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異世界雑貨屋

 試しに書いたやつです。気軽に呼んでください。

 店の窓から見える街の大通りには、様々な格好をした人たちが行き交っている。ひと目で貴族とわかる者、貧しそうな身なりの者。その中にはヒトと呼ばれない者も混ざっている。獣の耳を携えた者、尻尾を生やした者。その性別や背丈、体型は本当に多種多様だ。

 それがこの街、ホーミルの特徴でもあった。この街、ホーミルはこの国でも有数の商業地域。それがこの人種の多様さを生んでいた。

 そんな街でひっそりと商売を続ける俺の名前はジークリート。この雑貨屋、『カクレトカゲの尻尾屋』のしがない店主だ。雑貨屋、なんて偉そうに言っても、日々何とか暮らせるくらいの稼ぎしかない。親父が病に倒れてから家督を継いで細々とやっているが、一向に業績が上向く気配はない。まったく、自分の商売のセンスのなさにはため息がでるぜ。この店は親父の代のころの客や、物好きな常連たちで何とか成り立っているといった具合だった。まさに自転車操業と言うのがふさわしいだろう。

 俺がカウンターに向かって溜息をついていると、ドアベルが鳴って客の来店を知らせた。

「いらっしゃい」

 入口のドアが開いて、外の光が差し込んできた。薄暗い店内に日が差して、床に乱雑に置かれた商品たちがさまざまに日光を反射する。その一束が俺の顔に向かって、まぶしさに顔を顰めた。

「なんて顔してるんですか、店主さん」

 そう言いながら店の奥へと入ってきたのは、常連の女客だった。

「ああ、アンタか。どうも」

 ブラウンのソバージュを緩く束ねた女は、カウンターの前まで来ておもむろにカウンターの上の商品を手に取った。平日の昼間に来ることの多いこの女は、名前こそ知らないが常連として見知った仲だった。女が商品を手に取るのに少し前かがみになると、そのゆるい胸元が開いて深く影を落とす谷間が見えた。

 ゆったりとした服を着てくることが多いこの女客は、きっと夜職なんだろうと勝手な邪推をする。この店に来るのも平日の昼間が多いし、なによりこの客が醸し出す色気たるや、並の町娘が身につけられるようなものではない。

 左目の下の涙ボクロや、その豊満な肉付きといい、男を惑わすことに振り切ったような雰囲気の女は、意外なことにも毎回買っていくものは実に地味だった。

「店主さん、じゃあこれ」

 カウンターの上の商品を一通り物色した女は、俺の前に一束の原稿用紙とブルーのインク瓶を置いて、その横にコインをきっちりと並べた。コインを数えれば置かれた商品の値段丁度で、お釣りを渡さなくていいことに少し嬉しくなる。

「じゃあ、丁度。まいど」

 この水商売風の女はこうしていつも紙やらインクやらを買い込んでいくのだ。それも結構なハイペースで。それでいつしかこの女の顔を覚えるようになった。無論、買っていく商品が印象的だったから覚えたのであって、巨乳だから覚えたとか、美人だから覚えたとかそんなことはない。決して。誓って。

「店主さん、ミスリル製のペンっておいてあったりしない?」

 女は会計が終わってもなかなか帰ろうとしないので、おかしいなと思って眺めていると、店内を見渡したあと振り返ってそう言った。

「ミスリルのペン……? 在庫は売れちまって今はないな。仕入れてくれば出せるが、少し時間がかかるぞ」

 ミスリルのペンと言うと、その丈夫さと魔力伝導性の良さからくる書き味の軽やかさで、プロの作家御用達のペンだ。そんなペンをなんでこんな商売風の女が、と思うが、客のプライベートに踏み込まないのがプロってもんだ。だから俺はあえて何も聞かずに、後で発注だけできるようにメモを取っておく。

 しかしまあ変わった客だ。こんな古ぼけた雑貨屋でわざわざ買うよりも、そういう専門店に行ったほうが早いというのに、なんでこんな店で頼むんだろうか。

 そんな俺のボヤキは聞かれていたようで、気悪くした風でもない女は言った。

「前使ってたペンもね、この店で買ったんだ。前の店主さんが特別に安くしてくれてさ」

「へぇ、親父が」

「それで次もこの店で買いたいんだよね。なんというか、恩返し? みたいな」

 そう言って笑った彼女は、商売女の雰囲気を脱ぎ捨てて町娘のような笑顔を咲かせた。

「……」

「店主さん?」

「ああいや、すまん」

 思わず彼女の笑顔に見とれてしまっていた俺は、それを彼女に指摘されてしまった。そういう視線には慣れているのだろう。さっきとは違いこなれた笑顔でそれを躱し、踵を返した。

