央の章
BL表現入っています。
楽しんで戴けたら幸いです。
ー央ー
聖流は今年で三十歳になっていた。
久し振りに実家に帰り真聖とウィスキーを酌み交わしていると、真聖が言った。
「いい人は居ないのか?」
「いい人?」
「そろそろお前も落ち着いたらどうだ。
心に決めた女性は居ないのか?」
聖流はソファーの背もたれに頭を載せ言った。
「オレは、結婚はしないと思うよ。」
「孫の顔を見せる親孝行はしないと云うことか。」
「親の背中を見てると、とても女性に幻想を抱く気にはなれないなあ。」
真聖は黙った。
「悪い、今のはきつかったよね。
でも、正直そう思ってる。」
「そうか………………。」
真聖はウィスキーをあおった。
「聖詞は元気にしているか。
何か不自由なことは無いのか。」
「聖詞は未だに苦しんでいるよ。」
「帰る気は無いのか。」
「前にも言ったけど、それはあり得ないと思う。」
「そうか……………………。」
真聖はグラスを回してそれに見入った。
聖流の会社に新入社員が入って来た。
その歓迎の飲み会の帰りだった。
酔いを醒まそうとぶらついていると公園が目に入り、水呑場を求めて入って行った。
東屋に人影が蠢いていた。
その傍に水呑場を見つけ、聖流は東屋に近付いた。
雲に隠れていた月が覗いて月明かりが闇夜を、少しだけ鮮明にした。
東屋のベンチに座る女に男が屯して、一人は女の股間に顔を埋め、一人は首に、一人は女の後ろから女とキスをしていた。
女の上半身は乱れて殆ど裸に近かった。
女が聖流に気付いて顔をこちらに向けたので聖流と眼が合った。
そして聖流は息が詰まるほど驚いた。
「貴都李!」
聖流は女から眼が離せなくなった。
女は面白そうに聖流を見て言った。
「気が変わった。
お楽しみはこの次にするよ。」
男の一人が不満気に言った。
「ああ?
冗談だろ、これからって時に!」
「ボク、人に見られて欲情するタイプじゃないからね。」
男たちが一斉に聖流を見た。
「気分が失せたんだ、仕方無いね。」
「今更なんだよ。」
男たちは次々と女から離れ聖流を睨み付けながら去って行った。
聖流にわざとぶつかって行く者も居た。
聖流はそれを気にする余裕も無いほど女を凝視していた。
女だと思っていたが身体つきから少年であることに気付く。
少年はズボンのジッパーを上げ、乱れた服を直して聖流に近付いて来た。
近くで見ると、貴都李とは似てもいなかった。
似ているとすれば男にしては紅過ぎる丸い口唇だろうか。
「ボクが誰かに似てた?」
聖流は動揺が未だ治まらず、少年の言葉が頭に入って来なかった。
「そんなに見詰められたら、穴が空きそうだ。」
聖流はやっと口を開いた。
「その歳で、大の男を三人も手玉にとるとはね。」
少年はふふっと笑うと聖流の周りを歩き回った。
聖流の周りを一周すると正面に立ち聖流の首に腕を回し下半身を押し付けて来た。
「あなた、いい男だなあ。
凄くセックスが上手そうだ。」
「残念だが男とする趣味は無いな。」
「そう?
やってみると案外楽しいかもよ。
ボクも下手な方では無いからね。」
「誘ってるのか?」
「勿論。
セフレを返しちゃったんだから責任取ってよ。」
「子供は家に帰ってゲームでもしてろ。」
聖流は水を飲むと少年を無視して歩き始めた。
少年は聖流の腕に自分の腕を絡ませて歩いた。
「子供扱いしないでよ、もうすぐ十五になるんだ。」
「立派に子供だな。」
「子供じゃない!」
「あまり興奮するとおしっこ漏らすぞ。」
「おしっ…………………!
