第31話:いざとなると肝が据わっているのは女の子
次の日の朝、僕の家の前には春香と夏帆がやって来ていた。まぁ何の用かは想像がつく、というか1つしか考えられない
「冬貴くん、秋馬くんはどうしてるの?」
春香の第一声はこれだった、やっぱりそうだよね。2人とも心配性だし、それは僕もだけど
仕方がない、いつ元に戻るか分からないのに、このまま言わないでおくわけにもいかない。秋馬のことを僕と同じくらい知ってる2人なんだし説明しておいても良いだろう
「それが……」
僕は、ここまであったことを全て説明することにした。どこまで信じているのか分からないけど、2人は黙って聞いていた。幽霊のいた旧倉庫のことから、現在の秋馬の状態まで
「けど、どうも悪い霊じゃないと思う。秋馬は大丈夫だよ」
「う、うーん……なんだかよく分からないけど、大変だねぇ」
「とりあえず見に行こ。気になるでしょ」
「学校は……?」
「ユーもサボっちゃいなよー」
そうなるのか、まぁいいや。僕がなに言っても、秋馬のところに行くだろうし、僕も秋馬のことが気になる。あと穂月さんはどうなったかも
今日も穂月さんは家の前にいた。今日はただ立っているだけじゃなくて、ほうきを持って掃き掃除をしている。秋馬だったらあり得ない光景だな
「えぇーっと。あの子が秋馬?」
「僕も目を疑ったよ」
「なんか、思ってたより可愛いですね……」
「僕も……んー、秋馬じゃないみたいだった」
昨日買ったのだろうか、秋馬の家に元々あったとは思えない可愛い服を着ていた。真面目に掃除する姿も、やはり秋馬のそれではない
「そういえば名前はあるの?」
夏帆が僕に聞いた、そういえば名前は説明していなかった
「穂月さんだよ」
僕が答えると、夏帆は穂月さんの方へ走り出した
「おはよー穂月さん!」
「え? おはようございます」
「私は夏帆、あれの友達、よろしくね」
そう言って夏帆は僕を指さす。あれ呼ばわりですか……
「私は春香です、同じくあれの友達です。よろしくね」
「2人ともこちらこそよろしく」
……2人とも打ち解けるの早いな、これも才能だろうか。僕は最初かなり戸惑ったけどなぁ
女の子同士なのが良かったのかも知れないな
穂月さんも嬉しそうだし、まともな知り合いって僕だけだったんだろうしね
「そういえば僕も名乗ってなかったね、冬貴です、よろしく」
「こちらこそ。それはそうと、学校は?」
「気にしない、今日は遊ぼうよ」
夏帆、少しは気にしようよ。今回ばかりは春香も遊ぶ気だから、止めるのが僕だけになるけど、僕では夏帆は止められないんだよね
だから、僕もサボってしまおう
しかし、恐るべき適応力。なぜこうも早くこの事態に慣れることができるのだろう
「あの、冬貴さん、ちょっとお話が……」
「僕に? どうしたの?」
少し夏帆と春香から離れた場所で、小声で僕に話す穂月さん。別にもう2人は事情を知ってるから大丈夫だとは思うけど
「朝起きたら、なぜか抜けられないの」
「抜ける? どこから?」
それっきり黙る穂月さん
抜ける?
――まさか? 秋馬の体からなのか?
