24-3.4本(24日目)
別荘から家に戻る事にした一行・・・
「・・・ん?」
不意に訪れた感覚のズレで、落ち込んでいた気分に変化が訪れた。
「今何かあったか・・・?」
違和感だけがねっとりと残っているが、その違和感を拭い去る事は出来そうになかった。
分からない事を悩み続けても、もっと薄くなるだけなのだから。。。
頭に触れながら、俺は立ち上がった。
紅葉は見つからない・・・だが、希望は捨てない。。 捨てない・・・諦めない。。 俺は諦めが悪い。。 ねちっこい・・・女々しいと言われようが・・・すとー おっと、これ以上考えると逆に落ち込みそうだ。
大きく深呼吸をして、玄関の扉を開いてまだ陽の高い外へ踏み出した。
玄関を出るとすぐ目に入る花壇は、枯れる事無く色とりどりの花が咲き誇っている。 荒んだ心にはこういう物で不意に癒される。 植物は何でこんなにも心を落ち着かせてくれるのだろう?
田舎から町中に引っ越したばかりの事を思い出す・・・
部屋の中にももちろん外にも植物があまり無かった。
街路樹が僅かにある程度・・・。 それがすごく嫌だと感じていた。 植物を異常なほど求めてしまう。 いくつも鉢植えを買ったり、苔とかも・・・どれも枯らしてしまったが。。。
別荘の花壇は手入れ要らずかな・・・?
萎れた花や葉は無く、でも造花のような樹脂製や布製とも違う。 誰かが手入れしていた訳が無い。 これは明らかに生もののようなナニカ・・・ナニカでいい、十分綺麗だ・・・そう感じさせてくれるのが温かかった。
ここには自然物がたくさんあるな・・・
日中は陽射しがあって幾分暖かいが、川原を吹き抜ける風が少し肌寒く感じる。 青い空と森の木々、白い湯気を昇らせる温かい川・・・う~ん、川はかなり特殊な状態だが・・・。 夜は満天の星空が木々の隙間から見えてくる。 センチメンタルな気分に浸るには、この世界はうってつけだろう。 久々に・・・一人で感傷に浸っているなと思えた時間だった。
「サトシー、おはよっ!」
そんな時間も、紅葉の声が聞こえた事で、心の中にパッと花が咲いた。
感傷とは何だったのだろうか?とはたから見たら思われるだろうが仕方ない・・・気分の浮き沈みなんてそんな些細な出来事ばかりなのだから・・・(個人的主観)
声のする方を振り向くと、石積みの階段を上り切った紅葉がこちらに走って来ていた。
「おはよう、紅葉 今日は早起き(?)だね」
まだ夕方と呼ぶには早いが、早起きでは絶対にないが。。 紅葉の顔やあごの下、体もわしゃわしゃと撫でまわす。 いつも当たり前のようにしていた事が、今は遠い日の事のように思えた。
「アリスのところで生のお肉食べてたの♪ 美味しかったけど、サトシの料理のが美味しいよ!」
「そうか、ありがとな。 今夜の晩ごはんどうしようかなー」
紅葉はいつも通り・・・いや、いつも以上か? 嬉しそうだった。 ぶんぶんと揺れる尻尾がかわいい。
その言葉をそのまま受けていいのだろうか?
俺は甘えてしまって良いのだろうか?
