第18話 中山君はお姫様とも仲が良い
『今日どうする?』
『来週の一教科目ってなんだっけ?英語?』
『部活休みだー!マジ最高』
中山君が私のストラップを探しに来てくれた日の放課後。
教室は慌ただしくなっていました。
理由は、二年生で初めての定期考査が来週に差し迫っていると先生から改めて告知を受けたからです。
『何処でテスト勉強する?たーちゃん、浜ちゃん』
『どこでもいいわよ私は』
『うーん?私も正直場所はどこでも良いんですよね』
私も定期考査に向けてどうするか美琴ちゃんと二年に上がって仲良くなった浜口ハルカちゃんと話していると、『ねぇねぇ、田中さん達ちょっといい?』と声を掛けられました。
顔を上げてみると、桃色髪を持つ美少女が机の前に立っていました。
『春ちゃんどうしたの?』
美琴ちゃんが春ちゃんと呼ぶ彼女の名前は春野美果さん。
冷乃ちゃんと並ぶほどの美貌と愛嬌を持っており、四季姫という異名までが付けられる主役の一人。私とは違う本物。
春野さんとは今年から同じクラスになったのですが、殆ど交流はなく美琴ちゃん同様に私も首を傾げていると彼女は『実はね』と言って後ろにいる女の子の集団に目を向けました。
『あそこにいる女の子達と勉強会しようって話してさ。まぁ、購買のお菓子を食べながらダラダラやる感じになると思うからあんまり捗らないかもだけど。良かったら三人もどうかな?あっ、全然無理そうなら断ってくれて良いからね』
春野さんから切り出されたのは勉強会もとい女子会へのお誘いでした。
『どうする?正直私は今日軽くやってダラダラするつもりだったから行ってもいいと思うけど』
『私はちょっと遠慮したいわね。今回のテストが悪かったらお小遣い減らされるのよ。だから、出来ればこの一週間は有意義に使いたいの』
『賛成反対で一対一か。たーちゃんはどうしたい?』
『私は……』
それに対して美琴ちゃんとハルカちゃんの意見が割れ、私は最終判断を迫られました。
正直に言えばあまり行きたくはないです。
別に春野さんのことが嫌いというわけではなく、私が憧れた場所にいる彼女を妬ましいと思う醜い自分が嫌だから。
春野さんにそれがバレて不快な思いをさせてしまうかもしれないので行きたくないです。
でも、そんな私の思いとは裏腹にお腹の虫がぐぅーと音を鳴らしました。
『ぷっ。ふふっ、やっぱりお邪魔させてもらおうかしら。このままだと何処かの誰かさんがお腹が減って勉強に集中出来無さそうだから。お菓子は沢山用意してあるんでしょう?』
『勿論!ふっふっ、実は今日の勉強会のために購買のパン屋で大量のドーナツや菓子パンとか買ってるし、コンビニで買ってきたビッグサイズのポテチとかもロッカーに隠してあるんだ。だからその辺りは満足してもらえると思うよ』
『やったね、たーちゃん。今日は春ちゃんの奢りだって』
『ううっ〜!?二人とも意地悪しないでください』
結果、勉強会への参加が決定。
私は三人から生暖かい目を向けられてしばらくの間、居心地の悪い思いをすることになるのでした。
『はい、ここが本日の会場です。好きにくつろいでね』
春野さんに連れてこられたのは天文部の部室でした。
何でも、天文部に所属しているクラスの子が使わせてもらえるよう先生に取り計らってもらったそうです。
一応、勉強する科目ごとにグループを組み席に着くと女子会がスタート。
春野さんが各テーブルにお菓子が積まれた紙皿を配ってくれました。
私は申し訳ないと思いながらも、お腹の虫を鎮めるためチョコスプレーのかかったドーナツを一つ手に取りました。
『美味しい』
流石は購買の激レアパン。
チョコの甘みとドーナツの素朴な味のバランスが丁度最高で思わず口から感想が溢れました。
『本当?じゃあ、ウチも食べてみようかな?』
すると、隣に座っていた金髪の制服を着崩しているギャルのような子が反応し、私と同じドーナツを食べ『おいふぃーー!』と顔を綻ばせました。
『ですよね』
『うんうん!普段購買とか使わないから知らなかったけど、マジ最高!鬼リピ確定。明日から絶対買いに行く』
それをきっかけに私達は意気投合。
『それなら、ついでにこちらもオススメですよ。この揚げパンがサクサクもちもちで美味しいんです』
『どれどれ?ほんふぉだ!おいふぃー!教えてくれてありがと……えっと?なんて名前だっけ?ごめんね。ウチ自己紹介の時に寝てたからまだクラスメイトのことを覚えてなくて』
『あはは、大丈夫ですよ。恥ずかしながら私もまだ全然覚えきれてなくて。とりあえず、私の名前は田中純香です。貴方のお名前を伺っても良いですか?』
『ウチは榎本カリン。気軽にカリンって呼んで』
『はい、カリンちゃんですね。私は呼びやすい方で構いませんよ』
『じゃあ、すみっぺで。すみっぺこれからよろしく』
お互いに自己紹介を交わし、私とカリンちゃんは仲良くなり色々な話をしました。
