第35話:割と喧嘩が絶えない日常
一応は学食の職員からのお説教だったはず、なのに最後には笑い話になり、思い出話が出てきて、美咲さんは自分の過去を語り始める始末だ
さすがは藤井なのか、さすがは秋馬なのか……
それとも美咲さんがすごすぎるのかは不明だけど、話は光の速さで逸れていく
結構時間がかかったようで、説教が終わってもまだ昼休みだった
「テメェに関わるとろくな事がねぇな」
「だろ? でも面白かっただろあの人」
職員を面白いって……
でも漫才みたいだったな、ダブルボケてきな感じで
「結構若く見えるけど、どれぐらいなんだろう」
「さぁー、それは……トップシークレット!」
隠す年なんだろうか……
女性に年齢、その他諸々聞くのは失礼だ、と言うし永遠の謎だな
「ちなみに26だ」
永遠の謎、ここで明かされる。知ってたのかよ、言っても良いのかよ
「当の本人は隠してっけど、そんなことは知らない」
「トップシークレットなら黙っておこうよ……」
まぁこっちからすれば年齢なんてどうでもいいんだけどなぁ……
やっぱり、大人、になると気にするのだろうか。1年経てば1歳年取るというだけなのにな
若い子の方が良い、といったらそうだけど、僕は年下の子は興味ないし、興味あったらそれはそれでまずい……
「でも、元々知り合いだったの?」
「違う、学食でレインボーカレーを出されたときに初めて会ったな。まぁなぜか外でもやたらと出会うことが多かったけどな」
「へぇーなんか縁があるのかな?」
「知らん」
そろそろ昼休みも終わるな
教室に戻ろうか、でもそれだと少し早すぎるかなぁ。中途半端に時間が余ってしまった
やっぱり帰ろうかな、ここで話していても教室で話していても同じだし
「ちょっと待て」
誰かに呼び止められた
聞いたことのある男の声にしてはやや高い声
「なんだ? やるかチビ助」
「チッ……この野郎また……」
大河内龍介
風紀委員会の副委員長で、申し訳ないけど1年にしか見えない、というか高校生に見られるかも微妙だけど3年で先輩だ
藤井曰く幼い。その言葉は確かに一言で大河内先輩を表していると思う
「……お前ら、学食で騒いでただろう。反省文だ、反省文書け!」
「じゃあまず美咲ちゃんに用紙突きつけて来いよ、なぁ? 1番最初に切れたのあいつだし、つーか俺等騒いでねぇ」
「美咲ちゃん?」
「学食の姉ちゃんだよ」
「むぅ……彼女か……」
「そいつに同じこと言ってこいよ。それから必要なら何枚でも書いてやる」
「……もういい。今回は見逃そう」
「あ!? 何様だよてめぇ! コラ逃げんな……ちっ今回は見逃すか」
最終無理矢理立場を逆転させた……何というか流石だ
そもそもこの学校は風紀委員が忙しくなるような学校ではない。優等生ばかりでもないが、学力はそこまで低くもないし、他校とのトラブルもほとんどない
ごくたまにあるが……僕の隣の男2人、あとも若干そういった生徒はいるけど、乱闘騒ぎなんてまず起こらない
秋馬は勉強ができないわけでもないし、普段の素行も悪くない
けど藤井は……勉強はおいておいて素行が悪すぎると思う。前の学校でもそんな感じだったらしいし、本当にどうやってこの学校に入学したんだろう
「なんだ冬貴? 何か聞きたいことでもあるか?」
「山ほど謎はあるけど……」
「お前はどこの力でここに受かったんだ?」
秋馬ストレート……直球で聞いたね
「ここに決まってるだろ?」
そういって藤井は自分の頭を人差し指で指す
……マジで? いや失礼だけど……スポ選とかじゃないの?