こんな侮辱されたの初めてだ。
いったい何様のつもりだよ。」
「それはこっちの台詞だな。
こんな子供に舐められたのは初めてだ。
「ボクが舐めるのはフェラの時だけだよ。」
聖流は足早に歩いた。
身長が聖流の肩までしかない少年は小走りになりながら必死に聖流の歩調に付いてきた。
メインストリートに出ると聖流はタクシーを呼び止めた。
聖流がタクシーに乗り込むと少年は反対側のドアを開けて乗り込んで来た。
「何処まで付いて来る気だ。」
「それはボクの自由だよ。」
「お前は他のタクシーに乗れ。」
「気安くオマエなんて呼ばれたく無い。」
「じゃあ、降りろ。」
少年は挑発するように言った。
「イ・ヤ・ダ。」
タクシーの運転手が困り果てて言った。
「いったい、どうするんです?」
聖流は運転手に言った。
「出してくれ。」
タクシーは動き出した。
聖流は腕を組み無視を決め込んだ。
少年は流れる街並みを眺めていた。
「ボクは央。
あなたは?」
聖流は黙っていた。
「名前くらい教えてくれてもいいだろ。」
「答えたく無いね。」
「どうして。」
「まとわりつかれそうだ。
迷惑極まりない。
下半身にしか興味が無いエロ餓鬼の相手はごめんだ。」
央は聖流を見詰めた後、俯いて黙った。
そして鼻を啜った。
どうやら泣いているらしい。
「酷い言いようだな。
ボクだって人並みに傷付くよ。」
「お前が泣くようなたまか。」
「バレたか。」
央は笑って舌を出した。
とうとう聖流のマンションに着いてしまった。
聖流は部屋の鍵を開けて室内に入った。
央は後に続いた。
「厚かましい奴だな。
他人の家に了解も無く入って来るな。」
央はその言葉は無視して奥に入りピアノに触れて言った。
「凄いな。
グランドピアノなんて置いてあるや。
弾けるの?」
聖流は構わず着替え始めた。
「手伝うよ。」
央は駆け寄って聖流に触れようとした。
「触るな。」
央は思わず引いた。
「さっきからなんだよ。
ボク、そんなに嫌われる事したかな。」
「散々してるな。
見ず知らずね男のタクシーに平気で乗り込み、家に上がり込んだ。
厚かましいにも程がある。」
「仕方無いだろ。
一目惚れしちゃったんだから。」
「色ボケの餓鬼に一目惚れされても少しも喜ぶ気になれないな。
しかもゲイときてる。」
聖流は冷蔵庫からビールを取ると開けて飲んだ。
「ボクも喉渇いた。」
聖流はビールをもう一本取ると央に放った。
央はキャッチすると開けながら言った。
「子供にお酒飲ませていいの?」
「都合の良い時だけ子供を主張するのか。」
「それはこっちの台詞だよ。
都合の良い時だけ大人扱い?」
「オレにはどうでもいいことだ。
お前がさっさと出て行ってくれればそれでいい。」
央は三五缶のビールを一気に飲み干すと空き缶をピアノの上に置いた。
「解ったよ。
今日は帰る。
また来るよ。」
央は出て行った。
聖流はソファーに座ると眉間を押さえた。
『どうして、貴都李に…………………………?』
ー夕食ー
聖流は、聖詞がエリザベータで働く様になってから夕食をエリザベータで取ることが日課になっていた。
時々、聖流の夕食を聖詞がつくるのだが、真面目なのかふざけて入るのか、信じられない物を食べさせられる事が多々あった。
「聖詞、今日のこれは真面目に作ったのか?」
目の前に置かれた皿の中に、ストロベリー色のスープの中でパスタが泳いでいた。
トッピングにパフェ用のブルーベリーやバナナなどの果物が飾られている。
聖詞は涼しい顔で言った。
「心からの敬愛を籠めて作ってるよ。」
弟想いの聖流は恐怖を感じながらも食べた。
「甘い………………………。
聖詞、この甘い味はなんだ?」
聖流は聖詞を睨んだ。
「パフェ用のストロベリーソース。」
「これをどう見ても、パフェには見えないようだが?」
「名付けるとストロベリーパフェ風スープパスタってとこかな。」
聖詞は微笑んだ。
聖流は頬杖を付いて皿の中を見詰め、溜め息を一つつくと食べ始めた。
哀しいブラコンの定めである。
聖流はスープまで食べ尽くすと淡い期待を籠めて聖詞に言った。
「オレも三十路を迎えて生活習慣病を気にしたいんだけどな、聖詞。」
聖詞の横で魁威が声を殺して笑っていた。
聖流が睨むと魁威は慌てて言った。
「俺も犠牲者ですって!」
「魁威、口直しにコーヒーを淹れてくれないか。」
「うっす。」
魁威は同情を籠めてキリマンジャロを淹れて聖流の前に置いた。
「この間おかしな子供に逢った。
まだ子供の癖に大の大人を手懐けて、オレに一目惚れしたと言って家まで付いてきたんだ。」
「ふーん、幾つくらいの子?」
「もう直ぐ十五になるって言ってたなかな。
確かにキレイな少年だったがまとわりつかれそうで、気が重いよ。」
聖流はタバコを取り出して吸い始めた。
聖詞はカップを晒しで拭きながら言った。
「聖流、昔から男女関係無くモテてたからね。
今、思うと貴都李さんもその一人だったのかな?
