15-1.朝の1杯(15日目)
朝、智司が外に出るとアリスが居て・・・
「ふぁ~・・・」
目覚めるとカーテンからは薄明かりが漏れていた。 時計は5時半だったが、3人分の朝御飯やそろそろ溜まった洗濯物を洗わなければならない。 服の中に入っていた紅葉を無理やり引きずり出したが、布団の中で丸まったのでまだ起きる気は無いらしい。 温かい布団と紅葉の誘惑に負けず、俺は布団を出た。
「・・・さむっ」
今朝は冷え込んでいるようだ。 手早く暖かめな服に着替えてカーテンを開くと、薄明かりの中で森の木々は赤や黄色に染まっていた。
昨日もこうだっただろうか・・・? あまり周囲を確認していなかったが、秋の訪れを感じさせる美しい光景にしばし胸を打たれていた。
コートを着た俺は外へ出ると、アリスがアスファルトの上で屈んで両手を組んでいるのが目に入った。 東を向いて頭を下げているようだが、宗教的な何かだろうか? 声を掛け難い状況だったので、俺はいつも通り軽く柔軟をして朝御飯の準備を始める事とした。
かまどに薪をくべ始めると、パチパチと音がなり炎が大きくなっていく。 今朝は冷え込んでいたので、焚き火の温かさが体に染みるようだ。
ついでに温かいコーヒーでも飲みたい気分だが、今は貴重なんだよなぁ・・・
でも、置いておいても湿気て香りが落ちるだけかと考えて、インスタントコーヒーを取りに戻って湯を沸かしているが、まだアリスは祈っている。
赤いジャージ姿のまま、綺麗に整ったプラチナブロンドのストレートヘアは、昇って来た陽に照らされて輝いている。 湯気を立てるコーヒーを飲みながら俺はその光景を眺めていた。 俺は無宗教みたいなもんなので、表現が正しいか分からないが教会で祈りを捧げている様に見えた。 俺が気づいてから既に45分以上そのままなのだ。 寒くないのだろうか?という心配は疾うに越えていた。
コーヒーを飲み終え、肉を切り分けている時に後ろから声が掛かった。
「おはよう御座います。 朝御飯の準備ですか?」
「おはようアリス、朝早いんだね。 そそ、紅葉はまだまだ起きて来ないだろうけど焼きあがる頃には来ると思うよ。 それと、体の方はもう大丈夫なの?」
2m程度離れたままなのは昨日と変わりないが、2人きりで話が出来ているのは前進だと前向きに考える事にしている。
「朝は普段通りですわ。 そうですか・・・。 健康そのものですので、お気遣い不要です」
俺の心配に対しては辛辣だったが、俺とアリスの関係はそんなもんかと諦める事にした。
えらく落胆したような発言は、紅葉が居ない事だと丸分かりであった。 クスクスと笑いを堪え笑みが漏れている俺を余所目に更に質問が来た。
「それと・・・先ほどの香りは何ですか? 香ばしく爽やかな独特な・・・あなたが出てきて火をつけてから香って来たのですが」
コーヒーの事だろうか、アリスからは10m近く離れていたとは思うがそれでも気づくとは、相当の嗅覚の持ち主な様だ。
「コーヒーって飲み物なんだけど、アリスも飲んでみる? でも、苦いから好みが分かれるかも」
砂糖を入れれば甘くはなるが、いつもブラックで飲んでいるのでミルク等々が無く苦味を抑える術は無いのだ。
「頂けるのなら」
アリスからは酷く端的な返答だったが、早朝にこうしてのんびりとコーヒーを飲み合えるのも楽しいかもなと、かまどに戻り2杯目のコーヒーを作った。
作ってる最中に、これ間接キスとかになるんじゃね?なんて淡い気持ちもあったが、一応カップはお湯で濯ぎ直している。
コーヒーを手渡そうとしたが、手を伸ばした所で届かない事に気づいた。
立ち上がってアリスに近づくと、それに合わせて彼女は後ずさって行く。
2m程度進んで地面にカップを置いてかまどに戻り声を掛けた。
「熱いから少しずつ飲んでね」
「ありがとう御座います。 では・・・」
俺はアリスのコーヒーへの感想を期待し、じっと見つめていた。 美味しいとなるか苦いとなるか・・・一般的に子供は苦いのは苦手だから、後者となるだろうと予想しているが・・・
