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名探偵、隣人からの「壁ドン」をヒントに難事件の数々を華麗に解決する

 俺は数々の事件を解決してきた名探偵。

 今日の俺は、相棒といっていい刑事さんと一緒に、ある殺人事件の容疑者の自宅に踏み込んでいた。

 凶器さえ発見できれば、あとは逮捕するだけという状況だ。


 容疑者の青年は俺と同じくアパート住まいでさほど部屋は広くない。

 また、太鼓叩きの達人としてならしており、縁日などのイベントではよくその腕前を披露している。

 その太鼓好きが高じてか、部屋にはこれ見よがしに和太鼓が置いてある。だが、凶器は刃物であり、太鼓ではない。

 俺と刑事さんはさっそく家探しを開始した。


「必ず凶器を見つけるぞ、探偵君!」


「ええ、刑事さん!」


「ふふふ……見つかるわけないですけどね。なにしろ俺は犯人じゃないんだから」


 不敵に笑う青年。

 俺たちは部屋の中のクローゼット、押し入れ、タンスの引き出し、天井裏、ありとあらゆるところを探した。

 状況的に犯人はこの青年しかあり得ず、必ず見つかるはずだった。

 しかし――


「見つからん……!」刑事さんが愕然とする。


 俺も同様だった。こんなはずじゃなかった。


「無実の人間を疑って、しかも家探しまでして……刑事さんも探偵さんも転職先を考えた方がよさそうですねえ」


 青年にこう言われ、俺は歯噛みした。



……



 俺は失意の中、夜遅く自宅アパートに帰宅した。

 俺の探偵としての名声が失われてしまうことなどどうでもいいが、奴を追い詰められなかったのが悔しかった。

 だが、こういう時こそ焦りは禁物である。俺はピンチの時、自分の口で事件概要を整理することにしている。ルーティンワークというやつだ。


「容疑者はあの青年、彼は太鼓叩きの名人で、自分の和太鼓さえ持つほどの腕前だ」


 身振り手振りをつけ、俺は続ける。


「凶器さえ見つければ決定的な証拠となる。被害者の傷口から見て凶器はおそらくナイフ、どこかに隠し持っているはずなのだが……今日刑事さんと家探しした結果、どこにも見つからなかった! 家じゅうをくまなく探したのに!」


 俺たちが帰る時の青年の勝ち誇った顔がよみがえる。


「どこだ、どこにあるんだ!? 彼はどこに凶器を隠し持っているというんだ!?」


 すると、隣の部屋からドンドンと音がした。

 せっかく考えを巡らしていたのに、中断されてしまった。

 しかし、ドンドンという音でふと思い浮かべる。この音は壁を叩くことで生じている。叩いて音を出す楽器といえば太鼓だ。容疑者の得意楽器。

 太鼓はなぜあんないい音が鳴るのか。叩くと膜が振動するからだ。音の正体は振動だからな。つまり、太鼓の中は空洞になっている。でないと振動しないからな。

 待てよ。太鼓の中は空洞……?

 俺の中に一つのひらめきが浮かんだ。すぐさま刑事さんに電話をかける。


「刑事さん、分かりました! 凶器がどこにあるかが!」


 俺たちは青年のアパートに急行した。

 青年は和太鼓を処分しようというところであり、まさに間一髪だった。

 抵抗する青年から和太鼓を取り上げ解体すると、中からは血塗れのナイフが出てきた。もちろんその場で逮捕される。

 彼はナイフを太鼓の中に隠し、しかもそれを堂々と部屋に飾ることで、俺たちからナイフを隠し通したのだ。まったく大胆なことをやってくれる。

 刑事さんが俺に笑いかける。


「また助けられたよ、名探偵!」


「いえ、犯人を逃すことがなくてよかったです」


 俺は笑顔を返しつつ、本当に事件を解決したのは俺ではなく、俺にヒントを与えてくれた隣人だと感じていた。



***



 ある日、俺と刑事さんは悩んでいた。

 俺たちはある犯罪組織を追い詰めていた。

 あとは組織のボスを逮捕すれば、一気に壊滅させることができるという状況だ。だが、そのボスを特定し切れていなかった。

 この組織はボスを含め幹部クラスの人間には「色」が冠せられることが分かっている。

 種類は五色、赤、緑、青、黄色、白。それぞれの色が誰かというのは、俺たちも掴んでいる。

 五人のうちの誰かがボスということになる。


 だったらさっさと五人とも逮捕すればいいじゃないかと思うだろうが、そうもいかない。五人はバラバラに行動しつつ連携が巧みで、一人を逮捕すればたちまちその情報を他の四人は知るだろう。そして、逃げられる。

