20-1.お眠な紅葉(20日目)※挿絵あり?
エルフの村から帰宅して一夜明け・・・
重い・・・暖かいけど重い・・・
目覚めは、いつもと違う形で訪れた。
薄目で部屋を見るとまだ暗い。 昨日は疲れて布団に潜り込んだところから記憶が無い。
すぐに寝てしまったんだろうが、こんな早く起きるなんて珍しいな。
(今は何時だ・・・?)
ベッド脇に置いている腕時計に左手を伸ばすと、腕が上がらない。 力を入れると引き戻された・・・
上げる事の出来た右手で目を擦りながら布団を捲ってみると、アリアが左腕を枕にして肩のあたりに顔を埋めていた。
そこで大丈夫なのだろうか・・・? 腋毛処理もしておけば良かったと思うが、本人が気にしていないのなら良いのだろう・・・。
しかし、紅葉はアリアが部屋に入る事を嫌っていたはずだし、アリアもその事を気にして、入らないようにしていた。
今、俺の腹の上には紅葉が丸まっている。
左肩にはアリアが抱きついている。
仲良くなっていたのは分かるが、これはどういう事だろうか・・・。
右手で頭を撫でると、寝癖の無い指通りの良い髪の手触りが心地いい。
「・・・アリア、起きてるか?」
「おはよぅ」
顔を擦り付けてきた後、とろんとした目でこちらを見ている。
寝起きの破壊力はヤバい・・・頭を撫でたままだが、アリアも嬉しそうな表情で密着してくる。
朝の生理現象だけで止まらない危険がある。 思考を切り替えねば・・・
「今日は俺の布団で寝てたのか?」
「うん、紅葉ちゃんが誘ってくれたからね」
アリアの目も覚めたのだろう、寝起きのふわふわした可愛さが潜めてしまっていた。 すこし残念だ。。。
「そうか、仲良くなったようで俺も良かったよ。 でも狭くないか?」
俺のベッドはシングルサイズだ。 今までは紅葉がベッド脇で寝ていたり、俺の上で寝ていたりする程度だったから十分な広さがあった。 アリアは小柄だし細身だから掛布団が足りなくなる程では無いが、寝返りをうつだけの広さは無い。
「一緒に寝てる事が実感できるから幸せよ・・・」
アリアが、肩から首筋に上がってきて首筋に改めて顔を埋めている。
「そろそろ起きなくて良いのか?」
アリアの祈りは日の出に行っていた。 そろそろ起きる時間だろう。 窓の外は、日の出前で白みがかっていた。
「サトシ、私が祈ってたのって何か分かる・・・?」
「う~ん・・・」
ずっと祈り続けていたが、今日はもう良いのか? とすると叶ったという事・・・ここまで言われたらきっと俺の事なんだろうと察した。 恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じながら答えた。
「・・・俺か?」
「1/4は当たりかな・・・?」
「結構ハズレてるんだな。。。」
「えへへ。 でも、好きな人に名前で呼んで欲しかったのは間違いないわ。 呼んでもらえて嬉しかったわ。 それに、村があんな風に復興していたのも嬉しかったの」
「他は?」
「ひみつ・・・よ♪」
「ここまで話しておいて、それはない・・・っ」
アリアは頬に軽く唇を当てると、布団から出てジャージに着替えるようだった。
というか、下着姿だったのか・・・
「残りの二つを祈りに行くのか?」
「えぇ、そうね」
アリアで温まったベッドの熱が、次第に失われていく。
密着していた肌の滑らかさも今は無い。 下半身に溜まった熱量が少しずつ体に広がっていく。。
「俺も起きるか・・・」
まだ起きたくないと尻尾攻撃を浴びせてくる紅葉をベッドに降ろして、背伸びをする。
体に不調は無さそうだ。 川を飛び越えるようなジャンプの衝撃で痛める懸念があったが・・・まぁ歳の関係で一日遅れで出るって可能性もあるか。
ただ、数日間は忙しくなりそうだ。
エルフの村で得た情報や、麦についても色々とやるべき事が多い。
その前に朝ご飯確認しておかなきゃか。 ポトフが残っていたはずだが、どうなっている事やら・・・
洗面台で顔を拭いて、腋毛の処理をしておく。
毛穴操作によって、拡張し裏返った毛穴からは容易に毛根ごと痛み無く抜ける。 軽く水を流して拭き上げれば処理完了だ。 自分のツルツルな脇ってのも幼少期以来だが、こういうのも良いな。
