22-1.出発(22日目)
別荘で一夜明け、今日は忙しくなりそうだ。
早く起きて帰宅しなくては・・・
ん・・・重い。 前にもこんな事があったような・・・
目を開けると、アリアが胸の上に乗っていた。 またすり寄っているのだろうと思ったら。。。寝ているだけだった。
「ひどい寝相だな・・・アリア、起きてるか?」
反応が無い・・・寝たふりの可能性もあるが、どちらだろうか・・・
「起きないと、触るぞ~・・・?」
反応は・・・ない。
仕方ない(?)ので、ジャージのファスナーを下げていき・・・隙間から手を・・・
入れてしまって良いのか?
俺はアリアを襲おうとしている。 でも、昨夜は受け入れてくれているようだったし・・・
「どうしたものか・・・」
迷った時は・・・しない方が良いだろう。。
今までの女性経験で、欲求に流されて失敗した経験が多い・・・
ここは我慢しておくべきか。
「アリア、朝だよ。 起きて?」
「んん~...」
窓ガラスから外光が入ってくるので、既に俺でも周囲が見える。 アリアが起きるのを嫌がるという珍しい光景も丸見えだった。
「おーい、空が白んでるし朝だぞー」
ツン・・・ツンツンッ
アリアの頬を指でつつくと、プニプニしてて中々に楽しい。 寝てる状態のアリアって、そう言えば、助けた時以来か? 見た目相応で可愛いな。
お・・・嫌がって抵抗してきたか。
顔を背けたり、手で捕まえようとアリアが動き始めたが、まだ起きないようだった。
「まぁ・・・もう少し寝るか。。」
腕時計を確認したらまだ5時前だったので、アリアの頭に手を置いて二度寝に入るのだった。
・・・
・・・サトシ、朝よ!
早く起きて出発するって話だったでしょ?
ぐわんぐわん揺らされて、否応なしに目覚めさせられた。。。
「アリアか・・・おはよう。 朝・・・だよな?」
「何寝ぼけてるのよ・・・陽が出てきてるわ」
アリアは気づいてないようだが、日の出前に一度目覚めてるから感覚がズレただけなんだけどな。。 まぁ、寝過ごさなくて良かったと考えるべきか。
「紅葉はどうしてる? って聞くまでもないか」
丸まったままである。
起こすの大変だろうから、そのまま俺が連れていくか。
「朝御飯は、昨日と一緒でパンとペアーチだから、俺達だけ先に食べようか」
「・・・そうね」
チラッと紅葉を確認したアリアだったが、俺と同じ結論に達したようだ。
ベッドからダイニングテーブルまでは、結構遠い・・・見晴らしの良い窓際の廊下は清々しい朝の訪れを知らせてくれるが、ぐるっと回らないと下に降りられないのは難点か。 手前の部屋を広く取るべきだったのでは?と改善点に早速気付いた。
まぁ、別荘としてゆっくりした生活を念頭に置くなら、この眺めが正解なのだろうが。
ダイニングテーブルには俺が座るのを待ってから、アリアが隣に座った。 対面した方が話しやすいんだがな・・・まぁ、良くあることか。
「昨日と違って冷たいままだけど、我慢な?」
そう言って、肉じゃがパンをアリアへ手渡した。
「熱いより食べ易くて良いわ」
「そうか。 なら、いただきます」
アリアにはパンを渡し、俺はペアーチにかぶりついた。 今日の分の俺のパンは、既に昨日アリアと紅葉に食べさせていたので無いのだ。 あと一個パンはあるが、それは俺の分ではない。
「サトシ、これ私が食べていいの?」
俺が2個目のペアーチに手を伸ばした時、改まってアリアが確認してきた。
まだ、一口しか食べていないパンを持ったままで。
「それはアリアの為に作ったパンだから。 アリアに全部食べて欲しいかな?」
「でも。。」
「・・・冷めてると美味しくなかったか・・・?」
味が落ちてしまった事を心配して、言葉尻が弱くなってしまった。 惣菜パンは総じて温かい方が美味しいと思っている。 というか、パン全体的に言える事だろうが。。。
「ううん、とっても美味しいわ。 甘辛いじゃがいもがしっとりしてて、熱々の時とはまた違った美味しさがあると思うわ。 だけど・・・」
「なら、アリアに美味しく全部食べて貰いたいかな。 アリアが美味しいって言ってくれる事が、パンを作った俺への一番のお礼だよ」
「そっか・・・ごめんね? あ、ううん。 ありがとう、とっても美味しいわ♪」
