20-3.粉挽き(20日目)
夕食を終えた智司は、欲求を抑えられなかった!
時刻は20時を回っていた。
そろそろ部屋に戻ろうかという所だが、アリアも紅葉も満腹といった感じでのんびりと座り込んでいる。
秋の夜は肌寒く感じるが、いっぱい食べて体も温まっているのだろう。 俺も夜風が気持ちよく感じていた。
「・・・そろそろ、部屋に戻るか?」
「そうね・・・戻ろうかしら」
「うん、寝よー♪」
アリアと紅葉が立ち上がって、俺の部屋に向かって歩き始めた。
今日も一緒に寝るのか? まだ大丈夫だが、俺の中の獣が目覚める日が近そうだ・・・
「あら? 来ないの?」
アリアが立ち止まり、紅葉もどうしたのー?と言いたげな顔でこちらを見てきた。
俺は立ち上がったが、鎧を整えていたのだ。
「ちょっと、紅葉に作ってもらった石臼を取りに行きたくてね。 すぐ戻るから先に寝てて良いよ」
「そう・・・? 気をつけてね」
「早く帰って来てねっ!」
そう言うと二人とも、部屋へと入って行った。
俺は、石臼を置いてきた夜の森の中へ懐中電灯を頼りに向かうのだった。
と言っても歩いて十数分のところなので、危険など無くすんなりと石臼を持ち帰り、途中で手ごろな太さの枝も拾っておいた。
家に戻ると、まだ燃え続けているかまどの前に石臼を降ろしてちょっとだけ作業に取り掛かる。
「やっぱ・・・すぐ試してみたいよな・・・」
正直石臼が出来た瞬間から、ご飯よりもこっちを優先したくなっていた。 夜だし暗くて作業しづらいから寝るべきだろうが、この衝動を抑え込んだまま寝れる気がしなかった。
【小麦粉を作る!】その情熱がメラメラと燃えて、疲れや眠気は一切感じなくなって、やる気が溢れて止まらない。 これを抑えるには、もうやる他無かった。
上臼をひっくり返し、下臼の中心となる窪みに木の枝を加工して作った軸を刺し込んだ。 剣で削れば豆腐を切るように楽にカットできる。 細かな作業はナイフで仕上げ、下臼にはガッチリと嵌め、上臼の窪みとは隙間が出来るように作った。
続いて回しやすいように持ち手を上臼の側面に刺し込んだ。 本来であれば、上臼の上面に持ち手を付けた方が回しやすいが、水車で回す事が狙いなので、今後歯車で回す事も想定して側面に持ち手用の窪みを作ったのだ。
「形に・・・なったか」
顔を服で拭い一息着くと、少し冷静になって既に1時間近く経過している事に気づいた。 月明かりに照らされて見える部屋の方は静かなままで、アリア達が出ている事も無かった。
時間は結構経っているが、ここで部屋に戻るような俺では無い。 やり始めるとトコトンやってしまう・・・。 新たな熱でやる気が満たされ溢れていく。
「麦・・・挽いてみたいよな・・・」
家の外周から庭に向かい、袋に入れていた麦を一握り持ってくると、上臼の投入口から麦を少しだけ落とし入れた。
ゆっくりと一定速度を心掛けながら、上臼を回していく・・・。
・・・・・・・
下臼ごと回りかけてしまうので、下臼を足で抑えつつ回すが・・・
何も出てこない。。。 というか挽いている手応えが無かった。 鎧を外してみても同様で、筋力アップで気づけなかった訳ではないようだ。
諦めて上臼をひっくり返すと、投入口に溜まっていた麦がパラパラと落ちてきた。 上臼から落ちた麦は、下臼の外周へ広がって挽けている感じは一切ない・・・投入口付近に溜まっているだけだった。
「う~ん・・・」
麦を片付けて改めて臼を重ねて横から見てみると、1つ気付いた。
上臼と下臼には隙間が無かったのだ。
上臼から麦を入れても、その溝の底には、隙間が無い・・・とするといくら上臼を回しても溝の中で麦が転がるだけで、挽く事が出来ないのは当然だった。
かまどに薪をくべて明かりを大きくした。
「今日は・・・まだまだ寝れそうにないな」
紙に描いていた石臼図に追記していく・・・
思考を整理するには、頭の中だけよりも書いた方が分かりやすい。 発明をする天才は違うのかも知れないが、一般人は知っている知識で広げて打開策を見付ける他ない。
今の石臼に足りない機能は何か・・・?