「あの・・・じっと見られていると飲みにくいのですが・・・」
「あ、あはは・・・ごめん。 それじゃ、俺は朝御飯の準備をしてくるよ。 飲めなかったらそのまま置いといていいよ。 俺が飲んどくから」
「分かりましたわ」
アリスを残して俺は改めて肉の切り分けを始めた。 大きなイノシシだったので、昨夜の調子で食べていってもかなりの日数持つだろう。 腐らないってこの環境最高!と思いつつ、ビニールシートを広げて1食分、1日分・・・と肉の山を作っていく。 スライスしてしまった方が調理はしやすいが、今後もステーキ等で厚切りを食べたくなる事もあるだろう。 だから1食分のスライス肉で量を確認した以降は、少し大きめの肉塊に分けていった。
肉は14日分にもなった。 まだジップロックにも肉は残してあるので、15日分の肉は十分ありそうだった。 食料の心配は当分無いが、やはりバリエーションを増やさなくてはな・・・
朝食分のスライス肉をかまどへ運んでいると、アリスはコーヒーと格闘していた。
かなり顔をしかめているので、苦くて飲めないのだろう。
「アリス、無理して飲まなくても大丈夫だよ?」
「私が望んだ物ですし・・・」
「そんなの気にしなくて良いよ。 ここでは苦手ならそう言えば良い、それにコーヒーは俺が好きだからね。 アリスが苦手で残すなら、俺が美味しくそれを楽しめるって事になるし」
「すごく香りは良いんですけどね・・・お返ししますわ」
アリスが地面にカップ置いて離れるのを待ってから、カップを拾い上げて俺はコーヒーをちびちびと飲みながら網の上に肉を敷いていく。
(間接キスじゃねーかこれは!? さっきは洗ったけどアリスはあんまり気にしないのかね・・・prprしてたら流石にヤバイ人に思われるから自重自重・・・)
「・・・アリス、コーヒーは苦かった?」
「ええ、爽やかな香りだったので少々意外でしたわ・・・」
紅葉以外の事で、落胆しているのを見るのも初めてだなと思いつつ、コーヒー以外の飲み物ならいけるかもな。 紅茶のティーバックもいくつかあるし、アリスと仲良くなるチャンスと考え、肉から目を離してアリスへ話しかけた。
「コーヒーはダメだったけど、紅茶って飲み物もあるよ。 それは苦味がずっと少なくて良いかも。 試してみる?」
「良いのですか?」
「ああ、じゃあ肉を焼いたら取ってくるよ」
肉を焼いている間、アリスとの会話は途切れて、森から聞こえてくる葉擦れだけに包まれていた。 紅葉もまだ起きてきてはいない。
肉が焼きあがったので皿に盛ったが、紅葉はまだ起きてこないようだった。 時計を確認すると7時半だったのでまだ寝かせとくかと、紅葉用の肉は生のままので起きてから焼く事に決めた。
「ちょっと、紅茶取りに行ってくるよ。 アリスは焼けた肉を先に食べちゃってて。 冷めると美味しくないしね」
「ありがとう御座います。」
昨夜同様に両手を組んで祈りを捧げてから食べ始めるアリスを横目に、俺は紅茶を取りに部屋に戻った。
かまどに戻ると皿の上に盛ってあった肉は全て消え、ハムスターですか?とツッコミたくなるような頬をしたアリスが居た。
何も見なかった事にして、俺は鍋のお湯でカップを濯いで、ティーバックで紅茶を作っていく。 カップの透明なお湯がオレンジ色に染まり、甘い香りが辺りに舞い始める。
「・・・ごくん。 いい香りですね。 コーヒーよりも甘い香り・・・」
「紅茶はそんな感じだしね。 ただ、味は甘くないからね?」
空になった皿の事は一旦置いといて、紅茶の入ったカップをアリスへ渡した。 今後も渡す時は地面に置かなくちゃダメなのだろうか・・・今度も大変だなと、早く仲良くなれるようになりたいと生活面からも感じていた。
「良い香りですわ・・・」
またアリスをじっと見ていてもダメだろうと、予想外に無くなった肉の補充をする為に、ビニールシートで包んだ肉の山へ俺は足を運ぶのだった。
「アリス、紅茶は口に合ったみたいだね」
戻ってくると、幸せそうなアリスの表情が見れたのでコーヒーの時とは違うのが一目瞭然であった。