よく哀しそうな顔をして聖流を見てた。」
「貴都李を憶えているのか?」
「憶えてる。
命の恩人だからね。」
聖流はゆっくりと煙を吐き出した。
「そうだな。
貴都李が居なければ今のオレたちはいなかった。」
聖詞は眼を伏せて言った。
「本当にね。
とても優しい人だったのを憶えているよ。」
「恩を返すことができなかった……………………………。」
聖流は遠くを見ていた。
ービールー
バートリーはこの四年で街ではそこそこ名の通るアマチュアバンドになっていた。
固定のファンもいて、魁威が時々行うライヴ映像をネットにアップしたりしているので、街の若い子達の間ではバートリーを知らなければモグリなんて言う言葉が出るほどだった。
一ヶ月後にライヴを控えてバートリーのメンバーは各自仕事が終わると、街外れにある元農家の民家だった練習場に集まって、練習に励んだ。
魁威がフライヤーとチケットを持ってニコニコしていた。
「皆さん、頑張って売り捲りましょー!」
「あー、またこれだよー。」
麗畏が頭を掻いた。
樹良は深い溜め息をついた。
「毎度の事だけど、これだけは慣れないな。」
各自決められた枚数のチケットを売り捌くのに苦労していた。
聖流はマンションに帰るとキッチンのカウンターにチケットとフライヤーを放った。
チャイムが鳴った。
聖流が出ると央が大きな買い物袋を両手に持って立っていた。
「重たい!」
央は持っていた買い物袋の片方を聖流に押し付けると、ずかずか部屋に入って来た。
テーブルに買い物袋を置いて、ソファーに倒れ込む様に座った。
「はーぁ、重かったぁ。」
聖流は買い物袋の中を覗いた。
五百缶のビールがぎっしり入っている。
「何事なんだ?」
「一緒にビール飲もうと思って。」
「どうしてオレがお前と酒を飲まなければならないんだ?」
「いいじゃない、付き合ってよ。
強いんでしょ?」
ソファーの背凭れに腕を載せて央は聖流を見詰めた。
「あれ、それなーに?」
央は立ち上がるとカウンターのチケットを見詰めた。
「へーえ、聖流バンドなんかやってるんだ。」
フライヤーを手に取ると央は興奮して言った。
「わっ、聖流カッコいい!
ボクも見に行ってもいい?
一枚買うからさあ。」
「お前には関係無い。」
「どうしてえ。
見たい。
見たい。
見たいーっ!」
「ああ煩い!
好きにしろ!」
「ホント?
やったあ!
絶対見に行く!」
央はチケットとフライヤーを一枚ずつ取ると胸に抱えて微笑んだ。
「そうそう、おつまみも買ったんだよね。
聖流チータラ好き?」
央はおつまみを出してテーブルに並べた。
「馴れ馴れしく名前で呼ぶな。」
「もう。
少しは打ち解けてよ。」
「ごめんだな。」
聖流は床に買い物袋を置くとキッチンのカウンターに腰掛けた。
「こっちに来てよ。
じゃないとマジで泣くよ。」
「勝手に泣いてろ。」
聖流はタバコに火を点けた。
「ボクにも一本ちょうだい。」
「餓鬼がいきがるな。」
「ほんっと頑固だねえ。」
央は立ち上がるとカウンターに置かれたタバコとジッポライターを取って吸い始めた。
「灰皿ちょうだい。
くれないと床に落とすよ。」
「その前に追い出す。」
「ああ、もう!」
央は仕方無くサイドボードを覗き込んで灰皿を探し出した。
「今日、恋人と別れたんだ。
全く売れない画家で、ボクが養っていたんだけどね。
聖流の為に身綺麗にしようと思って。
随分泣かれたけど、聖流の方が好きになっちゃったんだから、仕方無いよね。」
央はタバコを吸い込むと煙を聖流に吹き掛けた。
聖流は顔をしかめた。
くわえタバコで央は床に置かれた買い物袋をテーブルに移しビールを一本出して飲み始めた。
「十四の分際でタバコに酒とは酷い悪餓鬼だな。」
「この悪餓鬼、これでもなかなか稼ぐんだよ。
顧客がいっぱい居るんだ。
そこら辺の女よりはテクニックあるつもり。
聖流も試してみればいいのに。」
「親は何をしている?」
央の表情が変わった。
「ボクに親なんて立派なもの居ないよ。
金蔓なら居るけど。」
そう言うと勢い良くビールをあおった。
「金なら自分で稼げる。
聖流が仕事辞めて欲しいって言うんなら辞めてもいいけど。
そしたら聖流が養ってくれる?」
聖流は央の前に座った。
「それは仕事とは言わない。
犯罪って言うんだ。」
「はっ、上手いこと言うね。」
央は二本目を開けた。
聖流はそれを取り上げた。
「止めろ。
子供の癖に飲み過ぎだ。」
「心配してくれるの?
