11-2.ペアーチ(11日目)
(はぁー・・・気は進まないけど頑張らなくちゃ。 夜も明日の朝も楽しみだなぁ~♪)
私は、あの人が怯えないように出来るだけ軽い足取りで、普通に近づいていった。 忍び足で近づくのは逆に不安がらせるだろうとサトシに言われていたからだ。 細かい所も配慮してくれるのが嬉しいんだよなぁ・・・私に対してじゃないのがちょっとムッとするけどっ。
「あの・・・私は紅葉だから、キウィ様じゃないよ? それと驚かしちゃってごめんねってサトシが言ってたよ。 もうあの男の人は居ないよ。 怖かったらそのままでも良いから、私と話をしてくれないかな・・・?」
「・・・っ」
やっぱり警戒されているのかな。 うーん、どうしたら良いんだろう・・・?
毛布に包まったこの人は、何やら中でモゾモゾと動いてはいるみたいだけど声を発するような事はしてこない。 さっきみたいに突然立ち上がる事も無いので、一先ず今の現状を少しずつ説明する事に決めた。
「えーっと、そのままで良いから、あなたがどうしてここに居るとか、ここが何なのかとか説明するね?」
何か反応があればいいなと思っていたが動きは無い。 まぁ聞いてくれているだろうと言う事で、長い独り言が始まった。
「私とサトシは、森の中のこの家に住んでるの。 昨日は、森や川原の探索へ行っていたんだけど、滝壺近くの対岸に倒れているあなたが居たの。 サトシが頑張って川を渡って、あなたの事を対岸から助け出したの。 探検の最中だったからほんとは野宿したりする予定だったんだけど、サトシはあなたの事が心配だからって、探索は中断して倒れたあなたを運んで家に戻ったの。 だから、あなたは川辺からこの家で寝かされてたの」
毛布の中から、えぇー?とか、信じられないとか、あんなゴブリン風情が・・・なんて小声が聞こえてきたのでムカッとした。
「・・・ゴブリン風情ってサトシのこと? 私耳いいから聞こえてるよ? サトシがあなたは怯えるだろうからってここから離れて、あなたが少しでも落ち着けるようにって私だけであなたと話をする役を任されたの。 サトシに頼まれたからこうして話してるけど、私はあなたの事嫌い! それでも任されてる事だから私なりに頑張るけどサトシの事悪く言うようなら私我慢できないっ!」
カッとなった勢いで強い口調が出てしまった。 サトシからは注意されてたのに・・・私はすぐ思った事を言っちゃうからって・・・怯えさせないようにムカッとする事もあるかもだけど我慢してって言われてたのに。。。
・・・すっ、ぐすっ・・・すっ・・・
約束してたのにこうも早く約束破っちゃったから、自分が情けなくて悲しくなって涙がポロポロと出てきた。 夜からの楽しみの事ばっかり考えちゃって、ちゃんと頼まれた事出来なかった。 ごめんなさい・・・ごめんなさい、サトシとの約束守れなくてごめんなさい・・・。
「あ、あの・・・ごめんなさい。 ちゃんと・・・話をまず聞かせて・・・下さい」
私がすすり泣いていると、毛布の中から反応があった。 謝罪と続きをと言われている・・・私はまだ任された事を諦めなくても大丈夫なんだと気持ちが上向いた。
涙を舌で舐め取り、状況説明の続きを再開した。
「・・・えっと、私も怖がらせるような言い方してごめんなさい。 でも、サトシの事悪く言って欲しくないの。 優しい人だから。 私もあなたと同じように傷ついてた所をサトシに助けて貰ってるんだよ。 だから・・・かな、あなたには少し親近感があったけど、私とはきっと状況が違うからなんだね・・・すぐに馴染めないかもだけど、私もサトシもあなたに危害を加えるつもりはないから。 私達とあなたを含めて、一緒に楽しく生活できたらなってサトシは言ってた。 私もそう思ってるから」
今度は小言も無く、毛布の中で静かに聞いてくれているようだった。 理解してくれるかは分からないけど、一歩前進できたと続きを頑張る事にした。