「これは、美味しいですわ。 私の村にも似たような飲み物がありましたが、これはそれ以上に甘く強い香りです。 こんな上等な物、ありがとう御座いました。 お肉も美味しかったですわ」
「そっか、それは良かった。 紅茶もあまり数が無いから、そう何度も飲めないけどね」
「そうなのですか・・・」
落胆するアリスの気持ちは良く分かる。 俺だって久々に飲んだコーヒーは、ただのインスタントなのに本当に美味しく感じた。 だからこの世界で似たような飲み物を見つけてみたいとも考えている。 アリスの話に出てきたように、エルフの村がこの世界にはある。 という事は、他にも色々な村や街があって食べ物や飲み物も探せばきっと色々あるのだろう。 アリスに話を聞いて今後の冒険目標にしていきたい。
ただ、今すぐに手に入る物ではないので、今ある物を有効活用してバリエーションを増やそうと画策してはいるのだ。 こっそりとペアーチの皮を日陰に干しているので、それを今実験してみようと立ち上がった。
「・・・? どうかしましたか?」
「紅茶の代わりになるか分からないけど、ちょっと実験しようかなと」
「実験?」
「ああ、俺と紅葉は今まで肉とペアーチしか食べていない。 栄養面で今のところ問題は無さそうだけど、味のバリエーションがなくて飽きちゃうんだよね。 それに飲み物だって水しかない。 だから今の紅茶みたいな飲み物を作ってみようって実験」
「あなたは作れるのですか?」
「作れるかは分からない。 出来ないと考えた方が良いけど、出来たら嬉しいじゃん?」
「ふふふっ 前向きなんですね」
「そうじゃなきゃやっていけないからね。 細かい事は紅葉が起きてきたらまた話すよ」
俺達は揃って軒先へと向かった。
もちろんアリスは俺の2m後ろに着いて来ている状態なのだろうが・・・(後ろを向くのも何だし、話も途切れてしまった)
「この甘い香りは・・・えっと・・・ペアー、チでしたか?」
「良く分かったね。 ペアーチの皮をここで干してたんだよ」
天日干しの網から、カリカリに縮まったペアーチの皮を取り出していくつかをカップの中に入れた。 外に放置した肉が乾燥どころか腐敗もしていないのに、何故か干した皮は乾燥していた。 天日干しすれば干し肉も作れるだろうが、生のまま腐敗も乾燥もしないので生のままが一番美味しいだろう。 干し肉は日持ちさせる為の方法なのに、それがこの世界では必要ないのだから。
かまどへ戻ると、カップの中でカサカサと揺れる乾燥ペアーチの皮に熱湯を注ぐ。 ガラス製のティーポットでもあれば良かったが、そんな物はないので白いカップの中を覗き込んで変化を待っていた。
カップ内が薄い黄色へと染まっていくと共に、ペアーチらしい桃のような甘さを感じさせる淡い香りが広がっていく。 カップに顔を近づけて香りを確かめると、生果のような強烈なまでの甘さは感じられない。 果汁を搾った物とも違い、淡く香り付けた水といった感じだろうか。 飲んでみるか・・・と思ったが、隣にアリスが来ていた。 2mの距離では無く、体が触れ合うくらいに接近していた。
淹れたばかりのペアーチ茶の事は忘れて、俺の肩よりも低いアリスの頭の方へ視線を向けていた。 こうやってアリスを間近で見ていられるのは久しぶりだ。 寝ていた状態で無く、動き回っている状態で俺の近くに来ているのだ・・・サラサラなプラチナブロンドが目の前にある。
光り輝く天使の輪が見えている。 助けた頃はボサボサしていた部分もあったが、今は相当手入れしたかのようにハネた髪が見当たらない。 上から見ているだけだからハッキリとはしないが、枝毛も無いのだろうか・・・。 固めたりしている訳では無さそうだ。 フワフワとした柔らかさを感じさせる髪が、弱い風で揺れているのが分かる。 触れてみたい・・・。
右手で持っていたカップはそのままに、左手をゆっくりとアリスの背後から頭へと伸ばしていった。 頭頂部から後頭部を撫でた時、俺は感動した。 今まで感じた事が無いようなサラサラとしていて、フワフワしていて、すーっと流れていくような掌への感触を味わえたのも束の間。
パシンッ!
