30-1.夜明け(30日目)
ガサガサとうるさい音ともに、頬にチクチクとした痛みを感じて俺は眠りから覚めたようだ。
薄暗い部屋の中、所々に光の筋が伸びている。
簡素な板間に、干し草が積まれただけの質素なベッド・・・
普通なら今の季節、寒くて寝れる訳がないし凍えていても不思議では無かった。
しかし、ここには紅葉が居る。
家の周りを風の壁で覆って、冷気を遮断していた。
更に中で魔法の火を使えば温い・・・
目覚めたという事は、一酸化炭素中毒で死んではいないようだった。
ここは、エイシャさんの家だ。
部屋の中には、草の中で眠る紅葉しか見当たらない。
寝る前はくっついていた気がするが、珍しい事もあるようだ。
家を出てすぐ近くにある湖で顔を洗う。
つ、冷てぇー! 意識が一気に覚めてきた。
身支度するかと手櫛で・・・、指が髪の毛を通らない。
くしゃくしゃの髪の毛に触れた指はベタベタしていて、頭皮に触れば、やはり脂が指先に付いた。。
「だよなー・・・」
俺は周りを見渡して、森の中にも目を凝らした。
「誰もいない・・・な」
意を決して、冬の湖に頭ごと沈めた。
・・・
冷たいけど、ギトギトしていた皮脂が離れていくのが分かる。
髪の毛と共に頭皮を揉みこめばきっと水面は所々に虹色の油膜が浮かぶだろう。。
滴る水を切りながら、バスタオルを頭に巻いておく。
とてつもなく寒い・・・
分かっていたけど、分かっていなかった。
こんな事するのはバカだろ。。
風邪を引きそうになってきたので、慌てて紅葉を起こしに行ったのは言うまでもない。
「ふわぁ。 サトシ、大丈夫ー?」
寝ぼけながらも紅葉は的確に温風を作り出してくれている。
今や隙間だらけのこの家でさえ、小春日和が訪れている。
「だいじょ〜ぶだぁ・・・」
ホントに大丈夫!?っと慌てた紅葉が駆け寄ってくるが、冷え切った体が温かくなって、もう気持ち良くて、気持ち良くて。
体が溶けるように、床へと肩すらも落としていく・・・、このままもう一眠り・・・
「エイシャ様! いらっしゃいますか!?」
間髪入れず開け放たれた扉から、エルフの男性が顔を突っ込んできた。
扉からは一気に部屋の熱量が逃げていき、身震いしながら俺は答えた。
「おはよう御座います。 エイシャさんなら、見当たらないかな。」
「おっと・・・サトシ様でしたか。 突然失礼しました。 しかし、こちらは温かいですなぁー」
急に馴れ馴れしく話しかけてきたエルフだが、名前がさっぱりわからない。。 小さな村でも付き合いがある者は限られているからだ。 顔をじっと見ても、こんな奴居たかも知れないな・・・くらいにしか思えない程、当たり障りの無い顔をしていた。
その場は話を合わせ、雰囲気を崩さないよう努めたが、早く扉を締めるようにとだけは、強調しておいた。
寒い時期に、温かい部屋の扉前回で立ち話はやめてくれと。。
部屋に男が入ってきて腰掛けると、おもむろに話し始めた。
水を汲みに来たら、湖面に見たこともない虹色の円盤が浮かんでいたとの事だ。 明らかにアレの事だろう。
初めての出来事らしく、ゴブリンの残党に毒を入れられたかも知れないと慌てていた。
長寿(?)な為、ご意見番のエイシャさんに相談しに来たという訳だ。
「み、湖が虹色・・・? 不思議ですね・・・私も見てみますかね。。」
俺は、平静を装いながら答えたつもりだ。。
凍えながらだったので、頭を洗った後の事なんて気にしていなかった。 少しくらい油膜があっても大きな湖に対して僅かな物だから気付かないだろうと。
「なにそれ? 私も見てみるっ♪」
事情の知らない紅葉は、一目散に外へと出て行った。
いつもなら、寒い時は俺の鎧の中に潜り込んでいるんだが、興味ある事には活発だな。
ただ、また家の扉は風の魔法で開け放たれ、蓄えられた部屋の熱は消え去ったが。。
「すごい! すごいよー!」
紅葉の呼び声に急かされ、俺とエルフの男も連れ立って湖へと足を延ばした。
目の前には・・・虹色に輝く湖面があった。
朝陽を浴びて、青や紫,黄色に緑・・・。
虹やシャボン玉は綺麗だと感じるが、虹色の湖面に美しさなど微塵も感じない。
「こ、これは変だな・・・」
綺麗だと話す紅葉に対して、俺は首を傾げるしかなかった。
脂ぎってたとは言え、湖面に広がる程出るなんて・・・
俺の頭皮は油田か? 頭から燃料作れるのか? いくらなんでも、そんな風では無いと思いたい。。
目の前の現実に俺は落ち込んだ。
「湖の水は・・・大丈夫なのでしょうか。。」
エルフの男は心配そうに話しだした。
村の中央にも井戸があるらしいが、水量は減ってきているようで湖に頼り始めていたようだ。 ここの水が飲めなくなると村の崩壊だと・・・
「大丈夫ですよ、私が解決できると思いますので。 しばらく待ってもらえますか?」
「本当ですかっ!? 助かります! 流石、サトシ様ですね」
