16-2.アリスとの夕飯(16日目)
エイシャを連れて帰宅する一行。
だが・・・
「ね~、お家はまだなの~?」
「エイシャさん、河原から1時間くらいかかりますからね? まだ半分くらいですので・・・はぁ・・・」
もう何度目だろう。 同じ会話を繰り返していた。
「アリス、エイシャさんの事何とかしてくれ・・・」
エイシャさんは、歩く俺達の周りで慌ただしく動き回っている。 旅行を楽しむ子供のように、行きの移動で体力を使い切るかのように・・・あ、でもエイシャさんは体力無尽蔵か。 一緒に居るとこっちがバテテしまいそうだ。
「お母さんの事、私が止められるようなら今までのような事になっていないわ。 諦めて」
「・・・諦めろか。 せめて急ぐしかないか、いくぞっ」
腹に紅葉を入れたまま、一輪車ダッシュで森を抜けていく。 フル防具装備によって筋力が増している為、車輪は地面から浮かせている。 要は走っているだけだが、一輪車の矜持というか持ち方って合わせたいよなって配慮だ。
「ちょっと、置いていかないでよっ!」
「アリス、お前も走れよー」
「アリアちゃん、急ぎましょ~」
「なんで私ばっかり・・・こんな目に。」
森を突き進み、アパートが見えてきた。 間もなく安全域に入るといった時・・・
ガンッ!
「キャッ!? もぉ~なんなの~?」
エイシャさんが、アパートの安全領域に拒まれたようだ。 薄々予想はしていたが、領域さん的にはモンスター扱いのようだった。
エイシャさんの整っていた顔は鼻が折れたのか歪んでおり、尻もちから立ち上がって壁をペタペタと観察していた。 鼻が折れている事には一切関心がないようだ。
「見えない壁よね~? こんなの初めて! 何この結界みたいなの~? サトシさんの~?」
未知との遭遇に興奮気味のエイシャさんを落ち着かせつつ、分かっている範囲で壁について説明する。
「へ~・・・サトシさんはここで目覚めて、その時からあるのね~」
「あぁ、今まではモンスター以外は入れたから気にしてなかったのだけど、こうなるとはな・・・」
時間とともに歪んでいたエイシャさんの顔は治っていく・・・驚異的な回復能力であった。
「お母さんは・・・外に居るしかないんじゃ・・・?」
アリスが結論めいた事を言っているが、それしか無いだろう。 俺も賛同しかけていたが・・・
「ちょっと穴を掘ってみるね~ 下からだったら入れるかも~?」
ザクザクッ! ガガーーーッ!
「っ!? ・・・アリス、エイシャさんって何なんだ・・・?」
腕がシャベルのようになったと思ったら、掘削ドリルのように変わって土へ潜っていった。 流石10年間も土の中で暮らしていた蝉の幼虫のような・・・って違うか。 あの掘削状況で10年かかるってホントに土の中にいたのか? エイシャさんのお墓って一体・・・。 謎は深まるばかりであった。
「・・・ママが・・・突拍子も無い事してたのは、いつもだから・・・」
エルフ辞めましたというか、ゾンビです!って一言では説明できそうにはなかった。 魔法は使えなくなったとは言うけど、さっきの腕の変化は一体・・・。
「やだもぉ~」
エイシャさんの掘っている穴の中から反響音が聴こえてきた。 ダメだったのだろうか。 再び工事現場のような音が響き始め、エイシャさんが穴から出てきた。
「どうでした?」
アパートの敷地に這い上がって来なかった事から容易に想像はつくが、泥だらけのエイシャさんへ確認する。
「ダメ~ 全くダメ~。 この壁、球体みたいで下までず~っとぉ~」
エイシャさんは変化していた腕を元に戻し、パタパタと纏っていた布切れをはたいて悪態をついていた。 やはりアパートの周囲の壁は、良くわからないが地中まで完全に守ってくれているようだ。 家の中は安全地帯だと改めて確認する事が出来た。
結局アリスの発言通り、エイシャさんはアパートの外で待機させ、俺達はアパートの敷地内へ。
「なあ、アリス・・・あのままにしておいていいのか?」
「マ、お母さんの事は仕方ないじゃない。 私がこまめに確認しに行くわ・・・だから今は見ない事にしましょう・・・」
さっきからチラチラと見てしまっているが、エイシャさんは見えない壁に持たれかかっていたと思ったら、球面を登ろうとして滑り落ちていたり、終いには木から飛び乗って壁を滑り台のようにしていた。
「自由人だな・・・」
「身内がごめんなさい・・・」
「大丈夫だ、問題ないよ・・・」
アリスが頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
そっとアリスの頭に手を乗せて、撫でながら落ち着くのを待つしか無かった。
「もう大丈夫よ・・・迷惑かけたわ・・・」
「気にするなよ、流石にエイシャさんの状況を見ていたら。アリスに同情するわ・・・」
グゥ~・・・
陽が傾き始める中、昼ご飯を食べていなかったので俺のお腹が鳴った。
「夕飯を兼ねちゃうけど、ご飯にしよっか」
「えぇ、私もお腹が空いたわ。 私はどうすればいいかしら?」
「肉とペアーチしかないから、何とかしなきゃな・・・俺の分も含めて食べたい分を肉の山から切り分けておいて」
ホルダーごとサバイバルナイフをアリスに手渡した。
アリスはさっそく1日分の肉山に向かって行った。
「ねぇ! たくさん食べてもいい・・・?」
