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プロローグ  死刑囚の死刑

 刑吏に連れられ、部屋に入ると、この上なく緊張した空気の波が押し寄せてきた。肌がひりひりした。かなり蒸し暑いが、冷や汗が出る。

 祭壇は私のためのものとは思えぬほど豪華だった。事前に仏教の祭壇を選んでいた。適当に選んだだけだったので期待はしていなかったが、実物を見ると信徒の多さがうなづける、神々しさがあった。

 坊主が私の前に躍り出て、説法をした。いいことを言っているのかもしれないが、特に興味がないので聞き流した。手持無沙汰だったので祭壇を観察することにした。やはり立派だった。立派すぎて、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 説法が終わると、次の部屋に連れていかれた。無味乾燥な部屋だった。ここでは刑吏が何やら文書を読み上げていた。眺めるものもなく退屈だったので人生を回顧しようかと試みたが、やめた。大した思い出を持ち合わせていなかったからだ。

 読み上げが終わった後、何か食べることを勧められたのでリンゴを注文した。刑吏は前室の祭壇からリンゴを持ってきた。丸一個食べるつもりで齧り出したが、長いこと祭壇に置かれていたのか、リンゴはしなしなになっていたので興ざめしてしまい一口でやめた。

 何か言いたいことはあるか、と刑吏が尋ねた。私は少し考えたが、ない、と答えた。気の利いたことを言おうとしても、思いつかないのが私の欠点だと思った。

 刑吏が退き、目の前の扉が開いた。刑吏が私を部屋の中へと押し込む。

 実に狭い部屋だった。コンクリートが打ちっぱなしの壁からむなしさが伝わってくる。

 私は部屋の中央の板の上に立った。ぼんやりしていると目隠しをつけられた。驚き、まごついていると次いで手錠、足縄をつけられた。手錠はこれまで触った何よりもひんやりしているように思われる。足縄が案外きつかったので文句を言おうと思った矢先、首に縄がまかれた。荒縄がまかれるのかと思ったが、革のカバーがついているようで、意外や意外、快適であった。

 ふと気づくと、説法が狭い部屋に反響して聞こえてくる。最期に聞く音は洋楽がよかったと、少々悔しい気持ちになった。


 深呼吸していると、大きな物音ともに足場が消えた。

 縄が伸び切った瞬間、首に革のカバーが擦れてかなり熱かった。思わず叫び声が出そうになったが、息がつまって出ない。

 しかし、落ち着くと、遠くで説法が聞こえてきた。余裕があるような気がしていると、手の先、足の先が動かないことに気が付いた。 

 自分でも驚くほど私は平然としていた。そういうものなのだ、という諦めが脳髄まで染みているのだろう。恐怖の代わりに、思い出すに値しない思い出が噴き出してきた。どれもこれも、人の死体が移った光景ばかりで、実にうんざりした。

 気づけば、腕も腿も動かない。私は納得めいた感情とともに沈んでいった。


かくして死刑囚 (つじ) (はやて)の死刑は執行された。


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