23-3.裏の顔?(23日目)
重々しい空気に苛まれるサトシ・・・
おいおい・・・どうすりゃ良いんだよ、この状況!?
すぐ近くにエイシャさんの家があるし、一時撤退して後日話を改めて聞きたかったが・・・
森は今日に限って葉擦れ音も無く、ここからではまだ続いているだろう村の宴会騒ぎも聞こえやしない。 揺れ一つない無い湖面が天地を見紛う程に星空すらも写していた。 響く音は、すすり泣くシエネの声のみ。
物音を立てることすら憚られる状態が既に30分近く経過している。
「あら〜、サトシさん? 村で飲んでるんじゃ無かった〜?」
全てを打ち砕くが如く、気の抜けた声が聞こえてきた。
間が悪い・・・いや、好都合なのか?
救世主によって、沈黙は打ち砕かれた。
「エイシャさんか・・・ちょっと、抜けてきただけさ。 2人は変わらずか?」
「えぇ、寝たままね〜。 水汲みに来たら何か面白いことになってるわね〜?」
全くもって面白いことにはなっていないがっ!? 2人の安否を確認したところで、シエネがこちらの存在に気づいたようだった。
「・・・え、エイシャ様とサトシ・・・さま? こ、これはお見苦しいところをっっ!?!?」
「おわわっと!?」
シエネはリンドを突き飛ばし、地面にひれ伏した。 あー、綺麗な顔や服が汚れてしまう。 俺はそんなことを考えていた。
「・・・シエネちゃん、だったかしら?」
「は、はいっ!」
シエネは、下を向いたまま震える声で返事をしていた。 エイシャさんは、シエネの事を知っているのだろうか?
「結婚・・・したばかりだったのに残念ね。。 私の力が足りないばかりに・・・」
「い、いえ・・・そんなことはっ!」
・・・シエネ=未亡人というキーワードが、脳内に刻み込まれた。
というか、やはり(?)年齢は大人って事なのか!? 本当に見た目じゃわからねぇ!! 茶運びしてたのは子供らしかったが、シエネとの差が分からなかった。
それよりも・・・
無念を吐露したエイシャさんの言葉に、シエネは震えていた。
白い肌を照らす月明かりが、爪を立てて握りしめた腕から血が流れているのを鮮明に映している。
2人の間にそれ以上の言葉は無かった。 懸命にシエネは自分を抑え込んでいるように見えた。 分かってはいても・・・受け入れられる訳がない・・・。
俺には居なかった存在・・・いや、俺もあの時死んでたらこうなっていたか? 過去を思い返して、羨んでしまった。
俺自身・・・シエネの様になれただろうか?
シエネの様に想われる存在になれだだろうか?
今・・・なれているだろうか?
「・・・知っていると思うけど、私はもう魔法が使えないものね。 サトシさんは違うけど〜・・・」
「っ!?」
とんでもない振り方をしてきやがった。。 アリアの母親だからって・・・っ!
「い、いくら何でも、それはあんまりでは・・・それに村を救って頂いたおかげで私達は・・・」
リンドさん・・・あなたって。。 俺を庇ってくれたのは、息子を失ったはずの父親だった。 槍を突きつけてきた、どこかのゾンビとは偉い違いだ。
・・・
いや、この人も同じか。。
。
握りしめた拳は、固く結ばれたまま震えている。 それを振り上げる事をせず、抑え込んでいるだけなのだ。
救えた命があり、失った命もある・・・。 誰もが笑っていられた勝利じゃない。
彼らだけじゃない・・・ここには他にもいくつか石板が立っている。 その人達も同じように耐えているのだろう。 祭りを楽しむ気なんて起きないだろう・・・
だが・・・俺に何が出来た・・・? 精いっぱいやった。 追い払ったのだってギリギリの戦いだった。 俺だって命張って・・・アリアの為にと戦った。 俺は・・・感謝こそされど、責められるような立場じゃないはず。 良くやったと褒められる部分じゃないのか!?