麦が挽けない。 なぜ・・・? 麦が砕けない・・・下臼と回転する上臼で切断するような動きが求められるはず。 切断する為には、下臼と上臼の角同士を当てる必要がある。。
それはハサミで切るようなイメージだ。
という事は、麦を下臼と上臼の角で挟み込むような状態を作る必要がある。 今の石臼は、綺麗に上下が密着していて、麦が入り込む隙間は無い。 なら、麦が入り込むだけの隙間が必要だろう・・・それに、上下の臼で麦を切断するには、石臼の角と麦が入り込む隙間を両立する必要がある。 叩いて砕くので無く、切る・削り取るイメージを持つ事が石臼の解と考える。
「溝・・・か?」
石臼で蕎麦等を挽いているのは見た事があるが、上臼と下臼がどうなっているかを見た事は無い。 余程興味を持たないと気にも留めないだろう。 微粉砕するような機械は設計した事が無いな・・・。 過去の経験を何となく活かす他無かった。
って、待て・・・どうやって石に溝を彫るんだ・・・? ナイフで削れる訳も無く、ディスクグラインダーのような道具も流石に自宅に置いて無い・・・
「いきなり行き詰ったな・・・」
気持ちが一気に下降したので、眠ようと剣を持ち部屋に向かおうと踏み出した瞬間、一縷の希望が閃いた・・・
「いけるか・・・?」
シュッ コロッ・・・
かまどに使っている岩の一辺が僅かに切れて、切り取られたカケラが地面に転がった。
いける! いけるっ! 急降下した気分は、一気に急上昇して噴火した。
剣を寝かせ、上臼と下臼に当てて溝を刻んでいく・・・。
石といえども、包丁で大根に模様を刻んでいるような感覚で、不思議な感触であった。
上下に放射状の溝を切ったので、改めて臼を回し麦を入れてみる。
「今度はどうだ・・・?」
回す臼の感触が、最初とは違う! 明らかに削っている感が手に伝わってきた。 回すのを止め、庭からビニルシートを持って来て、その上に臼を置き直した。 これなら、小麦粉を拾いやすいだろうと。
更に回し続けると、臼の外周からパラパラと落ちてきた。
が・・・、荒砕きしたような麦片ばかりで粉とは程遠い・・・それに投入口から中々落ちていかず、中で詰まっているようだったので、再度上臼を外してみた。
「溝に麦が詰まってるのか」
麦を切断する為の溝が麦で詰まってしまって、外周部に送り出しが上手くいっていない事が分かった。 麦を切断する事に加え、外周へ運ぶ機能が必要そうだった。 そして、溝が深すぎると目が詰まりやすい事も分かった・・・。
臼の外周部へ効率良く送るにはどうすればいいか?
