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25-2.冬服(25日目)

 ひゅ―――・・・

 冷たい風が周囲に吹き込んだ。


 肌に冷え切った汗が流れ落ちる。 動き回った火照りはとうに冷めていた。

 間違いなく冷や汗だった。


 アリアが寄ってくるような足音はしない。

 雪玉を投げて来ることも無い。


 ピリピリと空気が張りつめていく。

 滑って転ぶ瞬間に投げた雪玉じゃない・・・間違いなく、隙を狙って投げつけていた。

 アリアが俺を心配して、駆け寄った時点で一時休戦とするべきだったんだ。。

 雪合戦が思いの外楽しかったとか、当てられてばかりだったのが悔しかったとか・・・情けないくらいの言い訳が思い浮かんでしまう。 昨日の紅葉(もみじ)との後ですぐこれだ。

 学習能力は無いというか・・・変わろうとしない?

 言われ続けてきた事がまた浮かんでくる。


 そしてこうも思う。

 一人で思い耽って、他を見ないと。 自分の中だけで自己完結して、その経緯も結果もどこにも出さない。 だから忘れるし、誰にも伝わらない。 だって伝えてないのだから。

 そして今も・・・、ただ時間が解決してくれるのを無意識に待ってしまっていた。


 「・・・アリアっ! ごめんっ!」

 バカだけど、このまま時間に任せたら失う・・・気づけたから謝った。


 「ぷっ・・・ほんとに負けず嫌いなんだから・・・あはは♪」


 アリアの笑い声が、冷え切って凍り付きかけた心を溶かしていく。

 あー・・・許された。 また・・・許してくれた。 安堵で大きく息を吐いた。


 俺の吐息に乗ってキラキラと雪が舞い散る。 スターダストみたいだな・・・



 ズザザザー―――――ッ!


 「あははっ!! 私だって怒ってるんだからねっ? これでお相子だからねっ!」


 アリアのひと際大きな笑い声が、大量に降り注いだ雪で雪だるまになった俺の耳に届いた。

 避けるとかそんな状況じゃなかった。 もう・・・コントのような見事な降り方だった。


 足は・・・動かない。 周りに降り積もった雪が重くて、一歩が踏み出せない。

 手も・・・同じか。 前のめりに体重をかけても意外なほど崩れやしない。


 良く・・・首が折れずに済んだもんだ・・・


 冷静になっていつの間にか離れていたアリアを眺めると、背中に弓を背負っていた。

 頭を振って頭上の雪を落として見上げると、木に降り積もっていた雪がごっそり無くなっている。

 「弓・・・か。 俺の完敗だよ。 ごめん」


 「分かればいいのよ? ほら、雪退けてあげるから、出てきて」


 「・・・ありがとな」


 雪の塊を火の弓で消し飛ばしてもらうと、簡単に外に出られた。

 雪だるまから抜け出た後には、見事に俺の型が残されている。

 名残惜しい事も無く、蹴り飛ばして崩しておいた。


 「あー・・・せっかく型が取れてたのに。」


 「要らないよそんなの。 あー・・・ごめんって。。」


 「ふふっ あんまり引き延ばすと今度は私が責められそうね。 それじゃ、朝ご飯にする?」


 「あぁ、戻ろうか」


 時刻はまだ8時、寒さなど感じさせないようなバカ騒ぎをして

 おっさんの冬初日は、こうして始まるのだった。



 見えない壁の中に入る前には、改めて壁に積もった雪を念入りに払い落としてから入る。

 目に見える危険は回避しておくべきだ。

 かまど前の岩に腰かけると、火を点ける準備をアリアとした。 かまどにも薪にも雪が積もっていないし、乾いているので今まで通りすぐに火は点く。


 見えない壁は、巨大なテントだ。

 雪を凌げたという事は、雨にも効果がある可能性も出て来た。 ただのアスファルト舗装されただけのエリアだと思ったら、ここはすでに室内のようなもの。 屋外であり、室内のような・・・。

 温室と言えば分かりやすいのだろうか? 柱やビニール臭さも無いし、ビニールのように外が歪んで見える事も無い。 開放的なのに外じゃない。


 こんなの・・・良いな!


 オーニングテント付きウッドデッキの次に作りたいと思っていた物は、全面をガラス張りにしたサンルームだった。

 風や木のぬくもりを感じるウッドデッキには十分満足していたけど、秋や冬になって肌寒くなると、風を遮ったりストーブを置いてみたくなったり。 それに雨の日だって濡れる事無く外の風景を見たり、雨音を楽しみながら一杯飲むのも中々に楽しそうだと考えていた。


 それが・・・こんなにも広々と・・・

 

