25-6.自問(25日目)
さっきまでの不安は何だったのか。
結局アリアの言葉に俺は甘えて、結局欲望のまま進もうとしている。
心臓の鼓動が高鳴り、息をすることを忘れていた。
唾を飲み込む音が響いてしまうほど、緊張している。 アリアは目を閉じていて、その唇が月明かりを浴びて輝いている。 いい・・・これで良いんだよな。。。
アリアの頬に触れ、そっと唇を近づけていった。
ゴゴゴッー
「ただいまっー!」
「おわっ!?」「きゃっ!?」
轟音と共に、紅葉が戻って来てしまった。 俺達はパッと離れて何食わぬ顔で迎えた。
「おかえり、紅葉。 帰りが遅いぞ? 約束守ってくれなくて悲しいな。。」
「紅葉ちゃん、おかえり」
「うん・・・ごめんなさい。 ちょっと夢中になってて。 次は気を付けるから。。」
紅葉はシュンとして、申し訳なさそうにしている。 はぁー・・・可愛いな。 俺はアリアとの間に子供が出来たら叱る事は絶対出来ないだろうな。
「そうか。 なら良いよ」
紅葉の頭をくしゃくしゃと撫でると、ポケットからスカーフを取り出して首にスカーフを巻き付けてやった。
「サトシ、これなに?」
「紅葉の冬支度だよ。 俺達ばかり先に着ててごめんな」
「ううんっ♪ ありがとう! すっごく嬉しいよっ!」
大興奮の紅葉は、肩に飛び乗ってきて俺の顔をペロペロと舐めまわしてくる。
アリア―助けてくれと言おうと思ったら、鍋の蓋を開けて温まってきたのを確認しているようだった。 さっきの事はお預けかな。 それで今回は良かったような気がする。
「さてと、温まったみたいだしコンソメ追加して晩御飯にしようか」
「はーい♪」
「ええ!」
紅葉とアリアから快い返事が返ってきた。
時刻は20時を回っている。 流石に寒くなってきたので、部屋の中で食べようと提案した。
さっそくこたつを活用しようか。
「アリア―、鍋持つの手伝ってくれー」
「分かったわ」
「私も手伝おうか?」
「大丈夫だよ。 でも紅葉も一緒に部屋に入ろうか」
「え? なんでなのー?」
「ふふ・・・ひみつだよ、入ってからのお楽しみ」
アリアとポトフの沢山入った鍋を部屋へと運び込む。 紅葉には、鍋敷きを取ってもらって、こたつの横に鍋を降ろした。
「ふ~ アリアありがとな。 もちろん、紅葉も」
「で、これ何かしら?」
「なにこれー?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「それ・・・言いたかっただけでしょ? 話したくてウズウズしてるのが丸わかりよ」
「あーーっっ orz」
アリアに図星を突かれて頭を押さえる羽目に・・・恥ずかしい。
「ねぇ! ねぇ! これ何!?」
紅葉はアリアのように心を抉っては来なかった。 純粋な好奇心の目が心を癒してくれる。
「これはな・・・こたつっていうテーブルだ!」
「こたつ?」
「あ、アリア待て! 毛布をめくって中を見ちゃだめだっ」
首を傾げる紅葉に対し、アリアはこたつの毛布をめくって中を確認したようだ。 テーブルから延びたケーブルで何かを察したようだ。
「ふ~ん、早く電源入れてみてよ」
「アリア・・・順番にゆっくり説明する俺の計画が・・・」
「早く御飯を食べたいのよ。 それに長くなりそうだったし・・・」
「・・・すまん、それじゃ こんな感じで毛布の中に入ってみてくれ」
「私はどうすればいいの?」
「そうだなぁー 俺の足の上においで」
「うんっ♪」
もそもそと毛布をめくって紅葉が中に入った。
「では電源入れるけど、毛布の中の・・・天板の下には熱を出す部分があるから触らないようにな? 火傷注意だ」
パチッ
スイッチを入れると、ハロゲンヒーターがすぐに温まっていく。
アリアは俺の対面に座り、足を伸ばしている。 こたつの中での足場取り合いというあるあるな死闘もこれから起こるかもしれないな。
毛布を被った紅葉は、まだ温かさに気付いていないだろう。
(ふふふ・・・)
俺は二人がどんな反応を示すか顔を眺めていた。
「これ・・・いいわね・・・」
さっそくアリアが満足げな顔をしている。 そうだろう、そうだろう。 こたつの力は入った者にしか分からないが、異次元レベルのヤバさだ。 中に入れば、たちまちやる気を失って怠惰になる。 抜け出すには相当な意思を持たないと抗えないはずだ。(個人的主観) 出たくない・・・下半身を動かしたく無い・・・そうして、人はマジックハンドで手の届く距離を伸ばすという暴挙を覚えるのだ。。。
