23-4.うっかり(23日目)
アリアのまさかと思える姿を見てしまった・・・サトシは。。。
湖には静寂が戻っていた。
若干聖水の芳香や肉の焦げた臭いも混じっている・・・気がするが・・・
(気がするだけ、気がするだけ、気がするだけ・・・)
腰が抜けた俺は、落ち着くまでずっとそんな事を考えていた。
俺を心配してアリアは隣に腰かけ、膝枕をしてくれている・・・。
嬉しいはずだが、このドキドキが今はあまり温かいものでは無かった。
「なぁ、アリア・・・ありがとな? でも・・・優しいアリアが俺はもっと好きかな」
「もぉー・・・。 そんなこと言われたら、怒れないじゃない。。 サトシは、もっと怒るべきなのに・・・」
「アリアと居られるなら、俺はそれで十分だよ」
「ふふっ♪ ありがとっ でも・・・紅葉ちゃんも一緒じゃなきゃ嫌よ?」
「あぁ、3人が一番だな」
「えぇ♪」
アリアと話していると、次第に心が落ち着いてきた。
さっきのは幻覚だったと・・・そんな風にさえ思えてくる。
だが・・・俺を想ってアリアはあそこまで変貌したのは事実だ。 その想いに負けないくらい、俺もアリアを信じよう。 俺が大好きな・・・大切な人はあんなにも俺を想ってくれているのだから。
断じて怖いからじゃない。
・・・好きになって間違いだったなんて思わない。 あの姿に怯えはしたけど、俺も想いは変わらない。 それすらも受け入れて、一緒に居たいと思えるから。
「アリア、家に帰ろうか」
「そうねっ♪」
夜空に輝くどんな月や星よりも、アリアの笑顔は輝いて見えた。
立ち上がって土を掃うと、シエネやリンド,生首だったはずのエイシャさんすら居なくなっていた。 先の2人は理解できるが、エイシャさんは、目の当たりにした事でその異様さが際立っていた。
エイシャさんの家に2人で戻るが、葉っぱに包まれたままで眠り続ける紅葉のみだった。 家主は帰って来ていない模様・・・。
あの人の知識は・・・もっと借りたいんだけどなぁ。。 厄介ごとに巻き込まれて命の危険すらあるので、断念する他無さそうだ。
気まぐれ・・・とも思えるが、その行動指針が朧げに見えてきた気がする。
あの人と俺の求める日常は違う・・・そういう事なのだろう。
あれ? アリアはどうやって葉っぱ巻きから脱出したんだ・・・? 疑問は浮かんだが、再び意識の片隅へ置いておく。。。
「なぁ、アリア。 紅葉はこのまま連れてくべきかな?」
葉っぱぐるぐる巻でミノムシ状態の紅葉を見ながら呟いた。
「んー・・・見た目はいまいちだけど、これって貴重な葉っぱなのよ? 私達のも放置されてるし、丸ごと持って帰るべきだわ」
詳しいことは、また後で確かめればいいか。
バックパックに、葉っぱと紅葉を詰め、家に戻る準備を整えた。
「そう言えば、ここから川への道は分かる?」
俺は・・・もちろん覚えていなかった。
「この湖と川は一本道だから大丈夫よ。 ダメそうなら・・・紅葉ちゃんを起こせば良いわ」
「なるほどな・・・でも魔力回復で紅葉は寝てるだろうし、期待は出来ないがな・・・」
「あっ! そうだったわね・・・」
「まぁ・・・なるようになるさ。 出発しよう!」
「別荘に戻るのよね?」
「あぁ、もう夜も遅いしな」
時計は、22時を指している。 日が変わるくらいには別荘までたどり着きたいが・・・。
開けた湖を過ぎると、その先は森の中・・・月明かりは木々で遮られ真っ暗だ。
バックパックからヘッドライトを取り出し、足元を照らすと昨夜踏み固められた土や倒れた草があり、道に迷うことは無さそうだった。
ヘッドライトの明かりを頼りに、アリアと手を繋いで森を進む。
転倒の危険を考えるなら、各々で歩いた方が良いが暗闇の中を進むのは、例え明かりを持っていても恐怖は消えない。 温かな手が、何より心を落ち着かせてくれた。
「アリア、足元に気をつけなね。 ここ、根っこが飛び出してるよ」
「ほんとね。 そう言えば、サトシは明かりが無いとこの暗さだと見えないの?」
「どうかな? 消してみようか・・・」
目を閉じて明かりを消し、再び開くと・・・真っ暗だった。 朧げに見えるとかいうレベルじゃない。
