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17-2.丘の調査(17日目)

エイシャと二人きりでペアーチの丘に向かう智司

ペアーチの丘で新たな発見はあるのだろうか・・・?

 ザクッ・・・


 家を出てから一切休憩無く森を突き進んできた俺は、目が眩む光に包まれていく。 森を抜けて低草に覆われた丘は清々しく、家を出てはじめて足を止めた。


 「流石に早いですね・・・」

 1時間程度で来れたようで、まだ昼を回ってすらいなかった。


 「と~ちゃく?」


 「そうですね、まだペアーチは実ってますね・・・それに地面にもたくさん落ちてるな」


 「ここが話していた場所なのね~」


 「えぇ、何か気になるところはありますか? 自分は実を拾い集めてきますので、一旦別行動しましょう。 それでは・・・間欠泉の見える崖の方で集合としましょうか」


 「分かったわ~」


 エイシャさんとは、森を走っている時にこの丘の事を伝えていた。

 森の中にぽっかりと開いた空間になっている程度の軽い内容だが。 話し合いの前に、エイシャさんには自由に周りを見てもらった方が、変に固定観念を持たせるよりも有益な情報に気づける可能性が高い。


 エイシャさんは、走り回ったり木に触れたりしているようだが、トラブルを起こさない事を祈るしかない・・・。


 まぁ俺は、ペアーチ拾いを終わらせるか。

 いつも通り、地面に落ちたペアーチのみを拾っていく。 まだまだ木にはたくさんの実が付いている。 今回はバックパックのみでなく、衣服を入れていたプラBOXも持って来ている。 現状の木を見る限りまだまだ実の採集に問題は無さそうだが、秋が深まり冬になると実が採取できなくなる可能性がある。 段々と朝や夜は寒くなってきているので、この世界にも冬が来ると考えておくべきだろう。 ゲームのような世界だ、冬に切り替わった瞬間で実っていた果実や、地面に落ちたものも消失する懸念が高い。 今のうちに集められるだけ拾っておいた方が良いと考えたからだ。

 「もっとプラBOX持って来てもよかったな・・・」


 装備一式さえ身に着けていれば、大量の荷物があっても運ぶのは容易だ。 だが、容器が無ければ持ち運びは困難である。

 100個近く集めたが、まだまだペアーチは地面にたくさん落ちているので、もっと拾いたいという欲が出てくる。 走ってこれば、明日また来ても良いか。 意識を切り替えて、荷物をまとめて崖の方へ向かう事にした。


 崖に到着するが、まだエイシャさんは来ていない。 見るとペアーチの木々の間を走り回っているので、待っていれば良いか。 低草の上に腰を据えて、噴出する熱水を眺めながらペアーチを一つかじる。


 味の変化は無さそうだ。 濃厚な甘さが口いっぱいに広がっていく。

 この場所は、間欠泉の影響で暖かい。 崖の下に目をやると小さな山から熱水が噴出しており、周囲は熱い湖が出来ている。 その先は熱水の川が流れていて、途中には手作りの露天風呂がある。 そう言えば、アリスをまだ連れて行って無かったし、紅葉(もみじ)が起きたら誘ってみよう。


 「おまたせ~」


  おっと、エイシャさんが戻ってきたようだ。 冬の露天風呂の気持ち良さについては、頭の片隅に移動させておく。

 「いえいえ、予想以上に早く着きましたし問題ないですよ。 さっそく話し合いにしてよかったですか?」


 「ええ、いいわよ~」


 「それでは・・・自分はこの丘は人工的に整備されていると考えています。 誰が何の為にかは分からない。 だから今こうして丘に居ること自体もここの管理者から見れば異物として排除される危険も考慮しています。 今回改めて気づいた事として、居ると想定している管理者はこの実を採取していない可能性がある。 落ちた実のみを拾ってはいますが、有り余るほどに残っているのは違和感でしかない。 貴重な果実として気に入ってはいるのですが、不安が拭えない。 ここは何なのでしょうか・・・」

 自分の考えと不安を吐露し、俺はエイシャさんの言葉を待つ。


 「整備、誰が何のために・・・か~ わたしにもそこまでは分からないけど、気づいた事を話すね~」


 「ああ、それで十分ですよ」


 「まず、この丘に生えてるのは背丈の低い草と実のなる木のみだよね~? その木の生え方ってちょっと変なのよね~」


 「変というと・・・?」


 「無作為に生えている訳でも、理路整然と並んでいる訳でも無いのよ~ 言うなれば陣が組んであるような・・・? でも、ハッキリとはしないけどね~ 上から見られればもっと簡単なんだろうけど~」


