表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/109

29-6.冒険前夜(29日目)

 空には薄い雲が広がっていて、夕日が赤く染め上げている。

 地上の木々も白化粧された葉が夕日を反射し煌めいていて美しい。


 夏よりも冬・・・俺はこんな風景が好きだった。


 紅葉(もみじ)の魔法で冷たい冷気を遮断しているので、快適な空の旅である。

 もっぱら、ランの美味しいパンが話題となった。


 「サトシ! ランに肉じゃがパンも教えてあげてね?」

 「肉じゃがパン・・・? 何それ、美味しそう。。」


 後方で飛んでいたリンからそんな声が聞こえたが、気のせいだろう。 肉じゃがなんてアリアは知らなかったし。

 「あれは、まだ材料が足りないんだよ。。 あと数回は作れるけど、それで終わりになっちゃうぞ? それに他の料理にも醤油は使いたいんだよなぁ」


 「そかぁ。。 早く材料見つけられると良いのになぁー・・・」

 「醤油・・・」


 ん? 次は聞き間違えではないな。。 切なる願いで聞いてみることに。

 「リンちゃんは、醤油を知ってるのかな?」


 ぶんぶんと首を横に振っていた。

 そりゃそうだよな。。 俺は肩を落とすのだった。


 ・・・

 ・・・・・・


 ザッ!

 「よっと・・・ ふぅ~何とか日没には間に合ったな」

 飛ぶ時ってなんでだろうな? 何か手を前に突き出したくなる・・・

 水平になって空を飛ぶもんだから、腰がこう・・・痛くなるんだよなぁ

 背伸びをして、腰を捻るとボキボキと鳴っていた。


 コンコンコンッ!

 ・・・


 反応が無い。 三人ともどこかに行っているのか?


 「・・・どいて」


 ガガッ・・・ズルズルー・・・


 リンが横からすかさず扉を開けていく。

 勝手に入って良いのか!? 罪悪感と言い訳で頭がフル回転していた。


 「おぅ! 言った通り陽が落ちる前には帰ってきたんだな。 それでアリスはどうだった?」


 「あ・・・、いや、駄目だったよ」

 当たり前のようにクイナはこちらに声を掛けてきたので、拍子抜けしてしまった。

 エルフの村に警戒心は無いのだろうか?

 いや、確かに田舎だと家の鍵なんて閉めないけどさ・・・。 後ろの扉を見ると、ちゃんとつっかえ棒は置いてあったので、戸締りは出来るようだが。。


 「そうか。。 そんな事より、立ってないで座らないか? それと晩飯は食べたか?」


 クインの勧めで椅子に腰かける。

 「いや、お腹は空いてるから食べさせてもらえると助かる。」


 「クインたちにお土産あるんだよー♪」


 「あら? なにかしら~ 楽しみだわ~♪」


 奥からエイシャさんが現れて、紅葉(もみじ)の隣に腰かけて早く早くと急かしている。

 エイシャさんは食事をしないから、一番喜んでいるから気が引けるんだが。。。

 仕方なく、バックパックから人数分のパンを取り出す。 まだ温かいので旨そうだ。


 ガタッ!


 「パンかっ! サトシが作ったのか!?」

 「パンなのね~・・・」


 2人の反応は対照的だった。

 「いや、これはランちゃんが作ったんだ。 食べて見たけど美味しかったぞ」

 クイナに1つ手渡すと、温かいパンに喜んで・・・早速食べていた。。


 旨い!旨いぞ!と、大声を上げるクイナの元に奥からリュウが走ってきたと思ったら・・・


 ゴンッ!

 「おい、クイン! 煩いと思って見に来たら何つまみ食いしてるんだ!?」


 「リュ、リュウ、違うんだ! これはサトシが持ってきたお土産で・・・」


 「なら、なおさら晩御飯で一緒に食べれば良かったじゃないか・・・。。 はぁー・・・もう少し族長として落ち着きを持ってくれ・・・」


 頭を擦りながら笑うクインと、こちらに謝ってくるリュウはとても微笑ましく見えた。

 言い合ってはいるが、険悪では無い。 リュウの懐の大きさというか、クインの屈託のない笑顔の力か?


