27-5.事案(27日目)
大粒の雫が陽を浴びてキラキラと輝く中で、異彩を放つ緑色の球がゆっくりと上昇速度を落とし・・・、止まった!と思いきや、滑らかに落下していった。
「ア、アリア・・・いまのって・・・」
「・・・えぇ、子供たちのはしゃぐ声が聞こえたわ。。 間違いなくあの中ね。。」
「・・・」
俺の疑問は、アリアの一言で解けてしまった。
というか、子供たちのはしゃぐ声ってなんだっ!? 熱水が吹き出る時の轟音以外俺には聞こえなかった。 声がしていたとしても、轟音の方が勝ってそれに掻き消えているはずだが・・・
疑いしか出てこなくなった俺は、アリアに再確認した。
「ほんとうに声が聞こえたのか・・・?」
「間違いないわよ? あんなにハッキリ聞こえてたじゃない?」
「・・・そうか」
俺は難聴なのか? いや、でもアリアの声を聞き取れてるし・・・不安になってくる。
ドンッ!!! ブッシャ------!!!!!!
再び轟音と共に、白い靄の中から緑の球が熱水を浴びながら空へと昇り、再び落ちていく。
本当に中にいるのであれば、地上では中々味わえない無重力状態を落下中に体験できているだろう。
しかし、そんな楽しそうな世界は一瞬。
打ち上る際の加速で、球の中ではとてつもない重力を受けて押し潰されているのではないか? 潰れなかったとしても、それは戦闘機やロケットのような過酷な状態になっている事は想像に難くない。
そして、落下後の衝撃・・・
数mでは無い。 仕事場で見た30mクラスの塔よりも遥かに高い。。。 50m以上は確実だろう・・・そんな高さから重力落下したら、中では真っ赤な肉団子が出来ているのでは・・・そんなグロいイメージしか湧いて来ない。
「・・・何だか楽しそうね」
アリアからそんな言葉を投げかけられた。 グロ現場を想像している俺が楽しそうな顔でもしていたのか? いや、そんな訳無いはずだ。。。
「上下してる緑の玉のことか?」
「ええ、他に何があるのかしら? というかサトシ顔青いけど、大丈夫?」
「大丈夫だよ。 高く飛んでいくの見て、怖くなっただけだから」
「高い所怖いって言ってたけど、見るのも駄目なんて・・・」
驚きと憐れみのようなモノを感じる。
まぁ、恐怖症ってのはそんなものだろう? 悪い方へと考え過ぎて、そうなってしまう。 妄想力の強さというか、自己暗示というか。。
食べ物の好き嫌いにも似たような部分はありそうだ。 自己暗示を解く方法はどこかにあるのかも知れないけど、きっかけに巡り合わなければ嫌いなままだろう。
そう・・・今の俺にとって肉は好物だ。 でも、肉を食べ始めたのは30歳を過ぎた辺り。
それはでは幼少期に吐いた事がトラウマだったのか、肉は匂いですら吐き気を起こすレベルで嫌いだった。
そんな俺がきっかけを得てから、一気に肉が好きになった。 食べ始めた頃は高級な肉しか食べられなかった。 次第に慣れて安価な肉も食べられるようになったのだ。
そんな俺を見て、母親がガチで心配してきたのはいい思い出だ。 俺が肉を食べている事を現実とは思えなかったようだ。 25年は動物性の肉料理食べなかったもんな・・・学校給食が地獄だったな。。。
「今日はコロコロ表情が変わるわね。 青かった顔が今は楽しそうよ?」
「あー・・・ふと、昔の事を思い出してただけかな。 思い出し笑いというかさ」
「サトシの昔話? 興味あるわ、聞かせてもらえる?」
「そんな楽しいもんじゃないぞ?」
「良いわよ、サトシに興味があるから聞きたいのよ」
「わ、わかった・・・でも、夜寝る時にでもな」
「分かったわ。 それで、これからどうするのかしら?」
急に話は、現実に戻った。
目の前では、繰り返し緑の玉が飛んで落ちていく。。。
ここでボーッとしてる訳にもいかないか・・・
「一旦、丘まで行って紅葉を呼んでみるか」
「そうね、ここは足場悪いし。。」
アリアの足元から小石がポンポンと跳ねながら落ちていった。
安全な場所へと俺達は進む。
岩場を越えると、そこは緑色の絨毯が広がっていた。
熱泉の影響だろう、雪は積もっておらず普通なら茶色くなっていてもおかしくない草花が丘を覆っている。
視線を先にやると、変わらずペアーチの木が・・・
「気になるだろうけど、まずは紅葉ちゃんよ」
「そ、そうだったな・・・ 」
木の事は置いといて、崖の方へ進む。
もちろん、下は見ない。 見えるような先端までは行かない。
アリアが呼ぼうが、俺の足はここでストップだ。
「はぁー・・・強情ね? ここから呼んでみるしか無いわね」
「上に飛んできたら呼ぼうか」
「タイミング分かるのかしら?」
「アリア・・・宜しく!」
今日一番の爽やかな笑顔で返答した。
「もぅー・・・」
ため息を付きつつもアリアはしゃがみ込んで下界へ目を向ける。
崖から身を乗り出していて、見ているこっちがハラハラする。。
意味も無く、俺はその場で正座して待機した。
「来たわっ!」
爆発音に一歩遅れて緑の玉が打ち上がった。
「紅葉ー! こっちへ降りてきてくれー!」
「紅葉ちゃん! 私も混ぜてー!」
「・・・」
俺は緑の玉に向かって一度叫んだ後、アリアの横顔を見てしまった。
1度ならず2度3度と紅葉に向かって叫んでいる。
「な、なによ・・・? 少しくらい良いじゃない・・・」
顔を赤らめたアリアが、俺の視線を避けて後ろを向いてしまった。
「ま、まぁ・・・楽しそうって言ってたもんな? 乗せてくれると良いな」
俺達のやり取りをよそに、緑の玉は更に高度を増していた。
それが頂点に達した時、パッと玉は花開く。 花弁は捲れ上がり、そこからニョキニョキと波打つように蔓が伸びて見慣れた4本足に生まれ変わった。
やはりアリアの言うとおり紅葉だったようだ。
上空からは4本足の植物が落下してくる・・・
落下してくる・・・
落下・・・して・・・
っ!?