 「陣・・・魔法陣ってことですか?」


 「そうそう! ほとんど廃れちゃってるものだから、わたしも数度見ただけだけどね~」


 禁忌魔法のような物すら編み出し、500年以上も過ごしてきたエイシャさんですらか・・・

 「廃れたのはどうして・・・?」


 「んー、魔法の使い方は説明したけど~ 内包している魔力を消費して行使するじゃない? でも、魔法陣は自分の魔力を使うんじゃなくて、大地の力を利用するのよね~」


 「大地の力・・・?」


 「え~っと、自然的なもの・・・精霊と言えば分かるかしら~?」


 精霊!? この世界はそんなのも居るのか? 可愛い妖精とかも・・・! 俺の思考は脱線しかけていた。

 「・・・何となくわかりました」


 「それで、精霊(大地)から力を得るのはとても稀な事で~ わたし達エルフは自然との親和性が高いから、昔は陣を扱える者も多かったようだけど、内包する魔力で同じような効果を行使する魔法が認知されたら・・・学ぶ者も減っちゃうわよね~。 そんな感じで廃れちゃったってわけ~」


 「なるほど・・・仕方ない事ですね・・・」

 特定の人のみが扱える技術より、大衆的な技術の方が魅力はあるし何より同じような効果なんて言われたらな・・・


 「他にも気づいた事あるけどきく~?」


 「お願いします」


 「実についてだけど、今まで落ちた実を食べてるのよね~? わたしが触れると火傷したけど、木になっているものはもっと熱かったわ~ わたしが痛みを感じること自体不思議なんだけど、実ってるものはもっと強いって事かしらね~」


 そう言えば、エルフの村では神実(シンカ)と呼ばれるペアーチとそっくりな実があると話していたか。 ペアーチには聞いたような効果は感じないし、実っている物を採取すれば・・・?

 「だけど、大丈夫でしょうかね・・・」


 「いいんじゃな~い? どうせ放置されているみたいなんだし~ 一個くらい持って行ってもバレないんじゃ~?」


 たくさんあるんだし、少しくらい良いか・・・?

 ・・・・・・

 「いや、木から採取するのはやめておきましょう。 自分の考え過ぎなら良いけど、リスクを冒すほど飢えてはいないから」


 「え~・・・」


 エイシャさんはがっかりしていたが、勝手に取ったりしていなかった事は一安心であった。 というか触って焼け焦げたのだろう手が黒くなっているのが目に入った。

 「手、大丈夫ですか?」


 「そのうち治ると思うわ~ 普通より時間かかるみたいだけど~」


 「そうですか。 他に気になる事ってありました?」


 「う~ん、力になれなくてごめんなさいね~・・・」


 「いえいえ、そんな事ないですよ? それじゃ、帰りましょうか」


 「は~い」


 俺はペアーチが大量に入ったプラBOXとバックパックを背負って、エイシャさんと共に再び森へ入っていった。



-------------------------------------------------------------------------


 「・・・賢明な判断であるな。 そのままであれば、見逃しておけるのだが・・・」


 「しかし、新たに増えた者は少々困り者だの・・・」


 二人には到底届く事のない独り言を呟くモノが、樹上には居た。

 智司の選択は間違っていなかった。 間一髪で命を繋ぐことが出来ていた事に彼らは気づきもしないのであった。


--------------------------------------------------------------------------



 森を走り始め、ふと思い出す事があった。 まだ13時を回ったばかりなので、寄り道をしても良いか。

 俺は足を止めてエイシャさんに話しかけた。

 「エイシャさん、森の中で何か食べれるものって見つけたり出来ます?」


 「おなか空いちゃったの~?」


 「いえいえ、今自分達の食糧って、僅かばかりのイノシシ肉とこのペアーチしかないんですよね・・・他の食物に飢えてるんですよね。。。」


 「なるほどね~、それじゃぁ帰りはもう少しゆっくり帰りましょうか~ 食べ物を探してみるわね~」


 そこからは歩いて帰る事になった。

 エイシャさんは周囲を見渡しながら進んでいるので、俺は方位磁針を確認しながら家への方角を見失わないように後ろからついて行っている。 何度か立ち止まるが、めぼしい物はまだ見つからないようだ。