「それじゃあ、ペンお願いしますね」

「あ、ああ。次に来たときに入荷してたら教えるよ」

「では」

「まいどあり」

 ふわりと花のようないい匂いを残して彼女は店から去っていった。店には再び静寂が戻る。

 俺は彼女から受け取ったコインをしまい込んで、店の裏へと向かう。

 さて、あのミスリル工房の頑固ジジイは元気だろうか。工房は隣町だ。わざわざ発注書を出すよりも、直接向かってしまったほうが早いだろう。もし俺が魔法が使えれば、連絡がすぐ取れて楽なんだがな。なんて一人でぼやきながら、外出の準備をする。あの頑固ジジイへの手土産は何がいいだろうか。そうだ、確か別の常連客からもらった上等な酒があったはずだ。どこにしまったかな……。

 そうして酒を片手に俺は隣町へと向かう。




 ある日の街は雨だった。だからか街は閑散として、店の窓から見える大通りはほとんど人が歩いていない。今日は早めに店じまいをしてしまっても良さそうだと思い、晩酌はどの酒にするかと思いを馳せる。砂漠のオアシスの街でしか手に入らない甘ったるい穀物酒もいいし、氷河の近くの街で出会った辛ぁい蒸留酒もいい。

あちこちを旅して出会った様々な酒を、商人という立場を利用しては仕入れては自分が楽しむために取ってあるのだ。まあ、店に並べようにも酒を売るのには免許がいるからそもそも無理なのだが。しかし、仕入れる分には問題ない。男やもめのさみしい晩酌がそれで彩られるならそれでいいのだ。

「ジークくん、やってるかい?」

 雨の日はやっぱりエルフの酒だよな、なんて一人物思いにふけっていると、突然ドアベルがなって傘をさした紳士然としたロマンスグレーの男がやってきた。

「レオーネさん」

 彼は数少ない名前まで知っている客の一人だ。親父の代からの付き合いで、俺がまだ小さい頃から彼には良くしてもらっている。

「いつ(・・)もの(・・)ですか?」

「ああ……。頼むよ」

 辺りをうかがうようにキョロキョロと首を振ったレオーネさんは、神妙な面持ちで俺を見つめる。

 俺はカウンターの下から紙袋を取り出して彼に手渡した。

「ありがとう」

 そう言ってレオーネさんは金貨を懐から取り出して俺の手のひらの上に置いた。本来の値段であれば、半分の銀貨五枚で十分なのだが、普段から彼はこうして倍の値段で買い取ってくれる。最初の頃は俺も遠慮していたが、チップということでありがたく受け取っている。

 貴族である彼からしたら、月に数回のその程度の支出は屁でもないのだろう。そしてこのチップの意味として、口止め料も含まれているのだと思う。

 なにせ、レオーネさんが大事そうに抱えるあの紙袋の中身は精力剤。妻との営みに事情を抱えているレオーネさんには必須のアイテムだ。そこそこ地位のあるらしい彼がそんなものを買っていると世間に知られようもんなら、ちょっとした騒ぎになりかねない。それを防ぐための口止め料ってわけだ。

 肝心なときに気合が入ってくれないときの辛さは同じ男として痛いほどに分かる。チップを渡されたりなんかしなくても、俺は口外することはないのだが。まあ、それは俺の晩酌用の酒を仕入れるための軍資金としてありがたく頂戴しておこう。

 ちなみに、精力剤と言ったものの、薬というわけではない。薬を売るのにはもちろん免許が必要だし、医師の診断だって必要だ。いわば民間療法みたいなもので、とある民族が独自で調合したエナジードリンクみたいなものだ。俺が以前娼館で試したときはしばらく出禁になるくらいだったから、その効果は折り紙付き。

