22-4.エイシャ宅(22日目)
クイナ達に交渉を試みるアリア・・・うまくいくだろうか?
「それはサトシの作ったパンよ。 私達は、弓とそのパンを交換しようと思って村に来たのよ」
クイナ姉が驚いているのは十分伝わったし、それをリュウにも知らせようとしているみたいだけど、説明が不足し過ぎてリュウが首を傾げていたので説明を行った。
私の話を聞いて、リュウは納得したのだろうクイナ姉を押さえつけて落ち着かせている。
「言わなくても分かったから、クイナはまずは落ち着け」
「だが・・・」
「“だが”じゃない。 クイナが最初に食べたのが失敗か・・・。 もう隠せないから紅葉様方にも話してしまうが、二人は私達に交渉へ来たのだ。 交渉者としてクイナは対等な立場か上でいなければダメだった。 より強い要求をのませる為には、そういう状況作りが必要だ。。。 なのにこれだ・・・。 この前の交渉はこちらに非があったが、今回はこちらが有利な話だったんだがな・・・」
リュウがこちらを見て、諦めたように笑った。 これは・・・交渉成立って事かしら? 一応確認しておかなくちゃね。
「・・・交換成立って事かしら?」
「クイナの中ではそうだろうな・・・一応私も確かめておきたいが・・・」
「リュウ、これ旨いぞ! お前も食べて見ろ!」
「分かった分かったから・・・」
リュウは、クイナ姉からパンを半分受け取って、じっくりと確認してから口に入れている。 クイナ姉はただ食べるだけだったが、リュウはしっかりと調べているようだった。
「どう・・・かしら?」
リュウの真剣な表情に、私は身構えてしまっている。 クイナ姉の反応は予想通り良かったことから、目的は達成できると思ったが思わぬ伏兵が出て来たから。 クイナに対しては、リュウの一言が意思決定の上で重要そうね・・・
「・・・うまいな。 クイナがこうなった理由にも納得したが・・・」
「だろ? これは興奮しても仕方ない。 ってどうしたんだ?」
「これは、村の麦を使ったパンなのだよな・・・? 何故こんなにもうまい・・・何をどうしたのだろうかと。。」
「何か焼き方とか、色々違うんじゃないか?」
「クイナ・・・。 それだけじゃないだろう。 ほのかな甘みもあるし手を加えてあるのは確実だろう。 その情報は・・・」
「リュウは分かってると思うけど、私達にそれは無いわよ?」
「まぁ・・・そうなるか・・・。 どの道、クイナの気持ちはもう決まっているのだろう?」
「弓の事か? 確かに揺らいだが、パン一個と弓の交換は無理だろう。 一個じゃ腹は膨れないし、弓だって安くは無いさ」
「・・・クイナがちゃんと考えていた様で、俺も嬉しいよ・・・」
「お前までどういう意味だよ!」
目に涙を浮かべたリュウの苦労が感じられた。。。 クイナは憤っているが、それをリュウは華麗に躱している。 2人の状況を見ているだけでも楽しいけど、私達の目的は弓だ。
「アリス、肉じゃがパン・・・出す?」
「少し待って、あれは最後の手段・・・」
紅葉ちゃんが小声で、肉じゃがパンで釣ってしまおうと提案してきたが、まだ通常のパンが7個もある。 これで行ける可能性が高い。
「クイナ姉、実はさっきのパン7個あるのよね。 これでどうかしら?」
「な、何だと!? おい、リュウ! 7個もあれば1日楽しめるぞっ」
「まて、クイナ・・・弓の価値を考えてもみろ。 安くはないんだぞ? 1日で稼げる物じゃないだろ」
うーん、リュウが来たのはやはり厄介か・・・でも、クイナ姉のお腹は掴んだも同然。 押方次第で何とかなりそうよね。
「まぁ弓は安くはないわよね。 でも、このパンはサトシしか作れないし、次いつ作ってくれるかも分からないわ。 何より村に持ってくる事なんて無いでしょうね?」
「・・・そうだぞ、リュウ。。。紅葉様達が来る可能性は低いとお前も言ってたじゃないか? 今を逃したらもう食べれないかもしれないぞ。 私は食べたいぞ?」
「クイナはどっちの味方なんだ・・・」
「もちろんパンのある方だぞっ」
「ぐっ・・・」