ただ・・・どう取り繕ったって・・・そんな理屈は彼らに関係無いか。
・・・俺は所詮他人であり、彼らの家族じゃない。 勝利したという結果を前に、自分達だけが何故悲劇の対象になったのかと不幸を悩まずに居られないはず。 突然の死を・・・受け入れられなくても当然だ。。 そんな彼らに俺は丁度良い的だ。 悲しみを、苦しみをぶつける捌け口に俺は最適な的だったと気づいた。
エイシャさんは何を思う・・・?
こちらをジッと見ているようだが・・・まるで手の上で踊らされているような気配さえした。
そんな中、シエネもリンドも俺に危害を加える事は無く時間だけが過ぎていく。
俺が辿り着いた考えは。。。
「シエネ、リンド・・・俺はライアを救えなかった。 それは村を守る事が俺の目的じゃないからだ。 アリアや紅葉を守る事だけが俺の目的だった。 君達が思うように俺は善人じゃない。 守りたい者だけを守った。 ライアや君達はそれに含まれていない。 そんなに体を震わせてどうしたんだ? ライアは運が悪かったが、君達は運が良かったのだからもっと喜べばいいだろう?」
2人を煽ってやった。 これで良い・・・とはあまり思いたくないが、エイシャさんの狙いは俺が村全体を守る事を誘っているように感じたからだ。 俺にはそこまでの力は無い。
・・・3人での生活こそが最優先事項。 シエネに嫌われるのは不本意だが、俺にはアリアと紅葉以上に大切な人は居ない。
「・・・。 サトシさん、冷たいのね〜?」
「これが俺ですから・・・」
エイシャさんの反応が僅かに遅れたようだが、意表は突けたか?
今後の生活の為にも、エルフ達とは過剰な関係は築きたくない。。 戦闘を甘く見ていた事が、今回ではっきりと分かった。 俺には・・・2人さえ満足に守れるだけの力が無いことが。
「・・・っ、それなら・・・それなら、私達の村なんて見捨ててくれれば良かったのに・・・っ! 守りたい存在だけ守ってれば良かったのに・・・期待させないでよっ・・・」
パシッ!
シエネは激昂しながら俺の下まで来ると、思い切り頬を叩いてきた。
静寂を破る高音が森に広がっていく・・・
萌える少女・・・出来るならば、傍で笑顔を見たかった。
赤く充血し、怒りを隠そうとしない瞳・・・唇を噛みきらんばかりにキツく閉じられた口・・・
手の届く距離に居ながら、触れる事の許されない状態。
頭を撫でたい、笑顔を見たい、そんな願望は彼女達を傷付けるつもりで発した言葉で予定通りとなった。
(これで・・・いい。 過剰に望んではいけない・・・これは我慢じゃない。。 アリアと紅葉を幸せにする・・・その為に俺は頑張るんだ)
頬を叩かれ、数度革鎧の上から腹も殴られた。。 見た目の柔らかさと違い、シエネは中々にアグレッシブなのか・・・? それとも怒りから我を忘れているだけか?
鎧を着ている為だろうが、音はしてもさほど痛みは感じない。 それどころか、頬を打つ合図に合わせ左右に首を振る作業を行っていた。
これは・・・デンプシーロールを受けている演技のようだな・・・と冷静にシエネの事を眺めていた。
パシンッ! パシンッ!と手のひらと頬で音を鳴らし続けていると・・・
(あれ? なんかこれ・・・悪くないな・・・)
とてつもなく萌える少女が、俺を打ち続けている・・・。 可愛らしく腕をいっぱいに伸ばして、俺の顔まで届くようにピョンピョンとジャンプまでしながら。 懸命に怒りをぶつけてくるシエネに愛おしささえ感じてくる。
はぁはぁと少女の息遣いが荒くなり・・・俺の新たな扉が開かれようとしていた。
ビュンッ!
・・・っ!?
突如灼熱が俺の腰を掠め、そのまま前方の木にを突き抜けて一直線上の木が激しく燃え上がる。
木は一瞬で業火に包まれ、無残にも燃え尽きて灰の山となり、真っ直ぐに開けた一本道が現れた。
俺はその光景を前に、脇腹に手を当てた・・・大丈夫だ、まだある。 燃えていない。 シエネと俺は完全に硬直していた。
視界に入っているリンドも尻餅を付いて震えている。
背後から何かに打たれた・・・それは確実なのだが・・・
エイシャさんは魔法が使えないはずで、こんな事が出来るのは紅葉か・・・?