依存・・・しないで居られる気はしなかった。 俺はまた繰り返してしまうだろうが。
ピョンっと肩から首にかけて、紅葉が巻き付いてきたが暖かくて気持ちが良い。 顔の横には、紅葉の顔がある。 頬に当たるフカフカの毛は、くすぐったいが暖かさ以上に心が満たされていく。
「あっ、アリスが捌き終わったから出発って言ってたよっ!」
「おっ! それなら急がなきゃだな」
足早にアリアの元へと向かう俺の足取りは、羽根を得たように軽かった。 俺の心は冬が近づいてきた秋晴れの空よりも爽やかで。
「アリア、ただいま」
「ただいまっ!」
「二人ともおかえりなさい。 早速向かう? 昼ご飯というかサトシは朝も食べてないわよね?」
そう言えば朝は紅葉と寝てしまったし、昼も過ぎてしまっていた。 腹は空いたが、耐えられない程じゃない。
「このまま行けるよ。 向こう着いてから食べればいいさ。」
「そう? なら、出発ね。 サトシ、これ持ってくれる?」
アリアは、風呂敷状の皮2つを指さして言った。
捌いていた狼2匹その後の姿だろう。
「あぁ、任せてくれ。」
そう言って1袋を持ち上げると、ずっしりとした重さが腕から足まで伝わっていく。 2つ持つのは・・・
「くぅっ・・・」
「サトシ、大丈夫? ・・・片方持つわよ?」
アリアの言葉はありがたいが、なけなしのプライドが僅かに勝った
「だ、大丈夫だ。 問題ない。」(たぶん・・・)
アリアには笑顔で言えたと思う。 そんな事よりも重要なのは・・・
「紅葉、バックパックにこの袋括り付けられないかな?」
10㎏オーバーな気がする荷物を2つも両手に持って森の中を歩くのは不可能だろう。 両手が塞がるのは色々な面で問題が出やすいし、安易にバックパックにぶら下げても重量が中々あるので、バランスが取りづらくなるだろう。 重くなったとしてもバックパックと一つにまとめられた方が良いはずだ。
「私の出番っ! どうすればいいの?」
おぅ・・・バックパックを背負う時には気を利かせたのか足元に降りてくれていたのに、紅葉は肩に飛び乗ってきた上、俺の話を聞いていなかったのか、意味が分からなかったのか尋ね返されてしまった。
「バックパックから落ちないように蔓で固定してくれないかな」
「やってみるねー!」
耳元で騒がしい・・・とは言うまい。
元気そうに隣に居てくれるんだからな。
時刻は15時を回っていた。
傾きつつある陽を背に浴びて、蔓で体ごと巻かれたサトシ一行は森へと入っていく。 昇り始めていた2つの月の存在など意識せず・・・。
ザクッザクッ
(あー重い。。 まだ森に入って30分程度なのか・・・)
もう何度腕時計を確認しただろう。 盾を破損した事で、副次効果の身体能力アップが無くなった今、自分はただの人間になった。
一応農家の長男として、田畑で60kg担いで歩くような事もあったが、長距離は無い。。 まして高低差のある山道は・・・
薄暗い森の中は、ひんやりしているはずだった。
額から流れる汗が目に入るのを嫌って、拭い続けている。 ポタポタと滴り続ける汗が、体の冷却が間に合っていない事を表していた。
「サトシ、少し休む?」
俺の隣を付き添うように歩いていた紅葉が、心配そうに言ってきた。
「すまん。。少し・・・休みたい。」
「アリスー! ちょっとストップしてー、一旦休憩ー!」
止まるべきでは無かっただろうが、優しい言葉に心は流されていた。 プライドとは何だったのか。 足が止まり、倒木に腰掛けて一息着いた。
先頭を進んでいたアリアの足取りは軽い。
今までアリアを置いていくような速度で歩けていた記憶が蘇る。 まだまだ先は長いのに、今は近づいているはずなのに遠退いていくような気持ちになった。
紅葉は太股の上に丸まっている。
「サトシ・・・やっぱり辛いわよね?」
頭すら重かったが声のかかった方を見ると、ジト目のアリアが可愛かった・・・。 キュンキュンする・・・
「アリア・・・可愛いぞ。」
サムズアップしておいた。
「・・・褒めても意味無いわよ・・・」
視線が更に冷たくなった。。。 ゾクゾクしている場合ではなさそうだ。。