「は、離れるぞ、アリア!!」
アリアの手を掴んで俺はその場を飛び退いた。
「はぁはぁ・・・」
「た、助かったわ。。」
空から落ちてきた4本足の植物は、10点満点の着地を披露して見せた。
衝撃があるはずだが、着地の瞬間に足はバネのように柔らかく縮み、そしてそのまま地面へと消えていった。
「サトシも遊ぶー?」
紅葉がキラキラした目でこちらにやってきた。
その後ろには興奮した子供たちがワイワイはしゃいでいる。
「い、いや、俺は遠慮しておくよ。 アリアを混ぜてくれないか? 俺は少し木を見てくるよ」
「楽しいのにやらないのー?」
子供たちを押し付けた事は怒っていないようだ。
純粋に一緒に楽しみたいと誘ってくれているように思えた。 だが、俺は一緒に楽しめない。 というか失神する。
「紅葉ちゃん、私は一緒に遊びたいわ。 混ぜてもらえる?」
アリアは紅葉と共に、子供たちにも聞いているようだ。
はしゃいでいた子供たちは一瞬固まったが、遊び仲間が増えた事が分かったようだ。 数名が駆け寄って、アリアを引っ張っていく。
1人、2人・・・5人・・・あれはアリアか。
あれ? 子供が1人足りないような?
辺りを見渡すと、手の届かないギリギリの距離で少女が地面に座っていた。
「君は、一緒に行かなくて良いの?」
怖がらせないように俺も地面に腰を下ろして、視線はアリア達に向けたまま、声を掛けてみた。
声は帰って来ない。
横を向いても良いだろうか? 怖がられたりしないだろうか。
子供は好きだ。
視線は極力下げて、もう一度声を掛けることにした。
何故お節介をって? そりゃ、何か彼女からは感じるものがあった。
仲良くなりたい。
仲良くなれる。
そんな何か目に見えないものを感じたのだ。
「君も一緒に行ってきたら? 紅葉達、もう出発しちゃうみたいだよ?」
今度は少女の方を向いて、話しかけた。
「・・・」
声は発しなかったが、少女は首を横に振っていた。
「そっか。それじゃ、おじさんと一緒にここで待っていようか」
これが現実世界なら、事案だったかも知れない。
警察にご厄介になるレベルで。。
特に少女は肯定も否定もせず、そこに座り続けるようだった。
紅葉は俺達を置いて、再び崖から飛び降りて行った。
少女と2人きりという、何とも気まずい雰囲気が漂ってくる。
硬そうでも、柔らかそうでもない・・・何というか掴みにくい少女だった。
(気分を変えよう。 疲れた時は甘いもの!)
俺はバックパックからペアーチとナイフ、そして小皿を取り出して皮を剥く。 櫛切りにしたペアーチをひと切れ口に入れると、みずみずしい果汁が口に広がっていく。 水分が、糖分が体に染み込んでいく。。
少女の視線が皿に向いている事を俺は見逃さなかった。
「君も食べるかい? 甘くて美味しいよ」
アリアとの出会いを思い出しつつ、無理に近づこうとはしない。
手をいっぱいに伸ばして皿を置き、少しだけ座る位置をずらした。
もちろん立ち上がったり、サッと動いたりはしない。
相手を驚かせないように、俺は安全だよと分かってもらえるように。。。
「・・・」
少女は俺の顔と皿を交互に見比べている。
「君にあげるよ、欲しかったらもう一個剥くけど?」
ほら、まだあるから遠慮は要らないよ。そう語るように、俺はペアーチをもう1つ取り出して見せた。
何かこういう初々しさというか何というか・・・いいな!
俺がジッと見ていたら食べられないか。。
紅葉達が飛んでいくのを眺めながら、俺は地面に寝転がった。
未だみずみずしい草花が頬をくすぐる。
ここは、一年中温かいようだ。
だから、か・・・
「サトシ、さん? もう一個欲しい・・・」
少女は、名前を名乗っていないのに俺の名を知っていた。
まぁ、紅葉に呼ばれていたのを聞いていたか?
「そうか、そうか。 ペアーチ気に入ってくれたか。 もう一個だけだよ?」
「・・・」
少女はコクリと頷いた。
か、かわええーーーーー!!!!
食べ物で少女を釣って、やはり事案だった。




