29-1.針のむしろ(29日目)
バサッ! ゴロン・・・ドッ・・・
「ここは・・・」
珍しく寝ぼけなく、体を起こした。
暖かい・・・周囲は見慣れた自分の部屋だ。 まだ窓越しから陽射しは無く、暗いので日の出前だろうか?
「いったーいっ・・・うぅ。。。」
「紅葉どうしたんだ!?」
紅葉は足元の方の壁にぶつかっていた。
そう言えば・・・胸の所が温かい。。 俺が原因か・・・
「ご、ごめんな。 紅葉・・・」
慌てて近寄って抱き上げて、再び布団の中に一緒に戻る。
また寝る気は無いが、紅葉が落ち着くまではこのままで居よう。
「ぅぅー・・・痛かったよぉ」
「本当にごめんな。 急に起きたから、飛ばしちゃったんだな。。。」
紅葉の手では到底届かない頭を撫で続ける。
「えへへ~♪」
15分くらい経ったか? もう落ち着いたようだな・・・。
そう言えば、隣にいつも寝ているアリアが居ない?
腕時計を確認すると、まだ4時だった。 いくら何でも、こんなに早くアリアも外には行かない。
うっ・・・頭が痛い。。
「っ! サトシ、傷が痛い・・・?」
それもあるが。。。 いや、そうじゃない・・・忘れてはいけない事が、そのために起きたと言っても過言じゃなかった・・・なのに忘れてしまった。 夢の世界での出来事。
所詮夢・・・だが胸騒ぎは消えない。。
「大・・・丈夫だ。 それよりも、アリアの姿が見えないんだが・・・」
「・・・っ!」
さっきまで振っていた紅葉の尻尾がぺたんと落ちる。
何かあったのだ・・・何か。
それは、良いことではない。
紅葉が難しい顔をして、言葉を選びながら口を開いた。
「アリスは・・・きっと責任を感じて、1人で考える時間が欲しかったんだと思う。。 1人で・・・森に入っていったのは分かるけど・・・ごめんなさい。 私には止められなかったの。。」
先に謝られてしまった。
何故止めなかった!? そう声を張ろうとするのを止められる。
俺の介抱をしてくれたのは紅葉だろう。 感謝こそしても、怒るべきじゃない・・・それに、俺が止めたがる事も分かっててしたようだ。
それが、今のアリアには必要だと考えたってことか。
握りしめた拳を開き紅葉の頭に手を乗せる。
「そうか・・・。 俺のこと介抱してくれてありがとうな」
「ううん、当然のことだよ。 でも、止められなくてごめんね。 止めても行っちゃう感じだったから。。」
「仕方ないさ。 それはそうと、アリスの行き先は検討がつくか?」
紅葉は首を横に振る。
だが、絶望する事は無い。 アリアの匂いなら紅葉は追えるだろう。
なら、すぐ行くべきか?
グゥーー・・・
「ははっ、俺の腹は緊張感のカケラもないな。。」
まずは朝食とするかな。 アンたちも起きるのはアリアと同じで早かったよな・・・?
ただ、まだ5時前なので寝ているだろう。
「俺はもう起きるけど、紅葉はどうする?」
「わたしも行くよっ」
「そっか。 それじゃあ行こうか」
珍しいこともあるな・・・それとも俺のこれからの行動を想定してか?
玄関を開けると、冬の冷気が一気に入ってくる。
雪は降っていないようだが、霜が降りていた。 森を進む時は、ベタベタに濡れる可能性が高いな。 タオルや着替えを多めに持っていくか。
「どうかしたの?」
おっと、考え事をしていたか。
早々に扉を閉めて外へ出る。
薄明かりの中、次は今朝のご飯をどうするか考える。 歩き回ることを考えれば、肉を食べておきたいが在庫が減ってたよな・・・
「っ!?」
くっ・・・アリア。。。
肉置き場に行くと、きれいに捌かれ整理された肉が並んでいた。
その横には、毛皮も骨も。
地面に・・・“ごめんなさい”とだけ残して。。
大バカやろうだ・・・そこまで心を痛めてたなんて思いもしなかった。。
もっと、軽い気持ちだと思っていた。
アリアは、強いと・・・俺なんかと違って・・・。
強いアリアを俺は押し付けていただろうか・・・?