案外優しいんだね。」
央はまた一本取り出して開けた。
「ボク、これでも結構強いよ。
本当の恋に乾杯。」
央は缶を掲げて飲んだ。
「ねえ、このおつまみ美味しいなかな。」
並べたおつまみの一つを取って開けると聖流に差し出した。
聖流はひとつまみして口に入れ、ビールをあおった。
「そう来なくちゃね。」
央は屈託無い笑顔を聖流に向けた。
央はビールを飲みながら終始楽しそうに友達の話や客の話をした。
聖流はビールを飲みながら黙ってその話に付き合った。
朝方になると話疲れ、酔った央はソファーに胡座をかいて眠ってしまった。
聖流は央を抱き抱えると寝室に運びベッドにそっと下ろした。
央の腕が背中に回され、央は眼を開けた。
「聖流が好き。」
央は眼を閉じて聖流の口唇に口唇を押し付けた。
口唇を離すと央は言った。
「こんな軽いキスでもこんなに感じちゃうんだからセックスしたらどんなに幸せだろう。
抱いてよ。
ねえ、苦しいんだ。
とても…………………。」
「男とやる趣味は無い。」
聖流は背中に絡んだ央の腕をほどいて部屋を出た。
央は指先で口唇に触れると眼を閉じた。
聖流はシャワーを浴びると仕事に出掛けた。
聖流が仕事を終えて帰ると央の姿は無く、キッチンのカウンターにチケットの代金が置いてあった。
ー面影ー
みんなの努力の甲斐あってライヴ当日、この街に一軒しかないライヴハウス、二キータにはバートリーを観ようと百人ほどのお客が集まっていた。
控え室では美容院に勤めていた経験がある聖詞がメンバーのヘアメイクを担当していた。
演奏が始まるとフロアは沸いた。
聖流はいつもの癖で出入口を見た。
そして演奏する手が止まったのが解らないほど驚いた。
出入口の柱に寄り添い、貴都李があの羨望の眼差しで聖流を見詰めていたのだ。
聖詞が聖流の演奏が止まっているのに気付いて、わざと不協和音を出した。
耳障りな音で聖流は我に返りキーボードを弾き始めた。
聖流は改めて出入口を見た。
そこには柱に凭れてこちらを見ている央が立っていた。
央は聖流と眼が合うとピースサインを振ってウィンクした。
ライヴが後半にに差し掛かると央の姿は消え、代わりに高校生くらいのモッズコートを着た少年がキャリーバッグを引き摺って入って来た。
少年はバーテンダーと我鳴り合いながら会話していた。
曲が終わると聖詞はギターを置いてフロアに降り、少年の処へ行った。
聖詞はライヴの途中で必ずこういう行動に出てメンバーの顰蹙をかっていた。
関係者の間では、聖詞は男女関係無くベッドに誘うセックスマニアと噂されている。
だが、聖詞は沙夜子のことがあって以来、男としての機能を失っていたのだ。
聖詞が何か怒らせるようなことを言ったのだろう、聖詞を殴ろうとして、片手で聖詞に阻止された少年の顔が、聖流には何処か聖詞の母、美菜子に面差しが似ている気がした。
聖詞は待ち合わせ場所でも言ったのだろう、耳打ちしてステージに戻って来た。
孤独への怯えと恐れが、聖詞にこんな行動を起こさせ、セックスマニアなどと云う誤解を招いていた。
この頃には、眠る事も食べる事にも希薄な聖詞は疲労が募り、罪の意識は聖詞の精神と肉体を確実に蝕んでいた。
ー誘いー
次の日の夜、央がまた大量のビールと共に訪れた。
聖流は思い切り迷惑と云う顔で央を出迎えた。
「そんな顔しても無駄だよ。」
央は気にも留めず上がり込んだ。
ソファーに座ると早速ビールを開けて飲み始め、聖流は呆れてキッチンのカウンターの前の椅子に座った。
「また、そんな処に座るう。」
央は缶ビールをもう一本取ると聖流に放った。
聖流はキャッチすると缶を開けて飲み始めた。
「今日は聖流に話があって来たんだ。
ねえ、来週末にうちの別荘に来ない?」
聖流はタバコに火を点けながら言った。
「何故、オレがそんなことに付き合わなければならないんだ?」
「お願いだよ。
来て。」
央は今まで見た事の無い真剣な表情で聖流を見詰めた。
「来週末は二キータのイベントライヴがある。
無理だな。」
「それが終わってからでいいから来てよ。
ボクの最初で最後のお願いなんだ。」
「最初で最後の…………………?」
聖流は央を見詰めた。
「ボク、本気の恋ってしたこと無い。
色んな男と寝たけど恋をしたことは一度も無い。
聖流が初めてなんだ。
初めての恋なんだ。」
央は必死だった。
玄関からどやどやと魁威たちが入って来た。
今夜はバートリーのミーティングと称した飲み会が聖流の家で予定が入っていた。
魁威たちは央を見ると聖流を見た。
「お客さん?」
「今、帰るところだ。」