 「何かめぼしい物はありますか・・・?」


 「食べられなくは無いけど、おいしく無い物ばかりかな~・・・」


 「えっ? 食べれる物あったのですか!?」


 「うん、例えばサトシさんの足元の葉っぱも一応は食べれるのよ~? でも、香りは良いけど大しておいしくないのよね~」


 「おぉ!? そういうのでも十分ですよ! 香辛料として使えるだけでも有難いですよ!」


 「あら~ それならもう少し手広く探してみようかしらね~」


 「ちょっと待ってくださいね、これ採取しちゃいますから」


 「は~い」


 プラBOXを降ろして、バックパックからビニル袋を取り出す。 生えている植物は、他の草と比べると若干見た目に違いがあるが、比べないと分からない。 葉の先端にわずかに3つの尖った部分があるが三つ葉のようにハッキリとした特徴ではない。 もちろん、他の葉っぱは違うとエイシャさんに止められてしまった。 採取した野草の香りは、パセリに似たような爽やかなものだった。 これなら肉料理にも使えるだろう。 もっと欲しいところだ。

 「エイシャさん、これと同じのがあったらまた教えてくださいね」


 「なら、見つけたら袋につめていくわね~」


 俺からビニル袋を奪うと、エイシャさんは周辺を走り回って袋いっぱいのパセリっぽい草が集まった。

 「この草って何て名前なんですか?」


 「それは、パセリね~」


 名前は一緒だった…

 さらに俺達は森を探索して、家に着く頃にはたくさんのビニル袋をプラBOXの上に乗せていた。

 「や、やっと着きましたね・・・」

 行きは1時間程度だったが、帰りは4時間近くかかってしまった。 陽は傾き始め、そろそろ夕食の準備をするべきだろう。 エイシャさんのおかげで今日は今までと違う食事が作れそうだ。 焼肉以外の食事にありつけそうだとあって、料理が楽しみだった。


 大量の荷物を一旦かまどの近くに降ろして、土で汚れた手を服で拭って部屋に戻る。

 エイシャさんは、もう少し周りを見て来るとの事で、一人で森に戻っていった。 まぁ、あの人なら何があっても無事だろう…


 ガチャ


 「ただいま」


 「おかえりなさい。 紅葉(もみじ)様は変わりないわ。 そっちはどうだった?」


 紅葉(もみじ)はすぅすぅと変わらない寝息をたてていた。

 「ペアーチもたくさん拾ったし、今日は別の食材もいっぱいあるぞ!」


 「それは楽しみね。 お昼ご飯食べてないからたくさん作ってもらえるかしら?」


 「あぁ、紅葉(もみじ)が起きるかもしれないし、いっぱい作るよ 今から始めるけど、アリスはどうする?」


 「紅葉(もみじ)様を見ているわ。 出来たら呼んでもらえるかしら」


 「あぁ、よろしくな」


 今日の晩御飯は・・・ポトフが作れそうだ。 寒くなってきたし、温かい食べ物が旨いだろう。

 ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、コショウの実を手に入れている。 急に食糧事情が改善してしまったな。  エイシャさんに感謝である。

 コショウの実は生のままでは使えないので、乾燥させるためにペアーチの皮と共に軒先に干しておいた。


 「さて、始めるか!」

 肉は角切りにして塩コショウを施し、焼き色が付くまで全面を箸で返しながら焼いていく。 こうすると肉のうまみを閉じ込める事が出来るのだ。 玉ねぎとニンジンはぶつ切りに、ジャガイモは煮崩れを防ぐ目的もあって皮付きのまま綺麗にタワシで洗っておく。

 ダッチオーブンをかまどに置いて、ニンジンと玉ねぎを炒めて玉ねぎの色が透き通って来たところで、ゴロゴロとしたジャガイモと皮を剥いた塊の玉ねぎも追加する。 軽く水を入れて蓋をして蒸らしていく。 蒸気圧がかかって野菜への熱の通りが早くなる・・・と思っている。

 コポコポと沸騰してくる音を確認しながら、火から離して焦げ付きを防ぎつつゆっくりと待つ・・・蓋を開けると拡散した蒸気が夕日に染まっていく。 肉と水、コンソメブロックを追加して、塩コショウで味を調えてまた蓋をする。

