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2. 手紙と伝言 〜リーゼロッテ〜

 リングエラは天空に浮かぶ都市国家だけれど、街並みは地上とそれほど変わらない。高台に王城があり、その麓に小さな森と城下町が並ぶ。郊外には広大な農地や牧場があり、川や池がその土地を潤している。

 大きな違いと言えば、海がないことくらい。それも、クレマチスという内地国で生まれ育った私にはあまりピンと来なかった。


「そっか、姫様は海を見たことがないんでしたね」

「アンナは漁港の生まれだったわね」

「海風が潮臭いしすぐべとべとになるし、良いことないですよ。お魚は美味しいけど」


 窓の外には、遥かどこまでも続く青空。雲一つない。そう言えばここに来てからもう五日、雲なんて全然見ていない気がする。


「ここは天空なのよね? 雲より上にあるってこと? 雨や雷は降らないのかしら」

「さあ、どうなんでしょうね」


 地上に国々が出来上がるよりずっと昔から存在していたとされるリングエラ。その詳細は地上ではあまり知られていない。最近になって交流が始まり、最低限の国交、物資の行き来が行われている。


 オリバー様が地上に戻ってから、食事の時以外はヴィンフリート殿下とも国王陛下とも顔を合わせることはなかった。ここでの生活に慣れるため、しばらくは好きに過ごすようにとのお心遣いだそうで、城内であればどこに行っても良いと言われている。

 けれど私は与えられた部屋にこもり、人見知りな深窓の姫君を気取ってみている。リングエラ側から私担当の侍女が新しく用意されたみたいだけれど、ユリウスが仲介として主に相手をして、私の部屋には踏み込ませないようにしている。そしてヴィンフリート殿下との接触がないのをこれ幸いとばかりに、連日連夜ユリウスとアンナと今後の作戦会議を行なっている。


「リゼ様、お荷物が届きました」

「荷物?」


 大きな木箱を二つも抱えてやってきたユリウスに、アンナがテーブルなどを移動させて場所を空けた。


「フローラ様からのようです」

「フローラ?」


 私の姉でオリバー様の妻。身重のため今回の婚約式には出席せず地上でお留守番をしていた。出発する直前まで、やっぱり自分も行きたいと駄々をこねてオリバー様を困らせていたけれど。

 蓋を開けると、中には私が地上の部屋に置いてきたドレスや装飾品、香水、それから愛読書、お気に入りの枕まで、ありったけの物がこれでもかとぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。


「姫様、手紙がついてますよ」


 アンナから受け取り封を開けると、淡いピンク色の便箋にフローラの可愛い字がぎっしりと並んでいた。

 

『親愛なるリゼへ

 あなたの部屋にあった大切なものを送ります。飛行船に持ち込める荷物には限りがあるから、オリバーに遠慮して置いていったのよね? 勝手に部屋に入るのはどうかと思ったんだけど、初めての場所でリゼが一人心細い思いをしているのなら、少しでも何かできないかと思って。これでまだ足りないものがあるようなら、すぐに教えてね。また送るから。

 大好きなリゼ、貴方の幸せを祈ってるわ。辛いことがあったら、アンナとユリウスを頼るのよ。もちろん、私だって相談にのるからいつでも連絡ちょうだい。

 花嫁になったリゼと会える日を楽しみに待ってるわ。

 愛を込めて。フローラ』


 フローラらしい丸っこい字で綴られた、愛に溢れた文章。


(邪魔になるかもと思ってあえて最低限のものだけ用意して他は置いてきたんだけど)


 フローラの優しさに、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「リゼ様、これどうします? そのままにしておきますか?」


 ユリウスが箱ごとどこかに持って行こうと手を伸ばした。近いうちに婚約破棄されて帰るなら、そのままにしておいた方が良いという判断だろう。


「そうね……うーん、でもせっかくフローラが送ってくれたんだもの、全部解いちゃいましょ。ほら、フローラお手製のクッキーまで入ってるし。荷解きが終わったらみんなで頂きましょうか」

「やったーお菓子! はりきって片付けちゃいます」

「じゃあ俺は紅茶の準備でも」

「え、荷解き私だけでやるの? 普通逆じゃない?」


 ささっと部屋を出て行ったユリウスに、ぶつぶつ文句を口にしながらアンナがてきぱきと荷解きを始めた。






 フローラと私は、半分しか血が繋がっていない。

 父は同じ前国王で、フローラは正妃の子、私は側妃の子。正妃にフローラしか産まれず側妃を迎えたものの、その子である私も女の子、やがて父は病気になり子が出来ない身体になってしまった。父が病に伏し表舞台に姿を見せなくなってから、ただでさえ気が合わない妃二人は次第にどんどん険悪になっていった。そして正妃の虐めに耐えかねた側妃はある日突然、まだ赤ん坊だった私を置き去りにして行方知れずとなった。