「ごめん・・・持ちきれそうにない。。。」
既に足腰は限界だった。 鎧や剣と共にバックパックだけでも重いのに、更に増やしてしまっては限界はあっという間に超えていたのだ。
「無理しないでって・・・言っても聞かなそうだったから・・・でも早かったわね。 ふふっ」
「盾が壊れちゃったし、俺の実態はこんなもんだよ・・・」
「あ~もう、私も言い過ぎたから、拗ねないでっ」
紅葉が太股に乗っていなければ、体育座りしていたい気分だった。。。
「・・・ぅーん。。。」
「ふぅ、ん~~っ! 今回はアリスが一言多かったね っと!」
「えー、私だけの責任じゃないわよー。。」
俺の太股にいた紅葉が大きく伸びをした後、肩に飛び乗って頬を舐めてきた。
「うわっと!? くすぐったいからっ。 ・・・もう、俺は美味しくないだろ?」
ざらざらとした感触が頬から伝わってきてもぞもぞする。 流れから紅葉は俺を慰めてくれているようだ。 今まで通り・・・俺と一緒に居てくれるという温かさが嬉しい。 いじけていた事は忘れさせてくれた。
「紅葉、ありがとう」
言葉以上に、肩に乗っている紅葉へ触れる手に気持ちを込めて撫でる。 こんな俺にありがとう。
「アリアも、ありがとな」
隣に座りに来ていたアリアにもお礼を伝えておく。 無理するなって事も、こうして隣に居てくれることもだ。
「え? 改まってどうしたのよ? 気持ち悪いわよ ふふっ」
「何か、二人にお礼が言いたくなったんだよ。 まぁ、気にするな。 ・・・確かに気持ち悪いな!」
アリアの言葉に嫌悪感は感じない。 冗談で言っているのが分かったから・・・でも、冷静に考えると脈略が無いのも確かだと納得した。
こうして3人で笑い合いながら休憩を取る。 バックパックに入っていたペアーチも分けて糖分補給も済ませた。
時刻は16時にさしかかり、森の暗さが深まり始めた。 西陽はまだまだ出ているだろうが、それは重なりあう葉や幹が遮ってしまう。 早く帰らなければ野宿になりかねなかった。
「しかし、困ったわね・・・別荘に今日は戻って明日朝出直すべきかしら?」
俺と同じように考えていたのだろう、アリアが進むのではなく戻ることを提案した。 まだ30分歩いただけだし、それが正解だと誰もが理解するだろう。 戻ろうか!そう口に出そうとした時、それは遮られた。
「待って! 私に考えがあるよっ♪」
「紅葉? どんな案かな。 アリアの意見に俺も同意だけど」
「えっとね! サトシもアリスも荷物重くて、このまま家に帰ると夜になっちゃうから、別荘に帰ろうってことだよね?」
「ああ、そうだな」
「えぇ、そうよ? 紅葉ちゃん何かするの?」
俺の肯定と被せたアリアの言葉で俺もハッとした。 魔法か・・・その手があったか。。。
「私が、ぜ~んぶ運んじゃうよっ!」
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
紅葉の言葉を聞き終えるのが先か、突如地面が揺れ始めた。 足元の草や苔もうねうねと動いているようだ・・・
「2人とも落ち着いてねっ」
この状況も含め、紅葉の魔法のようだった。 驚いて臨戦態勢に入っていた俺達は再び倒木に腰を降ろして待つことにした。
目の前に生えていた数本の木が縮むように消えたと思ったら、拓けた地面の所々が割れ、蔓がむくむくと生え始めてくる。 それらは半径2mの円形で緻密に絡まり合い、厚み30cm程度の大きな鍋敷きのような物が出来上がった。
「紅葉、これは・・・?」
俺もアリアも不思議になって、近づいて大きな鍋敷きに触れている。 適当に絡まっているのでなく、編み込まれた蔓でこの鍋敷き(?)は作られていた。 凸凹も小さく、よく夏場に敷いていた茣蓙を思い出す。 寝心地は悪くなさそうだった。
「その上に荷物載せて、2人も載ってねっ♪」
紅葉に言われるまま、バックパックと風呂敷狼を載せ、俺は何となく履いていたブーツを脱いで、鍋敷きの上に乗ったが・・・靴の置き場に迷っていると、端からにょきっと籠状のパーツが生えてきた。
「そこに入れちゃってー」