俺の左手は、アリスの右手に叩かれて振り落とされた。
「な!? と、突然何をしてますの!?」
「ご、ごめん・・・アリスの髪がすごく綺麗で触ってみたくなっちゃって・・・」
「そ、そうですか・・・。 褒めて頂けるのは悪い気はしませんが、勝手に触れないで下さい!」
「ごめんなさい・・・」
アリスは、顔を真っ赤にして怒っていた。 そして3m程度離れていた。 アリスとの距離は広がったようだ。
「そ、それでカップの中身はどうなんですか?」
両腕を胸に押し当てたアリスは、少し怯えながらお茶の事を気にしていた。
「香りは出てるし多分成功だと思う。 せっかくだし、アリスが最初に飲んで感想聞かせて」
「それでは、ここにカップを置いて下さい」
アリスは足元を指差していたので、3m先まで行ってカップを置いた。 2mだったはずの2人の距離は3mへと確実に広がった事に俺は後悔していた。 せめて一声掛けていれば・・・否、そしたら触れなかっただろう。 だが、1.5倍警戒されては先が遠い・・・。 後悔先に立たずとは正にであった。
「アリス、俺は紅葉を起こしてくるよ。 それ飲んじゃってて良いよ。 感想は後で聞かせてね」
コクリと頷いたアリスを確かめて、俺は部屋へと戻った。
紅葉は布団の中でまだ丸まっていた。 時刻は間もなく9時になる。 外に居たので冷たくなった手を布団の中に入れて温まって来たところで、ガシっと紅葉を摘み上げて布団から出した。
「紅葉、朝だよ。 朝御飯の時間だよ」
「うーーー・・・今日は一緒に朝ゆっくり出来ると思ったのにぃ・・・」
俺の手に紅葉は噛み付いてきているが、本気ではない様だが結構痛い。。 甘噛みじゃないですこれ・・・結構怒ってらっしゃる・・・痛い。。。
「ご、ごめんね。。 この前、その約束してたのにそのままになっちゃってたね」
「そうだよ! だから怒ってるんだからね! 明日は絶対だからね?」
「約束する」
「なら・・・許してあげようかな」
「ありがとう、紅葉」
目を開いて俺の手からすり抜けて、見事な着地をした紅葉は俺と共に外へ向かった。
「アリスはもう起きてるの?」
「ああ、俺よりも早起きだったよ。 流石に驚いたけど」
「わ、私には真似出来ないかな・・・」
「あはは、そこまでは望まないよ。 でももうちょっと早く起きてくれたら嬉しいかな」
「起こしてくれればね?」
「自分で起きる気は無いのかw」
紅葉と笑いながら話が出来るのは本当に楽しく感じる。 アリスとはどうにも肩がこってしまっていたようだ。 ゆっくりと時間が解決してくれれば良いが。
(既に3mに離れている関係が絶望的ではあるが・・・)
外に出ると、アリスがこちらに向かって膝を着いて頭を下げていた。
近づいていくと、紅葉へ挨拶をしていたので、ですよねー・・・って気持ちである。
「ねぇねぇ、私のお肉は?」
「起きてくるのが遅かったから、これから焼くよ」
「っ! それじゃあ、ステーキがいい♪」
な、なんだと!? スライス肉を網の上に置き始めると同時に、紅葉から要求が出てきた。 今朝怒らせたのもあるし、何より俺もまだ朝ごはんを食べてない。 これは俺の分にするか。
「アリス、紅葉と一緒に俺の肉を焼いといてくれないか? 俺はちょっと紅葉用の肉を持ってくるから」
「分かりましたわ。 それと私の分もそのステーキを頂けませんか?」
「えっ!?」
正直驚いた。 朝から400g近い肉を食べて、紅茶を2杯分・・・まだ食べたいのか。。 140cm程の可愛らしい見た目で、恐ろしい子・・・肉の山の配分変えなきゃだな。 等と考えていると
「既にお肉を頂いたので、ダメでしょうか・・・」
ダメではない、さっき髪を触った事もあるしここら辺りで俺の株を上げとかないと・・・・
「・・・いや、アリスの分も持ってくるね」
「ありがとう御座います」
「えー、アリスだけずるいっ。 私もお腹いっぱい食べたい!」