「アリア、起きてるか。 ご飯食べるんだったろ?」
「ズッ!? そ、そうだったわね」
手で口元を拭っているが、名誉の為に黙っておくとしよう。 涎を垂らすくらいだらしなくウトウトしていたのは俺だけの心にしまっておこう。
そう言えば、紅葉は・・・
「すぅー・・・すぅ・・・」
こたつは凄まじい効力を発揮していた。 紅葉に至っては一瞬で睡魔に導くとは・・・。 元々よく寝る子だとは思っていたが、羨ましい程の寝付きの良さだった。
「紅葉のやつ寝ちゃったみたいだ」
「私も今日は疲れたからかしら・・・すごく眠いわ」
「ご飯は明日にするか?」
「ううん、食べたいから・・・ちょうだい。」
俺はお椀にポトフを取り分けて、アリアの前に置いた。
「ほら、こぼさないようにな?」
お椀とともに、木製のお気に入りのレンゲを渡す。
俺の趣味の1つでもあるが、陶器や木製の食器類もかなりこだわりがある。 雑貨屋を何時間も見て楽しめるし、焼物市や木工細工何かも大好きだ。 今回アリアに渡したレンゲもその1つ。 旅行先で偶然見つけた木製のレンゲなのだが、口当たりが薄くて全体の曲線美や材質の良さで一目惚れした一品だ。 木製は断熱性が高いので熱い物を食べる時には最適である。 ただし、どうしても劣化してその内に割れたりしてしまうのが悲しい。。 このレンゲも5本買った内の3本目だ。 まだ在庫は2本あるが、中々これだっ!って一品に巡り会えず、予備品を小出しにするしか無い状態でこの世界に来てしまった。
あー、木製レンゲ1本で1000円超えようが気にせず買うバカ(変わり者)は居ないもんかなぁ。 アリアは特に気にする素振りもなく、お気に入りのレンゲを使っている。 料理だけじゃなくて、食器類にも何か反応を求めてしまう。 うー・・・ムズムズするっ!
「どうかな?」
何に対してか俺はあえて言わなかった。
「いつもよりぽかぽかするかしら。 こたつが温かいからか、ポトフかは分かんないけど。。 ふわぁ〜・・・眠いわね。 あ、もちろん美味しいわ」
眠そうにしながらも、味に満足してもらえたのは良かった。
やはり、木製レンゲへの評価は無かったが。
俺もポトフを食べようと、下準備に使っていた唐辛子をカップに入れて砕いた。 そこへポトフを混ぜ合わせ・・・多分これでかなりの辛さになるだろう。 脳天に突き抜けるような辛さも俺は好きだったりする。 久々に辛めの料理に心が踊った。
「ごめん・・・眠いわ・・・片付け明日やるから・・zZZZ」
ポトフを食べ終わるやいなや、アリアは眠りに落ちた。 俺はというと唐辛子の力で目が覚めたところだ。 頭皮から吹き出るような汗が出てくる。 額から目に入ってくる汗が痛い。 全身が汗ばんでくるが、これが快感だ。
太ももの上で眠った紅葉が邪魔か・・・。
俺は足を開いて、毛皮の絨毯の上に慎重に紅葉を降ろしていく。 汗と油にまみれた顔をさっぱりと洗い流したいのだ。
こたつから抜け出すと、紅葉は顔だけ出して毛布に包まれている。 アリアは・・・風邪を引かないよう掛け布団を肩にかけておいた。 寝返りで落ちるだろうが、俺が寝る時まではこのままにしておこう。
カチャリ・・・
忍び足で俺は部屋を出た。
気持ち良く寝ている二人を起したくは無かったからだ。
と言っても・・・聴力的に無駄かも知れないと1人で苦笑した。
「やっぱ、冬は良いな・・・」
見上げれば満天の星空がそこにはあった。 雄大に輝く月達が雪の積もった木々を白く輝かせている。
秋の夜空も綺麗だと感じていたが、冬は別格のようだ。 空気が澄んでいるから弱々しかった輝きも今日はハッキリと俺の目に届いている。
冬の冷気は凍えるはずだが、唐辛子を食べた俺には涼しい位だ。
夏だろうが辛い物は好きでも、冬に食べるのは特に好きなんだよな。
外を歩く人も少ないのだから。。。
「なぁ、どうしたい?」
俺は誰ともなく問いかける。
「何が?」
「言わなくても分かるだろ・・・」
「・・・このままで良いと思ってるのか?」
「アリアの考え方に大きな矛盾は無い。 それにアリアが居れば十分だ。 きっと時間が過去を忘れさせてくれるさ」