 レオーネさんには俺が使ったときより半分に薄めたものを売っている。それでもレオーネさんから不満の声は聞こえてこないから、ちゃんと効果を発揮しているのだろう。

 さてさて、そんな他人夫婦のベッド事情を考えていても無粋だ。俺は去ろうとするレオーネさんと、男と男の固い握手を交わし、哀愁漂うレオーネさんの背中を見送った。

 レオーネさんを見送ったら、今日は店じまいだ。雨風が強まってきたし、しっかりと戸締まりをしておこう。

 一旦店の奥へと下がり、雨具を持ってくる。アメトカゲの皮製のそれは、頭からすっぽりとかぶるように身に着ける。形はポンチョが近しいだろうか。その撥水性能は凄まじく、かといって蒸れることはないから雨の日に重宝している。

 入口から外に出て、外から雨戸を閉める。古い造りのこの店は、外からしか雨戸を閉めることができない。重い引き戸を引きずって、窓に雨戸をつけて、中に入ろうとしたとき、後ろから水たまりを跳ね上げる音が聞こえた。

「あのっ!」

「ん?」

 後ろから声が聞こえて振り向くと、そこにはずぶ濡れの少女が立っていた。




「店長!」

「なんだ、騒がしいな」

「これ、壊れちゃいました!」

「なっ、お前、これ……」

 真っ二つに割れてしまった看板を俺は奪い取り、すぐさま接着剤を探す。

「あのなぁ、いい加減、どのくらい力を入れたら壊れちまうか分かれよ! 何回目だ、看板壊すの!」

「はい! 四回目であります! ――いでっ、殴ることないじゃないですか!」

 俺は眼の前でおどける少女に鉄拳制裁をして、看板を接着剤でつける。元々ボロい看板だったが、この力加減を知らない少女の犠牲となり、もう何回も壊されてしまっている。

 俺はカクレトカゲのシルエットを象った看板を店の表に掛け直し、店の中に戻った。

「いいか、ミーナ。次同じことしたら追い出すからな」

「ぶえっ?!」

 ミーナは汚い奇声を上げて目を剥いた。この少女はあの雨の日に拾った少女だ。濡れ鼠のまま表に立たせておくわけにもいかなかったから、家に招いて風呂に入れてやったのだ。どうも身寄りがないらしく、そのままなし崩し的にこの店で引き取ることになってしまったのだ。今度レオーネさんが来たら相談してみようと思う。地位のある人だから、この娘のこともなんとかしてくれると思う。

 この店の稼ぎで働かないやつを置いて養うだけの甲斐性はなく、ミーナもウチの従業員として雇うことにした。雇うと言っても、給料はない。十分な衣食住と清潔な風呂を提供してやるだけだ。

 ミーナがウチに居着いてから数日。随分とお転婆な彼女には手を焼かされている。看板を割るのだけじゃ飽き足らず、皿洗いをさせては皿を割り、洗濯をさせては服を破る。まあなんとも困った従業員なわけだが、彼女が来てから、妙に客入りがいい。ずっと野郎一人で切り盛りしてきたから、急に現れた幼い少女の店員が物珍しいのか、常連だけじゃなく、初見の客もちらほら入ってくる。おかげ稼ぎは増えたものの、もともと少ない客を相手する前提で仕入れなどを行っていたから、在庫がなくなる商品も出てきていた。

「店長、お客さんです!」

 俺が奥で在庫の確認をしていると、ミーナの大声が聞こえてきて、それからやかましい足音が近づいてきた。

 どたばたと床を蹴る音、その合間合間にものを蹴飛ばして床を転がる音が聞こえてくる。あいつ……、商品をなんだと思ってる……。

「店長ぉ!」

 そんな調子で走り回っていると、いつか転んで怪我するぞ。

「いたぁい!!」

 ガツン、と勢いよくぶつかる音、床に何かが落ちる音、ミーナの悲鳴。そして静寂が訪れる。

 ほれみろ。

「ったく、大丈夫か?」

「ふぇぇ、擦りむきましたぁ……」

 膝を抱えるミーナは涙目で俺を見上げる。涙目のコイツは余計に幼く見える。ウチに来た初日に年齢を訪ねてみたが、だいたい10歳くらいということは分かるが、細かい年齢はわからないそうだ。……そういう自分の年齢も家名もわからない子どもは一定数いる。いくら商人が集まって景気のいいこの街でも、人が多い分そういうのがなくなるわけじゃない。みんな見ないようにしているが、スラムだってある。国の偉いさんも自分たちの地位を守るのに必死で、そういうことを改善しようとは思っていないのだ。