真っ暗な森は完全に闇に包まれている。 足元にあるはずの根っこも見えやしない。 落ち葉も・・・草も・・・どこに木が生えて、どこが道なのか・・・方角すらも・・・。
無音の暗闇が恐怖心を煽ってくる。
「サトシ、見えない・・・?」
ぎゅっ・・・
左手に温かい柔らかなものが触れ、アリアの手だと理解する。 暗闇の恐怖心が和らいだ。
「・・・アリア、全く見えないな。 明かり付けるぞ?」
「少しだけ・・・待ってもらえないかしら?」
「どうかしたか?」
「・・・サトシ、いっぱい・・・ありがと」
真っ暗の中、左手を繋いだままアリアが正面から抱きついてきた。 胸元に顔を埋めて、呟く声が・・・俺の耳も心も溶かしていく。
「・・・気にすることじゃ・・ないぞ? まぁ、アリアも紅葉も無事で良かったよ」
「ちゃんと自分の事も含めてよね? 作戦だけ言って、強行するんだから・・・こっちの身にもなってよ、バカ・・・」
「す、すまなかった・・・」
「・・・どうせ反省なんてしてないでしょ?」
「・・・」
ギュッと抱きしめられたが、その通りだったので何も言えなくなってしまった。 その場限りの謝罪だと見透かされている。 話し合えば止められるのは分かっていたのだ。
「ほらー。 ・・・1人にしないでよ。。」
背の低いアリアは、体重を掛けるように俺を下へと抱き寄せ、屈んだ俺の首元に顔を埋めた。 首元が僅かに濡れ、アリアが泣いていることに驚いてしまった。
「・・・アリア・・・ごめんな。。」
「・・・本当に悪いと思って無いくせにっ。 バカッ・・バカッ・・・」
言葉だけの謝罪は受け入れられることは無かった。
よりアリアを泣かせることになってしまい、首の後ろに明確に爪を立てられて抗議しているのが分かる・・・俺はどうしたら良いのだろうか?
真っ暗で何も見えない森の中・・・、見えないが強く抱きしめられアリアの温かさや華奢な体が感触から伝わってくる。
周囲を警戒するべきなのだろうが、風の無い森の中は異様に静かで・・・
何も見えず、何も聞こえないのも相まって、アリアのことのみ考えた。
「・・・俺は・・・アリアを死なせたくなかった。 ・・・俺は、あの瞬間・・・他に思い付かなかった。 失敗したなら、逃げるように叫ぶまでだと・・・。 もしまた同じ事があっても・・・俺はまた繰り返してしまうだろう。。 だから・・・ごめん。」
「・・・謝るのそこなの? ・・・ホント、バカ・・・私も多分紅葉ちゃんも逃げないわよ。 口ではなんと言おうと・・・」
「・・・っ!?」
それは・・・そうか。
死んでしまった後、アリアや紅葉がどうなったかなんて、俺に確認する術は無い。 ただの・・・自己満足で先に死のうとしただけに他ならなかった。
「・・・分かったかしら?」
見えないが・・・俺に向かって顔を上げて話しているアリアがイメージできた。 目は赤く、少しツリ目で・・・でも、不思議と優しい・・・そんな雰囲気に包まれた。
「あぁ。 3人で・・・生きる道を探さなきゃだな・・・」
納得・・・はまだ難しいが、自分を身代わりに2人を生かす事は難しい事は理解した。 今後の課題が一つ増えた気がする。
「しかし・・・真っ暗だな。。 明かり付けても良いか?」
「っ! いいわよ」
パッと離れたアリアから承諾が得られ、再びヘッドライトを灯したがやはり眩しい・・・。 目が慣れるまで、ジッと待つ他なかった。
もう進むわよ?何て声も聞こえるが、気のせいだと思いたい・・・アリアの瞳孔はどうなっているのだろうか。。。
再び静かで暗い森を、ヘッドライトの灯のみを頼りに進み始めた。
真っ暗だったさっきの方が不思議と怖くない。
無言で手を差し出すと、当たり前のように握られた。
温かくて柔らかな小さな手。
俺のような太い指とは違い、細くてシワなど無い滑らかな感触が伝わってくる。 汗でベタついているのとは違って、しっとりとした吸い付くような肌だ。 指を絡ませて繋いできたが、俺のような太い指ではアリアの手が痛いのでは・・・?と不安になってしまう。。
そんな俺の不安を他所に、アリアはぎゅっと手を握ってくれた。
俺は・・・心配し過ぎなのかな。。?