「それが出来てたら、10年も引きずるか?」
「それはアリアのような存在に出会ってなかったからだ!」
「じゃあ、何故今悩んでいる」
「・・・」
「答えられやしないだろうさ。 そんな事じゃ無いんだから」
「なら、何だよ!」
「分からなくてすぐに聞くようなら、それは成長しないわな。 考える事を放棄するようなお前は」
「分からないから聞いて何が悪いんだよ」
「お前は考える事を放棄しているんだよ。 ただ甘い方へ流れるだけのさ。 自分の言動に責任を持ってないだろ? 誰かの答えを模倣するだけ・・・自分の意思がまるで無い。 お前の生き方からは先のビジョンが何も見えて来ない。 ただ生かされるままに生きているだけだ」
「意思を持って決めてるだろ! 俺が決めて行動している」
「逃げているだけに見えるがな。 お前の目標はなんだ? それを達成する為に何をしている? 目標があって、意志があって、ならどうして目標が達成できないんだ?」
「目標が高いからだ」
「いや、違うね。 目標が目標になっていないんだよ。 達成する為の何一つをお前はしてないんだ。 ただ、周りを羨んで妬むだけのな。 何一つ昔のままなんだよ」
「・・・」
何も言い返せず沈黙が訪れた。
ふぅ〜・・・
分かっている・・・そんな事は分かっているんだ。。
内なる自分の声がエコーのように響いていた。
アリアが言うように、俺は考え過ぎなのかも知れない。
過去が消えなくても良いじゃないか。 過去は過去なんだ。
過去を忘れたら、楽しかった事も消えてしまう。
結果が楽しくなかったとしても、過程で楽しかった事実も悲しみにするのか? すべてを不幸だったとするのか?
人生真っ暗しか無かったのか?
自分にも・・・光があったと思えるのなら、過去は過去として糧にしろ。
思い出す事があっても良いじゃないか。 気楽に考えようや。
アリアの受け売りではあった・・・だけど、それを自分の意思に変えられたなら、俺もきっとアリアに言えるだろう。
お前は・・・何をしたい?
答えは見つからないまま体の熱が冷めてきたところで部屋へと戻った。
紅葉はスヤスヤと眠ったままだ。
アリアも突っ伏したまま眠っているが、やはり掛けていた布団は落ちてしまっていた。 この世界に風邪があるかは分からないが・・・
「アリア、アリア、起きてくれ」
ゆさゆさと揺すっていると、目を擦りながらアリアは目覚めた。 見事に頬には腕枕の跡がくっきりと残っている。
「あれ・・・? たしか晩御飯を食べていたはずよね・・・」
すぐに寝入った事を覚えていないのか? いつも俺より早く起きているアリアが寝ぼけているのは珍しい。
「食べ終わったらすぐ寝ちゃってたんだよ?」
「そ、そうだったの・・・はっさく持ってくるので疲れてたのかしら。。」
俺は自信ありげにこう答えた。
「こたつの力だよ」
「こた・つ・・・っ! そう、これよ!」
ガタンッ!
「~~っ! いったぁ・・・」
結果的にアリアは、こたつあるあるを色々披露していた。 今度は急に立ち上がって、こたつのフレームに膝をぶつけたようだった。 不意にぶつけるのって、どこでも痛いんだよな。。
「うぅ~。。。 朝なの~?」
煩くしてしまったからか紅葉も目が覚めたようだ。
「まだまだ夜だよ、ゆっくり寝てて良いからね」
俺は優しく紅葉の頭を撫でてやった。 おやすみを言い切る前に再び紅葉はこたつの中で眠りについてしまった。
(あ。。。 まぁ紅葉なら大丈夫か)
人がこたつで寝てると、上半身が寒いままなので風邪をひきやすかったりするのだが。
「アリア大丈夫か?」
膝を擦っていたアリアも、痛みが引いてきたのかこたつから・・・いや、中々出れなそうだった。
「サトシ・・・怖いわ。。 何だか出たくないの。 ここで寝てもいいかしら?」
「風邪ひかないように布団掛けるならな? それにしてもアリアも気に入るとは作って正解だったな」
「これは凄いわね。。 もう眠く・・・明日起きれるかしら。。。zzzz」
「おやすみ」
俺はこたつの中には入らず、電気毛布の効いたいつものベッドに潜り込んだ。
紅葉もアリアも居ないベッドは広い。 セミダブルのはずなのに密着していた毎日だったので、広々と使えるのもたまには良いな。
布団が温かくなるにつれて、俺の意識は薄まっていく。。。
おやすみ・・・2人とも。。