 しばしの間リュウは部屋の奥に戻り、にぎやかな晩御飯が始まるのだった。


 出て来たものは、野菜のスープ。 そこにランの作り立てのパンと、村のパンを1つずつ配膳した。

 「サトシ殿・・・ランのパンはもう無いのか・・・?」


 「クインっ!? やめろと言ったのに・・・あー。。。 サトシ様、申し訳ありません。。 族長には後で厳しく言っておきますので。。」


 深々と頭を下げるリュウが哀れだった。 クインの旦那が彼で良かったとつくづく思う・・・というか、リュウの方が族長っぽい。。 隊長のクインと、族長としてのリュウの方がバランス取れるんじゃないかとつくづく思っているのだが・・・。


 リュウに何と言われようと折れないクインを見かねて、仕方なく俺の分のパンはクインの元へと移動させた。

 (もちろん、ランの手作りの方だ)


 サッ!


 「おぉ、恩に着るのだっ!」


 素早くランの手作りパンは、クインの手の中へ・・・

 「戻れば俺は食べられるからな。。」

 リュウの方へ苦笑いを返すと、再び謝罪の嵐を受ける。

 まあ、そんな事どこ吹く風と言わんばかりに、パンを頬張るクインは子供のようにはしゃいでいた。


 香味野菜の旨味はあるが、とてつもなく塩分が足りないスープでカチカチのパンを湿らせながら、簡素な晩御飯は幕を下ろす。



 「それで、サトシさん達のアリアちゃんはどうだったのかしら〜?」


 皆が腹休めに水を飲み始めた頃、エイシヤさんがタイミングを見計らっていたように口を開く。


 食事中に話題に上がっても良かったのだが、意外なところで気遣いを受けていたようだ。 1人、周りが食べているのを眺めるしかなかったからな・・・

 「遠出はしましたが、アリアは居ませんでしたね。。」

 隣に居ない時点で、皆も察していたのだろう。

 それでも僅かでも足取りを掴める何かがあれば・・・そう、願っていたのかも知れない。 周りの空気がズシっと重くなるのを感じた。


 探す為の何かをしたい。

 だが、何をどうしたら。。。


 「我々も村の周りや北の川までは捜索したが、足取りは見つけられなかった。 すまない。。」


 苦虫を噛み潰したように、クインは呟いた。

 芳しくない・・・な。

 だが、やれる事は虱潰(しらみつぶ)しに探し回る他ない。 人海戦術で森の中を面で・・・


 「・・・なら、次は人間の村に行ってみましょうか〜」


 静寂を破る気の抜けた声が部屋の中に響いた。



 人間の村・・・

 川を更に南下した先にあるって話だったか?

 確か小麦を粉にする為にと・・・ん?


 家でランは小麦を魔法で粉にしてたよな?

 エルフの村でも粉に出来るんだよな? 何故・・・

 魔法は隠していた?


 疑問は残るが、アリアを探す場所に思い当たる所はない。

 周囲を見回して俺はエイシャさんに聞く事にした。

 何故かリュウもクインも俯いているのだ。 話を広げたくないと言わんばかりに。。 人間の村と何かあったのか?