アリア・・・。
目頭が熱くなって目尻からこぼれ落ちる。
頬を伝わる熱は、冬の乾いた風に乗って消えていく。
何故すぐに起きられなかった!? 何故っ・・・
朝ご飯なんてもうどうでも良くなる。
今の胸の苦しさを・・・。 アリアがどんな想いでここを離れたか。
どんな気持ちで今、居るのかを。
空っぽの胃すらも、心臓と共に握り潰されそうだ。。。
ペタ、ペタ、ペタ・・・
ズズッ! 背後から足音が聞こえて、俺は慌てて目と鼻を擦る。
振り向くとそこには。
「体・・・大丈夫そうね」
「リンちゃん・・・?」
見た目はリンちゃんにしか見えないが、今日は饒舌でいつもの一言しか話さないイメージとかけ離れていた。
「朝ご飯・・・」
あ・・・いつものパターンか。
はい、はい、朝ご飯ね・・・ふふっ。
何だろうな・・・毒気が抜かれた気がする。
ちゃんと話したりもするんだな。
アリアの残した言葉は、足で消しておく。
さよならとか・・・俺は認めないからな?
「何作る?」
「申し訳ないけど、簡単な焼き肉かな。 野菜を焼いても良いよ」
リンちゃんは、一旦皆を起こしに行くと言っていた。
俺は支度かな。
かまどに向かうと、紅葉が既に暖をとっていた。
「火、ありがとな。 薪も運んでくれたんだな」
「料理はサトシに任せるけどねっ」
「今日は手抜きな焼き肉だけどな?」
「肉っにく〜♪」
紅葉は肉なら何でも喜んでくれそうだ。 網を置いて、みんなが来る前に野菜を切ることにする。 玉ねぎ・・・くらいか。
まだまだ焚き火の火は強いのでもう少しかかるかな。
「サトシ、おはよー!」
「おっ! シン元気だったか!」
くしゃくしゃと頭を撫でて笑い合う。 同じ土の中で過ごした仲だ。 変な連帯感が・・・
「サトシさん、おはよう御座います」
シュナイダーも元気そうだった。
その後ろから、アンとランも・・・2人のシュナイダーを見る目が冷たいのは・・・寒いせいじゃないよな。。
今後のシュナイダーの立場が少し心配たが・・・自業自得というか、露骨に見てバレたのが失敗なんだよな。。
初めてだったのかもな・・・ちゃんとそういう部分も学ばせなきゃかな。 どこで興味持ったか分からないけど、抑えが効かなくなるよな・・・。
男の性は・・・教えるべきだろうか?
あー・・・ネットも無いこんな世界じゃな。。
みなをかまど前に集めて、朝食の始まりだ。
朝から焼き肉とか胸焼けする何て思う者はこの中には居ないようだ。
腹ペコで、焼ける肉に全員の鼻が近づいていく始末・・・
「はいはい、順番に配るから待つんだよ? 今回の功績とか加味して順番決めてるので、文句は聞かないからな?」
まず、焼けたばかりの肉を紅葉の皿に置く、次にアン、ラン、そしてリン。 シン、そしてシュナイダーに。 最後は俺だ。
どんどん焼くが、それ以上のスピードで肉が消えていく。
「あー、もう無理だっ! 各自、自分で焼いて食え! 紅葉のは、俺が焼いてやるからな?」
「うんっ! 一緒に食べる〜♪」
「も、紅葉さまに、少し甘くないかしら・・・?」
「この後、紅葉には頑張ってもらいたいんだよ。 誰よりも大変だと思うんだ。 だから、今は喜ぶ事をしてやりたいんだよ」
アンは拗ねるような意外な態度を取るが、理由を話すと押し黙ったので理解してくれたのかな? ちゃんと・・・この後のことを話すか。
「みんなー、食べながら聞いてくれれば良いけど、朝食終わったら俺は森に行く。 アリアを探したいんだ。」
紅葉には、匂いを辿って俺と一緒に来て欲しいことを。
子供たちには酷だけど、今日は帰ってこれない可能性が高い。 どんなに遅くとも、明日には帰ってくるからその間の食事をペアーチで我慢して欲しい事を伝える。
時間が経てば経つほど、匂いは薄れるだろう。 出来るならば、戻ったりせず行ければ・・・そう思いはするが、子供たちを守りながらってのは荷が重過ぎる。
エイシャさんがわざわざ子供を匿ってくれと預けた理由も気になるのだ。 アリアを探したいが、目の前にいる子供たちを蔑ろになんて出来ない。
握りしめた拳から血が滲むような葛藤の中、俺は話を終える。
「・・・質問良いかしら?」
言いたい事だけ吐き出した俺の話が終わるのを見計らったように、アンちゃんが尋ねてきたので、俺は頭を立てに振る。
「ありがとう。 ・・・でも、わたしたちはそんなに軟じゃないわ。 火だって使えるし、今ここに置いてある食料だけでも生きていける。 悔しいけど・・・わたしたちは森の探索でお荷物にしかならない。。 だから、あなたがここで待てというなら、それを受け入れるわ。 でもね? 戻ってくる時はアリスさんも一緒に・・・そう・・・約束して欲しいの。 ここでの暮らし方とか、いっぱいアリスさんは教えてくれた・・・でも、でも! お礼も何も言えなかった。 何も返せてない。。。」
アン・・・。 言い終えるとしゃがみ込んで泣き始めた。
ランがそばに寄ってアンのことを抱きしめている。 俺もアンの頭に手を置いて、優しくポンポンと撫でていく・・・“分かった。 約束する”と短い言葉を投げかけながら。
子供たちを代表した話だったのだろう。 ランやシン、シュナイダーもアンに同意しているようだ。 だが、リンちゃんは頭を立てには振らなかったし、苦い顔をしている。 話はまとまらなかったと言うことか? 4:1の意見で負けたということか?