央は眉間に皺を寄せ、魁威たちを睨み、聖流の腕を掴むと力任せに引っ張った。
聖流は慌ててタバコを灰皿に押し付け、央にひかれるまま外へ出た。
外に出ると央は聖流の首に腕を回して聖流に口付けた。
余りの熱の籠った口付けに聖流は驚いた。
央は口唇を離すと言った。
「どうしても来て欲しいんだ。」
聖詞が夕べの少年を連れてこちらを見ていた。
聖流が手を振ると央は聖詞を見て舌打ちした。
「じゃあね、聖流。
またね。」
央は聖詞にわざとぶつかってコートの裾を翻し去って行った。
ー生まれ変わりー
麗畏が飲ませた缶のスクリュードライバーのせいで聖詞が連れて来た少年が倒れてしまった。
聖詞が瑞基と呼んでいたので少年の名前が瑞基と知った。
大の男五人が酒を飲み騒ぎ捲っている中、瑞基は死んだように眠っていた。
聖詞は心配なのだろう、時々眠る瑞基の様子を見ていた。
散々飲んで騒いで魁威と麗畏、樹良は朝方に帰って行った。
聖流はソファーに座り、その背凭れに聖詞が脚を交差させて座って二人でオンザロックを飲んでいた。
聖詞が言った。
「あの央って少年、随分手を焼いてるみたいだけど珍しいね、厄介そうな相手にはいつも完全無視を決め込むのに。
彼は特別なの?」
「オレが中学の頃、白血病で死んだクラスメイトが居たのを憶えているか?」
「ああ、憶えてるよ。
随分ショックを受けてたみたいだった。
葬儀から帰ってから一週間くらい、ろくに食事も摂らないで部屋に閉じ籠ってたね。」
「そうだったかも知れない。
思い出すんだ、央を見てると。」
「似てる?」
『どうして、央が貴都李に見える?
性格も容姿も似てもいないのに。』
聖流は力無く言った。
「生まれ変わりはあると思うか。」
「随分、宗教的な質問だね。
聖流らしくない。」
聖流は笑った。
『確かにオレらしくない………………か……………………。』
ー聖詞と瑞基ー
夕食を食べにエリザベータに行くと何故か聖詞と一緒に瑞基も働いていた。
瑞基はしょんぼりとして元気が無かった。
「どうしたんだ?」
聖詞に訊いた。
「社会勉強に挫けたみたい。」
聖詞は苦笑いした。
「社会勉強ねぇ……………。」
見ると瑞基は運んだコーヒーをテーブルに置こうとして溢した。
聖詞がダスターを持って飛んで行き溢れたコーヒーを拭きながら頻りにお客に謝っている。
瑞基は突っ立ったまま俯いている。
相当へこんでいるようだ。
「朝からずっとあの調子。」
魁威が笑いながら言った。
「社会勉強ね。」
聖流は笑った。
次の日に、夕食を食べにエリザベータに行くと、昨日とは打って変わって瑞基は元気いっぱい働いていた。
相変わらず失敗はしているようだが、瑞基はそれにめげることなく自分で対処していた。
劇的な進歩を遂げたようだ。
聖詞が嬉しそうに瑞基を見守っていた。
次の日に行くと、聖詞がしょげていた。
魁威に訊くと瑞基が帰ったらしい。
聖詞本人はしょげている事を悟られまいと普段と変わらない様に振る舞っているが、聖流と魁威にそれは通用しない。
「あれは相当淋しいね。」
魁威が言った。
「聖詞があんなに世話好きだったとはね。」
聖流は笑った。
次の日に行くと聖詞が昔の様な明るい表情をするようになっていた。
魁威が言った。
「夕べ瑞基が帰って来て隆一朗に告白したらしいんだ。」
「告白?」
「何を言ったかは知らないけど、隆一朗があんなに明るくなれるなんてね。
あんな隆一朗、初めて見た。」
「昔の聖詞を思い出すよ。」
「へえ、そうなんだ。」
魁威は嬉しそうに聖詞を見ていた。
会社の同僚と飲みに行ったりしていたので、三日ほど空けてエリザベータに行くと瑞基が店を手伝っていた。
魁威は聖流の夕食を作りに奥へ入った。
瑞基がカウンターに座る聖流の隣に座って言った。
「聖流さん、隆一朗ってなんであんなに爺くさいんですか?」
聖流は吹き出した。
「どうして爺くさいの?」
聖流は笑いながら訊いた。
「だって爺みたいにクソ真面目なんだもん。
家出してても学校行けとか言うし、万引きくらいでめっちゃ怒るし、何かって言うと嫌いなの知っててピーマン食べさせるし。
今日なんかテストで帰るの早いって言ったのに忘れて怒るし。
とんでもない飯は食わされるし……………………。」
「聞こえてるよ、瑞基。
そんなに不満があるなら、出て行ってくれても僕は一向にかまわないよ。」
接客から戻って来た聖詞が言った。
「これだよ。
俺が出て行けないの知ってて、そう云うこと言うし。」
「君が出て行けないのは僕のせいじゃ無いからね。」
「しょうがないだろ!
