第38話:必殺技って必要?
「おーい、冬貴ー! 出てこーい!」
外から夏帆の声が聞こえる。せめて携帯に連絡くれればいいのに、わざわざ大声で朝から僕の名前を叫ばないでよ……
結構恥ずかしいんだよ
速攻で着替えて準備をして玄関に出る
「朝練。いい加減慣れてよ」
「ごめん、ちょっと寝過ごした。大会ももう明後日だね」
「うー、負けたらお終いだからね。がんばろー」
夏帆は予選で余裕の1位だったから、次の大会がある。もしここで優勝すれば、インターハイも夢ではない、というところまでやってくる
「じゃあ行こう」
「うん」
夏帆と2人で学校まで歩いて行った
これって結構、周りからは羨ましがられるのだろうか……関係ないんだけどね、僕はなにも伝えられていないし
武道場は既に開いていた
大会まであと2日ということで、ほとんどの部員は顔を出していて、集合の時間には全員がそろっていた
「気合い入れていくわよォー!」
「おいおい、締まらねぇよトメさん、いや大悟郎先生」
相変わらずの乙女口調のトメさんに、須藤先輩が突っ込みを入れる。その瞬間トメさんの目が変わった
「そうね、大会に向けて……心を鬼に、いや男にする!」
そこはもう常に男でも良いですよ
「じゃあ大悟郎先生。俺と組み手やってくださいよ……あんたに勝てれば県大会くらい余裕でしょう」
「……まだまだ学生には負けん。私の拳に容赦はないぞ」
それは恐い、大会直前に主力メンバーに大怪我させないでくださいよ
トメさんの本気って見たこと無いな。あ、大悟郎先生か
「ホォ!」
「ぐはっ!」
須藤先輩が床の上を転がった
何があったのかは見ていなかったけど、大悟郎先生恐るべし
「じゃあ次俺、1回本気でやってみたかった」
秋馬が出た
大悟郎先生が構えたのを確認すると、秋馬は一気に攻め立てた。だがその全てを受け流すように防ぎ続ける大悟郎先生。余裕な感じだ
「余裕ってか? っつ!」
突然の大悟郎先生の反撃に、秋馬は咄嗟に両手でガードをつくったが、大悟郎先生の拳はそのガードをすり抜けて秋馬に直撃した
「ぐあっ! な、なんだ今の!?」
「1本、次は?」
それからも部員が次々と挑戦するが、一本も取れないまま次々と負けていく。そして時間もなくなってきた頃に最後の挑戦者が立ち上がった。我が部、おそらく最強の五十嵐さんだ
「最後は僕ですねぇ。早乙女先生、別にやめておいても良いですよ?」
「バカ言っちゃいけない、学生相手に逃げる理由もない」
大悟郎先生が構えると、そこに五十嵐さんが一気に攻めていった
秋馬より速く、須藤先輩よりも鋭くて、南先輩より重い蹴りや拳が次々と打ち出され、さすがの大悟郎先生も徐々に下がっていく
大悟郎先生の不意を突く高速の反撃も、五十嵐さんはあっさりかわして、カウンターの上段蹴り、だがそれも大悟郎先生は受け流す
「まだまだ若い、それでは私には勝てない」
「口では幾らでも言えます。勝って示します、僕は入部の時の僕ではない」
飛び上がり五十嵐さんの空中二段蹴り。それを2発とも手刀で受け流す大悟郎先生
そして反撃の上段蹴り、五十嵐さんはガードを上げるが、秋馬の時と同じようにガードをすり抜けて顔面に直撃した
「なぜ、あの時と同じだ」
「必殺技だ」
そんな無茶苦茶な……
大悟郎先生が、挑戦者全員を倒し終わってトメさんに戻ったところで朝練は終了した
「あのやろう、確かに強い……」
秋馬は自分の席で何か考えている。イメージトレーニングだろうか……
邪魔しちゃ悪い。そっとしておこう
「秋馬が考え込んでるな」
藤井が僕に話しかけてきた。秋馬に直接話しかけない辺り、僕と同じ事を考えていたんだろう
「どうせ空手だろう、大会も近いし……冬貴はいいのかよ、なんなら特訓してやるぜ」
「藤井と……?」
「なんだ不満か? こう見えても武仁さんとやり合ってるんだから、空手のあれこれは多少は心得てるぜ」
そう言えば一度2人が闘っているのは見た。けどあれ空手と言うよりはプロレス、というか普通に殴り合ってただけじゃないの?