「・・・ねぇ、シエネ先生・・・? 何をやってるのかしら・・・?」
「あ・・・あら・・・アリスちゃん・・・お久しぶりぃ~・・・」
「な・に・を・し・て・い・る・の・か・し・ら?」
「・・・あ、あのね? こ、これ、は・・・その・・・」
アリアがブチ切れていた・・・。 俺の腹を掠めていったが、どうやら俺を狙っていた訳では無いらしい。 シエネに矛先が向けられている模様・・・だが、迂闊に動かないほうが良さそうだった。。。 初めて目の当たりにした矢の威力は、聞いていた以上の破壊力だった。
後ろを向いてアリアを確認する事が恐ろしい。 聞いた事の無い冷たい声色だった。
「な・に・を・し・て・い・る・の・か・聞・い・て・る・だ・け・よ?」
やべーよ、アリアが超怖い! 今のところ俺は蚊帳の外みたいだけど、矛先がこちらに・・・いや? 俺何もして無かったな・・・大丈夫か。。。?
背筋を伸ばして直立していたが、俺は悪くない!と結論が導き出され、硬直は解けた。
「え・・・えい・・・しゃさま・・・ど、どうすれば・・・」
草木生い茂るこの場所で、白い湯気と僅かに酸っぱい匂いが立ち昇った。
俺の足元の土が湿っている・・・。
シエネの足元に水溜りが出来ている。
その美しい太ももの内側には、一筋の水の流れが出来ていた。
(あぁ、これが少女の聖水・・・)
ん? 何故ここでエイシャさんの名を? アリアの母親ではあるが、訊ねた理由としては弱い。 何か他に理由が?
「え、エイシャ様っ!! こんなの聞いてませんよっ!?」
シエネはそれだけを叫ぶとリンドの元へ掛けていき、その背に隠れた。
アリアからは1射目以降の矢と思われる物は飛んできていない。
「・・・ふぅーん・・・ママの差し金? ねぇ、ママ・・・釈明はあるらしら?」
矛先がエイシャさんに移ったようだ・・・
あ・・・シエネとリンドが揃って小さくガッツポーズした間際、彼女らの足元の草が燃え尽きき、残されたむき出しの地面には深々と矢が突き刺さっていた。
「何か・・・勘違いをしていないかしら? あなた達は、そこで静かにしていなさい・・・」
冷たく吐き捨てたアリアの言葉は、矛先が3本に増えただけのようだ。。。
俺の背中越しで、会話は進んでいる・・・未だに振り向けないし、俺はどうしたら良いのだろか。。。
涙目のシエネとリンドが強く抱き合って震えている。
ごくっ・・・
(リンド・・・お前、それちょっと羨ましいぞ・・・)
ビュンッ!!
・・・・・
頬を熱が掠めていった・・・
「ねぇ、サトシ? 今何か考えてた・・・?」
「い、いや・・・何も・・」
「そう? なら、こっちに来てちょっと待っててね? この3人から事情を聞くから」
あ・・・あっぶねーーッッッ!? 俺にまで、矛が来たよっ!? というか、何でバレた!?
こ、これは・・・明鏡止水にならなければっ!!!
目を閉じ、深く呼吸を繰り返していった。
「ねぇ、ママ・・・? どうして話してくれないの・・・?」
「あ、アリアちゃん・・・、これは。。 そのっ・・・ね~・・・サトシさん?」
またも、俺に振るなーッッッ!?