 「陽が落ちる頃には、味が染みているかな・・・」 


 ダッチオーブンの中身が焦げないように、火から離したまま一度部屋に戻った。

 「アリス、もうすぐ晩御飯できるよ」


 「ありがとう。 紅葉(もみじ)様も食べられれば良いんだけど・・・」


 「まだ、寝てるのか・・・」

 そっと頭を撫でるが、寝息をたてたままだった。 表情が苦しんでいない事だけが救いだが。

 「アリス、紅葉(もみじ)も連れていこうか」


 俺は、紅葉(もみじ)をベッドから抱き上げた。 腕の中で丸まった紅葉(もみじ)は、本当に寝ているだけのようであった。 寝返りはうつし、しっぽや耳も動いている。 狸寝入りじゃないか?とも思ってしまうが、いつものように胸の方へ上がってこない。 無理をさせ過ぎてしまった自分の情けなさが、今も胸をズキズキと刺してくる。 アリスの表情も元気がないな・・・。

 「行こうか」


 「・・・えぇ」


 |抱き上げて以来、紅葉(もみじ)の表情はより幸せそうに見えた。 頭を撫ででやると僅かだが、擦り付けてくるような感じがする。 反射的な行動なのだろうか? おいしい物の香りに包まれて目を覚ます事に若干期待しているがどうなるかな。


 かまどに到着すると、ポコポコとダッチオーブンの中身は沸いていた。 陽は落ちて暗いが、焚火の周りは温かな明かりで包まれている。

 かまどの前の石の上に俺は腰を下ろし、紅葉(もみじ)を太股の上に寝かすと、アリスも隣に座った。

 「今夜はポトフって料理にしてみたんだ」

 パカッとダッチオーブンを開くと、白い湯気が空へ登っていく。 風はほとんどなく、外で食事するにはとても良い状況だった。


 「おいしそうね」


 少しだけアリスの表情が和らいで見えた。

 椀に取り分け、パセリを散らしてアリスへ手渡した。


 「ありがとう、どうやって食べればいい?」


 「あー、ごめんごめん。 そこにある木のレンゲでスープを掬って飲んだり、じゃがいもを割って食べてみて。 しっかり煮込んだから多分柔らかいはずだけど」


 「頂くわ・・・」


 ズズッ・・・


 「っ!」


 アリスの顔がパッと晴れるのを見てから、俺も自分の分に口をつけた。

 味見はしていたので、スープに問題ない事は確認済みだ。

 じゃがいもにレンゲを押し当てると、ホロホロと簡単に崩れた。 一口サイズに割った後、口に入れるとしっかりと味が染みていてホクホクしたじゃがいもの甘さを感じる。 ニンジンも柔らかく、こちらも癖のない味だった。 野生のニンジンなんて相当臭いと思っていたが、市販品と変わらないレベルだった。 塊の玉ねぎには一枚一枚の間にスープがしみ込んでおり、レンゲで割るのが難しくかぶりつく事にしたが、ジュワッと広がるコンソメスープと玉ねぎの甘さの中に、コショウの刺激が良いアクセントとなっている。 メインの肉は・・・噛むと染み出る肉汁がスープに乗って舌の上を流れていく。 硬くなっていない肉は程よい弾力で噛み応えを楽しめる。

 一言でいうならば、旨い!