今日一番の笑顔をアリアは俺に向けてくれた。
大きな窓から差し込む朝日が、アリアの髪をそして笑顔を一層輝かせていた。 二口目まではちょっと遠慮がちだったが、三口目には満面の笑みだ。
あぁ・・・ありがとう。 その笑顔が見たかった。 パンを作って本当に良かったとしみじみと感じた瞬間だった。 そんなアリアが食べきるのを眺めていたら、2個目のペアーチを持ったままだった事に気付かされた。
「ちょ、ちょっと・・・私ばかり見てないで、サトシもペアーチ食べるんでしょ・・・? もぅ・・・」
「あはは、ごめんごめん。 ちょっと幸せに浸ってただけだよ」
「恥ずかしげもなく良く言えるわね・・・ふふっ」
皮肉を言ってくるが、アリアも満更ではないようだ。 柔らかく笑っていた。
「昔はそうでは無かったけど、こっちに来た事が切っ掛けかな? 好きな物を好きとハッキリ言えるようになりたいってね」
「・・・私の事は?」
「もちろん大好きだよ」
「ありがと、私もよ。 それと・・・紅葉ちゃんの事も?」
「あぁ、大好きだよ」
「・・・これからも、宜しくね」
「俺の方こそ」
体を重ねた翌日は何かこんな温かい朝を迎える事が多いな。 お互いに相手に優しくなるというか、不思議と柔らかい気持ちで居られる。 そんな関係が心地良かった。
「さてと、そろそろ行こうか」
朝ご飯も食べて、十分目も覚めた。 時間はまだ8時を過ぎたばかりだが、これから帰ってパンを焼いて・・・エルフの村へ行く・・・。 結構ハードスケジュールだ。
遅くとも昼には家を出てエルフの村へ行く事をアリアへ伝え、寝続ける紅葉を拾いにまた大回りな部屋へ向かった。
「たった一日だけど、名残惜しいな?」
別荘の玄関を出て、石段に差し掛かるところでアリアへ話しかけた。 紅葉は、バックパックの中で眠ったままである。 揺れでその内に起きるだろうが、眠れるだけ寝かせておく方が、有益だろう。 別荘を作り上げた魔力は微々たるものでは無いはず。 少しでも魔力回復が出来るようにしておいた。
「そうね・・・ほんとあっちの家と同じような物を作っちゃったのよね・・・」
「あぁ、紅葉は凄いというか・・・そんな言葉じゃ言い表せないよな」
「確かにそうよね・・・」
それきりアリアは黙って俺の後に着いて来るばかりだった。
森を抜ける頃には、再び土汚れや汗でベタベタしてしまった。 森を抜けるのは手間がかかるし、避けたいな・・・その辺りも何か改善できない物か・・・と静かな時間はずっと考えていた。
ちなみに、家についても紅葉はまだ寝てたので、家のベッドに寝かし直してからパン作りに入った。
「前回と一緒だけど、アリアは麦を挽いててくれないか? 俺はその間に別の事を進めておきたいから・・・ごめんな」
「これくらいしか今は出来ないし、気にしないで。 それより手早く済ませちゃいましょ?」
「そうだな。 でわ、お互い頑張ろう」
俺は、麦畑の様子と石窯の準備を進める計画だ。 今日のパンは前回同様に中華鍋を使うつもりだが、帰宅した暁には・・・既にエルフの村から帰った後の事を俺は考えていた。
「さてと・・・成長はどうかな?」
畝を見てみると、昨日の異常な成長が嘘のように、変化が見られなかった。。。 一応麦踏でもしておくか。 確か耐寒性を上げるためだとか聞いた事があるが、詳しくは覚えていなかった。 まぁ出ている葉を踏みつけるだけの簡単なお仕事・・・
順に畝を踏み進んで葉を倒していく・・・あれ? 一か所だけ変なとこに生えてるな・・・
あ・・・
「これって昨日植えた麦か・・・? とすると、外に植えたやつは・・・」
1日で発芽した麦は、見えない壁の領域・・・そして、まだその外に植えた麦は発芽していない。 種もみが死んでいたパターンも無くは無いが、発芽しない時の為に数粒植えているのだ。 その全てが発芽しないパターンは低いはずだった。
この事から、見えない壁の内側では二つ事が思い浮かんだ・・・
①食物の生育速度が外界とは違う。
②種の発芽率が外界と違う。
既に麦踏を終えた畝の事を考えると、単純に成長速度が速い事に頷けない。。
だが、発芽率だったとしても1日で葉が茂る程の成長は異常な為、説明がつかなかった。
要は・・・分からんって事だ!