 いや、交流はあるのだろうから、そこまで邪険にしなくても。。

 「人間の村は・・・どこにあるのですか?」


 「見てきてくれるかしら〜? 私達は、ちょっと行きたくないのよね〜」


 何故?と聞くべきでは無さそうだ。 リュウとクインは、会釈をして立ち上がり部屋を出て行ったしまった。

 エルフと人間の問題など今は関係ない。。

 そんな危険かも知れない場所にアリアが行っているとしたら、早く助けたい。

 もう十分過ぎるほど、アリアは苦痛を受けてきた。

 幸せにしたかったのに・・・笑っていたかったのに。

 俺の答えは決まっている。

 「もちろん、一人でも行きますよ」


 「私もいくよっ!」

 「・・・ついてく」


 「っ! ダメよ〜! リンちゃんはここに残るか、サトシさんの家に帰りなさいっ!」


 ボソッといつも通りのリンの言葉に、珍しく口調強くエイシャさんが止めに入った。


 「いく・・・なんで?」


 「ダメなものは駄目なのよ〜っ! 危ないからっ! あなた達を連れて行ったのだって〜・・・」


 部屋の中が静まり返る。

 行くと譲らないリンと止めるエイシャさんが見つめ合い、火花を散らしているようだった。

 テーブルに置いた手のひらから妙に、ザラザラとした感触が伝わってくる。

 ここに居たくないな・・・意識を変えたいと反射的に別の思考へ移ろうとしているのかも知れないな。。

 はぁー・・・

 「リンちゃん、1度家に戻ってみんなとパンを作っていてくれないか? 安全が確認できたら迎えに行く。 エイシャさんの事振り切ってだって一緒に行こう。 だから、少しだけ待っててくれないかな。。」


 エイシャさんは、それでも行かせたくないようだったが、紅葉(もみじ)に無理やり黙らせておいた。


 「・・・やくそく。 わかった。」


 リンちゃんはそう言うと椅子から降りて、外へ向かう。

 「リンちゃんっ!? どこ行くの?」


 「・・・いえ」


 もちろん夜だったから止めようと、俺も外に出た。

 幼女を野生動物が闊歩するこんな世界で1人帰らすなんて出来やしない!

 街頭の多い明るい道だったとしても、娘をもつ親なら同じようにするだろう。

 「待てって! 外は暗いし危ないからっ・・・」


 ヒュッン  ザッ!


 ・・・

 聞き覚えのある音と肌を焼くような風、そして地面に突き刺さる鋭い音は・・・

 足元を見ると白く輝く棒が霧散し始めているところだった。

 その棒が消えた跡には、アリの巣をひと回りくらい大きくした穴が空いている。

 ・・・頭上?


 「あぶなくない。 わたしのほうがつよいから。」


 ・・・

 リンちゃんは、空に居た。 飛べることを忘れていとかのレベルでは無かった。

 頭上や周囲には眩しい程の光を放つ光の玉が幾つも。

 手にはいつ持ち出したのか淡く光る弓が。

 矢を持ち、分からなければ第2射と言わんばかりに弓を引絞り始めている。

 「だ、大丈夫そうだね・・・。 それでも、気を付けて行っておいで。 周囲の警戒を怠らないように・・・ね?」


 「わかった。」


 そう言うと、リンはサッと北に向かって飛んで行ってしまった。

 輝く光を周囲に放ちながら・・・


 「はぁ・・・下着を何とかしないとな。。」

 今までの見たことなかった光の魔法や弓まで使えた事を驚くよりも先に、俺は地上から丸見えだった少女の下半身が気がかりだった。

 今もボロ布を纏うだけの姿で、それは当然のように強い光を受けて透けていた。

 (子供用の下着はどうすりゃ。。。)

 平和な悩みを新たに抱えつつ、俺は家の中に戻る他無かった。



 「おかえりー♪ リンなら大丈夫だよ! あの子強いからっ」


 紅葉(もみじ)は、当然のことのように言ってきた。

 まさにその通りなのだから何も言えなくなってしまう。

 ほんとにそうだなー。。と惨めになってくる気持ちを、ふかふかの温かい手触りで落ち着くまで癒やす事にした。



 「それで、サトシさん達は明日にでも向かうの〜?」


 朝早く出る事を進められ、何一つ疑問は解けないまま寝るように勧められる。

 寝れる訳無いよな・・・悶々としながら紅葉(もみじ)を抱きながら目を閉じる。

 新しい土地は怖い。

 だが、それ以上に興味が湧く。 見たことの無いもの、この世界のこと・・・。 好奇心が打ち勝っていた。

 興奮で紅葉(もみじ)を強く抱きしめてしまう・・・


 俺の意識はそこで途切れた。

 ...zZZZ

お久しぶりです。

石持のまま日々は過ぎ・・・


時限爆弾を抱えた恐怖の中で生活しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