「んと、話が逸れちゃったけどあなたがこの家に運ばれて、寝かされてからの話の続きをだったかな・・・」
「・・・そうです・・・」
弱々しいが、えらく丁寧に毛布の中から返事が返ってきた。 やっぱり怖がらせちゃったんだなと反省しなきゃだ・・・。
「えーっと、サトシからはこの話はしない方が良いだろうから、省略して説明してって言われてたけど、私は隠したって疑念が残るだけだろうからハッキリ言うけど良いよね?」
「・・・はぃ・・・」
「まず、あなたはすごく汚れてたから、体を拭いて綺麗にして治療もして寝かせてたの。 もちろん私の足じゃ出来る事が限られるから、サトシが大部分やってたんだよ。 それから私達は晩御飯にしてたんだけど、突然あなたの悲鳴が聞こえたから駆け寄ってみたら、お腹が膨らんでたの。 サトシが慌ててお湯だタオルだとか言ってて準備してたんだけど、いつの間にか緑色の気持ち悪いのが生まれてたの。 それで・・・」
私の話の途中で、毛布から質問が来た。
「あ・・・あの、その・・・緑色の気持ち悪い奴って・・・どんな・・・感じでした・・・?」
「んー・・・体は緑色で何かすっごい前屈みで、耳と鼻が長くて鋭い爪持ってて、涎垂らしながら憎らしそうな目でこっち見てたかな。 結構動きが早くてビックリしたし、強かったかな」
「・・・やっぱり・・・ゴブリン。 きっと、それはゴブリンです」
「ゴブリン? そう言えばサトシもそんな感じの事言ってたかも・・・」
「それで・・・ゴブリンはどうなったんですか?」
毛布はだんだんと言葉に詰まる事無く、話をしてくれるようになってきていた。
「サトシが倒したよ。 あ、私もあなたに襲い掛かったのを体当たりで退けたんだよっ!」
サトシにすごく褒められていた事だったので、思い出したら楽しくなってきて言葉尻が上がっていた。
毛布はさっきからモゾモゾしているが特に返事は来ないのでこのまま続けちゃうことにした。
「それでサトシは、えっとそのゴブリンだっけ?をあなたの許可無く殺した事が辛かったみたいだけど、私が支えて最終的には、家の外にお墓作って埋めたの。 その後、あなたを寝かせていた部屋はすっっっごく汚れてたから、あなたの事をまた拭いて、別の部屋に寝かせ直したの。 それがここ。 それと、汚くなった部屋をそのままに出来ないから、私とサトシで一緒に朝まで掃除したの。 それが昨日の夜というか今朝? 大変だったんだから」
特に返事も無いので、もう話も終わりだが今日の事を話すことにした。
「そのまま私達は寝ちゃったんだけど、今日のお昼にあなたの悲鳴をまた聞いて、ここに来たの。 ここまでがあなたを見つけて、今に至る話なんだけど分かった?」
「・・・どんな状況だったかは分かりました。 ご迷惑お掛けしました。 助けて頂いてありがとう御座います」
ほんとに堅苦しい丁寧口調だなぁって思っていたが、まだ私の役目は終っていないのを思い出した。
「あ、えっと、次の話なんだけどあなたもお腹空いてるだろうからってサトシに言われてて、私達はいつもお肉とペアーチを食べてるんだけど、あなたはどっちも食べれる?」
ゴソゴソ・・・
毛布から遂に顔だけ出してきた。 やっとちゃんと目を合わせる事が出来て安心した。
ただ、安心した事で気が緩んだのもあるだろうが、丸まった毛布から顔だけ出してるその風貌に私は笑ってしまった。
「ぷっ・・・あなたは新種のモコモコモンスターだねっ」
「えっ!? あ、これは・・・その、えっと・・・これがモコモコでフカフカで気持ち良いのがいけないんです!」
モコモコモンスターは顔を真っ赤にして慌ててその後、ばつが悪そうにそっぽを向いていた。 ただし、毛布からは頑なに出ないところが変に徹底していた。
「・・・ふふっ」
私は抑えきれなくなってまた笑ってしまったが、モコモコさんに笑顔をも向けれていたと思う。 ちょっとした事だったけど、私はこの人を嫌いではないかなと思った。