どうしても隆一朗の傍に居たいんだから!」
聖流は瑞基と会話する聖詞に驚いていた。
こんなにも生き生きとした表情の聖詞を再び見ることができるとは思ってもみなかったからだ。
聖詞は優しい笑みを浮かべ瑞基を見ていた。
聖流は不思議に思って瑞基に訊いた。
「どうして聖詞の傍に居たいの?」
お客が来て聖詞は水を持って接客に行った。
瑞基は俯くと小声で言った。
「それは隆一朗が…………好き………だから…………………。」
そう言うと瑞基は真っ赤になって更に俯き身体を縮めた。
聖流は瑞基の肩をポンポン叩いた。
戻って来た聖詞を見て思わず聖流は言った。
「聖詞、お前少し太ったな。」
「そお?
そうかも知れない。
毎日ガツガツ食べる瑞基見てたら、つられて結構食べるようになったから。」
聖詞は笑った。
「おいおい笑い事じゃないよ、うちの看板ギタリストがただのデブになられたら困るんだけど。」
魁威が聖流のロコモコを手に奥から出て来た。
聖詞は笑った。
昔の様に自然に笑う聖詞の笑顔は、聖流を心から安堵させた。
二キータのイベントライヴに備えて練習しようと云う話になり聖流は夕方聖詞と瑞基を車で迎えに行った。
瑞基は聖詞のアンプとギターに押し潰されそうになりながら後部座席に乗っていた。
郊外の田舎道を走っていると聖詞が瑞基を振り返り言った。
「瑞基、眠っちゃったみたい。」
「瑞基君は随分聖詞に懐いているようだな。
大丈夫なのか?
家族が心配してるんじゃないのか?」
助手席の聖詞が言った。
「その心配は大丈夫だと思うよ。
凄く機転が回る子なんだ。」
「瑞基君のお陰で随分変わったな。」
「そうだね。
瑞基が来てからあの時の夢を見なくなったんだ。
瑞基と居ると毎日が目まぐるしくてね。
過去にこだわってる暇が無い。
瑞基の笑顔を見てると凄く癒される。
お陽様みたいに笑うんだ。」
「そうか………………。」
民家の明かりが星の様に散らばり流れて行く。
バックミラーに瑞基の無防備な寝顔が映っていた。
聖流は瑞基の存在に感謝した。
次の日の夜、実家に帰った聖流は真聖に、聖詞の近況を報告した。
ー聖詞の過去ー
聖流は久し振りに貴都李の夢を見た。
貴都李はいつもの様に笑っていた。
話し掛けようとすると眼が覚めてしまうのを何度も経験していたので、聖流は黙って輝く様な貴都李の笑顔を見詰めた。
『幸せにしたかった……………………。
ずっと笑顔のままにしたかった………………。
オレならそれができたんだ。
貴都李……………………。
死に顔に触れた時……………………
自分の気持ちに気付いた。
貴都李、オレはあれ以来誰も愛していない。
一人で逝かせたことを今でも悔やんでいる。』
貴都李を抱き締めようと手を伸ばすと眼が覚めた。
聖流は涙を流していた。
二キータのイベントライヴは大盛況の内に終わった。
バックステージで壁に凭れて座り込んでいる聖詞の頭上から聖流はタオルを降らせた。
「聖流!」
振り向くと瑞基の後ろから央が現れ近付いて来た。
央は聖流の前に立つと、聖流の首に腕を回して耳元で囁いた。
「今夜、初めて逢った公園で待ってるから、必ず来て。」
央はそう言うと大人しく去って行った。
瑞基が聖詞の傍まで来ると聖詞を呼ぶ声がした。
聖詞が声のした方へ視線をやると、聖詞の顔がみるみる蒼ざめて行った。
聖詞の視線を追うとそこに真聖の姿があった。
「親父。」
聖詞は壁に凭れたまま立ち上がって言った。
「聖流、瑞基を頼むよ。
また、お酒でも飲まされたら大変だから。」
聖詞の視線は真聖に固定されたままだった。
聖流は聖詞の言う通り瑞基を連れて二キータを出た。
駐車場まで行き、車に乗り込むと聖流は迷いながらも瑞基に聖詞の過去を話した。
瑞基は涙を流し、それでも必死になって聖流の話に黙って耳を傾けていた。
十六歳の瑞基にとって、それは大きなショックだったに違いない、瑞基は暫く俯いて涙を流し続けていた。
瑞基が落ち着くまで待ってから聖詞のアパートまで送り届けた。
聖詞が心配だったが、瑞基が聖詞を癒してくれることを期待して聖流は央の処へと車を走らせた。
ー別荘ー
央と初めて逢った公園の東屋に行くと央は待っていて、聖流の姿を認めると走って聖流に抱き付いた。
央は聖流の胸に顔を埋めて言った。
「来てくれたんだ。
凄く嬉しい。」
東屋から男がのそりと姿を現した。
「彼は?」
央は聖流に抱き付いたまま振り返り言った。
「ボクの元彼。
桐生って言うんだ。」
「初めまして、聖流さん。
聖流さんの噂はかねがね央から聞いています。」
痩せこけた、いかにも神経質そうな顔をした桐生は、その三白眼で聖流を見詰めた。
三人は車でW市にある央の家の別荘へと向かった。
小さな庭園を抜けるとそれほど大きく無い洋館が建っていた。
車を止めると中へ入った。
仕事柄エントランスの装飾を見ただけで央が相当な資産家の御曹司なのが解った。
央は聖流を振り返ると言った。
「自分の家だと思って自由に寛いで。」
央は食堂の扉を開くと言った。
「お腹空いてない?