「あー止め止めっ、考えても無駄だ。 もう少し状況確認をしなきゃな」
という事で、麦の成長は経過観察することに決め、粘土質の土集め作業を進めた。
「サトシ~! 出来たわ~」
俺を呼ぶアリアの声が聞こえる。
聞こえる・・・聞こえる・・・愛に悩む人々の叫びが・・・ おっと、ピンクの悪魔は関係なかったな・・・
何か久々に懐かしい物を思い出して、クスっとなった。 あれ、DVDに焼いてたっけな・・・
「今行くぞー」
アリアのもとに行くと、しっかり麦を挽いてくれたようで手を洗ってからパン作りを始める事にした。
今回は小麦粉が前回より多いから焼く回数増やさなきゃな・・・
今は10時を回ったところで、焼く時間が1回20分と考えると、生地の準備も入れると3~4回焼くのが限度か・・・。
「アリアは、クイナにどんなパンを持っていくつもりだった? アリアがクイナの事を一番知ってるし、彼女の好きな感じに仕上げる方が良さそうだしな」
「クイナ姉は結構何でも好きよ。 男勝りというか、戦闘狂なところがあるから戦場でもパッと食べられる物が特に好きみたい・・・かな? 考えてみると、味の好みってあるのかしら・・・食べれれば何でも良いような気がしてきたわ・・・」
お・・・おう。 中々の言われようだなクイナは・・・
「ん~・・・多分、フカフカなパンってだけで十分効果がある気はするわ。 多分だけど・・・」
「アリアもフカフカなパンに驚いてたもんな。 あれってそんなに衝撃的だったのか?」
「私達のパンって、カチカチだったでしょ? あれって水に漬けてもパサパサした感じのままだし、携帯できるってメリットはあるけど味というか食感? 最悪だったのよね・・・。 サトシのパンはフワフワで柔らかいし、微かな甘みというか食べていると口の中が幸せになったのよ・・・。 きっとクイナ姉にもきっと伝わると思うわ」
「そうか・・・なら普通のをたくさん作ろうか」
「えー・・・肉じゃが入りの方がいいわ」
「アリアが食べたいからじゃなく? 例えば全部クイナにあげる事になっても?」
「・・・一個だけ・・・肉じゃが入りを上げる事にするわ」
「アリア・・・ケチだな。。。」
「し、仕方ないじゃないっ。 肉じゃが作る材料だって有限って言ってたでしょ? もう食べられない可能性だってあるし・・・」
「すまん、すまん・・・そこまで気に入ってくれてたか。 そっか・・・ならアリアの為に肉じゃがパン作って、クイナには肉じゃがパン1個にしよう」
「むー・・・それって、結局私は食い意地貼ったケチって認識のままじゃ・・・?」
「き、気のせいだ・・・」
「気のせいじゃないわよっ ばかっ!」
うむ、まともに頭を叩かれたがそんなとこも含めてアリアの事は好きだった。 笑いながらアリアの抗議を受けるのだった。
アリアが落ち着いたところで、生地を捏ねて、寝かして・・・12個に分けた。
4個ずつを3回に分けて焼くつもりだ。
アリアで(?)時間を浪費したので手早く済まさなくては・・・
肉じゃがは残りが少なかったので、すべて使ってもギリギリ4個分の肉じゃがパンにしかならなかった。 というか、最後の一個は玉ねぎや細かな崩れたじゃがいもがばかりで、汁ベースとなっているが。。 大丈夫だろうかこれは・・・?