この人もきっと面白い人だと思う。 みんなで笑って過ごせる未来がきっと来る。 サトシの言ってた望みが叶なったね♪って一緒に祝杯を挙げてる想像をしていると、モコモコさんから本題の返事と質問が来た。
「・・・こほんっ、ど、動物の肉は食べます。 ただ・・・ペアーチというのは何でしょうか?」
「ん? ペアーチはね・・・あ、あったこれだよ! 甘くて美味しいんだよ♪」
部屋に転がっていたペアーチを前足で取って、二足歩行でモコモコさんの前に持って見せた。
「・・・これは・・・神果では無いのですか?」
「シンカ? サトシはペアーチって言ってたよ?」
お互いに?な空気が部屋を満たしていった。
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部屋に戻り、天使の着れそうな服を探し始めたが、俺の着ている服で着れそうなものと言えば・・・Tシャツとワイシャツくらいか・・・。 下に履くものがないよな・・・。
ワイシャツだと裸ワイシャツか・・・すごくそそるな! 下は要らないかも知れない。 濡れた髪、濡れた生地が所々透けて肌に張り付き、下着を着けていないその艶かしい姿は男の夢だと思っている。 ただし、2次元に限る。(本主張は個人的主観であふれかえっています)
Tシャツは・・・白は止めとくか。 衣装棚から出した真っ白のTシャツは、若干クリーム色だった。 うん、黄ばむよね色々・・・。 そっと丸めて棚の奥に入れておいた。
(やっぱ黒が無難だよねっ!)
悲しみをみなかった事にして、それらが分からない色を選んでおいた。
(あ、そう言えば女性ものの衣装と言えば・・・あの子が居たか、あの子から奪う事になるが仕方ない・・・)
クローゼットの奥に隠していたあの子と久々に会う時が来たか。 周囲の荷物や目隠し用の衝立を退けて、最奥でひっそりと眠っていた彼女と対峙する。
(ニーナちゃん、久しぶり。 早々に申し訳ないけど・・・)
俺は目の前に佇んだ、彼女の冷たい頬を撫でた。
ずっしりとした彼女を持ち上げて衣服を脱がしていく・・・。 同等の人間を抱き上げるよりも、彼女は重く感じる。
そう彼女は、シリコンで作られた人形である。 俺好みで勢い余って買ってしまったが、中々部屋に出す事が出来ずクローゼットの中で衣服を纏わせて安置していた。 天使とも体格は似ているし、きっと合うだろう。
俺は、イミテーションのセーラー服一式とマイクロビキニを手に入れた。
セーラー服は白を基調としていて、セーラーカラーには淡い水色のラインが入っており、胸元にも同色のリボンがあしらってある。 一般的なセーラー服と違って、こちらは表に銀色のボタンが付いており、脱ぎ着はボタンで行うのがイミテーションらしさと言ったところか。 だが、銀色のアクセントがこのセーラー服の魅力のひとつだと思っている。 上着は長袖と半袖の二種類持っているが、下はショートのプリーツスカートのみだ。 こちらは型崩れしないようにスカートの上に段ボールを置いていたので型崩れ無くプリーツはしっかりと残っている。 ヒラヒラとしたプリーツのスカートは良いものだ。 この服は銀髪のニーナちゃんに合わせて購入していたので、きっと天使のプラチナブロンドにも似合うだろう。
下着としてのマイクロビキニも白と水色の縞模様である。 うむ、縞パンだ。 下は良いが、上は安価なドール用でもある為、ワイヤー等はもちろん無くカップの形を整える等の機能もない。 まぁ、天使ならこれでも大丈夫だろう・・・と少々女性に対して軽く考え過ぎかな?と思った際に、もうひとつ着れそうな物がある事を思い出し、段ボールを漁った。
あったあった。 ワンピースタイプのスクール水着だ。 これもニーナちゃん用に買っていたが着させる事無く包装されたまま段ボールにしまっていた。 紺色の新型というタイプらしいが、新旧の違いはあまり気にしていないのでスクール水着についての興味は自分の事ながら弱かったようだ。 ただ、セパレートタイプだけは許せないが。
