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第33話:思い出は永久に

 レモンちゃんの3Pシュートが入って5対0

 そしてまた相手ボールからゲームが始まる


 「気抜くなよ、俺は病院には行かん」


 武仁さんから始まる流れるようなパス回しで、一気にボールが進んでくる。やっぱり経験の差は大きい、パスやドリブルのうまさではかなわない


 ディフェンスの隙間を抜けて簡単にシュートを決められてしまう


 そして味方ボールから始まる


 「冬貴くん!」


 穂月さんが一気に相手のコートのディフェンスをくぐり抜けて、ゴールまでの直線を走っていた。そこに僕がパスを入れる


 「ナイスパス」


 穂月さんはボールをキャッチすると、カバーに来たディフェンスを吹き飛ばしながら、ダンクシュートを決める。建物の中に大きな音が響いた

 さすがは秋馬の跳躍力


 「す、すっごいね穂月さん!」


 味方チーム唯一穂月さんの事情を知らないレモンちゃんは眼をキラキラさせて、穂月さんの方に駆けていった

 そしてハイタッチ、何とも微笑ましい光景だ


 だが今とった2点は簡単に返されてしまう、やはりあの流れるようなパス回しはすぐには身につかない


 「ドンマイ、また取り返そう」


 「というか冬貴はセンターなんだから、早く走る!」


 夏帆に背中を思いっきり押されて、相手のコートの方へ転けそうになりながら突っ込んでいく


 「ちょっ、夏帆!」


 「そうしてろ!」


 夏帆は僕を壁にしてゴールの真下に飛び込んだ、そしてそこにパスが通りシュートを決めた


 またボールは相手へ

 流れるようにパスが回されていき、シュートへ行く。そのシュートを穂月さんがはたき落とした。自分より10センチは背の高い相手からブロックって……


 床を転がったボールは相手のプレイヤーが拾い、ゴールにむかってボールを投げた


 そのボールを空中で掴んだ武仁さんがそのままダンクシュートを決める

 

 また味方ボールで始める、今度はこっちもパスでボールを進めて、攻め始める

 だが今はレモンちゃんのマークがきつくなっていて、小柄なレモンちゃんではシュートは全部止められてしまう


 春香がレモンちゃんに近づいてパスをもらう


 「穂月さん!」


 そのパスを間隔を開けないでゴールに近づいていた穂月さんに入れた、そしてディフェンスの上を超えてシュート。身長差10センチなどもろともしない


 シュートは難なく入った


 「ナイスシュート!」


 「穂月さんすごーい!」


 全員が穂月さんに駆けていってハイタッチしまくっていた

 全員楽しそうだ、そして……僕以外はなんだかすごいプレーを見せている……


 「つーか、結局あの男が一番ひょろっとしてるじゃねーか」


 うっ、また痛いところを





 結局たいした活躍もないまま、僕がマークしている武仁さんのスパープレイ連発で点差は詰まっていった。左手1本でダンクに3Pにパスにブロック、何でもこなしている

 得点は21対20で相手ボール、残り時間は30秒を切っている。まだこっちが勝っているが、なんだか火のついた武仁さんのドリブルは、左しかないと分かっていても、僕と夏帆と春香の3人がかりでも厳しい……


 また武仁さんが左だけで攻めてきた、そこに僕と夏帆と春香が止めに入るが、それでも隙間を強引に抜いてくる


 「行かせない」


 そこに4人目の穂月さんがボールを奪いに行く

 高さで止めに行くが、そもそも秋馬が本気で挑んでも勝負になる相手ではない。強引にダンクシュートを決められる


 「俺は、病院には行かん!」


 なぜそこまで? というのはもうどうでも良くて、今は勝ちたいという気持ちが強くなっている

 それは多分みんな同じだと思う


 だが逆転された、時間もあまりない

 レモンちゃんがタイムをかけた


 「ラストプレーは」


 そこでレモンちゃんは言葉を切った、全員の顔を見渡していた


 「……冬貴くんですね」


 「異議無し!」


 「任せたよー」


 夏帆と春香は当然、という顔で言う。ここまで活躍のなかった僕がラストプレーを、か……大丈夫かなぁ


 「やってみましょうよ」


 穂月さんもそれでいいと

 

