で私はプレゼントとして送ることを決めました。
『手作りと作ってあるやつどっちにする?』
『うーん。せっかくなので手作りがいいです』
『じゃあ、色んな店を回らないとだな』
『はい』
それから私達は必要な材料を揃えるためモール内を巡り、最後にモール外にある花屋へ向かいました。
『う〜ん?迷いますね』
『赤と黄色のを一本ずつ貰ってもいいですか?』
『はい、かしこまりました』
店員さんから花言葉を含めたオススメの花を教えてもらい、私がどれにしようか迷っていると中山君の方はすぐに決まったようで店員さんと共に会計へ向かいました。
私は姿が見えなくなったところで、花に向き直ります。
『何しましょうかね?』
目の前にあるのは親愛の意味を持つと言われるフリージア。
ですが、フリージアと一口に言っても様々な色があって、ふと色によって違いがあるのか気になった私はスマホで検索してみました。
すると、色によって意味合いが異なるらしく黄赤が純潔、白があどけなさ、黄が無邪気、紫が憧れの意味を持つようで、どうやら肝心の親愛はどの色も持っているようです。
個人的には紫がお姉ちゃんに送るなら一番良いのでしょう。
ですが、お姉ちゃんはあまり紫が好きではないため彼女が好きな色の赤と白に決定。
スマホを仕舞おうとしたところで、私の目に偶然フリージアではない花が目に入りました。
『向日葵はどういう意味があるのでしょう?』
何となく夏の花というイメージしか持っていなかった私は、中山君と店員さんが戻ってくるまでの暇つぶしとして調べてみました。
すると、向日葵には情熱、憧れ、《《貴方だけを見つめる》》という意味を持ち、プロポーズなどで使われることが分かりました。
今まで見た映画で主人公がヒロインに向日葵を渡していたのはこういうことだったのかと、私が納得していると花を抱えた中山君と店員さんが戻ってきました。
『よし、決めました。店員さん赤と白を一本ずつお願いします』
『はーい』
私はすぐに店員さんに注文を頼み会計を済ませようと動いたところで、中山君の抱えている花の本数が一本増えていることに気が付きました。
そのことについて私が尋ねると、中山君は『……別になんでもねぇよ。なんか在庫が余ってるらしくてサービスで貰っただけだ』と返されます。
その際、何てことのないように言っていた中山君ですが私は違和感を覚えました。
なんと言うか何かを隠しているような感じ。
まだまだ中山君とは短い付き合いしかないので間違っているのかもしれません。
でも、何故かこの時の私には妙な確信がありました。
(中山君好きな人がいるんだ)
と。
そう考えた瞬間、ズキリと今まで感じたことのない鈍い痛みが私の胸に走りました。