クイナ姉は完全にこちら側についたようね。 後はリュウを屈服させさえすれば交渉は成立するわ。
「そのパンよりも貴重な物も1個あるのよね・・・材料が不足しててもう二度と作れないかも知れないとサトシが言ってたから、これは出したくなかったけど・・・今ならそれもつけるわよ? 私の感想を言えば、そのパンよりも圧倒的に美味しいわ。 それにクイナ姉やリュウは弓使わないでしょ?」
クイナ姉やリュウもエルフの民として一応弓を持っているはずだけど、日々の戦闘や狩りでも剣を使っていて弓は使っていないわ。 二人に話を持ちかけたのも上質な弓が未使用のまま保管されている可能性が高いからよ。
「クイナの弓も私の弓も、どちらも特別製と分かって交渉に来たということか・・・。 クイナは既に落ちているが、この後を考えるとな」
「この後ってなんだ?」
クイナ姉が早くパンを食べたいとジタバタしているが、リュウは冷静に答えた。
「これを食べ終わってしまったら、私達はその旨さに負けて、今後も同じような要求を飲まざるを得なくなるだろう・・・」
「た、確かに今後食べられないのは辛いな。 どうすれば良いんだ?」
「サトシ殿に、作り方を学びに行く約束を取り付けて貰えないだろうか?」
「それは良いな! 村でもこのパンが作られれば麦が見直されるはずだ。 冬になるとパン食が増えるし、毎年の苦痛が和らぐぞ♪」
かなりクイナ姉は乗り気のようね・・・
だけど、私は困ってしまった。 サトシがエルフにパンの作り方を教えるだろうか? あまり囚われた事は気にしていないようだったが、それは干渉し合いたくないと話していたからだ。 私には弓が必要だけど、サトシの迷惑にはなりたくない。。 どうしたら。。。
「・・・サトシに相談はしても良いけど、絶対って約束は出来ないよ? 私もサトシも、貴方達とは距離を起きたいと思ってるから。 それでも良ければ承諾するよ?」
紅葉ちゃんが、迷っている私に代わって落とし所を見つけてくれた。
「あぁ、それで十分です。 紅葉様、宜しくお願いします」
リュウとクイナ姉が紅葉ちゃんに頭を下げて、パンと弓の交渉は成立したのだった。
「アリス、目標達成だねっ♪」
「紅葉ちゃんのおかげよ、ありがとう」
「えへへ♪ 早く弓を貰って帰ろ?」
「そうね、サトシが待ってるものね」
クイナ姉が弓を持ってくる間、リュウが私達の相手をしている。 紅葉ちゃんが居る為か堅苦しい話し方ばかりで疲れてくる・・・。
「あのパンは、村でも焼ける物なのでしょうか」
「多分無理だと思うわよ。 私は一緒に作ってたけど、焼き方以上に生地に加えていた物が重要かしらね。 どちらにしろ、サトシの気分次第だわ。 村にも入りたくないってサトシは言ってたしね」
「アリス? サトシは“俺は入らない方が良いだろう”って言って無かったっけ?」
「そ、そうね。。。でも入らない考えは同じだわ」
ちょっと肩身が狭くなってしまったわ。 嘘を言うつもりではなかったけど、入らない方が良いというサトシの考えは、村の状況のせいなのは変わりないはずよね・・・。 強く言っておいたつもりだったけど、身内から予想外に正論で嘘がバレてしまったのは恥ずかしい。
「そうかなぁ? まぁ、村に入る気はサトシには無さそうだね。 こんなとこ、頼まれなきゃ私も来たくなかったしっ」
「も、紅葉様・・・」
リュウががっくりと倒れ伏していたわ。。 私やサトシの言葉はあまり届かなくても、紅葉ちゃんの言葉だけは妙に受け入れるよね。。。なぜかしら?
あっ・・・弓の交渉以前に、紅葉ちゃんに弓を貰えるように言ってもらえば、肉じゃがパン失う事も無かったんじゃ・・・? 残り1個になってしまった肉じゃがパンは3人で分けるつもりだけど、もう食べられない可能性が高いのはやっぱり悲しい・・・無いと思うと余計に食べたくなるものよね。
「アリス、私のとリュウの弓を持って来たぞ。 どちらも中々の逸品だ」
「どちらか一方のみで頼みますよ?」
「2つは要らないから十分よ。 見せてもらうわね」
クイナ姉がテーブルに置いた弓は、それぞれ形状が違った。 リュウが片方のみと言ったのはこのせいかしら?