 コンソメブロックや塩は有限だが、他の物は現地調達した物ばかりだ。 塩さえなんとかできれば、今後もこういった料理を続ける事は出来るだろう。


 隣に目をやると、俺以上に大きな椀を渡していたが、もうすぐ食べきりそうだった。 お昼も食べていないのだし、食べっぷりを見ていて微笑ましくなる。

 「おかわりもあるから、ゆっくり食べていいよ?」


 「・・・っ! は、はしたなかったわ・・・」


 「ううん、おいしそうに食べてもらえてすごく嬉しいよ」


 「そ、そう・・・?」


 「あぁ。 おいで、まだまだあるからね」


 「えぇ」


 アリスが俺にくっ付くように隣に座り直してお椀を出してきたので、俺も笑顔で受け取ってポトフをよそって渡した。

 「おいしくできて良かったよ」


 「ほんと、美味しいわね・・・」


 「アリス達は村での生活ではどんなものを食べていたの?」


 「そうねー・・・ここにあるような野菜を焼いたり煮込んだり・・・あまり差は無いはずなのにな。 ・・・あなたの料理は何だか温かくて美味しいわ」


 「ん?」

 最後の方の言葉があまり聞き取れなかった。


 「な、何でも無いわよ。 村でも同じような感じよっ」


 「あはは♪ ありがとな、これからもアリスに喜んでもらえるように作るよ」


 「ちょっと!? 聞こえてたんじゃないっ! あぁーもうっ!」


 ポカポカ叩いてくるアリスがとても可愛かった。

 胸に抱き寄せてると離れようとしたが、離さなかった。 本当に嫌だったらもっと暴れるよな・・・


 右手でアリスの頭に触れ、撫でていく・・・綺麗な髪の毛だ。 触っているだけで幸せになってくる。 紅葉(もみじ)を撫でるのも好きだが、これは違った良さがある。


 胸にアリスの温かさを感じつつ、滑らかなプラチナブロンドの髪の毛を手が滑り降りていく。 また頭に戻して、手を滑らせる。 絡まる事のない艶やかな髪の毛は、シャンプーなどのヘアモデルのようだ。 不思議なのはその見た目。 髪の毛が綺麗なのは間違いないが、手に触れる感触は細い一本一本を感じさせる細やかさがある。 だが、その見た目はアニメ塗りのように単純な色調表現で、所々にハネがあったり、天辺にもアホ毛がある。 それらは、毛の塊に見えていた。 だが、実態は細い髪の毛の集合体のようだ。 触れて分かるこの感触は、現実世界と差が無いように感じる。

 もし俺が元の世界に戻る事になった時、この子を連れて行く事は出来るだろうか? 着いて来てくれるだろうか? まぁ、仕事も無く生きられるこの世界は、元居た現実世界より魅力的か。


 どれだけの時間こうして居ただろうか? アリスは俺の背中に手を回して抱きついている。

 体を重ねた事実はあれど、欲望に染まってそれのみでこの子を見てはいけない。 体だけで愛を深め合う訳では無い。 女性が求める物は、もっと日常の幸せだと考えるようになった。 俺の今までの失敗経験は、この為にあったのだろう。 アリスを失いたくないし、嫌われたくない。 自分に無理をするつもりは無いが、アリスにとって頼れる存在では在りたい。 生活の中で、小さくても気持ちを深め合う時間を作ろう。


 「アリス、もうお腹はいっぱいかな?」


 「・・・ぅん、でも もう少しこのままがぃぃ・・・」


 顔をこちらに向けたアリスは、言い終わる前に顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めていた。 抱きしめられる腕にキュッと力が入ったのを感じて、俺もアリスの頭に顔を傾けた。


 かまどの周囲に冷たい秋の風が吹く。

 ガラッ・・・パキッ


 かまどの薪が崩れ、熾火が弱まってきたのを区切りに、アリスの手が解けたので俺も解いて隣り合って座る状態に戻った。

 「だいぶ遅くなっちゃったな」

 時計を見ると、21時を回っていた。


 「そうね・・・」


 「紅葉(もみじ)は起きないな・・・」


 「こんなに美味しかったから、紅葉(もみじ)様もきっと気に入るはずなのに」


 「俺も香りにつられて起きるかな?って少し思っていたんだけどな」

 もう丸1日寝てることになる。 水分補給や栄養補給が不要とは思えない・・・そう言えば・・・

 「そういえば、エイシャさん居ないよな?」


 「確かに見てないわね?」


 「どこ行ったんだろう・・・エイシャさん居ますかー?」


 「居るわよ~~~v なが~い間、抱き合っちゃって、もうドキドキしたわ~♪」


 ・・・


 タタタッタッ


 「行っちゃったわね~」


 「エイシャさんのせいですよ・・・」

 アリスは耐えられなくなって、無言で部屋に逃げ込んでしまった。 これは当分帰って来なさそうであった。


 「いつから見てたんですか・・・?」


 「ご飯食べ始める頃からよ~」


 「最初っからじゃないですか・・・」


 「邪魔しなかったんだから、いいじゃな~い?」


 エイシャさんがとてもニヤニヤとこちらを見て来るので、疲れがドッと出てきた。

 「そうだ、聞きたい事があったので丁度良かった」


 「あら、なにかしら~?」


 「紅葉(もみじ)がもう丸1日眠ったままですが、水や食料は大丈夫なのですか?」


 「あー、そうね~ そろそろ水分補給くらいはした方が良いかしらね~」


 「そうでしたか・・・ならスープくらいは飲めるかな・・・」

 ポトフのスープを掬って、紅葉(もみじ)の鼻先に近づけるとペロペロ舐め始めたので、飲む事は出来そうだった。 試しに肉も掬ってみると口に含んで飲み込んだので、本当に眠っているのか謎であった。 今後は、一緒にご飯を食べるようにしよう。