あー・・・そうなりますよね・・・。 こりゃ早急に食料調達を検討しなきゃな。
「分かった、分かった」
俺は、肉の山を改めて確認した。 多分7日分くらいしか持たないだろう・・・。 俺もお腹いっぱい食べたいし、2人だけガツガツ食べ続けるのを見ているのも辛い、俺もステーキを食べよう。
4枚のステーキ肉を持ってかまどへ向かうと、アリスと紅葉が騒いでいた。
トングを使っているので、簡単に肉は掴める筈だがどうしたのだろうか? 小走りでかまどへ戻った。
「2人とも何かあったの?」
「サトシー・・・ごめん。。」
「あ、あの・・・ごめんなさい」
「ん? どうしたの・・・?」
2人から速攻で謝られたが、かまのを覗き込むと金網に大量に肉がこびり付き炭化していた。 救出したと思われるグチャグチャになったスライス肉が皿の上に載っているのを見て納得した。
「仕方ないさ、俺も焼き方を伝えておくべきだったよ。 2人とも気にしなくていいよ?」
「ですが・・・」
足元を見るとまだ焼いていないスライス肉があったので、丁度良いと2人に焼き方を教えておく事にした。 ステーキ肉はその後でいいだろう。
「アリス、気にしなくて良いよ。 それにまだ残ってるじゃん。 教えるから覚えておいて」
「・・・」
俯いたままではあったが、レクチャーする事にした。 焼き方を話し始めると、ちゃんと聞いてくれているようで次回焼く時は、一緒に焼けばきっと大丈夫だろう。 2人は多分焼き始めた肉が気になって、ちょくちょくトングで肉をひっくり返したりと弄っていたのだろう。 気になる気持ちも分かるし、よくやりがちな事だ。 網にしっかり油を馴染ませる必要もあるだろうが、脂の多めなこの肉であれば、何も付けなくても問題ない。 ただ、焼いている面がしっかり焼けるまで触らないこと。 たったそれだけを守る事がテクニックなのだ。
今回伝えたのは、肉を置いたら焼いていない面を確認すれば、焼き加減が分かること。 表面に赤い汁が浮いてくれば十分火が通った合図。 そこからは好みでしっかり炙って香ばしくしたいか、すぐにひっくり返して柔らかい状態を楽しむか。 アリスは網焼きに慣れていないのかも知れない。 何度か経験していれば分かる事の気がしていたからだ。 調理方法もエルフなりの物があるのかも知れない、その辺りも後で聞いておこう。
「スライス肉はこんな感じで焼けば良い。 たったこれだけの事なんだよ」
「へぇー・・・」 「分かりましたわ」
2人からの返事を確認して、俺はサッと皿に盛られていた焼肉を食べ、俺の焼いた肉を紅葉へ渡した。
「私、そっちでよかったのに・・・」
「ん? 2人が初めて焼いてくれたのが嬉しいから、俺にこれは食べさせて」
紅葉が笑顔になった。
アリスはそっぽを向いていた。(紅葉に近い側で俺から3m離れているが)
俺も笑顔になっているだろう。 昨日の晩御飯よりも、楽しく食べていられる。 1人よりも2人、2人よりも3人・・・こうして一緒に食べているとご飯が美味しく感じるな。
あ・・・そう言えば、ご飯が欲しいな。。 備蓄分はある・・・だがあれには手を付けるのは辞めて置こう。
「それじゃ、次はステーキを作ろうか。 肉に掛けるソースも作れば美味しいんだけど、これは調味料に限りがあるから滅多にソースは作りません。 今日はアリスにも初めて作るので、特別にソースも作ります」
先生口調が少し入ったが、2人はそんな事気にせず喜んでいるので良しとしよう。
網焼きのステーキとするか、鉄板焼きにするか、いつもの溶岩プレートを使うか・・・紅葉と慣れ親しんだ、溶岩プレートを俺は選択した。 ここで失敗するのも情けないし、味に信頼が持てる方法を取るべきだと考えた。 別の焼き方は今度、1人で実験すれば良いのだから。
網の上に溶岩プレートを置いて、かまどへ薪をくべる。 燃え上がった炎でプレートを温めていく。 パチッと弾ける薪にビックリしながらも3人でゆったりした朝食の準備をしている。 というか、もうすぐ10時だろう。 朝食兼、昼食だなと考えていると溶岩プレートの上にかざしていた手が熱くなってきた。