一つは飾り気は無いが、私の持っていた弓に近い複合素材の弓だった。
もう一つは見た事が無い形状をしている・・・
「お、お目が高いな。 それは先日エイシャさんが人間の町で手に入れてきたものだぞ」
「どう使うのかしら?」
垂直に使う弓と違って、こっちは水平に使うみたいね。 弦を引いたら尖った棒を置いて、トリガーを引くらしい。 一度打たせてもらったが、私には合わなかった。
「私でも使える弓だし、便利ではあるんだがな。。。やっぱりアリスはリュウの弓を選ぶか」
「クイナ姉の弓は重いし、取り回し辛いわね。 リュウの弓は私の使っていた物に似ているるし、慣れた物の方が良いわね。 ありがとう、使わせてもらうわね」
「それに決めたの? それじゃあ、帰ろっか♪」
弓を背負ったのを確認して紅葉ちゃんが、帰宅を促してきた。 クイナ姉は肉じゃがパンをリュウと分け合ってその味に感嘆を上げている。
「今食べてるそれは、本当に作れないかも知れないから、味わうようにね? それじゃ、また機会があれば来るわね。 ありがとう」
「このパンはこれきりか・・・本当にリュウが言っていたように、虜になるな・・・」
「これは本当に美味しいですね・・・アリス達は日頃からこのような物を?」
「いつもじゃないわ。 でも、何を食べても美味しいわね」
「いくよーアリスっ」
「あ、待ってー! それじゃね」
「あぁ、またな」
「機会があれば、今度はもっと歓迎するからな」
クイナ姉とリュウと別れて、紅葉ちゃんの後を追って、また走る事に・・・
「紅葉ちゃん、置いて行かないでー・・・」
「もぅ~・・・アリスのペースに合わせるから、急ぐよっ」
「はぁ・・・そ、それより帰り道分かるの・・・?」
「覚えたから大丈夫だよっ 任せて♪」
迷路のような道だったが、もう覚えてしまったと・・・
「す、すごいね紅葉ちゃん。。。」
肩に掛けた弓を握る手に力が入った。 私は弓で紅葉ちゃんやサトシの役に立たなきゃ・・・絶対に!
紅葉ちゃんの明かりを頼りに、早歩きでエルフの村を抜け森に入るが、歩みは変わらずそのまま森を進んで行った。 明かりに驚くエルフと何度か遭遇したが、無心に進む紅葉ちゃんを追いかけるので精いっぱいだったわ・・・
「もうすぐ着くよっ 目標達成できたし、褒めてもらえるかなっ?」
「きっと褒めてくれるわ。 喜んでもらえると嬉しいわね」
肉じゃがパンも1個余ってるし夜も深まって来てるから、晩御飯として3等分しようと考えていた。 というか少し休みたい・・・出来れば湖の所で野宿しても良いんじゃ?って思っている。
「サトシ~ッ ただいまっ!」
「っ! お、おかえり紅葉」
サトシに向かって走っていった紅葉ちゃんは、飛びついて抱きしめられていた。 やっと着いたわ・・・これで休める・・・
私は、ゆっくりと湖畔に近づいて草むらに腰を下ろした。
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明かりが見えて声がしたと思ったら、紅葉が飛び付いてきたので踏ん張ったが情けなく尻餅を着いてしまった。
「いてて、アリアもお帰り。 弓は・・・手に入れたみたいだね」
「サトシ大丈夫? 嬉しくって・・・ごめんなさい」
「大丈夫だよ、俺も寂しかったしね」
「あら~・・・わたしも一緒に居たのに悲しいわぁ~」
「ママはこんなところでどうしたの?」
「え~、アリアちゃんの対応冷たいわ~・・・サトシさん、助けて~」
「えぇっ!? ここで俺に振るんですか?Σ」
エイシャさんが俺を盾にして、背後に回り込んできた。
アリアからは冷たい目でジッと睨まれたが・・・
「ふーん・・・別れる前よりは元気になったみたいね?」
