前世からの運命と前々世からの宿命と前々々世の赤い糸……
ある朝目覚めると、突然、雷に打たれたような衝撃と共に、前世の記憶がはっきりと蘇りました。
小さい頃から兄妹のように一緒に仲良く遊んでいた幼馴染……まさか彼が、前世で身分の違いを理由に互いの両親から無理やり引き離された恋人と瓜二つだったなんて。私は運命の導きを感じました。きっと、来世こそは必ず夫婦になろうと固く誓った、その想いの強さが私達を引き寄せたのだと感動して涙ぐみました。
いきなりこの事実を幼馴染に告白したところで、きっと彼を驚かせて、不審に思われてしまうだけだろうと私は考えました。そこで、出来るだけ前世の記憶を克明に記録して、出任せや夢物語ではないことを信じてもらえるよう準備することにしました。
一生分の出来事を書き綴るのですから途轍もない時間と労力が掛かることは明らかでしたが、運命の相手と結ばれるためなら、それぐらいの苦労、なんてことありませんでした。その日は5歳までの思い出を認め、休むことにしました。
翌朝、前々世の記憶が、頭に止めどなく流れ込んできました。
いや、そうはならないでしょう! 折角、幼馴染こそ私の運命の人だと確信していたのに、どうしてくれるんですか!
前々世では、同じ村に住んでいた一人の男性と結ばれ、穏やかに仲睦まじく愛を育みました。たくさんの子や孫達に囲まれる中、お互いほとんど同時に老衰で息を引き取る間際、生まれ変わっても再び夫婦となることを約束して、互いに手を握り合ったまま旅立ちました。その相手が義理の兄に生き写しだとは……
えっと……この場合、どちらが本物の運命の相手なのでしょう? 一緒に過ごした時間の長さで言えば、生涯を添い遂げた義理の兄に軍配が上がりますし、大きく立ちはだかる障害に燃え上がった恋情の激しさで判断するなら、幼馴染の勝利です。残念なことに二人共前世と前々世の記憶は持っていないようですし……
夜遅くまで一人真剣に頭を抱えて悩みつつ、眠りについた明くる日の朝……前々々世の記憶が鮮明に浮かび上がりました。
何ですか!! この一日一前世システムは!!
しかも、前々々世から既にダブルクッション挟んで二人の男性とそれぞれ運命の契りを結んでしまっているのですけれど。今更そんな過去の記憶が一方的に蘇ったところで、どの面下げて運命を感じればよいのですか。
……ただ、とても悔しいことに、新たに思い出した一生が、個人的に性癖どストライクな展開だったのです。
私は貧乏な村娘で、突然聖女の力に目覚めて貴族家の養子に入りました。そして学園で王子と恋に落ちたのです。ライバルの貴族令嬢からの陰湿で執拗な嫌がらせを受けつつ、二人の愛の力で困難を乗り越え、ついに彼と結婚して私は王太子妃に……。
そして、我が家に勤めている執事長がその彼にそっくりなのです。
はあ……私は一体どうすればよいのでしょう。
運命の相手なんて、一人で十分なのですよ!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「イザベラ、本当に嬉しいよ。こうして本当に君と結婚できる日が来るなんて……」
「私も同じ気持ちですわ、アラン様」
この出会いこそ本物の運命だと、心から思います。
「君にはいつも、卑屈になるなと叱られるけれど、それでもつい考えてしまうんだよ。僕のように不細工で賢くもなく、かと言って裕福でもない人間が、君のように素敵な女性の夫になってよいのだろうかって」
「何を仰っているのですか! あなた以上に相応しい殿方はいません!」
不細工さでいえば53前世の狩人の彼の方が断然上(?) です。ハンターなのにモンスターと間違えられて、懸賞金を掛けられ冒険者達に襲われたぐらいでしたから。まあ、その見た目と性格のギャップにすっかりやられてしまったのですけれど。
おバカさ加減でいえば132前世の絵描きのあの人の足元にも遠く及びません。画家としての腕は確かなのに、あまりにも本物そっくりに描いてしまい、依頼主からしょっちゅう顰蹙を買い、仕事を台無しにしていました。そんな放っておけないところが魅力でしたね。
284前世の借金まみれの船乗りに比べれば、あなたは大富豪ですわ。べろんべろんに酔っぱらいながら、宵越しの金なんて持ったことがないと自慢する、本当にダメな男でしたが、困っている人を見るとすぐになけなしの全財産をはたいて助けようとする優しさに惚れてしまいました。
「……そうかなあ。君は誰もが一目で虜になる美しさだけでなく、大賢者と呼ばれるほどの知識と知恵を持っているじゃないか」
「あなたは、そんな大賢者の判断が間違っているとお考えですか?」
「いや、そんなことはないんだけど……何だかあまりにも幸せ過ぎて、時々全て夢なんじゃないかと疑ってしまうんだ」
「夢なら二度と醒めないでほしいものですわ」
本当にそう思います。あなたを見つけ出すまでに足掛け三年かかりました。毎日一人ずつ、あるいは複数人増えていく、運命の相手。不眠症に悩まされた時期もありましたし、恥ずかしながらお酒や薬物に溺れてしまったこともありました。
ここまでありとあらゆる出会いを経験した上で、誰か一人を選ぶなんて、そんな雲まで届くようなハードルを越えられる訳がありません。
際限なく増えていく前世の記憶のおかげで、いつの間にか大賢者と崇められるほどの知識を蓄えていましたが、そんなもの別に欲しくはありませんでした。私は、ただ普通に恋をして、普通に結婚して、普通に温かい家庭を築きたかったのです。
だから、私は発想を転換することにしました。今までの運命の相手の面影を全く感じさせないようなパートナーを見つければいいのだと閃いたのです。しかし、口で言う程簡単ではありませんでした。
やっと出会えたと思った相手が、数日後の前世の記憶に恋人として現れた時の絶望は、計り知れないものがありました。それでも諦めずに、世界各地を渡り歩きました。行く先々で数々の前世の知識を役立て、人々を悩ませる問題を解決してみせることで、可能な限り知名度と好感度を上げていきました。
745前世の記憶を思い出したその日、ついに彼を見つけ出しました。
全身から漂う、圧倒的モブ感。すでに半年以上一緒に過ごしているのに、ふと目を瞑ると顔を忘れてしまいそうになる強烈な影の薄さ。彼こそが私の探し求めた運命の相手だと、一目で直感しました。
今でも時々不安になるのは否めません。明日の朝起きたら、彼そっくりの誰かと過ごした記憶が蘇ってしまうのではないかと。それでも私は、彼こそが運命の相手と信じています。
どこまでも凡庸で、ありふれた、それでいてかけがえのない私の最愛の人。前世なんて忘れて、ただ愚直に目の前の恋人との幸せを噛み締める日々を与えてくれた大切な人。
「……君は、どうして僕を選んでくれたの?」
「いつも言っているでしょう。あなたが誰よりも特別だったからですよ」
そう言って、今まで出会った他の誰よりも運命を感じない、唯一の運命の相手へ優雅に微笑み口づけを交わしました。




