第22話:やっぱり強い男
河瀬の入部が決まった日から少し経った
部活動の中でも河瀬は目立って強く、誰とやっても負けることはなかった。正式な形の試合でまだ勝っていない相手は夏帆と秋馬だけとなった
僕としては夏帆が負けることはないと思う。そうなると夏帆よりも数段上の秋馬が負けることはあり得ない気もするけど、なぜか秋馬は河瀬には勝てないような気がする
そしてそんな頃、校内にはある噂、というか説が流れていた
――秋馬へたれ説だった
元々秋馬は校内外問わず敵が多い
男女問わず人気があり、学力も校内トップクラス、空手、喧嘩、どんなスポーツでも人並み以上、下手をすればその道の人間にも劣らないほどだ
そんな秋馬が、実は1人では何もできないへたれだというものだ
そして、秋馬はやたらと喧嘩を売られるようになった
「おい天草ぁ……お前女に負けぐふぁぁ!」
顔も確認せずに秋馬は話しかけてきた生徒に蹴りを喰らわせた
吐きそうになりながらしゃがみ込む生徒を、秋馬は見ようともしない
「はぁ、なんでこんな事になってんのかなぁ」
「さぁ、でも秋馬が河瀬に勝てないと思われてるからじゃない?」
「そら河瀬は強いよ。でも夏帆には及ばないし、俺だって本気だしゃ負けねーよ」
「そうなんだ」
「けどなぁ……あいつ俺とやるときは目がおかしいんだよ。それに顔が半端無く近いというか……やりにくいんだよ。いくら何でも女子相手に顔面に蹴り喰らわすわけにもいかねぇしな」
なんか納得だな。確かに秋馬に対してあの子は尋常じゃない。好きなんだろうけどそれが行動に出すぎている
そこをつけばすぐに倒せるけど、そんなこともできないというわけだ
「じゃあ武道場行くか」
「そうだね」
僕たちはいつも通りに武道場に向かった
今日は夏帆と春香はいなかった。時間が少し早いからだ。これも喧嘩を売られるのがめんどくさいという秋馬の考えからなのだが、それでも喧嘩は売られる
僕はまぁ、秋馬は負けないしそんなことが続いているうちに噂もなくなると思う
武道場には先客がいた
一部の生徒はほうきを持っている。掃除していてくれたのかなぁ
そしてまた一部の生徒は竹刀を持っている。剣道部かなぁ。あ、あの生徒はバット持ってる。あの生徒は木刀、そしてあの生徒は鉄パイプ……
絶対部活動をがんばってる連中じゃないよね
「お、噂の秋馬くん。へたれが何しに来たの?」
「空手なんてできねーだろぉ?」
多分こいつ等は秋馬と喧嘩なんてしたこと無いんだろう、と僕は思う。一度でも秋馬と対峙していたならそんな口は聞けないだろう
ま、今から聞けなくなるのかな
「……10秒やるから帰れ、残ってた奴は全員殺す」
秋馬は忠告したが誰1人帰ろうとなんてしない。完全に秋馬に勝てる気でいるみたいだ
そのうちの1人が秋馬に近づいてきて、バットを突きつけた
「10秒経ちましたよ秋馬くぐっ!」
秋馬の拳が生徒の鼻っ面を捕らえた
空中で一回転して生徒は吹き飛び、道場の壁に叩きつけられた。飛距離はおおよそ15メートルというところだ
「「「「ひっひぃぃー!!」」」」
その光景を見ていた残りの全員は一目散に逃げ出した
「……へたれか。俺はへたれなのかもな」
「は? 何言ってんの?」
言葉の意味が理解できない。普通勝ったんだからへたれなんかじゃないことが証明されたんじゃないの?
「俺って一度だけ夏帆の顔面ぶん殴ったことがあったよな」
「……昔だよね。ぶん殴ったといってもあれは試合だし」
まぁ、秋馬のいっている意味は理解できた
しばらくして部員が集まってきた
そして道場の中心にはトメさんが立った。息を吸い込み大声で叫ぶ
「大会出場メンバー団体の部。出場者を決めるわよ!」
相変わらずのお姉口調だ。そして今日は団体戦の出場メンバー5人を決めるということらしい
メンバーは先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の5人で、男女は混合となる。まぁ今までは夏帆以外は全て男子からだったが今回は分からない
……まぁ、僕は入らないけどね
「まず、野久保と七曜!」
……僕候補に入ってます!? どういう事だ!?
勝たないと出れないけど
というか野久保って1年の後輩だった
「先輩! お願いします!」
「あ、うん。よろしく」
締まらないなぁ、とか思ってるのかなぁ
「「っしゃーす!」」
野久保はいきなり勝負を決めようと、踏み込んで中段蹴りを入れてきた
僕はそれを腕でガードして体を90度回転させて、野久保のバランスを崩させた。片足立ちで野久保はぐらついていた
野久保の顔が下がっている。ここだ!
回転させたときに下げた右足で下がった顔に蹴りを入れた
「たぁ!」
それは綺麗に顔にヒットした
野久保は派手に床に倒れ込むと、気絶して動かなくなってしまった
「一本!」
トメさんが宣言した
なんだか勝てたみたいだ
「やり過ぎたかなぁ」
「いやいやすげぇよ! 冬貴強いじゃん!」
僕と秋馬は保健室に野久保を送り届けた
帰り道、秋馬は僕の試合を褒めてくれた。あまりないことだ。結構嬉しい
道場の扉に秋馬が手をかけたとき、トメさんの声が聞こえた
「一本!」
「なんか試合終わったみたいだな」
「そうだね、確か夏帆と河瀬だよね」
「次鋒戦か……じゃあこの勝った方と俺か」
秋馬が扉を開けると、床の上に夏帆がへたり込んで河瀬が立っていた
「……夏帆……負け?」
「まじかよオイ」
立ち上がった夏帆がこちらに歩いてきた
その顔は少し悔しそうだった
「夏帆……ド、ドンマイ」
他に言葉が見つからなかった。でもこれで良いと思った
夏帆はちょっと間の後笑顔になってありがとう、と言って武道場から出て行った
「次! 秋馬くんと河瀬!」
「なぜ俺がくんづけ!?」
秋馬は道場の中心へと歩いて行った
秋馬が負けることはありえない、と思う。絶対に本気でぶつかり合えばそれは確実に、秋馬が勝つ
「秋馬くん! がんばろうね、本気だよ!」
聞いたことのあるフレーズ。昔、夏帆が一度だけ秋馬に言った言葉だ
「あぁ、俺も本気でやろう。お前強いし」
このセリフもあのときと同じだった。このセリフを言ったのならば秋馬は絶対に手加減をしないだろう。試合で男相手に戦うときと同じように接するだろう
こうなった秋馬の前で、男子だから女子だからは全く関係がなくなる
「「しゃーす!」」
河瀬が初めて空手部に来たときと同じ、床すれすれをなぎ払う蹴りを放った
これを秋馬は避けようともせずに足の甲で受け止めた。秋馬の体の芯は全く揺らがなかった
そして体制を戻した河瀬が突きを放とうとした
だが秋馬はその動作に入る直前の河瀬に追いつき、顔面に上段蹴りを打ちこんだ
「うあっ!」
河瀬は倒れ込んだ
「一本!」
トメさんの声が響いた
その後すぐ河瀬が起き上がった。その表情に苦痛など無かった
「ありがとうございました!」
河瀬は大声で言って床に倒れた
その河瀬を、僕と秋馬で保健室まで送り届けた