エイシャさんの事を見ていた訳ではないようだ。
「あぁ・・・すまなかった。 まだ自分に自信が無くなっててな」
スルーされたエイシャさんは、背後で文句を言っているが無視しておこう。 絡まれるのがオチだ。
「もう暗いけど、家まで帰る?」
話が落ち着いたところで、紅葉が一夜をどうするか訊ねてきた。 陽は落ちたが、この前深夜に走って帰った事を考えれば帰れなくはない。 別荘に泊まる選択肢だってありそうだった。
「うーん、アリアは動ける・・・? また背負っていくパターンは嫌なんだよな?」
「出来るなら動きたくないわ・・・紅葉ちゃん体力無くてごめんね」
「仕方ないかぁ」
何故かアリアが紅葉に謝っていたが、野宿が決まっただろう事は確かだった。
「なら、テント建てて野宿しようか」
「! それならわたしの家で寝れば良いわよ~。 すぐ近くだから~」
そう言うとエイシャさんは、森へ向かって歩き始めた。
「あっ! エルフの村に入るつもりはないですよっ!?」
「大丈夫、大丈夫~ 本当にすぐの森の中だから~」
仕方なく俺達はエイシャさんに着いて森の中に入ったが、ものの5分程で小さな小屋が現れた。
「ほんとにすぐ近くね・・・」
アリアが半ば呆れながらエイシャさんと話している。
エイシャさんに睡眠は必要なかったはず。 山小屋には変わりないが、わざわざエイシャさんの家が必要とは思えなかった。 村を守る兵士の駐屯所みたいなものだろうか?
開かれた引き戸の先は真っ暗だが、紅葉の明かりで照らされ、布団や草の寝床すらない風雨を凌ぐだけの空間だと分かった。
「寝るだけなら、十分よね?」
「あぁ、問題ないね。 肉は外で焼けばいいか」
「あっ! 肉じゃがパン1個だけあるわよ!」
「全部は渡さなかったんだね。 アリアと紅葉で食べればいいよ。 せっかくの成果なんだし」
俺は紅葉の明かりを頼りに、薪を集めて焚火の準備を始めた。
アリアが“でも”と言っていたが、無視して作業を進める。 肉じゃがパンを一番気に入っているのはアリアだから、出来るならば一番アリアに食べて欲しかった。
「なぁ紅葉、アリアに全部肉じゃがパンあげても良いか? 俺達は焼肉食べてさ。 まぁ・・・アリアも肉食べるかもだけど」
「んー、私は良いよ?」
「そっか、ありがとな」
「ううん? アリアは肉じゃがパン大好きだもんねっ」
紅葉も俺の考えを読み取ってくれたのか、快く賛同してくれた。 頭の回転が速くて助かるな。
「私の好きなステーキは・・・私がいっぱい食べさせてもらえる?」
「お? 早速要求か。 あはは、仕方ないな。 その時はね?」
頭の回転が速いのも考え物か? チャッカリと自分の要求をねじ込んでくる紅葉の機転に驚きつつも、希望に応えてしまう俺は甘々だった。
「・・・2人とも丸聞こえなんだけど・・・良いのかしら・・・?」
「私は良いよっ」
「俺も、その方が良いよ」
アリアは、紅葉に温めてもらった肉じゃがパンを食べ、俺と紅葉は木を削って作った串に肉を刺して肉を焼いていった。
晩御飯を食べる俺達を、エイシャさんは遠巻きに眺めている。 その目は温かく、画策しているようには見えない。
森の中にぽっかりと建てられたこの家は何だろうか? 俺を励ましてくれた事は、間違いなく支えになっているし気持ちを切り替えることが出来た。 ビアンカさんの言葉以上に、エイシャさんの言葉は強く、どちらを信じるべきかは俺の中で決まっていた。
「それじゃあ、ご飯も食べ終わったし今日は寝ようか」
「うんっ! 私、サトシと一緒に寝るーっ♪」
小屋の壁を背にしてもたれながら、寝ることとなった。 紅葉は俺の太股の上に、アリアは隣に座って眠りについた。
「おやすみ・・・」
さて・・・続きを書こうかな?