 ようするに、五人の中の誰がボスかを見抜き、最初にそいつを逮捕せねばならない。それさえできれば組織は壊滅できる。ただし外せば、ボスには逃げられ、組織は今後も存続していくことになる。そうなったら今回のようなチャンスをまた作れるかどうか。


 これだけだとただの1/5の運任せになってしまうが、手掛かりもあった。

 ボスが手下に命令する瞬間と思われる音声を、かなり不鮮明ではあるが入手することができたのだ。


「さっそく聞いてみるとしよう」と刑事さん。


「ええ」


 警察署にて、音声の再生開始。


『いいか……かならずやれ……』


『どん、ぐり……りました……かならず……』


 音声はこれだけ。

 最初の声がボスのもので、次の声が手下のものなのは分かる。


「声で五人のうちの誰かを特定するのは難しそうだな」


「ええ。それにしても“どんぐり”とはなんでしょう?」


「木の実のどんぐりだろうか? なにかの隠語だろうか? 分からん……」


 結局この日はこのまま解散した。

 しかし、グズグズしてもいられない。向こうも俺たちが逮捕に踏み切ろうとしているのは感づいているはずであり、そうなれば五人全員に逃げられてしまうこともありえる。

 1/5の当てずっぽうに賭けるしかないのか――俺は悩んだ。



……



 夜遅くアパートに戻った俺は、やはりボスの件について悩んでいた。

 五人のうち、いったい誰がボスなんだ。こういう時はやはり、状況を整理するに限る。


「俺たちはついに犯罪組織を追い詰めた。あとはボスさえ逮捕すれば、組織は壊滅するだろう」


 悩むようなポーズを決める。


「ボスと幹部四人は“色”を冠せられており、赤、緑、青、黄色、白の五色。この中の誰かがボスだ。そしてボスを最初に逮捕できなきゃ、ボスに逃げられて、組織壊滅は不可能になってしまう!」


 追っている犯罪組織は凶悪である。詐欺や窃盗、違法薬物や武器の密売、あらゆる犯罪に手を染め、むろん殺人だってこなす。逃すことは許されない。


「誰だ!? いったいどいつがボスだっていうんだ!?」


 すると、隣の部屋からドンドンと音がした。

 またも考えが中断されてしまう。

 だが、このドンドンという音で俺はあることを思い出す。組織のトップには色々な呼び方がある。ボスもその一つだし、親分、リーダー、組長、会長……さまざまだ。

 そしてこんな呼び方もある。ドンという呼び名だ。「ドン・○○」という感じでボスを呼ぶ組織は時折見かける。

 もしさっきの「どんぐり」の「どん」がボスを意味する「ドン」だとしたら……?

 じゃあ続く「ぐり」はなんなんだ。


「あ……!」


 俺は瞬時にある色を思い浮かべた。すぐさま刑事さんに電話する。


「俺です! ボスの正体が分かったかもしれません!」


 俺たちは組織で「緑」を冠せられている男を狙い、電撃逮捕に踏み切った。

 最初男は余裕の表情だった。


「俺を逮捕していいのか? このことをボスが知ったら逃げちまうぞ。釈放してくれるなら、ボスの正体を教えたっていい」


 しかし、俺はこう返した。


「いいや、お前がボスなんだよ……。ドン・グリーン!」


「ぐ……!」


 ボスことドン・グリーンは、冠した色は「緑」にもかかわらず青ざめていた。

 頭を失った組織は指揮系統が混乱し、警察の手で壊滅に追い込まれた。


「また君に助けられたな!」


 刑事さんからは感謝されるが、違うのだ。俺を導いてくれたのは――本当に事件を解決したのは、隣人なのだから。



***



 たとえ犯罪組織を壊滅させたって、世の中が平和になるわけじゃない。

 ある公園で、奇妙な犠牲者が出た。

 巨大な鉄板の下敷きとなって、一人の若者が圧死している。

 普通なら事故で済ませてしまってもよさそうな案件だが、なんとなく事件性を疑った刑事さんが俺を呼んでくれたのだ。


「どうだね? 事故だろうか、事件だろうか?」


「これだけではさすがになんとも……」


 犠牲者である若者の手にはスマホがあった。刑事さんの許可を取ると、俺はスマホを開いた。

 彼が最後に受けたメールはこんな内容だった。


『話がある。公園の黒い塀のところで待っててくれ』


 しかし、見渡しても黒い塀なんてどこにもない。別の公園だろうか。

 若者の遺体は司法解剖に回されることになり、俺はこの事件を家に持ち帰ることにした。



……



 夜遅くアパートに戻った俺は、いつものように声に出して事件を整理する。


「今回の事件はシンプルなようで不可解なことが多い。若者が巨大な鉄板に潰されて圧死していた。事件とはいったが、もしかしたら事故に過ぎないのかもしれない」


 俺は額に手を当てる。


「唯一の手掛かりは若者が持っていたスマホ。最後に受けたメールには『公園の黒い塀で待っていてくれ』と書かれていた。しかし、あの公園には黒い塀なんてどこにもなかった。黒い塀がある公園が他にあるのか? それとも俺が見落としてしまったのか?」