『ウチ、ちょっと分かんないところあるから聞こうと思ってたんだけど。この調子だと難そうだね』
『あはは。でも、まだ時間もありますし良かったら教えましょうか?これでも結構英語は得意なんですよ』
『まじ!?チョー助かる。えっとね、ちょい待ち。確かここ!ここがどうしてこんな文章になるのか分かんなくてさ』
その途中でカリンちゃんが勉強をするために来たという事を知り、私は日が暮れるまで彼女の勉強に付き合うのでした。
『すみっぺ!今日は色々ありがとね!ちょー助かった!今度また遊ぼうね』
『はい!また明日』
そして、勉強会が終わり私はこの後に用事があるというカリンちゃんを見送ると、美琴ちゃん達と合流するため一度校内に戻ることにしました。
『えっ?』
『いやぁ〜、悪いね中山君。ゴミ捨てに付き合わせちゃって』
『ゴミ捨てじゃなくて証拠隠滅の間違いだろ』
『アハハ、そうとも言う。いやぁ〜、日直の中山君が残ってて助かったよ』
校内を歩いていると、偶然春野さんが中山君と並んで歩いているところを発見しました。
(凄く……仲が良さそう)
当たり前といえば当たり前でした。
元々二人は一年の時に同じクラスで中山君と春野さんはお人好しだから、困っている人を助けていくうちに面識を持って話をするようになってもおかしくない。
そう頭では分かっているのですが、気楽に話しているお二人を見ていると私の胸はキュッと痛くなってしまって、思わずその場から逃げ出していました。
『はぁ、はぁ』
人が殆ど居なくなった校舎を走ることしばらく。
私が逃げ込んだのは吹奏楽部の部室でした。
たまたま、自主練をしていた部員の誰かが鍵を掛け忘れていたようで、私は部室に入って扉を閉めると、その場にぺたりとその場に力なく座り込みました。
(……何を逃げているんでしょう私は)
息を整えること数分。
ようやく、頭に酸素が巡り始め冷静になった私は今までの自分の行動を振り返って苦笑いしました。
そもそも、別に逃げる必要なんて全くないのですから。
何故なら、私は知っていたからです。
春野さんが中山君のことが好きではなく夏瀬君という幼馴染に片想いをしていることを。
だから、二人が恋仲になることはないと分かっていたのです。
(もし、春野さんが夏瀬君に振られたら?中山君と付き合うんじゃ?)
でも、それは今の話。
一年後、三年後のたらればの未来を私が勝手に想像して不安になってしまっただけ。
一言で言うと自爆です。
本当馬鹿ですよね。
『……何であんなことを考えたんでしょう私』
嘲るように小さく吐き出した私の言葉は部室を木霊して、やがて夜の闇に溶けて聞こえなくなりました。
『あぁ、そっか。私──』
その後、沈黙が部屋の中を支配し、ぐちゃぐちゃなままの頭で原因を考えていると、不意に答えが降りてきました。
『──嫉妬してたんですね』
とはいえ、口に出すまでは半信半疑でしたが。
声にしたことで私の胸の中にストンと落ちました。
『……彼女でもないのに何をしてるんですか。私にそんな資格なんてないのに。本当馬鹿ですね』
それを受けて、スッキリした私は改めて自身に向けて罵倒の言葉を吐きました。
自分の気持ちに気が付かないように。
昔のように期待しないように。
『みっともない』
『恥ずかしい』
『バカバカバカバカ』
胸の鼓動が収まるまで何度も何度も繰り返すのでした。
◇
次の日。
妙に寝つきが悪かった私は瞼をこすりながら学校に登校しました。
『あっ、おはよう。田中さん、昨日は楽しんでくれたかな?』
教室に入ってすぐ、たまたま扉の近くにいた春野さんに声を掛けられました。
『春野さん……。おはようございます。はい、おかげさまで新しく友達が一人増えました』
春野さんの顔と顔を合わせたことで昨日の出来事を思い出し罪悪感を覚えましたが、私は長年培った作り笑いでそれを覆い隠しました。
『そっか!なら、良かったよ。田中さんは勉強が教えるのが上手いって同じグループだった子達が言ってたから、出来ればまた参加してくれると嬉しいな』
『機会があれば是非』
幸いなことに上手く隠すことに成功。
私は春野さんと穏やかなまま別れ自分の席に向かいました。
『おはよう、田中さん』
椅子を引っ張たところで、中山君が私の存在に気が付き声を掛けてくれました。
『おは、おはようございます、中山君』
いつも通りのことなのに、何故かこの時は妙に緊張してしまって思わず声が吃ってしまったのです。
そんな私を中山君が不思議そうに見つめてきて、頬に熱が帯びるのを感じた私は顔を背けました。
そして、鞄に入れていた教科書達を机の中にしまうと突っ伏しました。
『田中さん眠いなら寝て良いぞ。SHR始まったら起こすから』
しばらくして、中山君が突然そんなことを口にしました。
どうやら、私の変調が寝不足だと思われたようです。
一応メイクで隈はちゃんと隠したはずなんですけど、なんで分かったのでしょうか?