嬉しそうな横顔と繋いだ手が何よりの証だった。 この笑顔を・・・俺は守りたい。 悲しませたく無い。 俺に・・・これから何が出来るだろう?
暗い森の中を智司とアリアは軽い足取りで進んでいる。
鼻歌交じりで深夜の散歩は続いて行く。
森を抜け、満天の星空と月明かりを反射する輝く川の流れ・・・
そんな美しい光景に引けを取らない、そんな2人の時間が流れていた。
「ねぇサトシ? その歌ってなに? 初めて聞いたけど、いいわね♪
吟遊詩人の才能があったなんて・・・」
特に会話の無いまま歩いていたが、温かな気分でなんとなくラブソングを口ずさんでいたようだ・・・。 恥ずかしくなって顔が赤くなった。
ヒトカラは大好きだが、あまり複数人ではカラオケに行っていなかった。
幼少期からお風呂で歌うのが好きだったんだよなぁ・・・
そう言えば、小学生の頃に全校生徒の前で合唱会の指揮者やらされたり・・・したのは・・・うむ、考えるのは辞めよう。 あれは今思うと黒歴史だ。。。
まぁ、何はともあれ歌うのは好きだった。 社会人になってからも気に入った新曲は覚えたりしたし、アニソンやボカロメインではあっても、一般曲も最新のを歌ったりしていた。
懐かしいな・・・歳の離れた人達とコミュニティ作って頻繁に通った事もあったな。。 サイトの問題で疎遠になってしまって以来、もう一度立ち上げるような意欲が無くなってしまったが。。
「才能なんて無いさ。 でも、褒めてくれてありがとう。 前も話したけど、俺の居た世界での歌だよ」
「もう一度聞かせてくれないかしら?」
「あぁ、良いよ♪」
アンコールを貰うのは不思議な気分だ。。 恥ずかしさもあるが・・・嬉しさが勝っていた。 フレーズのみでなく、丸々一曲を歌い切った。
歌い慣れてくると、メロディと共に歌詞が思い浮かんでくるんだよなぁ。 暗記するって感じではなく、何となく体に染み込んでくるような・・・。 これも・・・やり過ぎると脳内で常時メロディが流れ続けるという厄介な状態になってしまうが。
「本当に良いわね♪ 私も覚えようかしら?」
「他にも色々とあるぞ! 聞いてみる?」
「えぇ、お願い♪」
流れる川音と争うように、歌を歌い始めた。
口ずさむ程度は既に超え、ガチで歌い始めている。 歩きながら歌っているので息が切れやすいはずだが、これも装備のおかげだろうか?肺活量が上がったのか、息が持つ! それに気がついてからは、息継ぎのほとんど無いようなボカロ曲も楽しんだ(主に俺が)
歌を歌いながら、それなりに・・・周囲を警戒しながら前を見ながら歩き続けている内に、紅葉が作った橋までやってきた。
橋を渡り始めた俺の足は、少しずつ歩みを止めていた。
北の滝まで延びた川も、東に延びた湯気を上げる川もキラキラと煌めいている。
先まで延びる川から、いつの間にか視線は深みのある青に染まった空へと向かっていた。
散りばめられた星や、いくつもの星が集まった星団・・・そして星雲。
そんな宝石が、空を彩っている。
「・・・綺麗だな」
意識せず、そんな言葉が口から洩れていた。
「っ!? ・・・ふふっ、そうね。 本当に綺麗ね」