 「負けて元々、でも勝ちましょう。かっこいいとこ見せてください……」


 最後は聞き取ることができなかった、小さな声だった。でも応援してくれていることは分かった

 全員が僕に期待してくれているのなら、男として答える義務がある……


 「冬貴くん、お兄ちゃんは左手でしかボールを奪いに来ないから、左側で攻めれば大丈夫。ちゃんと見ればかわせる」


 ゲーム再開、レモンちゃんは僕にパスを出した。目の前には武仁さんが構えている


 レモンちゃんの言うとおりに左側から抜きに行く

 ただでさえ利き腕じゃないからドリブルもつきにくいけど、ボールを取りに来る左手に注意していれば大丈夫だ


 ゴールまで近づいて、シュートのためにジャンプした


 「打たせん!」


 そこで武仁さんが左手でボールをはたき落としにくる

 でも左手だとやっぱり無理がある、一度ボールを後ろに退いてかわしてからシュート


 ……ダメだ、浮いてる時間が違いすぎる

 体が落ちてく、どんどん壁は大きくなる


 「冬貴くんシュート! 右!」


 右? 武仁さんは左手で僕の左のボールをはたき落とそうとしたから、体が傾いて右側に隙間がある


 投げる!


 「痛っ!」


 僕が床で背中を打った

 そして同時にタイマーが終了のブザーを鳴らした、ボールは今も空中にある

 

 ――スパンッという音

 ボールがゴールを通過した


 やった……


 「イエェー! ナイスシュートー!」


 レモンちゃんが僕に飛び乗ってきた


 「よくやった!」


 夏帆が僕の頭をパシパシ叩いている


 「ヒーローですよー」


 春香が拍手してくれている


 「やったね」


 穂月さんが笑顔で床の僕を見ていた


 そして少し遠くでは


 「病院、病院……まぁ、病院くらい行くが……負けた、まさか彼に……もはやコンブなどとは……」


 武仁さんが何か呟いていた


 こんな風に、仲のいい人と、まぁ相手は知らない人が多かったけど、全力でスポーツを楽しむのも悪くない、こういうのが思い出なんだなぁ


 チームスポーツも悪くない


 「それで、レモンちゃんは……その降りてくれる? あと夏帆も叩くのやめて」


 「あーごめん」


 「ごめんねー」


 2人が僕から離れた

 さっきまで小さくなっていた武仁さんが僕の方へ歩いてきた


 「いいゲームだった、冬貴くん。さて、俺は……約束通り病院に行く、レモン行くぞ」


 「なんで私も……」


 「良いじゃないか愛しの妹よ」


 「あぁっ! また気持ち悪いことを!」


 2人は建物から出て行った

 仲の良い兄妹だ


 「俺らも帰るわ、またやろうぜ」


 残りの4人も帰って行った

 まぁ目的であった外で遊ぶというのは達成できた。穂月さんももちろん、みんな楽しかったはずだ


 「あー……ごめん、私ちょっと頼まれごとがあったのよね……春香ついてきてー」


 「いいよー」


 「じゃあ冬貴は穂月さんと帰ってね」


 「了解、じゃあね」


 「「ばいばーい」」


 2人も建物から出て行った

 じゃあ僕たちも帰るとしよう





 「ねぇ」


 「ん? どうしたの?」


 帰り道、僕は穂月さんと2人きりになった。そんなに長い時間バスケットボールをしていたわけではないので、まだ早い時間だ


 「ありがとう。楽しかったよ」


 「それは良かった」


 もうほとんど意識の中になかった。彼女は秋馬に憑依した幽霊なんだったな


 「私が勝手に作ってきた、間違ったもの全て、みんなが、冬貴くんが消してくれた」


 「……」


 僕が消せたもの……


 「私は本来なら存在してはいけないもの、恨みや妬みだけで存在していた。だから、他のものは残せない」


 僕は黙って聞くことにする

 これから彼女に訪れる事の想像はつく、僕にもみんなにも穂月さんにも受け入れることしかできないことだ


 「この体の持ち主である彼も優しい人だった、その気になれば弱っていく私を追い出すくらいできたのに、全てを私にゆだねてくれた」


 「言ったでしょ、秋馬は快く貸してくれるって」


 「今日1日、この体はお前のだから、抜ける事なんてできないって、彼が言ってくれた」


 「私にはもう、欠片ほどの恨みも妬みもない、あるのは思い出と……決して残せない1つの思いだけ……残せるものを無くした私は消える。この世界から完全に。最後の願いを聞いてほしい」


 「分かった、何でも聞く」


 「最後に、好きな人に抱きしめてほしい……」


 穂月さんの目からは涙が流れていた

 この感情も、この想いも、全て消え去ってしまうと思うと悲しい。その悲しささえも消してしまうこの世界の不条理。それに消されてしまわないよう、僕は穂月さんを抱きしめた


 「消えたくない、とは思わない。でもこの想いを消してしまうのは悲しい……」


 僕だって悲しい、だから僕は信じることにする


 「想いは消えない、記憶から消えても」


 目の前が一気に暗くなり、穂月さんは見えなくなった

 そして僕の意識もすぐに途切れた


 

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