「マジで?」
「マジです」
これは2人には……言ってしまった方が解決策も見つかるかもしれない
とりあえず2人をこっちに呼んだ。穂月さんは躊躇っていたけど「あの2人なら大丈夫」という僕の言葉を信じてくれた
そして僕の口から事情を説明した
それからしばしの沈黙、そして夏帆が口を開いた
「まぁ、いいんじゃない? よくあることでしょ」
よくあることではないんじゃないかなぁ……
でもやっぱり夏帆もさほど事態が重いことだとは考えていないようだ
「このままでもいいかもね」
「春香それはちょっと……」
秋馬もまさか好きな子にそんなこと言われてるとは、知らない方が良いこともあるね
でも、2人の優しさなんだろう。多分穂月さんは責任みたいなものを感じている。自分は消えないといけないと思ってしまっているのだろう
僕も居ても良いはずだと思う。後のことは後で考えよう。秋馬には悪いけど
「ボウリングでも行く?」
「夏帆、朝からそれはちょっと……」
「遊園地でも行きません?」
「こんな平日に……」
「じゃあ、目の前ですし、私の部屋に来ます?」
「大丈夫なの? というか楓ちゃんとはうまくいった?」
楓ちゃんって……
天草楓、秋馬のお母さんの名前だ。親しい人には「楓ちゃん」と呼ばれているけど、僕はさすがにそれはやめておいている
しかし、どう見ても「おばちゃん」という言葉が似合う人ではない。だから名前で楓さんと呼ぶことにしている
「お母さんは優しい人でした。お父さんはちょっ変な人でしたけど」
「秋人さんはまぁ、ちょっと変な人ではあるね。でもうまくいってるようで良かったよ」
天草秋人は秋馬のお父さんである
この父親の元、なぜ秋馬が育ったのか? という疑問が尽きない人だ。唯一息子に受け継がれたものがあるとすれば、力が強いことと後は顔。秋馬に負けず劣らずの、だがどちらかというとダンディ、という言葉が似合う人だ
顔だけを見ればだが……
「お邪魔しまーす」
夏帆が玄関の扉を開けると、奥から楓さんが走って出てきた
「夏帆ちゃん久しぶり、聞いて聞いて! 私に娘ができたのー!」
天草家恐るべし、あっという間に家族になっている。この適応能力は夏帆たち以上だ
「もう会いましたよ」
「仲良くしてあげてねー!」
「はーい」
楓さんは元気よくまた奥に戻っていった
相変わらずの人だ、変わらない
「じゃあ、私の部屋へ」
穂月さんについて部屋のドアの前まで、どうやら秋馬の部屋とは別の部屋みたいだ。まぁ楓さんが「男の子と同じ部屋じゃねぇ」とか言ってもう1つ用意したのだろう
もう既に穂月さんはこの家で秋馬ではなくなっている
穂月さんの部屋は、完全に女の子の部屋だ。これも女の子だから当然なわけだけど
「しかし、可愛いわねー穂月さん。ねぇ冬貴」
「なっ、なぜ僕にふったの!?」
「別にぃ? でも結構タイプなんじゃないの?」
「そ、そんなことは……まぁ可愛い……けどさ」
「うわぁ、やっぱり日頃から」
「それは違う!」
化粧もあるけど表情1つで完全に別人になるものなんだなぁ
人は中身というのは間違いではないみたいだ
「でも、ホントに綺麗な顔……冬貴くんが惚れるのも」
「違うから! ホントマジで!」
「冬貴さん……まぁ、そうですよね……」
「いっ、いやそう……」
「揺れた」
「揺れましたね」
「揺れてない!」
「?」
今の天然でやったのか? どっちにしても穂月さん恐るべしだ……
僕はどうすれば良いんだろう……
受け答え1つにしても疲れる
その後も学校に行くことはなく、ずっと穂月さんの部屋で遊んでいた
昼ご飯も天草家でいただくことになった
「ふぅー……疲れた」
「午後からは外で遊ばない?」
外の方が、色々なことに意識が向くから良いかもしれない。まぁそれは僕の都合だけど、穂月さんも外で友達と遊ぶのは楽しいだろう
「冷やし中華ですよー」
さすがは楓さん。このできなら店を出せそうだ
昔はコックやら美容師やら色々やってたそうだけどマルチな才能を持っている
「「「「いただきます」」」」
「あー、おいしー!」
「良かったわ」
本当においしい、その辺のお店の冷やし中華よりも絶対おいしい。専業主婦をやっているのがもったいなく思える
冷やし中華を完食すると、楓さんが立ち上がり、巨大な冷蔵庫から何かを運んできた
「ケーキです」
まさか、僕たちが来てから作ってたのかなぁ……
凄すぎだ、パティシエが作ったお菓子だ。お菓子作りのプロなのだろうか
「パティシエですか?」
「パティシェールです」
「パティシエール?」
「女性のパティシエは、パティシエールと言うんですよ」
「すごいですね、何でもできるんですね」
「まぁ、できないことも多いですけどね」
本当だろうか
普通の人ができたらいいと思うことは全てできるような気がするんだけど……
ケーキもおいしかったし、午後からは外に出かけることにしよう
でも、学校関係の人と出会うのは避けないとなぁ