回転する臼の力を利用する方法と、重力を利用する事が頭に浮かんだ。
重力利用は、単純に下臼が山型ならば上から下(外周)に落ちるだろうという考えだ。
臼の回転を利用するのは、今のままでも機能しているはずだった。 放射状に臼に溝を切っているので、臼の回転によって、下臼の溝と上臼の溝がハサミの刃の様にかみ合って、ハサミの刃先に向かって切断対象を押すような方向にも力が作用しているはずだった。
そう考えると、重力を利用する案を今の臼に追加するのが改善策と思われる。
紅葉が作った石臼の窪みを中心として、剣を押し当てて下臼を削っていく・・・石の塊を、鉛筆削りのように。 まぁ、あんなに鋭角では無いが。
そうして、下臼が天辺が鈍角形状となった。
切っていた溝は無くなったが、また溝は切ればいい。
問題は・・・
上臼が下臼の天辺に乗ってしまい、鏡餅のような状態に・・・。
上臼は、下臼とは逆に全体を窪ませる必要があるが、中々に難しそうだ。 どれだけ掘ればいいのか感覚が掴みにくい。
そんな時は、DIYで培った(?)経験を活かす。
下臼の山高さの枝をまずは作り、ひっくり返した上臼の中心を剣先でグリグリとほじる。
石用のドリルがあれば良いが、そんな物はもちろん無い。
剣が欠けない事を祈りつつ、枝がすっぽりと掘った穴に隠れるまで掘り進めた。
山高さ分の穴が掘れれば、その穴の深さを基準に剣で抉ってしまえばいい。 こうすれば、上下の山の形状を大体合わせる事が出来るだろう。 ここは・・・重要な作業なので、一息つくことにした。
既に時間は23時を回っていた。
だが疲れは感じない。 きっと興奮してアドレナリンが出まくっているはずだ。
こんな中途半端では眠れない。 というか、粉を見たいその一心が俺を突き動かしていた。
5分程の小休憩で体を解し、上臼の加工に取り掛かかる。
削っては下臼との嵌め合いを確認するが、中々端が綺麗に噛み合わない。 まだ上臼の抉りが足りないのだろう。 いっその事少し深めに抉ってしまうか・・・
中心に剣先を立てて再度軽く掘って、加工し直すと全周が当たった状態に作り上げる事が出来た。
「結構疲れたな・・・」
懐中電灯で時計を確認すると、1時に差し掛かっていた。
日は変わってしまったが、俺の興奮は変わらず燃えている。
下臼と上臼が嵌っただけでは、完成ではない。
最初に刻んだ溝は、すべて削り取ってしまっている。 下臼の山面と、上臼の谷面に最初と同じような溝を刻む必要があった。 だが、平面への加工では無くなったので単純に等分に溝を切り込むだけの作業ではなくなった。 実験作の石臼ではあるが、上手くいけばこれを本番ともしたい。 妥協したくない悪い癖が出始めていた・・・
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「ねぇ、アリス?」
「紅葉ちゃんどうかしたの?」
布団に入って寝ようとしていたが、紅葉ちゃんが私を呼んだので、閉じていた眼を開いた。
サトシが入る為のスペースを真ん中に空けて、私と紅葉ちゃんは端同士で寝ているが、その間を埋める人はまだ来ていない。
「サトシ遅くない? すぐって言ってたのに? 大丈夫かな・・・」
「ちょっと見に行ってみるかしら・・・」
確かに遅い。 既に布団に入ってからずいぶん経っていたのだ。
「うん、外行きたいっ」
温めていた布団から、紅葉ちゃんも私も躊躇いなく出た。 お互い眠れず考える事は同じだったのだろう。
ゆったりと着られるジャージ姿のまま、紅葉ちゃんと私はそっと玄関から外を確認すると・・・
「大丈夫・・・みたいね。」
「そうだね・・・でも、真剣な表情してるっ」
「何をやっているのかしら? でも邪魔しちゃ悪そうな空気ね・・・」
サトシはかまどの前で、さっきは無かった円柱状の物を黙々と弄っているようだった。 私が開けた扉の音に気付く事も無く、真剣な表情を崩していなかった。
「私が作った石・・・なんだったかな・・・?」
「紅葉ちゃんの作った石なの?」
「うん、サトシに夕方頼まれて作ったんだよっ。 でも、何に使うかとは良く分かんなかった・・・」