「そろそろかな良いかな」
「今度は、石で焼くのですか?」
「柔らかくてこっちも美味しいんだよー♪」
「そうそう、ちょっと特殊な石なんだけどね。 これで焼くとこんがりって感じには成らないんだけど、さっきとは違う感じに焼けるからアリスも楽しみにしてて。 紅葉も気に入ってるからさ」
「それは楽しみですわ」
ペアーチを煮込みニンニクを加えようとすると、アリスがニンニク臭に耐えられないとの事だったので、醤油漬けのニンニクを使用する事にした。 醤油漬けのニンニクは、一度しっかりと酢に漬け込んだ後に醤油漬けにする為かかなり臭いが抑えられ、ニンニク特有の苦味も減りまろやかになるのだ。 3年物の漬け込み具合でニンニクもかなり黒くなっている。 アリスがこちらならば食べれると言ってかじっていたので醤油ニンニクの偉大さを改めて感じた。
ソースを煮立たせている間に、1枚のステーキ肉を溶岩プレートに敷いて焼いていく。 アリスは興味津々といった感じで肉が焼かれていく状態を眺めてはちょくちょく質問を投げかけてきた。
「火で炙っていないのに焼けるのですか? 特に焼ける音も弱いような・・・」
「この焼き方は、直接火で熱を伝えるやり方じゃないからね。 うーん、説明が難しいけどゆっくりと中まで火が通っていくから肉の側面を見てて」
「・・・」
アリスが肉を凝視している間に、紅葉へ最初のステーキをアリスに渡しても良いか確認しておいた。 焼き方自体に興味もあるだろうが、それ以上に涎が垂れているのでさっさと渡した方がゆっくり出来そうだったのだ。 紅葉も理解していたのか、「いいよ」と返ってきたので最初のステーキはアリスの物となった。
「あっ! お肉の下の方が白っぽくなってきましたわ!」
「お、そうそう。 そんな感じに焼けていくんだよ。 もうちょっと中心に向かって白くなったらひっくり返そうかな」
「・・・まだですか?」
「もうちょっとだよ。 肉は逃げないからね? 焦らない焦らない・・・」
アリスは早く食べたくてしょうがないようだ。 見た目通りの子供って感じがして微笑ましい。 今は紅葉の方がお姉さんって感じに見える。 急かされつつもじっくりと焼き上げたステーキは、中心部に赤さを残したミディアムレアで焼いた。
ステーキは細切りにして皿に盛り付けソースを掛けた。
「アリス、先に食べて良いよ。 初めて食べる人が優先で。 紅葉も了解済みだよ」
「・・・紅葉様、ありがとう御座います」
お、俺の事は・・・? アリスは律儀に紅葉へお辞儀しており、俺には何も言ってこなかった。 さて、どこに皿を置こうかなと考えていると・・・
「んっ!」
「ん?」
「だから・・・こっちですわ!」
アリスが、かまどを隔てて俺の対面に移動しており、手をいっぱいに伸ばしていた。 俺も手をいっぱいに伸ばして皿の全長も使ってギリギリ届くかどうか・・・・。 さっきの3mよりはかなり近づいているが、まぁ手渡しで受け取るという事なのだろう。 俺も皿を持った手をいっぱいに伸ばしたが届かなかった。 警戒されるのも困るのでそのままで居ると、アリスがゆっくりと近づいて皿を受け取った。
その後、アリスは紅葉側へ移動し、また俺との距離は3mに開いていた。 さっきの焼肉もそうだが、アリスにはフォークを渡してある。 肉を刺しては口に入れ、幸せそうな顔をしている。
「アリス、ステーキおいしいでしょ?」
「はい、とってもおいしいです。 紅葉様」
「サトシ~、私のも早く作って♪」
「・・・はいはい、待っててね」
朝食とちょっと早い昼食を兼ねた食事は、こうして始まったのだった。
時刻は11時を回ったところ、アリスとの話もしたいところだが朝の洗濯と水の補給を優先させた。
「俺は服を洗ってくるけど、アリスは洗物大丈夫? というかずっとジャージ着てるみたいだけど・・・」