清々しい感謝の言葉と羨望の眼差し俺は向けられた。
胸が痛くて仕方ないが。。
「サトシー、どうするの? 湖からサトシの匂いがするー 何かの魔・・・っ」
紅葉が真理を口にしていたので、慌てて抱え込んでエルフから離れる。
聞こえたか・・・? 多分聞こえたよなぁ。。 仕方ないが、さっさと脂を集めるか。。
「サトシ? くるしぃー・・・」
「ごめんごめんっ! 俺の魔法なのかなぁ? 分からないけど今はこれ回収しちゃおう。 手伝ってくれるか?」
「うんっ! でも、これ綺麗だよ? それに落ち着く匂い〜♪」
「エルフの人困ってるし助けてあげなきゃだよ。 俺は紅葉と一緒だから、こんなので満足なの?」
臭い事を恥ずかしげもなく言った気がする。 だが、今は何としてでも紅葉を言いくるめなければ。。
「ぅー。。 助けるよっ!」
紅葉の協力が得られた事で、湖の油膜取り作戦を開始した。
家の水槽でも、油膜が発生した事はある。
あの時の経験を活かすなら、水中内に拡散させてしまうか、表層の水ごと油膜を回収するかってところか。
小さいと言っても、学校で泳いでいたプールより圧倒的に大きい。
簡素な道具や自分の手では数日はかかってしまうだろう。
だが、ここには魔法がある。
小麦の藁を荒く編み込み、湖面に蓋が出来るくらいに大きな物を浮かべてから取り出せば、かなりの油が穂に絡みついて湖面から除去できるだろう。
弱い風で湖面を撫でれば、風下に油膜は溜まるだろうし、それを掬う事だってできる。
もしかすると湖面に火を放てば、一瞬で燃え尽きて消えるかもしれない。
発想さえしっかりしてれば、この世界に不可能は無いはずだ!
ただし、紅葉の力が必須だが。。。
他力本願の俺は簡単で確実そうな、草の網で湖面の油を一網打尽にする事を選んだ。
紅葉が得意な植物系のみで完結できる事と、細かな調整が不要で確実性があったからだ。
結果は見事に美しい湖面が物語っている。
油を吸った藁の大蓋は紅葉の魔法でカラッと乾かして小分けの束に圧縮し、エルフには燃料にするよう伝えた。
冬場の枯れ草は良く燃える。 そして、圧縮した草は薪のようにジワジワと燃えるはずだ。
巨大だったはずの藁の蓋は、今や見る影もない。
さて・・・こんな事をしている場合では無かったな。。。
昨夜、俺はエイシャさんから地図を渡されていた。
エルフの村から南へ・・・その先にまず人間の村があるらしい。
そこから更に川沿いに南下すると同じく人間の城下町があると書かれている。
順に探してきて欲しいと言われているが、着いてくる気はないようだった。
無理強いはしないモットーなので、紅葉と共に地図を頼りにそそくさと村を出ることにした。
エルフの男も水桶と燃料となった束を担いで村へと戻っていった。
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「エイシャ様、サトシ殿に話さず向かわせて良いのか。。。?」
「本当にクイナちゃんは、まっすぐしているのね〜・・・。 それだけじゃ、族長をやっていけないわよ〜?」
「クインのそういう所が、慕われる要素でもあるので。 それで対処できない部分は私が補いますのでご安心を。」
朝早くから、エイシャ様がうちを訪ねられた。
今の状況とこれからのこと・・・。
「だったら、シュウがやればいいだろー? 私には向いてないんだからさー」
「クインが頭に居てこそ、村人が着いて来るんだ。 俺では約不足なんだ。 俺だけでも、クイナだけでも務まらない。 2人だからやっていけるんだぞ。 昔言ったこと、忘れないでくれよ?」
「あぁー・・・分かったよ。 しゃーねぇなぁ。。」
クインは黙り、エイシャ様の計画を受け入れることにしたようだ。
今回の件も含めて、エイシャ様には村人が消えた理由も居場所も予想が付いているようだった。
既に偵察要員も送り込んでいるみたいだが、サトシ殿たちにその予想すら話していないようだった。
クインが快諾出来ないのは容易に想像がついた。
アテの無い捜索と称して、彼らを騙しているような状態だ。
人間族だから・・・信頼出来ない訳では無いと。
娘が人間族に取られた事に対する腹いせでも無いと。
エイシャ様は、何かを望んでいるようだった。
その真意に俺は辿り着けそうに無いが。。。
彼が・・・再びエルフの村を救ってくれるのだろうか?
それが本当に正しいのか?
クインは苦い顔をしたままだ。 俺もきっと同じ顔をしているに違いない。
誰が・・・何が・・・正しいのか。
縮小していく村を、俺達はただ見ている事しか出来ないのだろうか。
壁の隙間から、朝陽が足元を照らしだす。
彼らはじきに出発するだろう。
歯がゆさを感じながらも、何も出来ない自分が悔しくてたまらなかった。
9/12は休日なので、続きを書くぞーっと思ってます。
本話くらいは完成させて、村に向かわねば。。。
もうすぐ100話ですし、がんばらねばっ