「ありがとう、助かった」
籠の中にブーツを入れて俺は円形の中央に正座した。 アリアも俺に倣って草履を脱いで隣に座る。
「っと♪ それじゃーいっくよー!」
「おぉーー! ・・・お゛ぉ゛ーーっ!?」
蔓で出来た鍋敷きは、僅かに揺れたと思ったら滑らかに上昇を始め、周囲の風景が一変した。
西陽で周囲は明るくなった。 目は閉じたが眩しさが原因では無い。
気持ち悪さを感じさせない最新式のエレベーターのように高速に、視線は木の天辺すらゆうに超えていたのだ。
ここに壁など無い。 ガラス張りのエレベーター何て目じゃない恐怖が俺を襲っていた。
床の外周には手摺すらない。 そのまま簡単に落下できる。。
床を掴もうとしても、固く絡まった蔓には持ち手になる部分も無い。 背を丸めて、床に額を押し付けながら震えが止まらない。 脇からも背中も頭からも脂汗が吹き出てくる。 目を閉じても、否応なしに風を感じてしまう。 好きな人からしたら、絶景を楽しむところだろう。 だが、高所恐怖症には地獄でしかなかった。 震える顎が邪魔して言葉さえ出せずにいる。
「あ゛・・・・ぁ゛ー...」
「わぁ、これは絶景ねー! 上に昇った後はどうするの、紅葉ちゃん?」
「気持ちいいねー♪ 風が気持ちいいー。 ここからは、進むんだよっ!」
2人が楽しそうにはしゃいでいるような気がするが、俺は気が気では無かった・・・意識が飛んでいきそうだ。。。
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少し寒くも感じるけど、想像以上に見晴らしが良くて私は楽しくなった。
イメージ通りに木よりも高い位置までは上がれた。 ここからは家の方に向かって進めばあっという間に到着できるはず!
歩く事をイメージ・・・
地面に触れる蔓を前へと進めると、ゆっくりと全体が傾き始めたので、慌てて乗っている部分の水平を保たせた。
(う~ん、結構難しいかも・・・?)
何歩か歩いてみて分かった事は、2本の蔓で歩くのって難しい!
上の部分がどうしても上下したり、左右に揺れたりして安定しないみたい。 傾く度に、歩く事より水平を保とうとして、中々前に進めない・・・。
もっと簡単かと思ったんだけどなぁ。。
じゃあ、2本が駄目なら4本っ!
サトシ達みたいに2本足で歩くのは難しいので、慣れ親しんだ4本足に蔓を増やして歩みを再開する。 左前足を前に・・・右後ろ足を前に・・・右前足を前に・・・左後ろ足を前に・・・
最初は意識しながらゆっくりと。
いつもの歩き方なのだから、慣れてこれば意識せずに足が運べる。 少しずつ速度も出て来た!
(かなり揺れも治まったし、私って完璧かもっ♪)
「慣れて来たよ~ このまま走るねっ!」
「紅葉ちゃん、凄い凄い! 今までの移動は何だったの?って速さだわ! 早くて安全で気持ちも良いなんて・・・今後はこれ頼むわね♪」
「うんっ♪ 私に任せて!」
自信はあったけど、頼まれたことが嬉しかった。 魔法に関しては、アリスよりも私の方が頼られてるのは分かってるつもりだったけど、戦闘や家だけじゃなくて移動も私がサトシ達を引っ張っていけるってことが凄く嬉しい。
(サトシにいっぱい褒めてもらえる~♪)
歩く速度が上がるにつれて、流れる風も強くなってくる。
ふかふかの私の毛も、流れる風で後ろの方へ引っ張られているみたい。 少し寒いけど、もう家が見えてきた。 別荘を出て休憩に入るまでの時間よりも短そう? 歩くのに慣れるまで時間が掛かっただけで、慣れてしまえばあっという間♪
サトシは温泉好きみたいだし、簡単に往復できるようになれば、家に居ても苦労し無さそう♪ それに私もアニメが見れるし、安全(?)に別荘で練習もできるし・・・これは色々と便利っ! もっと早くやってみるべきだったなぁ
しかし、食中毒は恐ろしいですね。
39度オーバーの熱が出て地獄を見ました。
意識朦朧とした中で医者に着いたは良いけど、限界が来たようでベッドで診察&支払い&処方までして貰えました。 感謝、感謝ですねー。 今後は贔屓にしようと思う経験でした。