1回目のパンを焼き始めた頃、紅葉が起きて部屋から出てきた。 今日は起きてすぐにアニメを見るという生活はしないらしい。 一応、エルフの村に行く事は覚えていてくれたようだ。
「お腹すいたっ♪」
「おっと、おはよう紅葉。 お昼御飯は昨日と同じ肉じゃがパンだからね?」
置いていたバックパックから、最後のパンを取り出して紅葉へ渡すと、手早く温め直して食べていた。
電子レンジやトースター要らないなぁ・・・
誰しも一度は憧れるのだろう魔法の世界は、やっぱり憧れる通りの世界だった。 機械なんて要らない、魔法で代用できる。 生産だって軍事だって・・・。
そう考えると、ここに来る以前の世界は、機械という種類の違う魔法の答えだったとさえ思えてくる。 誰しも使えるように合理化された機械は、大多数が扱えるという意味で、この世界の魔法よりも人に対して優越は付かないだろう。
今のところ実感は無いが、アリアが生まれた村での生活話のように、魔法を持たない者はどうしても片身の狭い生活を余儀なくされるらしい。
そんな中で、俺にも魔法は使える。
確かに、価値の低い魔法ばかりだが、まだそれだけとは限らない。
他の魔法だって今後使えるかも知れない。
ただ・・・
俺は魔法を大して使えなくても、この世界には無いだろう機械知識が少しはある。 それを活かす事が俺だけが出来る魔法だと思えた。
趣味を活かして、というか趣味で生きていく・・・。
うん、面白いじゃないか!
この世界は、俺の好きなように面白おかしく生活が出来る。
土地の利権なんて関係ない。
近所迷惑だとかも関係ない。
嫌な仕事に追われる事もない。
お金が足りないから買えないっていう悔しさもない。
何もないけど、自由に使える時間と、工夫をすれば形に出来る夢と希望が溢れている。
好奇心旺盛に、試行錯誤する気概があれば、こんなに楽しい世界は現実世界には無いだろう。
戻る事は頭の片隅に残っていたが、この考えに至りそれは意識の外側へ追いやられていった。
「足りないよー・・・」
不意に紅葉がパン1個の昼食に文句を言い出し、意識がパンに戻った。
「もうすぐ肉じゃがパン新しいの出来るから、真の焼きたてを食べれるよ? でも、1個だけだからね?」
「うんっ、はやくはやくっ♪」
「私も良いかしら?」
ずっと中華鍋の様子をうかがっていたアリアも、パンを食べられるとあってすぐさま口を挟んできた。 まごうことなく、食いしん坊だろう。 もちろん口には出さないが・・・
「良いよ、でも肉じゃがパン2個は残しておいてね?」
そう言いつつ、1回目のパンが焼き上がった。
すぐさま2回目のパン焼きに入るが、この後は生地そのままのプレーンとなる。
二人は焼き上がったパンから思い思いの1つを選んでいた。
肉多目の物、じゃがいも多目の物、標準的な物、煮溶けた野菜と残った汁で作ったもの・・・
ロシアンルーレットのような状態だったので、触らせず見た目で選ぶという趣向で選ばせた。
熱々のパンを冷ましながらアリアはチマチマと食べていく。 具材までまだ遠そうだ。
紅葉は見事に肉多目を引き当てたようだ。 パンから受け皿に肉がこぼれている。
そんな二人を横目に、俺はペアーチ片手に2回、3回とパン焼きを続けるのだった。
「準備できたし、エルフの村へ行くぞ!」
「はーいっ♪」
「えぇ・・・」
元気な紅葉とは対照的に、アリアの士気は駄々下がりだった。
煮溶け野菜のパンに当たったようだった。 一口分けてもらったが食べてみると汁の甘さがパンに染みていてかなり美味しいのだが、じゃがいも狙いのアリアには確かにハズレでしかなかった。
気分転換している時間は無く、予定通り昼にエルフの村へ向かって出発した。
あと1ヵ月で投稿始めて1年が経つのですね・・・途中月1すら投稿せず止まっていましたが、1年・・・感慨深いものですね




