異世界魔女は悪役王子の願いを叶える。「ところでなんで帰らないんですか?」
魔女である私のところに願い事をしに来た王子様が、珍しいことに願いを叶えてあげたあともずっとここに居座っているのですが?
この王子様の願い事は、病にかかった姉を助けてほしいというものだった。そして、幾人もの登場人物たちを見てきた私には一目で分かった。「この人、絶対悪役王子だ!」と。
王子様の姉は、ひどく絡まった呪いのせいで病気になっていた。
前代未聞レベルに絡んでしまっているこの呪いを解くためには、それに見合った大きな対価が必要だった。たぶん私以外には、この呪いを解くことができる人はいないだろう。
「王子様……私は、あなたのお姉様を助けてあげたいけれど、ちょっとそれに見合う対価が大きすぎると思うの。――――お勧めできないわ?」
王子の瞳には、次期王位継承者、世界の覇者としての紋章が刻まれていた。空色の瞳に刻まれた、覇者を現す金色の紋章は、以前一度だけ勇者の瞳の中に見たのと同じ類いのものだった。
「それでも、きっと自分に出来ることがあるのに姉を見殺しにしたら、俺はずっと後悔する。どんな、対価でも払う」
「そう……仕方ない人ですね? では、あなたの紋章をください」
この紋章を対価にすれば、どんな呪いだって一瞬で消すことができるに違いない。
そのかわり……。正統派王子様は、悪役王子様に変貌してしまうだろう。
「そのかわり、王位継承権はあなたのお姉さまに移るでしょう。あなたは、王位継承権をなくして破滅ルートを進まなくてはいけない」
「……破滅ルートってなんだ」
「――――わからなくっていいです。匿うくらいはこの紋章を対価にしたお釣りでできそうだから、危なくなったら私のところにもう一度来てください。――――いや、絶対に来てください!」
心優しい悪役王子を助けてあげたいのに、今回に関しては残念ながら私にはたいしたことはできない。余分におまけしてあげるという概念が、私の魔法には存在しない。
それになぜか、この悪役王子には救ってくれる運命の乙女の存在が見えない。
「……私は悪い魔女だから、願いを叶えるには対価を求めるの」
「――――? 願いを叶えてもらうのに対価を払うのは当然だろう。それに、魔女殿は何も得していないじゃないか」
核心をつかれて、心臓が苦しくなるほどの衝撃を受けた。
そう……。私の力は、チートと呼ばれる種類のものだ。
他人のどんな願いも、際限なく叶えることができる。もちろん、大きな力には制約が存在する。私の力は、自分のために使うことができないし、叶える願い事の大きさによってピッタリ同じ大きさの対価を必要とする。
ある人は、自分の魔法を差し出した。
ある人は、願いに値する魔獣を倒すことになった。
貰った対価は、確かに私のものになる。
チートなだけあって、私はどんどん強くなっていく。
でも、貰いすぎれば私にもペナルティはある。逆に差し出しすぎてもペナルティだ。
「まあ、対価を貰っても、私は戦いにも世界征服にも興味がないの。スローライフを楽しみながら、対価を払った人たちの行く末を眺めるを楽しむだけ。推しを愛でることができれば、それで充分なの」
ついでに最近は、コーラを作るのにはまっている。味噌と醤油もそうだけど、こちらも随分奥深い。
そして王子様は、対価に紋章を支払って去っていった。私にとっては、鑑賞用くらいにしか役に立たない美しい紋章を。
「やっぱり気が進まないわ……。対価を貰った人たちには、せめて幸せになってもらいたいのに」
基本的には、私の元を訪れた人たちの運命が、円環の中で巡り幸せにたどり着けるよう対価を選別するようにしている。基本的には悪役令嬢にも、人魚姫にも幸せな結末をあげたい。
それでも、時にどうしても幸せへの道筋を見つけられない願い事を持ってここを訪れる人間がいる。それは私にはどうしようもない。少しでもましになるように調整するぐらいしか、私に出来ることはない。
それでも、今回の王子様については心にとげが刺さったような感覚がした。少し残ったお釣りを使って悪役王子をどう助けようかと、私は頭を悩ました。
「そういえば、私の元を訪れた王子様に、運命の相手が見えないのは初めてだわ?」
基本的にここに来ることができるのは、物語の主人公か悪役令嬢や悪役王子など主要な人物だけのはず。
私は今回だけなぜか例外であることに違和感を覚えながら、背筋を伸ばして去っていく王子様の背中が見えなくなるまで見送った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
水晶玉を、物憂げな瞳で眺めている魔女が一人。
まったくもって、鬱展開だ。
私の大好きな、心優しく聡明な悪役王子は、やっぱり断罪されてしまった。
助けてあげた姉までも、彼のことを見捨ててしまうなんてひどい話だ。
私が自由にそちらの世界に行けるなら、この力を使って懲らしめてやるのに!
