第41話:暑さは全てをおかしくする
僕の構えた両手に秋馬がテンポ良く蹴りを打ち込んできている
実戦は禁止ということで、僕と秋馬は技の動きの確認中。形だけとはいっても、そこそこの強さで蹴り込んできているので、うっかりガードを越えられれば、顔面に直撃してしまいそうだ
そして中段、下段と下ろしていき、最後に秋馬の十八番
「はぁー!」
飛び後ろ回し蹴りを全力でうける
「つっ! 完璧完璧」
「いや、ちょいずれたな……」
普通こっちが指摘するんだろうけど、ハッキリ言ってうけるだけで精一杯。冷静に分析なんて無理
しかし、暑いなぁ。窓も開いてるんだけど、風通しがあまり良くない。その上風はほとんど吹いていないので、武道場内は無風
熱さを楽しめる段階なんてとうに超えている
「これは……道着が絞れそうだ」
「やばいね……今日は尋常じゃない」
せっかく綺麗にセットしてあった秋馬の髪は、汗で濡れぺたんこになってしまっている
「秋馬……くん……」
「ん?」
なんだかふらふらしながら、同じ空手部の部員の1人が歩いてくる
クラスも同じの転校生、河瀬純だ
「どうした?」
一時期、と言っても本当に少しの間だが、秋馬は河瀬が苦手だった。まぁすぐに克服して力関係では圧倒的秋馬の優位となっている
ただ河瀬はトメさんを打ち倒した唯一の部員でもある
「なんか……頭痛い……」
「そうかい、じゃあ保健室に」
秋馬が話している途中で河瀬は糸が切れたように床に倒れ込んだ。ギリギリで河瀬の体を秋馬が受け止める
「熱っ……やばいんじゃね?」
「とりあえず保健室に運ぼう」
河瀬の体を秋馬と一緒に持ち上げる
と言っても河瀬は軽いので、お互いに支えているというくらいの力で持ち上げられてしまう
体は本当に熱くなっていて、汗の量もすごい
2人で河瀬を保健室のベッドまで運んだ。保健室の先生は居ない
「なんでいねぇんだよ……バカじゃねぇのか?」
「バカじゃないわよ……」
保健室の扉が開いた
いつもと同じ、見たことある顔なんだけど、暑すぎるのか顔が赤い。別人のようだ。それに顔とは違う違和感もある……
「あんた何で白衣の下何も着てないんだよ!」
「えぇ!?」
秋馬がとんでもないことを叫んだ。よく見てみると確かにそうだ、というかよく見ちゃダメだ!
やっぱバカじゃんこの人……熱さでおかしくなったのかなぁ
「失礼ね……下着くらいは着てるわよ」
「それは当たり前だぁ! あんたバカじゃねぇか!」
「これぐらいで狼狽えない、小さい男だこと……」
「バカにしてんのか……?」
「そんなことより、この子は?」
忘れるところだった……
でも先生の服装にはそんなことでは済ませてはいけない問題があります。しかしそれは置いといて河瀬だ
「多分熱中症だと思うんですけど、練習中に倒れました」
「そう、じゃあ後は任せて戻っていいわよ」
「そりゃ戻るが、とりあえず白衣一枚はやめとけ」
「何が悪いのよ!」
「だぁー! 立ち上がるな! 見えるんだよ!」
確かに見えてますよ……先生……
これ以上何か見てしまうわけにもいかないので、僕と秋馬は保健室から出た
「あの子大丈夫だった?」
武道場に戻ると夏帆と春香がこっちに駆けてきた
「多分大丈夫だよ。熱中症だと思う」
「頭が大丈夫じゃない奴が居るけどな」
確かに心配事があるとすれば、あの保健室の先生の方かも知れない
よくあんな姿で校舎内をうろうろしていたものだ
「そりゃ熱中症にもなるわよねぇ。この武道場、今38度もあるし」
「もー汗でびちょびちょです」
夏帆と春香は、髪の毛から道着全体まで汗で濡れていた。さっきまで外にいた僕でも、もう既に流れるように汗が出てきている
暑すぎる
「クーラーは無いしなぁ」
「扇風機ではどうにもならないしね」
このままだと暑さで全滅しそうだ
結構な数が練習していたのに、暑さに負けてか人数もかなり減ってきている
あちこちにできた水たまりが暑さを物語り、その汗の臭いがやる気を一気に喪失させる
「もう切り上げねぇ?」