「馬鹿も一周すれば天才になるのか?」
「馬鹿はてめぇだ、俺はこう見えても天才少年なんだよ」
「そんな馬鹿なことがあるか馬鹿!」
「馬鹿って言うやつが馬鹿なんだよこの馬鹿が!」
「お前の方が一回多く言ってるぞ? この馬鹿」
「これで並んだっつーのこの馬鹿!」
「お前それでまた一回分てめぇが馬鹿だぞ?」
「うるっせーよ理屈ばっか言ってんじゃねぇよ馬鹿!」
「はいストップ!」
「馬鹿野郎ここで止めたら俺の方が馬鹿になっちまうだろうが」
「……ふん、ようやく理解したな」
「ウゼェ! こいつ殴らせろ!」
少し賑やかになりすぎて授業に遅れた
少し遅れて参加した授業も終了し、放課後。ほとんどの生徒は部活動をしに行き、一部の生徒は突然元気になって学校を飛び出していく
そして空手部は、大会までの日数がほとんど無いというのに、今日はなぜかオフである
「あいつら……ホントに勝つ気あんのか?」
「さぁー……決めるのはトメさんだし。何か考えがあるんじゃない? あと4日だし」
「まぁ根詰めて練習する時期でもないか」
教室で、この放課後の退屈をどうするか秋馬と話し合っている
別に帰れば良いんだけど……大会前でもせっかくのオフだしね
「どうする? その辺で実践練習でもする?」
「それも有りだな……」
「いや……冗談で言ったんだけど」
そんな騒ぎ今起こしたら出場辞退は避けられない
「何やってる? 用がないなら早く出ていってくれ」
「……つーか、石田は何やってるの?」
石田水生、微妙に久しぶりに顔を合わせた
彼は陸上部だから部活の都合は知らないけど、大会はどうなったんだろう
「私は予選で負けてしまったのでね、今は風紀委員の仕事をしている」
「お前が負けるって相手どんだけ速かったんだよ、てかお前風紀委員だったんだな」
確かに石田は100メートル、下手をすれば11秒を切ってしまう化け物だ。スポ選でこの学校にやってきている特待生だ
そんな予選で負けるなんて……
そして風紀委員だったんだ。正直短距離で負けたということのほうがインパクトあったけど
「そうは言っても私は走り幅跳びは専門じゃないのでね。短距離は全て先輩たちが走ったから、私が短距離で出るなら来年だな」
「へー、でも走り幅跳びでもそこそこはいけるんじゃないの?」
なんせ助走が速いだろうし
「ダメだったよ、やっぱり走りとは違う技術も必要だからな」
「成る程、じゃぁ来年だね」
「あぁ、来年は枠を取ってみせるよ」
絶対取れると思うよ
高校生で100メートル10秒台なんてそうそういないだろうし。インターハイも目指せるくらいじゃないかな
「つーかお前なんで走り幅跳びで出たんだ?」
「それは専門の人がいなくてね……偶然僕の記録が部内で一番だったから出ることになったんだよ」
「まぁそれはいいとして、お前は仕事中じゃなかったのか?」
「だから、君たちを帰らせる仕事じゃないか」
それは申し訳ない
けど行く場所もないんだよなぁ
「ちぃーっす、お? サボりかお前ら」
「サボりじゃないよ、部活オフなんだ。藤井は何してるの?」
「ははは」
いや、答えになってないけど
「藤井、副委員長が用があるから、会議室に顔を出せと言っていたぞ」
「なんだよ……昼のことか……?」
「いや、君の頭髪についてだそうだ」
「知らねぇよ、つーか今更だな。そんなの1年から変わってねぇよ」
「だから、それが問題なのだよ。とにかく校内にいるなら顔を出すように」
「じゃあケリつけてくる」
くれぐれも穏便に、暴力は無しだよー的なことを言おうと思ったんだけど、こっちに振り返った藤井は悪魔のような顔だった。さすがにそんなことが言える雰囲気ではないな
「あんなガキが……俺にタイマン申し込むなんて、いい度胸だ。潰してやるよ……!」
恐! ていうか誰もそんなこと言って無い!
なんで呼び出し=喧嘩になるかな?
「ちなみに風紀委員が10人ほど集まってるが……聞く耳持たずか」
ただ単に聞こえなかっただけだと思う。今すぐそのことを伝えてきてほしい
「……面倒になりそうだ。とりあえず、君たちは帰ると良い」
「そうだね、帰ろうか秋馬」
「ん? いいけど」
ここは石田の言うとおりに帰っておこう
確かに面倒事が起きそうな感じだ
帰り道、校舎の方を振り返ると、会議室の窓の向こうがなんだか賑やかだ
「藤井……何してるんだろうね」
「さぁ……何やるかわからねーよ、あいつ」
ガシャーン、とすごい音が聞こえた
会議室の窓ガラスが砕けて、長い机が飛び出してきていた
穏便に、暴力は無し……とはいっていないようだ