「そっか・・・何かすごく真剣そうだし、部屋に戻ろっか」
「・・・ふぁぁ・・・ぅんっ」
紅葉ちゃんからも欠伸と共に同意が得られたので、私達は再びベッドに戻った。 ちょっと冷めてしまった布団を温めるように私達はくっ付いていた。
「・・・ねぇ、アリス。 まだ起きてる?」
「うん、起きてるわ。 どうかしたの?」
「サトシまだ来ないね・・・」
「そうね・・・あの感じは、ママにも合ったわ・・・邪魔すると怒るし気が済むまでやり続ける感じだったわ。。 苦しんでいるって感じじゃなくて、楽しんでるって方だろうから今は好きにさせてあげた方が良さそうだと思うわ・・・」
目を開けると、寂し気な紅葉ちゃんが見えた。
「ぅん・・・あのね、私まだ上手くいかないんだ。。。」
唐突に話が変わったようで、私は話を理解するのに少し時間がかかった。
あの事だろうか、湖で一緒に話した時のこと。
あの日から、私達は同じ願いを持った・・・同じように愛して貰える存在でありたいってそう話し合えた。
サトシにはまだ話せてないけど、知らなくても良い事だから隠したままで良いはず・・・
「紅葉ちゃんならきっと出来るわ」
「そうかな・・・他の魔法は簡単にできるのに、どうしてなんだろう・・・」
「私にも手伝える事があれば言ってね。 私達の気持ちは同じだからね?」
「うん、ありがと。 アリス・・・」
紅葉ちゃんが、私の胸元に寄って丸まってしまった。 サトシは当たり前の様にしているけど、あまり私には撫でさせてくれていない・・・。
(今は・・・良いわよね・・・?)
紅葉ちゃんの頭に、背中に、尻尾に・・・そっと手を当てて撫でていくとフカフカの毛が柔らかくて温かくて・・・
それに、嫌がる素振りも無く撫でさせてくれた。
フカフカで温かい紅葉ちゃんを抱くと、抗えない睡魔が襲ってきた・・・
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「これで・・・いいか・・・?」
臼に溝を刻み始める前は1時だったがいつの間にか4時になっていた・・・。 後数時間で、空は白んでくるだろう。
かまどの炎で照らしていないと、まだ全貌は見えないが、陽の光で確認できるのも間近だ。
上臼と下臼の溝切りが終わったのだ。
放射線状に入れた溝は、端の方は途切れている。
外周部でより細かくする為に、最外周部分は上下の臼が細かい凹凸で擦り合わせれるように仕上げた。
麦の粒を、外周に行くにしたがって細かく砕いて、最外周部で擦り合わせ粉にする・・・そんな思いの詰まった逸品が目の前にできた。 もちろんまだ回していない。 徹夜明けしたハイな状態がまだ続いているので、待ちに待った麦挽き作業に取り掛かった。
ビニルシートの上に臼を置いて、上臼の投入口から麦をパラパラと・・・一定速度を意識しながら、ゆっくりと回していく。
ゴリゴリと擦られ麦が砕かれ削れていくのが手に伝わっている。 成功する! 粉が出来るという手応えがあった。
回し続けていると・・・
パサッ・・・パサッ・・・
回す度に、少しずつ白い粉が臼の外周から零れ落ち、ビニルシートで微かな音を立てていた。
麦の粉だ。 均一なきめ細かさは無いが、それでも確かに粉になっていた。
楽しくなって追加の麦を投入しながら、ゴリゴリと回し続けた。
両手で掬えるほどの量では無いが、確実に粉は増えている。 生で小麦粉を舐めた事は無いが、手っ取り早く指に付けて口に含んでみる・・・
もちろん美味しくは無い・・・だが、滑らかな麦の粉が・・・
ジャリッ・・・
俺の思考は瞬く間にその動きを鈍らせていった。 麦ではない粉が混じり込んでいる・・・確実に石も擦れているようだった。。。
白み出した空に逆らうように、俺は目を閉じてアスファルトの上に大の字になって目を閉じた・・・。
こんな状態じゃ食べられない・・・。
ドッと来た疲れは、眠気となって意識は消えていった。
石臼の溝目ってどんな人が考えたのだろう・・・いやぁ 複雑で中々のアイデア。
試行錯誤したんだろうなぁ