部屋を出ると、アリアの祈りも終わったようで、かまどの方へ向かっているようだった。
「鍋の中身どうなってるかな?」
「丸一日経ったし、味染みてるかしら?」
ふむ・・・そこじゃないんだがな。
鍋の蓋を取ると、見た目の変化は無い。 匂いも・・・腐ったような感じは無い。 温めたスープはちゃんと冷えるようだが、腐敗するかは謎だ。
アリアの希望もあって、ポトフを温め直なおす。
鍋の残りでも、3人分はあるだろう。 アリアと並んで朝食を取りながら今日の予定を話し合った。
「俺は、昨日貰った麦を植えようと思う。 その後は、麦を粉にする方法を考えるかな」
「私は置いてきちゃった野菜とか服を取りに南の方へ行ってくるわ」
「一人で大丈夫か?」
「危なかったらこっちに逃げて来るわ。 守ってくれるわよね?」
「あぁ」
「なら、直ぐに行ってくるわ。 サトシの方も手伝うからね」
「ありがとう。 家のすぐ南側で作業してるから、気を付けて行っておいで」
「えぇ、行ってくるわね」
「あっ! これ持ってって」
「おやつ? ありがと」
俺はアリアに、ペアーチ1個を抛って渡すと、すぐに森へ入って行った。
「さてと、俺も頑張るか」
家はベランダを出ると、ウッドデッキと土の地面がある。
この部分は、見えない壁の範囲なので、外敵の影響もなく実験には適している。
土の面積は30㎡程度で、収穫量は見込めなくても今後の計画の前段階としては十分だ。
エルフ達は、すでに麦を植え終え、芽も出ているので冬への成長は十分だろう。 今から植えて間に合うかは厳しい所だが、試してみる価値はある。 大麦なのか小麦なのかの判断は付かないが、小麦である事を祈る。
ザクッ・・・
土を掘ってみるが、硬く締まった土で植物栽培には向いていない。
もっと良質な土を盛って畝を作る必要がありそうだった。
良質な土・・・か。
部屋で装備を着込み、屋外倉庫にしまっていたスコップと一輪車を持って森の中で土を掘り集め、庭に運ぶのを繰り返した。
森と庭の境界は目と鼻の先だが、見えない壁を起点に地質も全く違う事が分かった。 家の土地ごと切り取られ、挿げ替えられたとしか思えない状態だ。 まぁ今ははそんな事より土作りだ。
森の土は流石にフカフカしていて、落ち葉も良い感じで発酵している。 一か所からごっそり持っていくと大穴が開いてしまうので、場所を変えつつ集めていく。
庭の方も締め固まった土にスコップを刺し込み、掘り起こして砕き、森の土と混ぜた。
農耕機械があれば土起こしも簡単で畝も一発で作れるのに・・・。
耕すイメージで魔法が発動しないかは既に確認済みで、簡素な農耕器具さえも具現化は出来なかった。 竹細工を作っていたエルフの様に材料を集めた上で変換をイメージさせれば上手くいく可能性もあるが、不要な鉄も無い。 それに燃料はどうする? 結果、手作業で土づくりを行う事となったのだ。
陽が頂点に達し、背中や頭が焼けるように熱くなってきた頃、30㎡の畑が完成した。 十分に盛り土して畝も作ってあるので、午後からは種まきが出来るだろう。
問題があるとすれば、水・・・か。
まだ、アリアも帰って来ていないようだ。 小休憩として、部屋のペアーチでも一つ食べるか。
部屋に戻ると、紅葉が目覚めていた様でアニメ視聴中だった。 BDを挿入し、リモコンを操作する事も出来るようになっている。 二足歩行し始めても不思議ではないな・・・
静かに入ったつもりだったが、紅葉は俺に気づき、声を掛けてきた。
「外で何やってるの? 私も手伝った方がいい?」
「ん~・・・」
紅葉に上手く説明すれば、農機具も出て来るかも知れないが・・・あまり前回のような無茶はさせたくないが・・・あっ!
「紅葉、お風呂にいっぱい水を入れておいてくれないか?」
「はーい、今やっちゃうね♪」
「なら見に行こうかな」
お風呂場には、僅かな水が溜まっているのみで、飲み水はポリタンクの水を使っていた。 お風呂が満水になるだけで、このサイズなら300Lにはなるだろう。
ドッパッッ!