心の叫びが届いたのか、アリアが実母を抑え込んでいた。。
「どうしてそこでサトシに振るの・・・? 私はママに聞いてるんだけどなぁ・・・」
「え、えっとね・・・。 今回の・・・戦闘で被害は小さくなかったでしょ・・・? サトシさんは自らその捌け口になろうとしてくれてた・・・のよ・・・?」
ま、間違っちゃいないが・・・、エイシャさんがどんどん萎縮していった・・・。
元々小さかったが、消え入りそうな程小さく見える。。。
「ふ~ん・・・サトシがここに来た時目が覚めたんだけどね~? そう言えば、シエネ先生ってリンド先生と結婚してたんじゃなかったっけ・・・? ライアさんって、リンド先生の弟じゃなかったっけ・・・? 確か行方不明になってた気はするけど・・・。 それに・・・先生達の子供って、女の子でしたよね・・・? 新しく男の子生まれたんですか? お・め・で・と・う・ご・ざ・い・ま・すっ♪」
「はぁぁぁっ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げていた。
ちょっと、待ってくれ・・・。 エルフの見た目の中じゃ冴えない顔でこんな汚らしいリンドが、天使のような真の萌えを感じさせるシエネの旦那だって!?
や、やめてくれ・・・それに、シエネには既に娘が!? この旦那との間に娘がっ!? 俺の精神が崩れていった。
「あ、あはは・・・アリスちゃんって記憶力すごい・・・のね・・・。 っ、ごめんなさいっ」
「すまないっ、エイシャ様に、頼まれたんだっ」
シエネとリンドが、アリアの前にひれ伏し謝罪と共に・・・主犯を吐露していた。
「・・・あ・・・あはは~・・・ あ、あ・・・アリアちゃん・・・ご、ごめ~んねっ♪ えへっ♪」
可愛らしい笑顔と共に、エイシャさんの胴に風穴が空いた。
どうやったのだろうか・・・? 矢が刺さるでも突き抜けるでもなく、直径20cmを超えるような大穴が・・・綺麗にぽっかりと空いたのだ。
今回は燃えてはいないようだが・・・
「あ・・・アリアちゃん・・・怒ってる・・・?」
「うん、とーってもっ」
バシュッ、ドサッ・・・
アリアも明るい声で・・・弓を放っていた。。。 エイシャさんの両足が吹き飛び、胴体ごと地面に倒れていた・・・。
さっき空いていたはずの大穴が、既に小さくなり始めていたので簡単には死にそうに無いが・・・。。。
「ママすごいねー? お腹もう治っちゃいそうー。 足も生えてきてるみたいだし、手はどうなんだろうねー?」
・・・・・・
血は飛ばないが、千切れた肉片は周囲に飛び散っていた・・・。
細かな破片は次第に集まり・・・一つの塊になり、本体へ戻っていく・・・
いくつかの塊は、燃やされている。。。
ちょっと・・・アリアの知りたくない性格が垣間見えた気がする。。 絶対に・・・怒らせてはいけない。。。
「ねぇ、ママ・・・もうこんな事しない・・・?」
エイシャさんはもう、生首の状態であった。
アリア自身も、死なない事を分かっての対応だろうか? 頭だけは残しているが・・・転がる首と会話する姿は、サイコパスにしか見えなかった・・・。
「や、約束するっ!! だから、許してっ・・・ ごめんなさい。。」
「はぁ~・・・ やっと謝ったわ。。 サトシ・・・大丈夫だった?」
ど、どういう意味で!? アリアの状態は大丈夫じゃなかったが、多分それを言ったら地獄を見るっ。。。
「あぁ・・・。 俺は大丈夫だよ。 それに、アリアと紅葉だけが・・・俺の大切な存在だから、エイシャさんの言葉は間違ってはいなかったしな・・・」
ご機嫌取りを最優先に、サイコパスアリア様を鎮める事に集中した。
「えへへっ、そうなのね♪」
うん、いつものアリアに戻りつつあると言うか、妙に可愛くなっていて逆に怖かった。。。
何か大切な事があったような気がするが・・・この場が穏便(?)に済んだようで脱力してしまい、地面にへたり込んだ。
「サトシ、本当に大丈夫? ゆっくりお風呂入りたいわ 早くこんなところから帰ろ?」
「ちょっと休んだら、行こうか・・・」
アリアさん、生まれた故郷を“こんなとこ”呼ばわりとは・・・
まぁ・・・今まで以上に、アリアが俺を想っていてくれたのが良く分かった。 ちょっと・・・過剰表現にすら見えたものは・・・記憶の彼方に忘れる努力をする事に決めた。。。
美しい湖の畔で起こった惨劇は、臭い物に蓋をして何とか幕を閉じるのだった。