ボク、もうお腹ペコペコ。」
豪華な料理の数々がテーブルを彩っている。
央は無作法に料理に次々手を伸ばして、まるでファーストフードでも食べるように立ったまま食べ始めた。
聖流は溜め息をつくと言った。
「央、バーは何処だ。」
央はフォークで食堂の奥の扉を指した。
聖流はバーに行くとカウンターでグラスに冷蔵庫の氷の塊をアイスピックで崩して入れ、年代物のウィスキーを注いだ。
部屋の中央のソファーに座るとテーブルにグラスを置き、取り敢えずタバコに火を点けた。
テーブルにも酒のつまみになりそうなオードブルが置いてある。
桐生が入って来て冷蔵庫から瓶のビールを取り出すと聖流の前に座った。
桐生は言った。
「あなたのお陰で、僕は央に捨てられました。」
聖流はそれがどうした、と云う顔で桐生を見た。
「央は自由奔放で我が儘だけど優しいんです。
僕が売れない絵を描いているのを知ると、僕のアパートに住まわせる代わりに僕を養ってくれた。
僕を好きな訳でも無いのに恋人と呼んでくれて、優しく接してくれたんです。
勿論、僕は央を愛しています。
だから、央が初めて心から恋をしたから別れて欲しいと告白されて、僕は嫌だったけど承諾したんです。」
桐生はそこまで言うとビールをあおった。
「そのご託はまだ続くのか?
オレにはどうでもいい事だ。」
桐生は驚いた様に聖流を見詰めると俯いた。
「そうですね、ただ………………」
央が来ると桐生は黙った。
央はグラスに水割りとコークハイを作ると水割りを聖流に渡した。
聖流の隣に座ると聖流に寄りかかった。
「ふう、お腹いっぱい。」
桐生は部屋を出て行った。
「本当に嬉しいよ。
来てくれるなんて思ってなかったから。
どうして来てくれたの?」
「理由なんて無い。」
聖流がタバコの灰を落とすのに前屈みになると、聖流に凭れていた央はそのままひっくり返った。
央は足をバタバタさせて言った。
「聖流ぅ起こして、ひっくり返った。」
聖流は溜め息をつくと身体をずらせて央の背中を押した。
起き上がった央は聖流を振り返り、礼を言う代わりに微笑んだ。
そして一気にコークハイを飲み干した。
「餓鬼の癖に酒の飲みっぷりが良すぎる。」
聖流も水割りを飲み干してテーブルにグラスを置いた。
央は聖流の吸っていたタバコを取り上げて吸った。
「もう一杯飲むなら作るよ。」
「最初で最後と言っていたが、どう云う意味だ。」
「あれ、気にしてくれたんだ。
嬉しい。」
央は無邪気な笑顔を聖流に向けるとタバコを揉み消した。
カウンターに行き水割りを作りながら言った。
「そう言えばね、夕べ不思議な夢見たんだ。
海に居るんだけど見たことも無い子供とボクぐらいの歳の聖流に似た男の子と一緒なんだ。
楽しそうに何か話すんだけど何言ってるか解らなくて、突然水の中に居て男の子の腕掴んで泳いでるんだ。
凄く必死になって泳いだ。
急に病院のベッドに座ってて泣いてるんだ。
そしたら聖流に似た男の子が急にキスして来て
駆けて行った。
夕方だったのかな、部屋中がキレイな朱色に染まってて、ボクは思うんだ。
ありがとう、大事にするよって。
そこで眼が覚めた。」
聖流は眼を見開き、央を見詰めた。
「どうしたの、そんな怖い顔して。」
央は水割りを聖流に渡した。
聖流は受け取った水割りを飲んだ。
央は聖流の隣に座った。
「最近、その男の子の夢をよく見るよ。
どんな夢か殆ど忘れちゃうんだけど、その男の子の事だけ憶えてる。
聖流に似てるからかな。
でも、どうせなら、聖流に似てる子より聖流の夢が見たいな。」
央は笑った。
聖流は央を見た。
央は聖流の腕を抱き締めて、何かを話している。
聖流の視線に気付くと聖流を見て微笑んだ。
急に眠気が差して来た。
央の笑顔がぼやけ、それは次第に強くなり、引き摺り込まれる様に聖流は眠りに堕ちて行った。
ー恩返しー
暗闇の海から浮上するように聖流は眼を覚ました。
央が傍で聖流の顔を覗き込んでいた。
ソファーに横たわる聖流を央は床に座り、寄り添う様にして見詰めていた。
「眼が覚めた?