 見渡す限りのアスファルトの範囲がサンルーム・・・

 「・・・広すぎるな。。」


 「・・・どうかしたの?」


 何でも無いとアリアには伝え、広すぎるサンルームも如何な物かと思い耽った。

 小さ過ぎるのは意味が無いし、こんなにも大き過ぎるとセンチメンタルな気分に浸る事も難しい。

 適度な大きさってのが重要だと感じる。 それに最も重要なのは家の中の一部であることだろうか? 裸足のまま行き来できる事ってのが思いのほか大切なようだ。

 自作のウッドデッキのような居心地が、このサンルームには感じられないのだ。


 まぁ、便利だからこれはこれで良いんだけどな。

 気持ちの切り替えがこんな部分では早い俺であった。


 「温かいわね」


 考え込んでいた俺へアリアが不意に声を掛けてきた。 というか隣に座っていたんだったな・・・考え込むと本当に周りが見えなくなるな。。

 「あぁ、寒い時期はこの温かさが身に染みるよなぁ・・・温泉入りたい。。」


 「一昨日入ったばかりじゃないw 本当に温泉好きなのね」


 「アリア知ってるか? 雪が積もってるくらいが最高に気持ち良いんだぞ。 雪化粧された木々や岩に、そんな寒さの中でも流れつ続ける川のせせらぎを聞きつつ・・・。 雪が降っている状態だって良いんだ。 入浴してると体が火照って来るし、汗かくくらいになったら足湯にしても良いし、冷えたら潜ったって良い・・・。 露天付き部屋は料金高くて中々入れなかったけど、有名な露天風呂付き部屋のある旅館では、数時間露天で過ごしたしな・・・観光じゃなく旅館を楽しむという感じで・・・。 あー・・・あんな風にしたいな。 あの川に作った温泉は俺達だけの場所だしな。。」


 「そうなんだ? あの温泉改造するの? ちょっと私も楽しみかもっ」


 「おぉ!」


 オタクならではの興奮気味に、知識や思い出をグワーッと話過ぎてしまった。。 そんな状況でも、アリアは楽しそうに聞いてくれている。 だから、過去の旅行の思い出を色々と話した。 あー・・・昔の彼女の話は省いたが。


 「ここにも温泉って作れないのかしら?」


 アリアが突拍子もないことを言い出した。 東の川から治水工事を考えてはいても、実現するにはハードルが高い。。

 水からお湯を作るのだって簡単じゃないし、衛生面を考えても掛け流しの温泉が理想だ。 それにアパートの位置は、東の源泉液面よりも標高が高いはずだ。 ポンプで送るような事は出来そうに無かった。

 「無理だろうな」


 「紅葉(もみじ)ちゃんなら、何とかできないかしら?」


 アリアは俺じゃ無理だという意味でとらえていたようだ。

 「紅葉(もみじ)ても、お湯をここまで運ぶのは難しいと思うぞ? それに、別荘の温泉は常にお湯が流れていて、汚れが溜まりにくくなってるだろ? ただお湯を貯めるだけじゃ駄目なんだよ・・・」


 俺も温泉はここにも欲しい。 でも、方策の無い願いなんて言ってもそれは無駄だと思っている。 論理的に実現可能な方策が無ければ・・・


 「難しいんだー。 でも欲しいんでしょ?」


 「まぁ・・・な。 でも、まずは冬支度が最優先じゃなかったか?」


 「っ! そうよっ!! サトシだけ何で温かそうな格好してるのよっ!?」


 「あ、バレた?」


 「バレたとか見ればすぐ分かるわよっ サトシの冬支度は手伝って上げないからっ」


 ぷいっとアリアはそっぽを向いてしまった。

 雪合戦よりも、一人だけコートを着込んだのは駄目だったようだ。 アリアに貸せる分もあるんだが・・・長袖のセーラー服姿のアリアに前もって持って来なかったのが致命的だった・・・。

 「・・・ちょっと待ってて!」


 アリアが何か喋る前に、貸せるジャケットを取りに部屋へと走った。 何か聞こえた気がするけど無視する。 謝るよりも先にするべきと思ったから。 服を渡してから謝れば良い・・・それに賭けたのだ。


 何が良いか?


 ダッフルコートとか着せたら似合うだろうなぁ。。。

 あー、セーターも良いか。。

 さて、当然そんなかわいい服は持っていない。

 手持ちの中で1番合いそうなのは、スーツ用に持っているコートか? 丈は何とかなっても、手が届かないか。

 手が出ないくらいの長さは可愛く見えるが、俺の願望だけだと作業に支障が出るだろう。


 探し回った結果、裏起毛のパーカーを渡すことにした。

 袖が長過ぎるなら捲くれば良いし、温かいしスカートが隠れるだろう丈になるはずなので、履いてない感を出せそうだ。


 「アリア! さっき()ごめん・・・これ、着てくれないか? 合いそうなもの探してきたんだけど。。」


 「サトシと同じ物は・・・無いのね。 あら? 中に毛が生えてるのね。 狼の革を使ってこんな感じで作ろうとしてたから、冬支度は紅葉(もみじ)ちゃんの分だけになっちゃったわね」


 アリアはパーカーに手を通すと、俺の前で腕を伸ばしてくるっと1回転した。 どう?とでも言っているようだ。 エロゲの世界だけだと思っていたが・・・目の前でやられると結構驚くな。。 全身を見るというより、何が起こった!?って驚きの方が勝っていた。