「あっ」
アリアの声で、漏れ出た自分の言葉に気が付く。
何だか気恥ずかしくなり、俺はあたふたした。
「サトシったら、急に立ち止まって綺麗とか言い出すからビックリしちゃった。 私の事じゃないのはガッカリかな~。」
「えっ、あー・・・アリアの方が綺麗だぞ」
「あはは、遅いわよ? それに・・・本当に空が綺麗ね。 私なんて霞んじゃうわ」
「そんな事ないって!」
「はぃはぃ♪」
「あー・・・虐めるなよ。。。」
アリアは楽しそうに笑いながら、俺よりも一足先に踏み出した。
握り合った手は結ばれたままに。
「ほらほら! 早くしないと寝る時間が無くなっちゃうわよ」
「足元悪いから走るなって・・・」
そこからは、足早に別荘へと向かった。
「ふわぁ~・・・結構遅くなっちゃったか」
別荘に辿り着くと、俺は口に手を当てながら大きな欠伸をした。
「早く寝ましょ?」
名残惜しいがアリアの手を放し、別荘へと入ると部屋の中は明るくなった。
「・・・紅葉が眠ったままでも明かりは点くんだな」
「不思議ね」
「便利なのは助かるけど、眠ったままの紅葉の負担になっていなければいいんだが。。。」
「早く寝室に行きましょうか。 無駄に明るくしておく必要は無いわね。」
アリアの一言もあって、早々に寝室に向かって濡れタオルで体を拭いて今日はすぐに布団に潜り込んだ。
汚れたまま布団に入るのは嫌なので、せめて体だけでも・・・と。
布団に入ると髪の毛のベタベタ感が気になるが、寝る態勢にアリアも入っていた。
「おやすみなさい。 今日は疲れたわね・・・」
「だな。 でも3人無事に戻って来れてよかった。 それじゃ、電気消す・・・」
「「あっ!」」
ベッドの上には、俺とアリアのみ・・・。 紅葉はバックパックの中のままだった事に『3人』の言葉から二人して思い出した。
「ちょ、ちょっとサトシ何やってるのよ!?」
「あ、アリアだって今思い出したろ? 同罪だっ」
罪の擦り付け合いをしつつ、慌ててバックパックを開いた。
「・・・紅葉~・・・起きてますかー・・・?」
俺は恐る恐るバックパックの中に話しかけた。
が、反応は無い。
「さ、サトシ・・・」
アリアの顔色が悪い。
バックパックの中に手を突っ込み、葉っぱに包まれたままの紅葉を慎重に取り出す。 くったりとして頼りない・・・だが温もりはある。
「ま・・・まだ寝てるのか・・・?」
葉っぱを毟り取るのも怖いと言うか、葉っぱの効能を信じて静かにベッドに寝かせる。
アリアは押し黙っているようだ。
俺はゆっくりと・・・そして慎重に、慎重に紅葉の顔が上に来るように向きを変えていく・・・
紅葉の目は閉じていた。
「「はぁ~・・・・」」
2人して緊張の糸がプッツリと切れた瞬間だった。
「寝るか・・・」
「うん」
電気を消して、布団の中に入った俺達は、特にイチャイチャする事も無く・・・というかその後に言葉を交わすことなく眠りについた。
ほんとーーーにっ、疲れていたって事だろう。
体調不良のため、暫く更新落ちます・・・
全快とは言い難いですが、ちょくちょく追及再開します!