「お薬をぉ……」

「何泣き言言ってんだ。こんなの薬つけるまでもねぇ。唾でもつけてろ」

「店長ぉ……」

 くすんくすんと鼻を鳴らすミーナを放って、店に出る。実際、アイツの怪我は大したことない。若い治癒力なら二、三日できれいな肌に元通りだろう。アイツがあんな風に大げさに振る舞うのは、その育ってきた環境に甘える相手がいなかったことへの反動だろう。

「こんにちわ、店長さん」

「やあ、アンタか」

 ミーナが俺を呼んだ理由はいつも通りの色気を纏ってカウンターの前に佇んでいた。

「ミスリルのペンならもう届いてるよ。ちょっと待っててくれ。奥から取ってくるよ」

「え、もう?」

 この水商売風の女が来てから、一週間も空いていない。普通の店だった入荷にもう少しかかるだろうが、工房のジジイと知った仲の俺ならこのくらいあれば用意できてしまう。女は思っていた以上に早く完成したことに目を丸くしていた。

「美人さんが待ってるって伝えたら、超特急で作ってくれたよ」

「まあ、お上手」

 女は顔を綻ばせた。

 ――割りとおべっかやお世辞ではない。あの色ボケジジイ、そうでも言わないといつまで待たせるかわかったものじゃないからな。いい歳こいて女の尻ばっかり追いかけやがって……。まあ、紹介してくれる店はみんなアタリばかりだし、仕事は丁寧だから文句は言えないのだが。

「じゃあ取ってくるよ。そこで待っててくれ」

「うん」

 そう言って俺は再び店の奥へと戻る。しょげた顔で自分が散らかした商品たちを片付けるミーナを横目に、引き出しを開けて木箱を取り出す。

「お待ちどおさん」

 そう言って俺は木箱を女に手渡した。

「開けても?」

「もちろん」

 木箱を嬉しそうに受け取った女は、瞳をキラキラとさせていた。そうしていると普段の色気はどこへやら、年頃の町娘のように見えるから不思議だ。

「まあ……。いいわね、シンプルで」

 うっとりとした顔で木箱からペンを取り出した女はそう呟いた。女の言う通り、ペンのデザインはシンプル、というよりも武骨なものだった。華奢でか細い女の手にはいささか太すぎるようにも思えるが、あの仕事だけはきっちりやる頑固ジジイの作だ。きっとすぐに馴染むことだろう。

「ありがとう。大事に使うわ」

「そうしてくれ」

「これ、お代」

「まいど。……って、これじゃあもらい過ぎだ。半分でいい」

 女が差し出してきたのは、相場の倍の額のコインだった。

「こんなに早く仕入れてくれたんだもの。それに先代におまけしてもらった分もあるし。言ったじゃない、恩返しって」

 そう言って女は微笑んだ。

「しかしなぁ……。アンタがいつもウチに買いに来てくれてるだけで十分恩返しだよ」

「いいんです。気持ちなんだから。受け取ってよ。こう見えて売れっ子なんですから」

 そりゃあ、そのルックスなら売れて当然だろうけど。

 その後もいやいや、まあまあ、と押し引きを数ラリーして、結局折れた女がそっとコインを懐にしまって決着となった。

「……なら、今度ウチのお店に来た時にサービスしてあげますね」

 目じりを下げた女がしなを作って言った。

「裏通りにある『猫の舞踏』ってお店。ご存じ?」

「ああ。行ったことはないが、名前くらいは」

 確か女の子とお酒が飲みながら、楽しくお話をするというコンセプトの店だったはずだ。この街は大通り沿いこそ普通の商店やウチのような雑貨屋なんかが並ぶが、裏通りと呼ばれる通り沿いにはそういう風俗店が多くある。店によっちゃもっと過激な店や、もっと露骨に娼館なんかもある。この女がそう(・・)いう(・・)店に勤めていないことがわかって嬉しくなるのは、少しこの女に入れ込み過ぎだろうか。