 いくら考えても分からない。黒い塀とはいったいなんなのだろう。


「これは事故なのか!? それともやはり事件なのか!? 亡くなった若者のためにも、なんとしても事件の真相を掴みたい!」


 すると、隣の部屋からドンドンと音がした。

 いつもそうだ。俺が難事件に悩んでいると、隣人はドンドンと壁を叩いてくれる。

 俺はふと、壁というものについて考える。壁とは部屋同士を区切るためのものである。同じく塀も家同士を区切るものである。よく似た存在といえる。

 もし隣人が壁を叩いてこの壁が倒れてきたら、きっと俺は死んでしまうだろう。まあ、そんなことはよほどの欠陥住宅でなければあり得ないことだが。

 いや、待てよ。壁が倒れる……?

 もしも公園に塀があって、それを倒すことができたら、立派な凶器になるよな。いやだけど塀なんてなかったじゃないか。

 ちょっと待て。若者にのしかかっていたあの鉄板。あれがもし立ってたとしたら、塀に見えないだろうか。

 俺はすぐさま刑事さんに電話をかけた。


「刑事さん! やはりさっきのは事件でした! 殺害方法まで分かりましたよ!」


 後日、一人の男が逮捕された。

 建設現場に自由に出入りできる立場の男で、なんと重機を用いて、建設現場の鉄板を持ち出した。

 公園に着いたら、鉄板を立てるように置く。レストランにあるメニュー表を立てておける器具、あれを大きくしたような器具を自作していたそうだ。どうせ倒すのだから、バランスはぐらついていてもよかった。

 あとは簡単。メールで『黒い塀で待て』と呼び出し、若者が来たらバランスの悪い鉄板を殴るなり押すなりして倒す。若者は圧死する。調べると鉄板には足跡もあったので、上から踏みつけてトドメを刺したことも分かった。むろん、自作した器具は回収する。

 動機は、女を取った取られたで被害者とは揉めてたらしい。痴情のもつれというやつだ。

 大がかりかつ雑な事件ではあったが、早期解決することができた。


「あの鉄板が“黒い塀”の正体だったとは……見事だ、名探偵!」


「……」


 俺がこの答えにたどり着けたのは、いうまでもなく隣人のおかげである。

 俺が悩んでいると、いつも隣人が壁を叩いてくれて、それが事件解決のひらめきを与えてくれた。


 隣人は何者なのだろう。

 なぜ、隣人は俺が困った時にいつもヒントを出してくれたのだろう。

 そういえば、俺は普段は事務所にいるので、隣人には会ったことがなかった。


 隣人の正体を推理してみる。

 引退した名探偵?

 それとも俺に他の犯罪者を潰させようとする大犯罪者?

 俺のファン?

 俺の肉親?

 神様のような存在?


 どれもありそうで、どれもあり得ない気もする。いくら考えても分からない。


 とにかく会ってみよう。会って今までの礼がしたい。なんだったらこれからは組んで、一緒に事件を解決したい。隣人となら、どんな完全犯罪だって打ち破れる。そんな気がした。


 俺は隣人宅のベルを鳴らす。

 隣人が出てきた。予想に反して、ジャージ姿の中年男だった。しかし、彼のおかげで俺は数々の事件を解決できた。ぜひお礼を言いたい。できれば助手として探偵事務所に雇いたい。なんなら俺が助手でもいい。


「……なに? あんた?」


 ぶっきらぼうに尋ねてくる隣人に、俺は答える。


「俺は隣に住んでる者です! いつも壁を叩いて下さるあなたにぜひお礼を言いたくて!」


 すると、隣人は俺を睨んでこう怒鳴った。


「ああ、あんたか! あんた、いつも夜中に独り言がメチャクチャうるさいんだよ! 頼むからもう少し静かにしてくれよ!」






春の公式企画に挑戦してみました。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のオチがとても良いですね! 着想が素晴らしいなと思いました!
[一言] 推理の内容が毎回凄い! 力技だけど納得感がある。 オチは案の定でしたね笑
[良い点] 遅れながら作品を読ませていただきました。 手軽に読める文字数にもかかわらず、たくさんの事件が詰め込んであって楽しく読むことができました。 主人公は自分のことを名探偵と言っていますが、「…
2023/05/15 04:00 退会済み
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