「賛成……」
僕たち4人も暑さに負けて、練習を終了させた
部室に入り、道着から着替える
部室の中は、無風状態で、空気がこもりもの凄い熱気と、何とも言えない匂いが僕たちを襲っている
「地獄だ……」
「まさにその言葉がぴったりだね」
急いで着替えて部室を飛び出す
夏帆たちはまだ着替え終わっていないみたいだ
「ぬあぁぁ! 外も暑い!」
「クーラーが今効いてそうな場所は、保健室か職員室か、活動してるならパソコン部の使ってるPC室も涼しいと思う」
「どこも無理だっつーの……いや、PC室に殴り込むか?」
「あぁ学食があった!」
「それだっ!」
今すぐでも涼しいであろう学食に行きたいのだが、夏帆たちはまだ出てこない。女子の着替えには時間かかるなぁ……やっぱ化粧とかしてるんだろうか
大変だろうなぁ、でも急いでほしい
「夏帆にメールしてみる」
「その手があった」
夏帆にメールをする。内容は『学食に涼みに行かない?』で送信
すぐに返事が返ってきた。早い……
『なら女子の部室来ていいよ、私たちしか居ないし』
その返事を秋馬が横からのぞき込んだ
「何で暑い場所に行かないといけないんだよ!」
確かに女子の部室は片付いてはいるし、異臭はしないだろうけど、空気がこもって暑いのは同じじゃないのかなぁ
「まぁいいや。呼ばれたし行ってみようよ」
「マジかよ……」
秋馬は暑い部室になど行ってどうする、とあまり乗り気ではない。僕もどっちかというと涼しいところでのんびりしたいんだけど……
とりあえず部室のドアノブに手をかける
何が出るか、まぁ熱気だろうけど……
秋馬はドアから少し退いた位置にいる。どんだけ嫌なんだよ……
とりあえずもう開けてしまおう
「あ、涼しい」
「はぁ? うおっ涼しい!」
すごく涼しい。そして異臭どころか、フルーツ系の甘い匂いがする。若干きつすぎるけど……
というかクーラーがある! 涼しいわけだ
「入った入った、冷気が逃げる」
夏帆に言われて部屋に入る
狭い空間に芳香剤が置かれている。甘い匂いの正体はこれだ。そして、何でクーラーがあるんだろう
「何でクーラーがあるんだよっ!」
「一応男子の方にもあるらしいわよ。先輩がぶっ壊したらしいけど。あっ、これ男子の後輩には秘密って言われてたんだけどね」
もしかして、あのぐっちゃぐちゃの、何か分からないものは、壊れたクーラーを隠すため?
「ちょっ秋馬! なんかドス黒いオーラが見えるよ」
「あいつらのせいで俺たちは我慢してきたのか……!」
「いや違う違う。壊したのは2つ上のもう卒業した人たちだって」
なんて迷惑な先輩だ
でもクーラーが使える環境はあるってことは、クーラーさえ直れば涼しい快適な生活が?
「まさかあの男かぁ!」
2つ上、ということで僕にも心当たりはあった
というかクーラーを壊しそうな人なんて、その人しかいないといえばいない
ということは、何を言っても無駄ということなのだ
「確か、あの人の進学先は京大だったよね」
「賢いのになぁー。機械音痴過ぎるしなぁ」
しかし、責任の所在はどうあれ、というか100%あの人だけど、クーラーさえどうにかなれば、あのごちゃごちゃした謎の物体も、暑さも解決できるのでは……
「クーラーが何とか手に入らないかなぁ」
「そうだ! 冬貴! いい方法があるぞ!」
絶対ろくでもないことを言う。このテンションはダメだ
「他の部室からクーラー奪っちゃえばいいんじゃね?」
「ダメだよ!」
「いや、止めるな。俺はやってやる。クーラー強奪ミッション開始だ!」
「やめてくれぇ!」
まずは仲間集めだ、と暑さも忘れているのか秋馬は全力疾走で駆けていった
ああなってしまうともはや止めようがない。僕以外の2人は止める気もない
「言い出しっぺは冬貴なんだから、最後までつき合いなさいよ」
「がんばって冬貴くーん」
それどころか、このミッションに僕まで参加させようとする始末だ
それにしてもどこからクーラーを強奪する気だろう……
なんにしても、止めないとヤバイ!