お腹が空いているんだろうな、紅葉もだけどアリスも結構たくさん食べるんだよなー。
「いいよ、今日は魔法の練習したりして意外に疲れたよな」
「ありがとっ」
嬉しそうにアリスが肉を切り分けているが、大丈夫だろうか・・・? 今後の食糧事情が心配になってきた。 ただ、今俺は優先すべき事があった。
(紅葉、大丈夫かな・・・)
服の中では紅葉が丸まって眠り続けている。 エイシャさんの言葉通りなら、魔力回復すれば目覚めるらしいが・・・。 ただ、魔力が尽きて即眠ってしまった場合は、全回復しないと目覚めないらしい。 そういった面でも魔法の行使には結構リスクがある事が分かった。 安全な場所で魔力総量の把握は本当に重要だ。 ただ、同じ魔法をずっと使い続けるだけなら、回数である程度危険領域を判断できるだろうが、複数の魔法を使った場合は相当マージンを取らないと危険な気がする。 そういう意味でも、使う魔法はある程度厳選しておく方がよいだろう。 魔法で楽を・・・と思っていたが、簡単にはいかないか・・・。
俺は部屋に戻ると、防具を脱いで服の中から丸まった紅葉を産み落とした。
すぅすぅと気持ち良さそうに寝ているが、いつ起きるのだろうか。 朝ごはんも紅葉は結局食べずじまいだったし、食事はどうしたら良いのだろうか・・・。 心配は大きくなってしまうが、今は寝かせておくしかないか。 エイシャさんにこのあたりの事も聞いておかなきゃな。
ベッドに紅葉を寝かせて、布団を掛けておいた。
「無理させちゃって、ごめんな紅葉・・・」
紅葉の頭にそっと手を乗せて、撫でていく。 温かく柔らかな毛はいつもと変わらず、心配は無いようには思う。 ただ、俺もアリスも面白い遊びを見つけた!って感じでやり過ぎちゃったもんな。 起きたら一緒に考えなきゃな。
「今はゆっくり休んでね。 起きたらいっぱい紅葉が望むことしてあげるからね」
紅葉を寝かせてから、俺は外に戻った。
まだ陽は高いが俺も空腹が限界に達してるので、早めに晩御飯にしようかな。
「アリス、火を起こしてお肉焼こっか」
「えぇ、早く食べたいわ。 それと、紅葉様はどう・・・?」
「気持ち良さそうに寝てるよ。 きっと大丈夫だよ」
「そう・・・。 紅葉様には謝りたいわ。。」
「俺も・・・だな。 自分が魔法を使えて無いのもあったけど、本当に色々できるみたいで楽しかったから、紅葉の事を全く気に掛けれていなかった。 アリスよりも俺の方が紅葉との付き合いが少しだけ長いけど、俺が気づいてやれなかったのは落ち度だ。 今は、無事を祈るしかない。 それにエイシャさんが居るから困った時はどんどん相談しよう」
「そうね・・・」
アリスの視線は、安全領域の外で見えない壁と格闘しているエイシャさんへ向けられていた。 多分、エイシャさんにとっても壁が何なのか気になるようで、魔法の探究者として俺のように分からないものはそのまま・・・と放っておけないのだろう。 何やら色々試しているようだ。
「ごめんなさい・・・」
「だ、大丈夫だから! さぁ、肉を焼こう。 お腹減ってると元気なくなっちゃうしね」
メタルマッチで火を点け、網焼きで塩を使って肉を焼いていく。 焼いた肉はどんどんとアリスへ渡していく。 おいしそうにガツガツと食べていくので、焼いている方としても気持ちがよい。 合間に自分も食べていく。 というか、摘まんでいかないと丸っと1日分の肉を1食で消費しようとしていたアリスに全部食べられてしまう。
陽が落ちて周囲が暗くなった頃、早めに始めていた焼肉は遂に終わりとなった。 3時間近く肉を焼いていたようだ・・・
「アリス、お腹いっぱいになったか?」
「えぇ! 満たされた気分だわ♪」
アリスは元気になったようだ。 十分気分転換になっただろうが、まだ寝るには早いだろう。
「それは良かった。 今日は紅茶飲むか?」
「良いのですか!?」
「あぁ、それじゃあ準備してくるね」
部屋に戻って、パックとカップ、自分用にインスタントコーヒーも持ってくる。 鍋で湯を沸かして出来た紅茶をアリスへ手渡すと、手渡しで受け取ってくれた。
「あっ・・・ありがとう」
「どういたしまして」
カップを渡す時にアリスと手が触れたが、カップを落としたり払い除けられることも無かった。
そういえば、今日は全く避けられていないな。 エイシャさんと何かあったのだろうか? 昨日の夜から何か変だったしな・・・まぁ、悪い事ではなさそうだし良いか。
食後は焚火にあたりながら、優雅にコーヒーと紅茶を飲み合う。
今日は面白くも、色々な事があった1日だった。 考える事も多かったので。今日は中々眠れなさそうだな。
「ごちそうさま。おいしかったわ、ありがとう。 私は、お母さんのところへ行ってくるわ。 あんな風でも両親だから・・・」
「ああ、行ってらっしゃい。 俺は部屋に戻ってるね。 おやすみ」
「おやすみなさい、サトシ」
あんな風でも・・・か。 そんな事を言いつつも優しい笑顔をしていたアリスは可愛かった。 ん? 初めて名前を呼んでくれたか。 明日も呼んでくれるかな? 仲良く、楽しく生活できる未来は一歩ずつ進んでいるようだな。
俺は部屋に戻って、ベッドに腰かけた。
ちょっと話を切り分けようと思ったので、4000文字程度と短いですがここで区切ります!