私は憤っていた。そして、背後に現れた人影にまったく気がつかなかった。
「ぴゃ!?」
急に誰かに背後から抱き着かれる。
驚きのあまり、闇魔法が暴発しそうになった。
こんないたずらするなんて、一体今回の依頼者は誰なの?!
少し怒りながら後ろを振り返ると、そこには悪役王子がいた。
「あれ? たった今、断罪されていませんでしたか。悪役王子」
「誰が悪役王子だ。魔女殿の言っていた対価というやつには、あの茶番が含まれるのだろう?」
――――茶番! たしかに、破滅ルートまで含んでの対価なのかもしれないけれど。
本人が、あの断罪劇を茶番と言ってしまうの、初めて聞いたわ。
驚きのあまり、目を見開いていると抱きしめていた腕をスッと離して悪役王子が笑った。
「ありがとう」
「は? 私はあなたを不幸にしただけだと思うのですが?」
「――――あの紋章がなくなって清々した。俺はそもそも国王にも英雄にもなりたくなかったから」
「え? そうなの?!」
王子様が、紋章チートで世界を救っていく王道物語って結構好きなのになぁ……。
そっかぁ……悪役王子追放スローライフ系かぁ。
そんなことを思いながら「あれ? じゃあ、さっきの断罪劇って」とつぶやく。
その瞬間、目の前にいる金髪碧眼の王子様の中の王子様が私の方を見てにっこり笑う。
「ああ、俺の望んだとおりの展開だな」
「えぇ……。望んだ展開なの? 道理でほかのルートを探しても見つからないはず」
私は肩を落とす。
それでも、姉を助けることも叶い、王位を剥奪されて追放スローライフルートを本人が望んでいたのなら、それは幸せなのかもしれない。
心底ほっとしている自分もいた。
「まあ、悪役王子がそれで幸せっていうなら、もう何も言うことはないけれど」
そういえば……と、私は思い出したことがあった。
「悪役王子に貰った対価」
「悪役王子というのはやめてくれ。俺はヒースという」
「ヒース王子に貰った」
「もう王子ではない」
――――困った悪役王子改めヒース様だ。
「ヒース様? ところであなたから貰った対価、まだお釣りがあるんです」
「お釣りなんていらないが?」
「それじゃ私が困るんです。対価はピッタリ! 値引きも貰いすぎも私に重いペナルティがあるんですから」
「そうか? ならここで働かせてくれ!」
私は、ヒース様の言っていることの意味が分からなくて、しばらく呆然と彼の今はただの空色になってしまった美しい瞳を見つめた。
「え? 困ります」
お断りしているのに、ヒース様は私のフードを無理やり下げてしまった。
黒い髪が零れ落ちる。私の象牙色の肌と黒い瞳もあらわになる。
この場所と繋がる世界には存在しない私の持つ色彩。
「思った通り、きれいだ」
「な! なに言って?!」
「魔女殿の名前を教えてほしい」
この場所に来てから、初めて名前を尋ねられた私はひどく混乱して、隠すこともできずに真実を述べてしまう。
「ミツキ……」
「そうか、美しい名前だな」
え? なに魔女を口説いているんですかこの人。
次は「月が綺麗だ」とか言いだす気ですか?
「俺の運命の人はミツキだと思う」
「は?」
「――――魔女殿には、運命の人が見えるとある人に聞いたことがある」
誰! 私の能力ばらした人!
「俺の運命の人は見えた?」
「たしかに見えませんけど?」
「魔女殿は自分のことには魔力を使えないと聞いたことがあるんだが?」
「――――え?」
まさか! 自分のことは見えない。つまり、悪役王子に運命の相手を見つけることができなかったその理由は。
――――たしかに、見た目も俺様王子もドストライクですけど?!
「――――みっ、認めません!」
しかしながら、対価のお釣りを盾に取った悪役王子は今日も魔女の元から離れない。
しかも「俺の全てを捧げる」なんて、明らかに一生かけても返しきれない対価を差し出そうとしてくる。
もちろん、普段は物語の結末を楽しんでいる魔女は、今回ばかりはその結末を水晶を通しては見ることができないのだった。
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