第30話:カジノは大人になってから
――来ると思ってた、そんなに心配しなくて良いのに
脳に直接聞き覚えのある声が流れてきた。秋馬に憑依した状態の穂月さんからの声は全て秋馬の声だけど、この場合の声は旧倉庫で聞いたものと同じだ
商店街のかなり端の方にある小さな何を売ってるのかよく分からない店、おそらく雑貨屋なのだが、ここまで来るとなんだか変な店も多い。そして客も割と変な人が多いのだけど、その中に秋馬の、穂月さんを見つけた
お店の入り口にでかでかと書かれた「今日の目玉商品!」の謎のコップを見ていた
「お嬢さんお目が高いね、そいつは本日の目玉商品。なんとそれで水を飲むと、普通のコップの1000倍うまい! 今なら2500円だけど?」
1000倍とは……また大きくでたな……
しかも値段も地味に高い。だがどう見てもそれただのガラスのコップだけど
というかどこが心配しなくて良いんだ?
「しゅう……穂月さん、その人の言うこと信じちゃダメですよ」
「なにぃ? 小僧ものを知らねぇな。そいつはあれだぜ? なんとダイアモンドだ」
「いやいや、ガラスでしょこれ」
「ちっ、ポケーッとした嬢ちゃんだと思ってたら、ボディーガードつきかよ」
それ秋馬に言ってたら、半殺しじゃすまないと思うよ? とりあえずは秋馬にばれない状態で良かったですね
「……別に、買おうと思ってない」
「凄い興味津々だったじゃん」
「妖しいとは思ったけど」
「はいはい」
「むっ」
人混みの方へ消えてしまった。少し言い方が悪かったかなぁ? でも本当に秋馬と話している感じがしない、完全に別の人だ
化粧してるというのもあるだろうけど……変わるものだなぁ。確かに秋馬はもとからどちらかというと女顔だったけど
「おや、愛想を尽かされてしまいましたか?」
「っ!? 誰?」
いきなり僕の真後ろに男の人が現れた。この場所はそんなに人がいないのに、全く気付かなかった
「失礼、僕はこの辺りで店を経営したりしてるものですが、まぁ君のような人とは縁がないお店でしょう」
「ははぁ……でも愛想を尽かされたって、そんなんじゃないですよ」
「分かっているよ、あんな綺麗な……男の子だからね。でも、君は分かっていないこともあるかも知れないね」
あれ? ばれちゃってる?
ぱっと見には男には見えないと思ったんだけどなぁ……なんだろう、なにかのプロなのか?
「あんな細くてしなやかな……でもあそこまで強い筋肉は女性ではそうそう手に入らないでしょう。1人だけ知っていますが」
1人いるんだ
まぁ僕の身の回りにもいるといえばいるような気も……
でも、僕が分かっていないこと? 秋馬の体はどう考えても男のそれだよね
聞いてみよう、と思ったんだけどもう居ないや
とりあえず、穂月さんを探そう。僕は人混みの方に目を向けた。そこには異常に目立つ真っ赤な頭が動いていた
「藤井何してるの? この辺ろくな店がないよ」
「冬貴、この辺りでうぜぇ眼鏡にうぜぇロン毛で、うぜぇだいたい180くらいの背丈で、うぜぇ美形の、もうホント鬱陶しい兄ちゃんは来なかったか?」
さっきの男の人、確か黒縁の眼鏡をしていた。肩に掛かるまではいかないが、そこそこは髪も長かった。僕より背が高くて、武仁さんよりは絶対低い、まぁ180くらいが妥当。思い出せば美形だったような……
それだけの条件だと断定できないけど、あの人は何となく藤井みたいな人種とはトラブルになりそうな気がする……
「うん……それっぽい人なら居たよ。この辺で店を構えてて、多分凄い身のこなしだと思う」
「絶対そいつだァ!」
藤井は殺気全開で人混みの中を走り抜けていった
すれ違う人たちが、ものすごく迷惑そうな眼で藤井を見ている
「あれ、コンブくん。元気か?」
「え? 武仁さん、指大丈夫ですか?」
僕の問いに武仁さんは右手を上げた。見事にギブスで固定されている。つまりは全然治っていないということだろう、まぁ日も経ってないし当たり前といえば当たり前か
「この通り全快だ」
「えぇ!?」
「それは良いとして、よく憶えていてくれたね」
「そりゃ試合しましたしね」
そんな青い頭の人は後にも先にも知り合う機会はもうないと思いますので
藤井と同じくらい目立ってますよ