「衣服は紅葉様から頂いた、半透明の箱の中身の事ですよね?」
「それそれ。 いくつか入れといたけど他のは着ないの?」
というか、コスプレ用のセーラー服を着て欲しい! そう俺の心が叫んでいたが、口には出さないようにジッと堪えた。
「一応、一通り着ようとはしてみたのですが・・・」
「あー・・・着方が分からなかった?」
「はい・・・」
確かにファスナー関係は難しかったかも知れない。 今のジャージも丈が長く、アリスには大き過ぎるサイズだから浴衣でも着るかのように腰に蔓を巻いて着ているのだ。 さっさと教えてあげるべきだっただろうが、近づく事すら出来なかったので仕方なかったのだ。 断じて、今のままが何かエロイとかそういう理由ではない。(はずだ)
一輪車に洗濯とポリタンクを載せている間に、アリスには部屋で服を出しておくように伝えておいた。 紅葉と共に2階の部屋に入ると殺風景な室内で、服を並べているアリスが居た。 家具とまでは言わないまでも、色々と生活する道具を準備しておかなきゃな・・・。 この部屋にはマットと毛布と服を入れていた箱しか無いのだ。 10畳もある寝室は悲しいくらいに広い。 というかリビングなんて手付かずだが。
「アリス、まずはジャージの着方から教えようか、近づくけど・・・我慢してね?」
「し、仕方がありません・・・」
体を強張らせたアリスがビクビクしているが、服を剥ぎ取って舐め回す訳ではないのに・・・。
ちょっと心外である。 まぁ・・・そう思われても仕方の無いような俺の部屋の事を思い浮かべて一呼吸してからアリスに近づいた。
丈が長い事が功を奏していた。
腰の蔓を巻いたまま、ファスナーの使い方を教える事が出来た。 紳士な俺でも、蔓が解かれジャージの隙間から胸元や腹回りがチラチラ見えてくると理性が吹っ飛ぶ危険があったからだ。
アリスは悪戦苦闘していたが、何とか自力でファスナーを扱えるようになった。 蔓を解いてダボダボの状態で両手を広げてくるくる回っている。 うん、可愛いな。
腰に蔓が巻かれていた事でウエストの細さが強調され華奢な可愛さも良かったが、ダボダボな服を着ている姿もより幼さを強調する感じが出て素晴らしい。 まぁ、所詮ジャージだがなっ! 本番はこれからよっ! 気合が入ってきた所で、次の服へ取り掛かる。
「次の服だけど、これは体を通すだけだよ」
俺はアリスから離れてコートを脱いで、自分の着ている服と同じ構造だと伝えた。 Tシャツに関しては、着て確認する必要はないだろう。 アリスも頷いていたので次へ進む。
「次は、このボタンがある3つの服の着方を説明するね」
ワイシャツと、遂にきましたセーラー服!(長袖、半袖)についてだ。 さて・・・どうやって伝えるべきだろうか。 アリスはダボダボのジャージを着ている。 その上からセーラー服を着せるのはサイズ的に不可能だ。 ワイシャツも腕が通らないだろう・・・。
「えーっと、まずはこれを俺が着てみるから、見てて」
俺はTシャツの上からワイシャツを着て見せる事にした。 これ以上の妙案は浮かばなかった。 流石にニーナちゃんを運んで来る訳にはいかない。
ボタンの通し方を見せ、そして俺の着ている服のボタンを扱わせるなどしたが、自分で着る時はまた違った感じになるだろう。 俺はワイシャツを脱いだ後、アリスへワイシャツ着てみるように伝えたが拒否された。 俺が今着た物を着たく無いとの事だった。 洗った後また返してと言われる始末。。
という訳で、セーラー服をアリスが着てみる事になった。(ひゃっほーい♪)
ジャージを脱がないとダメだろうから、まずジャージの上を脱いでからセーラー服を着るように伝え、一度外に出る事にした。 困ったら、外に呼びに来るかしてくれと。
俺は外でドキドキ、ワクワクしていた。 自分から誘導した間も否めないが、アリスのセーラー服姿を拝める時が遂に来たのだ! 衣服を選んだ時からこの日を待ち望んでいた!