(うぅ〜、恥ずかしいです)
クラスの全員を誤魔化し切れると思っていただけに、中山君にバレたのはショックが大きく私は枕代わりにしていた鞄を思わず抱きしめました。
でも、不思議なことに口元は緩んでいて。
『……お願いします』
気が付けば、私はモニョモニョとした声で中山君に目覚ましをお願いしていたのでした。
『田中。これ運んでもらっていいか?』
『あっ、はい。分かりました』
中山君のお陰で無事朝のSHRが終わり、次の授業の準備をしようとしていたところで、私は手を止めました。
担任の本田先生から課題のノートを持って行くよう頼まれたからです。
私はノートを運ぶべく席を立ち上がり、教壇に目を向けると大量のノートの山を発見。
(そういえば今日は二種類のノートが集められる日でした)
私がどうしたものかと遠い目をしていると、少し離れたところから『中山くーん。手伝って』と教室の端から彼に助けを求める声が上がりました。
視線をそちらに向けると春野さんが重そうな物を抱えているのが見えます。
中山君も私の後に続くように視線をチラッと向けた後、『……──よりやがって』と何かを呟き溜息を一つ吐きました。
『悪い。先約があるから無理だ』
そして、たった一言そう言うと中山君はスタスタと教壇の前に移動し、私が運ぶ予定だったノートの山を半分抱えました。
『そんなぁ〜!?』
中山君はガビーンと落ち込む春野さんのことを無視して、私の元までやって来ると『たしか、職員室で良いんだよな?』と話しかけてきました。
『えっ?』
当然、中山君に手伝いなど頼んでいない私は大困惑。
事態が飲み込まないでいると、『そうか。じゃあ、先に運んでくるな』と、中山君は勝手に話を進めて廊下の方に出ようとして、私は慌てて残りのノートを抱えて彼の後を追いかけました。
『あの、中山君、春野さんが困ってたのに助けなくていいんですか?』
追いついてすぐ、私は中山君に春野さんについて問いかけると、目を丸くし次いでカラカラと笑い始めました。
『あぁ、大丈夫大丈夫。問題ねぇよ』
『えぇ〜?春野さんとはお友達じゃないんですか?』
流石に友人を見捨てるのはどうかと私が遠回しに注意すると、中山君は『友達だからこそだな』と言って全く反省の素振りを見せませんでした。
私は中山君の言っていることが理解出来ず、疑問符を浮かべることしか出来ないでいると彼は『それに』と言葉を区切ってこちらに振り向きこう言いました。
『田中さんの方が困ってそうだったし。流石にこっちが優先だろ』
『ッ!?』
中山君の言葉を聞いた瞬間、私の鼓動が一気に跳ね上がりました。
心臓がバクバクと音を鳴らし、周りの音が段々と聞こえなくなって身体の色んなところが汗が滲む。
顔が徐々に赤くなっているのが分かります。
でも、それはジワジワと遅く嫌な感じは全くせず、朝の時と同じように口元が緩んでいて。
『ふふっ、変な人ですね。中山君は』
気が付けば私は思ったことを口にしており、それを聞いた中山君は『ひでぇ。そんなことないだろ』と抗議の声を上げました。
それから職員室にノートを運ぶまでの間はとても和やかで私にとってはとても長く感じられました。