「あの人は99の必殺技を持っている……らしい」
「見たことあるの?」
「2,3個は見たな」
必殺技ってトメさんも言っていた。何か特別なものなのか、勝手に名前をつけているのか
「1つ俺も盗めたが完璧とはいかねぇ……あの人の必殺技は人間レベルじゃないからな。あんなの喧嘩に応用したらやばいことになる」
既になっていると思うけど、あのあり得ない動きをする人だ
確かに必殺技の1つや2つ、99個あるのか。別に持っていたとしても不思議ではないような
「それで藤井もできる必殺技ってなに?」
「流流拳だ。古来から日本にあるような無いような」
「無いよ……」
名前からすると……流れるように殴りまくったりするのかなぁ
「カウンターの威力がすごいのは、相手の攻撃の威力がこっちに上乗せされるからだ。そして、グーで壁殴ったら痛いよな?」
関連性あります? それ
「そこでだ、相手の体に一発喰らわしたときに、返ってくる反動を、逆の手に乗せてもう一発だ。単純に威力は2倍」
「そんなのできるの?」
「できたからできるんだ。否定されても困る、多分2倍って事は無いと思うけどな」
それって無理があると思うけど……
できたって言ってるからできるんだろう。でもそれは藤井や武仁さんだからで、一般人には真似できないと思う
「俺は2倍でこれ以上やったら筋肉が切れそうになるが、あの人は10倍までやる。そこまでいくと鉄板でもぶち抜くかもな」
「そんな無茶な……」
人がパンチで鉄板をぶち抜くって、それはいくらなんでも無理だろう
「というかその理屈ならカウンターはあまり関係なくない?」
「ある、と言ったらあるんだ」
ある、のだろうか
「他にはどんなのがあるの?」
「どういう理屈か知らんが、一瞬で後ろに回り込んだり、壁を駆け上がったりしたこともあった」
本当に人間じゃないな、あの人……
しかしどれも僕には真似ができそうにもない
「遠慮しとく、必要になったらお願いするよ」
「おぉ!」
多分そんな時は一生やってこないと思う
授業が終わり、午後の部活も終わる
秋馬は授業中も練りに練った何かでトメさんにリベンジしようとしていたのかも知れないけど、午後からの部活にトメさんは顔を出さなかった
大会も近いし、今日の部活は軽い調整で終了した
「お、久しぶり冬貴君」
本日1人で下校
学校から出てすぐの場所で、派手な髪のあの人に出会った
「武仁さん、学校はどうしたんですか?」
「ふっ……停学さ」
格好良くないです
「喧嘩……ですか?」
「学校に殴り込んできた他校の生徒を撃退したらこれだ。全く教師どもは話も聞かないで停学処分とは」
やっぱり喧嘩か、でも殴り込んできたのを撃退したのに、なにも聞かないで停学は確かにひどいね
でも、やっぱり強いんだなぁ
そういえば必殺技って本当なんだろうか
「必殺技って持ってます?」
「当然だろう。武道を志すもの必殺技の1つや2つ持っているものだ」
初めて聞きました
じゃあ持ってない僕はダメなのだろうか
「99の必殺技に、超必殺技まで持っているさ」
本当に99個も……
「また、機会があれば見せよう」
別にいらないです
やばそうだ、というか必殺技って本当に持ってるものなの?
多分空手部に持ってる人はいないと思うけど……