紅葉の魔法によって水の水球が現れ、静かに浴槽内に降ろしていったが形が崩れた瞬間に空気の逃げ場が無かったのだろう大きな水飛沫を浴びた。
「あはは、濡れちゃったな」
「ご、、ごめんなさい すぐ乾かすよっ!」
「俺は暑かったくらいだから、大丈夫。 このまま作業の続きへ行ってくるよ。 紅葉は乾かしてからソファーに座ってね?」
「うん、見終わったら私も手伝うからっ」
「今見てるやつ、結構長いから日が暮れちゃうぞ?」
そう言い残して、ペアーチをかじりながら部屋をでた。
種まきは、畝に指で穴を開けて数粒撒く方法を取った。 ペットボトル内の種もみはまだまだある。
種に土を被せ、風呂場から持ってきた水をジョウロに注ぎ、水を掛けてやる。
正直、20日間で一度も雨が降っていない。 一般的に屋外栽培なら水撒きは殆どいらないが、この世界では水撒きは必須になるかも知れないな・・・
たっぷりと水を与えたが、水はみるみると畑の地面へ吸い込まれていく。 水捌けが良いのは麦にとって利点だろうが、保水性が無さ過ぎるのが心配の種だった。
昼休憩も手早く済ませていたので、まだ14時と出来る作業は多い。
畑がひと段落したので、かまどでコーヒーを飲む事にした。
お湯を注ぐと香ばしい香りが鼻腔をくすぐる・・・口に含むとその苦みで思考が冴えてくる気がした。 考える事は多い。 急ぐべき事もあるが、優先順位は生活基盤の改善だ。
水に関しては、紅葉に頼めば出してくれるだろう。 だが、紅葉が居なければ確保できないようでは、安定した生活は送れない。
今は秋だが、25日を目安に季節が変わるという事は、今日が20日目と考えるといつ冬が来てもおかしくは無い。
麦を粉にしたい。
水が欲しい。
いや、作りたかったというか、もうこれしかないよな?ってくらいに水車がずっと頭の片隅にあったのだ。
希望は、見えない壁の内側に水車小屋と川を作り上げる事だ。 川を伝わって、敵などが侵入する危険もあるが、今までの経験から壁は地中にもあり、許可を得ていないモノは侵入を阻まれるはずだ。 そう言えば、太陽の光は透過しているのも許可した事って事か・・・? 微妙な疑問はあるが、作ってから考えよう。
さて何から始めるか・・・
まずは構想と行くか。
部屋に戻り、紙とクリップボード,シャーペンを持って改めて外に戻る。 紅葉はアニメを見続けているが、夕方には発電不足で切れるので、今は楽しませてあげよう。
まずは、どのようにして川の水をここまで引くかか。
厄介な事に、川の水位よりも家の位置は高い上、距離も離れている。
水を得るだけなら地下水脈を狙って井戸という手もあるが、家の前に川を流す事を考えると厳しい。
とすると・・・北西の大滝から水を引っ張る他無さそうだ。
流しそうめんのように、水を引っ張ってくるのが素直な考え方だが、竹でここまで持って来られるか?
それ以上に、どう支える?
動物やモンスターが徘徊している事を考えると、地上に筒を出しておくのは得策ではない。 少なくとも地面を這わせる程度で無ければ・・・。
ハッキリ言って、現実的ではない。
そう、一人でやる作業では到底ない。 大規模な灌漑工事となるだろう。
だが、それは現実世界での話だ。
この世界は、イメージさえできれば具現化する事が出来る。 竹が自ら竹細工になるように・・・
という事は、紅葉に考えを伝え、地中にパイプを生成する事が出来るのんじゃないか・・・? イメージが魔法なら何でもありだ。 紅葉は植物や土も扱えるからきっと出来るだろう。 他力本願な考えだが仕方ない。 無理させないように。。。と言っておきながらこの思考はどうかと思うが・・・。
少しずつやって行けば完成するかな。
紅葉にお願いする事にしよう。
そう言えば盲点だったが、イメージで具現化できるなら食べ物も生み出せるんじゃないだろうか? エイシャさんはまだ戻って来ないようだから聞く事が出来ない。。
知識ってのはほんと重要だな・・・早く帰って来ることを願うしかない。
考えを戻すと、水車の方はどうするか? 加工も難しいが丈夫な軸含めて、紅葉にイメージさせる具体的な物も写真もない。
それに木製水車の軸受けがどうなっているのか俺も分からない。
現代なら金属軸とピローブロックを準備すれば良いが、昔は何か違った方法を取っただろう。。 ネット検索が出来ない今、知る術はなかった。
何か手頃なもの・・・ある訳無いか。
なら、どうする?