 なんだかんだで紅葉(もみじ)もポトフをしっかり食べていた。 まだ鍋に半分程度残っているので、明日の朝もこれで良いだろう。


 「エイシャさんは、夜どうしますか?」


 「ん~、森を散策していても良いけど、ちょっとアリアちゃんを見て来るわ~」


 「そうですか、それではおやすみなさい」


 「おやすみなさ~い」


 紅葉(もみじ)と部屋に戻る頃には22時を回っていた。

 ベッド脇には、切ったままのペアーチが皿に乗っていた。 見た目に変化は無いので、1カケラ摘まんで口に入れてみると、変わらない美味しさであった。

 ベッドに紅葉(もみじ)を寝かして、俺も横になる。


 横から見ると、皿にペアーチの汁が溜まっているのが見えた。

 (紅葉(もみじ)は食後のペアーチ好きだもんな・・・)


 皿を傾けて、紅葉(もみじ)の鼻の前に寄せると舐め始めた。

 「ほんとはこんな所で行儀悪いんだけどな・・・」

 幸せそうな紅葉(もみじ)を撫でていると、だんだんと眠気が襲ってきた。 抗うことが出来ず・・・zzZZZ



 ・・・サ・・ト・シ・・・おき・・て・・よ・・

 サトシ、おきてよ・・・


 「ん・・・?」

 目を開けると、アリスが寂しそうな顔をしていた。

 「どうした、アリス・・・?」


 「晩御飯の時・・・あんな・・あんな事しといて、寝ちゃうなんて・・・」


 「・・・っ」

 あんな事・・・? 思考の回っていない頭が、そのまま言葉に出してしまいそうだったが間一髪で防いだ。

 晩御飯の時・・・抱き合ってた事だよなきっと・・・

 潤んだアリスの瞳が、消し忘れたベッドサイドの照明で照らされてキラキラと輝いていた。 顔は赤みを帯びており、呼吸が荒いようだ・・・これは・・・


 (夜這いか!)


 「エイシャさんはどうしてる・・・?」


 「森の散策へ行ってる・・・」


 「すぐ行くから、部屋に居てくれるか?」

 荒い呼吸のまま、アリスは静かに部屋を出ていった。

 ペアーチの皿は空っぽになっていたので、寝ながら紅葉(もみじ)は食べきったようだ。

 皿を片付けつつ、来客用のマットレスを持って部屋を出た。


 「アリス・・・入るよ」


 「・・・こっち・・」


 殺風景な寝室には毛布一枚と、衣装ケース、それと・・・月明かりに照らされた一糸纏わぬ艶めかしいアリスがいた。


 「これ、アリスの部屋にもあると良いだろうし置いとくな?」

 俺はマットレスを敷いて、アリスを招いた。


 「遅くなってごめんな」


 「ぅぅん・・・はやく・・・」

 ・・・カチャ・・・

 我慢の限界に達していたアリスと、俺は再び体を重ねた。



 ・・・



 「起こしてくれて、ありがとな」


 「・・・」


 裸のままアリスが抱きついてきたので、そのまま抱き寄せていく。

 アリスの頭が胸の上に・・・

 「そこで寝れるか?」


 「ぅん・・・」


 「おやすみ、アリス・・・」


 「おやすみ・・・」


 今日は帰れそうにないな。

 寄り添うアリスは、早くも寝息を立てている。 安心してくれてるって事かな。

 しかし、アリスがここまで積極的になってくるとはな。 ちょっと驚いたが、これもありだな。 幸せそうに眠るアリスは、いつも隣で寝ている紅葉(もみじ)を彷彿とさせる。

 しっとりとしたキメ細やかな素肌は、吸い付くように密着してくるので、賢者タイムが切れかけた俺には少々刺激的過ぎるんだがな。


 ・・・カチャ・・・


 物音が聴こえた気がするが、エイシャさんだろう・・・入って来ないところから気を利かせてくれたのかな。 まどろみの中、ゆっくりと俺も眠りに落ちていった。

次話が迷うなぁ・・・

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