 そんな経緯があるにも関わらず、正妃であるフローラの母は、私のこともフローラと同じように可愛がり育ててくれた。私がまだ小さくて実の母親の記憶がなかったのと、成長していく私が若い頃の父にそっくりだったからだろう。そしてフローラも、ある日突然家族に加わった私を当然のように優しく受け入れてくれた。私達は本当に仲の良い姉妹。小さい頃は毎日一緒に遊んで、一緒に食事をして、同じベッドで寝て。

 大きくなってからは、好きな物がよく似ていて二人でよく笑い合った。好きなドレスの色、好きなヘアスタイル、好きな食べ物、好きな小説、好きな音楽……それから、好きな男性。






「姫様、荷解き完了しましたー!」

「はい、ご苦労様」

「ユリウスは何をもたもたしているんでしょうね、ちょっと呼んできます」


 脱兎の如く部屋を飛び出したアンナの背を見送り、私は窓の外を見上げた。


(フローラは私のこと、どう思ってるのかしら?)


 オリバー様とフローラの婚約が決まった時。

 私は引きつった笑顔しか作れなくて、それでも必死にお祝いの言葉を口にした。申し訳なさそうに俯くフローラに、私の気持ちはただの憧れだったんだから気にしないで、そう言った。 


 フローラは何も悪くない。もちろんオリバー様も。私は選ばれなかった。ただ、それだけ。 


 二人の仲を壊すことなんて私には出来ない。でもオリバー様以外を好きになる自分も想像できない。

 何もしない。誰も傷つけない。だからせめて、誰とも結婚せずにあの王城の片隅で、ひっそりとオリバー様だけを見つめていたい。


 そんな私の本心を知ったら、フローラはどう思うだろう。


「感心しませんね、王女ともあろうお方が、このように開けっ広げとは」


 聞き慣れない声に振り向くと、アンナが開け放して行った扉の向こうに長身で色白の男性が立っていた。

物怖じしない視線でこちらを真っ直ぐに見据えている。


「貴方は?」

「侍従長のディルクと申します。ヴィンフリート殿下より伝言を賜りまして、こちらに参りました。お伝えしても?」

「ええ、お願い」

「本日午後、よろしければ庭園を案内するとのことです。殿下がこちらにお迎えに上がられます」

「わかりました。お待ちしておりますとお伝え下さい」

「承りました」


 用件が済むと、ディルクはさっと姿を消した。程なくして、入れ替わるように二人が慌ただしく部屋に駆け戻ってきた。


「リゼ様、今誰か来ませんでしたか?」

「あれは王子の側近ですね。よく執務室に出入りしてます。こーんな真っ白い顔のひょひょろの奴」

「お前がリゼ様のそばを離れるから」

「ユリウスがもたもたしてるのが悪いんでしょー」

「二人とも落ち着きなさい」 


 さっと口を噤み膝をつく二人。


「今日の午後、ヴィンフリート殿下がこちらに来るわ」

「それでは……」

「いよいよ始まりますね、姫様」

「ええ、準備をお願いね」 

「お任せください」


 ここに来てから五日間、ヴィンフリート殿下とは食事で顔を合わせるだけ、その時でさえ目が合うとさっとすぐに逸らされる。


(どんな攻撃を仕掛けてくるかと警戒してたけど、今日まで結局何もなかったのよね。案外温厚な人なのかしら……いえそんなわけないわ。油断は禁物よ)


 この五日間で、こちらはアンナとユリウスと『世間知らず姫あるある十箇条』を完成させた。三日三晩それぞれが頭を悩ませて意見を出し合い練り上げた至高の傑作。これに従って行動すれば、ヴィンフリート殿下が大嫌いな、立派な世間知らず姫が出来上がる。

 どこでどう披露しようか思案していたところに、ちょうど良く今回のお誘いが来た。


(やっと動き出したわね。私はヴィンフリート殿下の思い通りになんて絶対にならないわ。必ず殿下の方から婚約破棄させてやるんだから)


 すべては、愛するオリバー様のおそばに舞い戻るために。

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