 俺はアリアを見つめて、人差し指を立てた。


 思いが通じたのか、もう1度くるっと回って見せてくれた。

回り出しに一歩遅れて、フワッと髪が広がって雫が周りに飛んで輝く。 髪の毛はパーカーから外にしっかりと出していたようだ。 アリアの髪は長いから扱いが大変だろうな。。。 いや、この世界ならケアは不要なのか・・・? そんな事より、服を見なくては・・・

 全体的に色味の薄いアリアにグレーは・・・うむ、悪くなさそうだ。

 ただ予想通り丈は長すぎるな・・・肩幅も所詮メンズ物なので、着崩そうとしなくても崩れている。 下に引っ張ったら首の開口からスルッと抜け出て来るのでは・・・と思えるくらいに鎖骨がしっかり見えている。 袖はしっかり(?)手が出ていない。 丈も長すぎてスカートが隠れてしまっている。 素足のままなので黒タイツくらい履かせたいが・・・そんな物無いんだよなぁ。。


 「どうかしら・・・?」


 アリアは上目遣いで首を少し傾け、袖丈の合っていない手を頬に当てて俺へ聞いてきた。

 (あざと過ぎるだろっ!? アリアもいつの間にかアニメでも見てたのかっ!?)

 「あ、あぁ・・・すごく似合っているよ。 でも、俺の服だからブカブカだな。 寒かったり脱げたりし無さそう?」


 「大丈夫だと思うわ。 ほらっこんな風に出来るしっ」


 長すぎる袖を撒くるとアリアの白い手が出て来た。 さて・・・あと気になったのは一か所だけか。

 「バッチリだね。 あと・・・着方が一つだけ間違ってる部分があるんだ。 後ろ向いてくれないか?」


 「分かったわ。 あ・・・襲うのはダメだからね?」


 「・・・流石の俺もその考えには至ってなかった。。 アリア襲われたかったのか?」


 「ち、違うわよっ! 昨日の今日だし・・・ほら! これで良いんでしょ!?」


 これ以上怒らせる前に、本題に入るか。。

 アリアにはフード付きのパーカーを渡している。 だが、回った時にフードが見えなかったという事は・・・あー・・・やっぱり、服の内側に入り込んでる。。

 モゾモゾしないのか? いや、これによって襟元の開口が小さくなってるのか・・・?

 迷いはしたが、まずは正しく着せてみる事にした。


 「きゃっ!? 襲わないって言ってたでしょ!?」


 フードを出そうと襟首に手を入れた時にうなじに触れてしまったようだ。

 雪合戦をやっていたくらいだ。 当然のように手は冷たくなっている。 子供の時は、人の熱を奪う戦い(?)をしたりしたな・・・何て回想が浮かんだが、アリアの目は赤く潤んでいた。 これは・・・どうするべきだ? 今、俺はそんな気分じゃないし・・・。

 「ごめんごめん! 説明するから自分で直してみるか?」


 俺は流す事にした。


 「えっ? ・・・うん、分かったから教えなさいよ。」


 何か言葉尻が強いのですが・・・アリアさん怒ってます? もうここから挽回は出来そうにないので進める事に・・・


 「首の後ろにフードっていう頭にかぶる物があるんよ。 今は服の内側に入ってるみたいだけど、本当は外に出しておくんだよ。」


 「これのこと?」


 「そうそう、それだよ。 後・・・これも使ってみて」


 「? そのフワフワの生地はどうするのかしら。 そんなに細いと加工し難そうだけど・・・」


 「こっちはこうやって首に巻く物で、マフラーて言うんだよ」


 アリアは一度パーカーを脱いだので、首にマフラーを掛けてやった。


 「うわぁ~・・・紅葉(もみじ)ちゃんのお腹の毛みたいにふわふわ~♪」


 「気に入ってくれたみたいで良かったよ」

 ブランド物のマフラーで、お気に入りの逸品ではあるが衣服の少ないアリアにあげる方が役に立つだろうと。 色はグレーのチェック柄なのでパーカーのアクセントにはあまり向いていないが。。 今は見た目より機能優先だな。


 「私が貰っちゃって良いの? サトシは付けて無いみたいだけど・・・」


 「俺にもちょっと違うやつがあるから大丈夫だよ。 それに・・・俺のコートは温かいからね」


 「それじゃあ、私が貰うわね。 ありがと♪」


 アリアは大切そうにマフラーを撫でている。 紅葉(もみじ)の代わりだろうか? 愛おしそうに撫でているのでマフラーも本望だろう。


 「温かいわ~ 狼の毛皮もう要らないかも♪」


 「あはは、フードを使うともっと良いぞ」

 今度は首筋に触れ無いように、髪の毛をまとめながらフードを被せた。


 「こ、これがフード!?」


 「ど、どうしたアリア!?」

 フードを被せた途端に驚きの声を上げたアリアにこっちまで驚いた。



毎日投稿続けるのは難しいですが、空いた時間に趣味として追記していますのでご了承ください。

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