・・・・・・
考えてもパッとアイデアは出てこなかった。
冷静になると、家の前に川や水車とか大きな物を目指し過ぎている事に気付いた。 今回最初に考えた目的は何か・・・そう麦を粉にすることだ。
手回しの石臼を作ってから発展させればいいか。 まだ数日分の食料はあるし、手回しし続けるだけの時間はあるのだから。
大きな目標を持つ事は悪い事じゃない。 だが、全てを同時に求め過ぎると何をやれば良いのかぼやけてしまうし、失敗で挫折するリスクも上がる。
大きな目標に到達する要素を細分化して、1つずつ形にしていくのが適切だろう。
すぐに形として見える失敗や成功は、日々のモチベーションにも繋がるし、何よりも失敗の原因と対策も練りやすい。 焦らず少しずつやろう。
まぁ、計画の前提に紅葉が必須なので、他力本願としか言いようがないが。。。
そろそろ様子を見に行くか。
陽が傾いてきたので、アニメ鑑賞は電力供給面で終わっているのだろう。 玄関を開けて呼びかけた。
「紅葉ー、ちょっと良いか―?」
「・・・どうしたの?」
ワンテンポ遅れた感じだったが、リビングの扉を開けて紅葉が出てきた。
「紅葉、大丈夫か? 何か疲れてそうだが・・・」
アニメをソファーで見続けて、エコノミー症候群にでもなったのだろうか? ちょっと動きが鈍いように感じた。
「大丈夫だよっ!」
それを示すかのように、俺の肩まで見事なジャンプをして見せた。
思い違いか・・・
まずは石臼を作ろうと、森の中で見つけた岩へ紅葉を連れていく。
「この岩から、石臼を作れるかな?」
石臼のイメージ図を渡して、紅葉の言葉を待った。
図には、円柱状の岩が2つ描かれている。 臼が回転中にズレ無い様に中心に窪みを設ける予定だ。 木の軸を刺しておけば良いだろう。
後は、上石から麦を落とし入れる穴を、中心からズレた位置に貫通させるよう指示してある。 持ち手は上石の側面に窪みを作って木を差し込む算段だ。
「やってみるね!」
快い承諾と共に、目の前の岩が音も無く、削り取られるのとは違い、自らの形を変えていく。
あっという間に、目的の石臼が現れた。
ペタン・・・
「紅葉、大丈夫か・・・?」
石臼の出現に感動するのも束の間。 紅葉が座り込んでしまった事に驚きと心配が込み上げてきた。
「大丈夫だけど、ちょっと眠いかも・・・」
魔力が尽きて強制的に眠らされた前回とは違い、今回は意識を保っているようだが・・・
ぐったりとして、立ち上がる気力は無さそうだった。
「ベッドまで運ぶから、ゆっくり寝て良いよ。 おやすみ、紅葉」
頭を撫でてやると、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「おかしいな・・・」
俺には出来ない魔法だが、無から生み出すのでなく岩を変形させる魔法を使ったはずだ。 魔力消費は大きくは無いはずなのだが・・・
寝てしまった紅葉を優しく抱き上げて家路へと向かうと、アリアが帰って来ていた。
「アリア、おかえり」
「ただいま、思ったより遅くなっちゃったわ・・・」
小声で話しかけると、アリアもすぐに気づいたようで小声で返してきた。 手には沢山の野菜が入った袋を持っていた。
「紅葉を寝かしつけて来るね」
「えぇ、いってらっしゃい」
部屋に戻ると、リビングには各種リモコンがテーブル出しっぱなしだった。 紅葉は器用に片づけていた事を考えると、アニメを見ていたまま、すぐに外に出てきたのだろう。 他に部屋の変化は無かった。
「まずは寝かせておくか・・・」
ベッドの真ん中に静かに寝かせて布団を掛けておく。
紅葉は晩御飯どうするかな・・・また、ペアーチでも摩り下ろすか。
リモコンを片付けて、俺はアリアの待つ外へと戻るのだった。