前屈みになってしまっていたので、精神統一をしてなんとか抑え込んだ。(俺は紳士、俺は紳士・・・変態紳士じゃない・・・)
ガチャリ
そうこうしていると玄関の扉が開いた。
「き、着れました・・・丁度良いサイズでした・・・」
俺の目の前には玄関のドアノブに手を掛け、顔を赤らめたアリスが現れた。 水色のリボンを胸元に付けていなかったが、長袖のセーラー服を着ていた。 白と水色、そしてプラチナブロンドと病的とも思える色白な肌、瞳はラピスラズリを想わせる深い青と水色が混ざり合った色をしている。
白と水色、金色で構成された天使が俺の目の前に居て、顔を赤らめているのだ・・・俺の手は震えながら無意識にアリスを抱きしめようとしていたようだ。 後一歩と言うところで、紅葉が腕に飛びついてきて「アリス可愛いよね!」って言って来た。 その通りだ、その通りだよ・・・だけど後生だからこのままアリスへ・・・
俺が黙ったままアリスを眺めていたので、アリスも戸惑っているようだった。 俺が反応しないので紅葉に腕を噛み付かれて正気に戻った。
「い、いってー!?」
「アリスに見惚れてたでしょっ」
「あ・・・えっと、あ・・・はぃ・・・」
紅葉からボーっとしてちゃダメとこっぴどく叱られた。
「えーっと、改めてだけどアリスにその服とっても似合ってるよ」
「あ、ありがとう御座います」
後はこのリボンを付ければバッチリだよと、近づこうとしたら後ずさられたので警戒が解かれた訳ではなかった事に落胆したが、もうちょっとで願望達成だと耐えた。
「次はスカートだね。 今の服に合わせた物なんだけど、そのジャージを脱がないと穿けないんだ」
スカートの穿き方はファスナーとアジャスターが肝だろう。 ウエスト部分を調整できる事を伝え、何度か操作具合を確認したので着替えるのを俺は改めて外で待つ事となった。
次は・・・見惚れないようにしなきゃな。 まずは、すぐに返事をする事だ。
俺に出来るだろうか? さっきは下半身がまだ赤ジャージのままだったので上半身だけ見ている分には完璧だったが次は・・・。 悶々とする気持ちの中、俺は時間が過ぎるのを待っていた。
ガチャッ
(き、来てしまったか)
<<<<<<天使降臨!>>>>>>
俺の胸は打ち抜かれていた。
「に、似合ってるよ、アリス。 似合うと思ってはいたけどここまでとは・・・」
「サイズもぴったりだったわ」
上下ともセーラー服姿になったアリスはやはり可愛らしかった。 何故、カーディガンを買っておかなかったんだと今は猛烈に後悔している。 ソックスがオマケで入っていたから、それを履いてもらえば良さそうだが、ローファーが無い・・・。 アリスは草履を履いているので、ソックスは履けないのだ。 生足が輝くようでそれはそれで素晴らしいのだが、全身コーデじゃない事が悔しい。 俺は目に涙を浮かべながら右手を握り締めていた。
「・・・それじゃ、後は最後の1着かな」
「いえ、後3つの着方が分からないわ」
「え?」
後はスクール水着だけのはずだが。。。 これも着方を教えるべきか迷うところなのだが・・・
ディスガイアRPGがあんな事になるなんて・・・。
自分が想像していた以上に私はディスガイアファンだったようです。
そう言えば、VitaもPS4もディスガイアの発売を起点に買ってました。
いやぁ色々とショッキングな状態ですが、それでもゲームの再開を待ちつつ・・・