みなを起こしに行ったはずのリンちゃんだけが、違う意見を持っていそうだ。 俺のいない間にトラブルになるとマズイ。。 早めに解決しておくべきか。
「・・・リンちゃんは、どうしたい? みなはここで待つ考えのようだけど。」
長々としゃべる子じゃない。
アンたちが割って喋ろうとしたのでそれは止めた。 多分この子は・・・
「・・・一緒に、行きたい。」
やはり・・・か。
みんなの視線が俺に集まっていく。 許可して欲しいと願う目と、拒否して欲しいと願う目に。
何故着いていきたい? その理由を聞かなければ・・・いや、そうじゃないな。 みんなが納得できるような着いて行くことでの価値が必要か。
「・・・リンちゃん、俺は君が怪我したりするのを見たくない。 だから、ここにいて欲しいと考えてる。」
拒否して欲しいメンバーの目が輝く・・・だが、そのまま俺は続ける。
「でも、怪我したり最悪命を落とす事になっても、君は着いていきたいのかな? それと、着いていくことでのリンちゃんにできる俺達のメリットって何がある? 納得できるだけの答えがあれば、俺は君を連れて行ってもいいよ」
リンちゃんには、かなり難しい話をしている。
幼い子供に何が出来る? 雑用なら俺達には必要ない。 だから・・・結果的に俺は拒否する事を選んでいる。
「そ、掃除。 片付けとか、お手伝いできるっ・・・から。」
それは俺達には不要だと伝える。
冷たいと・・・思われたとしても。
「わ、わたし・・・。 サトシと一緒に居たい。。 好き・・・だから。。。」
ドサッ・・・
全員の目が点になり、再び俺に向けられる事になったのは言うまでもない。
というか、俺が一番驚いているんじゃないか?
立ち上がり尻もちで汚れたズボンをはたく。。。
や、やめてくれ。 集中砲火を浴びるこの羞恥心は・・・。
特に意識していなかったが、こんなみんなの前で・・・こ、告白なんてされたら慌てないわけ無いだろ!! 例え、子供の一時的な気持ちだったとしても、今はそう思ってくれているからの事で・・・
俺がアタフタしていると紅葉がその小さな体に不釣り合いな威圧をリンちゃんに向けている。
(あ、これヤバいやつだ・・・)
逃げ出したい気持ちもあるが、リンちゃんを守らないと殺されかねないし、守ったら守ったで今度は俺に矛先が来るやつだよな・・・。 俺はアタフタから抜け出せなかった。
「り、リン何言ってっ! あっ!?」
アンが詰め寄り、リンのうなじを見て声を上げていた。 何かあったのだろうか?
確か・・・魔宝石だったか? 女性にはあるんだよな。 以前アリアに聞いていた事を思い出した。
「な、な、な、なんで濁っているのよっ!?」
アンの視線が俺に向けられた。
紅葉の鋭い目が俺を貫いている。
ランもアンの後ろに隠れてしまった。
シュナイダーが・・・鼻血を出しながら真っ赤になっている。 お前はブレないな。。。
シンは、まだ食事に夢中だった。
俺の味方はどうやら居ないみたいだ。。。
冒険に行こうと思ったら思いの外、長くなったので一旦区切り。