「アンって名前でやってますから。指名してくださいねっ」

「わかったよ」

 源氏名とはいえ、初めて彼女の名前を知ることができて、ちょっとした優越感に浸る。

「わあ、かっちょいい~」

 俺とアンが話していると、裏から戻ってきたミーナがひょっこりとカウンターから顔を覗かせて、木箱に入ったペンをしげしげと眺め出した。

「こら、お客さんのだぞ」

「ふふ、いいのよ」

 俺に注意されてすぐさま手を引っ込めたミーナだったが、アンからそう言われて嬉しそうにペンを手に取った。

「ふわぁお……」

 光をキラキラと反射させるペンが物珍しいのか、ペンを持ち上げて様々な角度から眺め出した。

 そんな様子を見て、俺はふと昔のことを思い出した。

 ――――――

 ――――

 ――

 親父がまだバリバリの現役だったころ、この店は雑貨屋ではなく、それなりに大きな商店だった。家具から小物まで、何でもそろうような街でも指折りの規模の店だった。

 そんなかつてのウチの店でも魔道具を扱っていて、魔道具を置いたその一角にミスリルのペンは置いてあった。

「わぁ……。綺麗……」

 親父の手伝いで商品を並べる手伝いをしていた俺は、その魔道具のコーナーでミスリルのペンが入ったショーケースを眺める、同い年くらいの少女を見かけた。

 その少女は貴族の娘か、はたまた大商人の娘なのか、とても綺麗な身なりをしていた。なにより、その顔立ちの綺麗さに思わず見惚れてしまった。ショーケースを覗き込むそのキラキラとした瞳にペンが反射する光を映して、薄い桜色の唇にあどけない笑みをたたえていた。

「……あの」

 俺は思わずその少女に話しかけていた。

「――! あ……」

 少女は肩を跳ねさせて振り向いた。話しかけられた相手が子供の俺だとわかると、露骨に胸をなでおろした。店員に注意されると思ったのかもしれない。

「それ、欲しいの?」

「ええ。ですが私の所持金では足りないようですわ……」

 商人の息子風情が話しかけないでくださいまし、と言われることもあるかと、話しかけておきながら身構えていたが、このお嬢さんはそんな高飛車ではなかったよだ。財布の中身を見せながらお嬢さんはしょんぼりとしていた。

「ああ、これじゃあ足りないね」

 俺がその財布の中を覗くと、平民じゃ考えられないような額のコインが入ってはいるものの、それでもミスリルのペンを買うには足りなかった。

「以前来た時よりも高くなっていますわ……」

「ミスリルが採れなくなったって父さんが言ってたよ」

「そうなんですのね……」

 肩を落とすお嬢さんは、ショーケースに振り返って、またキラキラとした瞳でペンを見つめた。

「……また、ミスリルが採れるようになって元の値段に戻るよ」

「だといいですわ……」

 俺の下手な慰めに、お嬢さんは表情を変えずにガラスケースを眺め続けていた。

 ――

 ――――

 ――――――

 ちょうどあれは俺がミーナくらいの歳のことだった。あの時のお嬢さんもミーナと同じようにキラキラとした瞳でペンを眺めていたっけ。思えばあれが俺の初恋だったのかもしれないな。

 結局、あれからミスリルの高騰はしばらく続いて、ミスリルのペンの値段が元に戻ったのは数年してからだった。その頃にはあのお嬢さんを店で見かけることはなくなったが、あのお嬢さんはどこで何をしてるんだろうか。

「店長、ミーナもこれが欲しいです!」

 と、俺が一人感慨にふけっていると、ミーナがそう言ってペンを振りかざした。

「ばか、十年早いぞ」

「そんなぁ」

「ふふふ、そんなことないわよね」

「そうです!」

 俺とアンの言う事の間でコロコロと表情を変えるミーナは見ていて面白かった。

「そういえばこの娘、前は見かけませんでしたけど。娘?」

「まさか。俺ぁまだ26だぞ」

 アンは私と同い年……? と呟いて黙り込み、俺とミーナを見比べた。親子ほどの年の差があるように見えるかね。俺はそんな老け顔か?

「居着いちまったんだよ。仕方なく雇ってる」

「そうだったの」

 苦笑いを浮かべたアンはミーナの頭に手を置いて優しく撫でた。

「良かったわね、いい人に拾ってもらえて」

「はい!」

 慈愛の表情でミーナを撫でるアン。ミーナは目を細めて気持ちよさそうに撫でられていた。いいな、そこ代われ、ミーナ。

「それじゃ、ありがとうございました」

「ああ。まいどどうも」

「お店、来てくださいね」

「はは、ああ。わかったよ」

 アンの可愛らしい念押しに苦笑いを返し、木箱を大事そうに抱えたアンを見送った。

「また来てくださいねー!」

 ミーナは撫でられたことでアンに懐いたのか、両手を大きく振ってアンを見送り、アンもそれに対して、胸のあたりで小さく手を振ることで応えた。


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