ずっと聖流を見てた。
今だけ聖流はボクだけのものだった。」
「お前は誰なんだ?」
「央だよ……………………。
聖流を好きな央…………それがボクだ。」
央は聖流の胸に頭を載せて眼を閉じた。
「お前がもっと大人になったら考えてもいいさ。」
聖流は央の髪を撫でた。
「それじゃ遅いんだ…………………。」
央は起き上がると、聖流のジッポライターに火を灯した。
「もう、遅い。」
央がジッポライターを放ると瞬く間に炎が部屋中を駆け巡った。
聖流は起き上がった。
部屋中にガソリンの匂いが充満していた。
「どう云う積もりだ。」
「聖流をボクだけのものにしたい。
もう、時間が無いんだ。
ボクと一緒に死んで。」
「それはできない相談だな。
オレはまだ、この世に未練がたっぷりある。」
黒い煙が天井を這い面積を拡げて行くのを聖流は見上げた。
央は立ち上がり聖流に背を向けた。
「ボク、もうすぐ死ぬんだ。
余命三ヶ月。
白血病なんだ。」
聖流は微かに震える央の背中を見詰め、立ち上がった。
「死ぬのが恐い……………。
聖流、一緒に死んで。」
振り返った央は何処から出したのかナイフを握り締めていた。
「独りで死ぬのが恐い。
たった一人で何処へ行くの?
一緒に死んで。
聖流と一緒なら恐く無い。」
「貴都李……………………。」
聖流は無意識に呼んだ。
「その名前、ボクと初めて逢った時も口にしてたね。
ボクと眼が合った時、ボクをそう呼んだ。」
視界が煙で白んで行き、呼吸が苦しくなって来た。
「お願いだよ!
ボクと死んで!」
央はナイフを構えて聖流に突進して行った。
聖流は避けることもできた。
だが、そうしなかった。
腹部に激痛が走った。
聖流は央の身体を受け止め抱き締めた。
央は大きく眼を見開き、聖流を見上げた。
「どうして?
避けることもできた。」
見上げる央の瞳が微かに震えていた。
聖流は央を抱いたまま身体を折り、痛む腹を押さえた。
央の眼から涙が溢れた。
聖流が央の涙を指で拭うと、央の憂いた顔が聖流の血で汚れた。
聖流は央を強く抱き締め口付けた。
央は驚きに眼を見開き、それから静かに眼を閉じた。
央は血塗れの手を聖流の背中に回して這わせた。
口唇を離すと央は喘いだ。
どちらからとも無く床に寝そべり、央の身体を愛撫する聖流の髪に央は頬を摺り寄せ、ゼウスが変じた金の雨を抱くダナエの様な恍惚とした表情を浮かべ聖流の頭を抱き締めた。
炎は燃え上がって天井を焼き、黒い煙は勢力を拡げ、うねりながら生き物の様に蠢いていた。
『貴都李…………………。
オレと死ぬ為に迎えに来たのか?
答えてくれ、貴都李……………………………。』
炎に包まれながら聖流と央は激しく求め合った。
床を転がり、指を絡め、愛撫しあった。
炎はすぐそこまで迫っていた。
炎と黒煙が愛し合う聖流と央を覆い隠して行った。
『オレは……恩に…………報い……たか…………………?
貴都……………李……………………………。』
窓から見ていた桐生は、その場を立ち去った。
ラプンツェルの接吻 聖流編 fin
最後までお付き合い戴き有り難うございました。
本編が思っていたより沢山の方に読んで戴けて、とても嬉かったです。
聖流編も沢山の方に読んで戴けたら、とても嬉しいです。
頭の中に沢山のストーリーがあって、それを形にしていく作業はとても楽しいです。
今回BLでしたが、BL意外の作品も書くんですよ。
また、お付き合いして戴けたら素敵です。
皆様、お身体大切に。
また、お会いできる時を楽しみにしつつ失礼します。