「挨拶はこれくらいにして、聞きたいことがある。この辺りに日本では犯罪だが、小さな賭場がある。そこのオーナーを知らないかな? 店に入ってみたがもぬけの殻でね」
「はぁ……心当たりはありますけど、どういうご用で?」
「郁弥が負けた相手に興味がある。それにあまり無茶をやられても困るしな」
それは、調子に乗り出す前に叩きつぶしておく、という意味なのだろうか
あなたも相当無茶はする方だと思うけど……強さは認めます。化け物クラスの知人が多い僕だけど確かに武仁さんは別格だ
そして、藤井と同じ方向に不敵な笑顔を浮かべながら入っていった。すれ違う人は「なんだこいつは?」という顔をしている
さて、穂月さんでも探そう
「……どこに行った?」
見つからない、広い商店街、そして暇をつぶせる場所が多い、というか通りじたいが多い。あてもなく探しても見つかりそうにない
「お探しかな?」
「……いや、僕の知り合いが探してましたよ」
眼鏡にロン毛の美形な男の人がいつの間にか僕の横にいた
何事もなかった顔をしているので、あの2人とは出会っていないみたいだ
「あの……あなたの経営している店ってカ「はいストップ」
言葉を遮られる、まぁ人混みで「あんたカジノ経営してるだろ?」って言われても困るか
「なんか、有名になったものですね……それで?」
そこで一度言葉を切った
そしてもう一度僕の目を見てきた
「僕と闘ると……言いますか?」
全身を刃で貫かれたような、そんな感じだった
僕の中にそんなつもりは毛頭なかったが、あまりの迫力に気圧されてしまった
「い、いえ。ただまぁ……ものすごい人が会いに来るかも知れませんよ」
「そうか、楽しみにしておきましょう」
「成る程お前が、確かにやりそうだ」
タイミング悪く僕の居る目の前で、ものすごい人と遭遇してしまった
「あなたが、ものすごい人ですか。悪くないですね、何か格闘技をかじってますね?」
「うん? あぁ、空手とキックボクシングを少し」
一触即発?
なんだか2人の視線がぶつかって今にも爆発を起こしそうに見える……
何かきっかけがあれば絶対に戦いになるよね
眼鏡の男の方がポケットの中に手を突っ込んだ
そして一気に武仁さんに近づいて、ポケットの中から何かを突きつけた。武仁さんは微動だにしなかった
「僕は曳汐流星。夜には開いてますので、いつでも遊びに来てください」
突きつけたのは名刺だった
「そこの君は……来ても構わないけど、オススメはしないな」
余計なお世話だ、賭け事は好きだけどさすがにお金をかけてはちょっとね
とりあえず、穂月さん探しの続きをしよう。もう商店街には居ないかも知れないな
結局、日が暮れてきたが見つけることはできなかった。もう帰ってるのかな……本当に秋馬のご両親はどう思ったのだろう
まぁ、いい人達で適応能力も凄く高いが、やっぱり困るんじゃないだろうか
とりあえず秋馬の家に行ってみた
家の敷地の手前で立っている穂月さんがいた
「どうしたの?」
「あ、あの……困ってます」
「やっぱり、その……色々と問題が?」
「そうじゃないです。いい人です、いい人過ぎて……おかしいですよね、突然息子がいなくなって、それなのに私に普通に接してくれるんですよ?」
さすがは天草家、家族そろって常人離れしている。まさか親切で幽霊を困らせるほどとは……
とは言っても、今日少し話しただけでも、穂月さんは普通に人間だ。優しく接するのは当然のこととも言えなくない
「耐えられない、私は恨みと妬みで存在していた。だから」
「大丈夫だよ、思いっきり楽しめば。きっと秋馬も体を快く貸してくれる、それにご両親も居候なんかじゃなくて娘ができたくらいに思ってるんじゃないかな?」
「……娘?」
あれぇ? 無責任なこと言ってしまいましたか?
でも、多分この家のご両親は本当に迷惑がっていないと思う、そこは断言しても良いだろう。でも秋馬は体を貸すとはいっても、女装した自分がうろついているわけだから……
絶対に快く貸してはいないな、まぁ良いだろう。分かってくれる
「私は、ここにいても良いのでしょうか?」
「幽霊だろうとなんだろうと関係ない、友達でしょ? 消えろなんて言わないよ」
ついに本格的に巻き込まれ始めた
けど後悔はしていない。未練を残したままいかせるわけにはいかないしね