いつの間にか、ガムテープで補修していたガラスのハートも今や強固な接着剤で固まり、妄想という波に乗っていた。 一つ一つの服を丁寧にたたみ、天使が着ているところを想像する・・・。 それは、前屈みになってしまっても仕方ない程のものだ。
正直、現実世界で女性にこれらを着てもらってもあまり俺は萌えなかったと思う。 俺の周囲ではアイドルが可愛いだとか女優がどうだとかAV女優がどうだとか・・・俺には興味があまり無かった。 現実世界の女性にはコスプレも含め萌えなかったからだ。 何故だか2次元にはトコトンハマった。 これは2次元に含めても良いだろうが、MMD(オタクな30代なら分かるかも?)等の3次元キャラクター(3Dモデル)には2次元同様に萌える事が出来る。 現実にはないあれらの可愛さが俺を萌えさせるのだ。
ここでは、紅葉もあの天使にも俺は萌えた。 この世界は、俺が求めていた萌えがいっぱいの素晴らしい世界だっ! 大変な事もあったけど、何ともむず痒いような、いてもたっても居られない気持ちになる。 今考えられる致命的な事と言えば、この萌えた気持ちを共に共感し合える仲間が居ない事だろう。 日夜俺の中には、紅葉がこんな事して可愛かったとか、寝起きでむにゃむにゃ言ってる所が可愛いとか話をしたいのだ! 日常会話は紅葉としているが、それだけでは満たされない部分がある。 同じような気持ちになれる同士と談義したい欲求が一向に満たされない。 そんな中に、新たに天使が増えるのだ・・・俺はこの気持ちとどう向き合えば良いのだろう。。。
悶々とする中でもしっかりと手は進み、床には天使へ渡す服が並んでいる。
①長袖のTシャツ(黒)、半袖のTシャツ(黒)
②長袖のワイシャツ(白)
③セーラー服長袖(白・水色)、半袖(白・水色)
④プリーツスカート(水色)
⑤スクール水着(紺)
うーん、ラブホテルのコスプレ衣装の選択だろうか? スカート以外に下に穿く物がない。
ガバガバだろうが、俺のジャージも入れておくか。 んー・・・黒のジャージ2着と赤のジャージがある。 彼女には、赤のジャージを渡すか。 着てもらいたい方を俺は選んでいた。
⑥ジャージ上下(赤)
他には・・・無さそうか。 全体的に倫理的に問題がありそうなラインナップではあるが、少なくとも2着くらいは衣服が確保できたので洗濯で着回しできるだろう。 着て貰えない可能性の高い服がいくつかあるが、何て言われようと天使に似合うのは間違いないと信じているので、着てもらえる事を祈っている。
そろそろ紅葉に進展はあっただろうか? 紅葉とも会話して貰えないくらいだとお手上げ状態になりそうだな。 それに彼女はエルフっぽかったけど、菜食主義者だろうか? 良くRPGでは弓術に長けているパターンが多いし、狩猟者としても生活しているのだろうか? 何にせよ食料は肉かペアーチしかないのだから、他を要求されたら困るな。。。 携帯食料やカップ麺何てもっての他だろうし、栄養の有るものを摂って早く元気になってもらいたいものだな。
俺と紅葉とあの子《エルフの少女?》の3人での生活か・・・。
どんな生活が始まるか楽しみだな。 俺の頭の中では、3人仲良く過ごしている未来を想像していた。
そろそろご飯の準備を始めなきゃか。
部屋には夕日が射し込み夜が近付いている事を知らせていた。
衣服をカラーボックスに詰め、外に出ると夕日が森の木々に隠れ始めていた。
陽が沈む前に火を起こして肉を焼く準備を始めたが、紅葉達はまだ来ない。 ダメだったか・・・?
部屋を覗きに行くべきか悩ましい。 今日はこんな事ばかりだな・・・。
アパートはオレンジ色に染まっている。 完全に暗くなる前に一度確認しておこう。
「行くか・・・」
アスファルトに置いていた座り心地のよい岩から重い腰をあげた。 向かうは二階の一室である。
玄関前に到着し扉を開けたが、見える範囲には居ない。 急に入るのも何だし、一声掛けておこう。
「紅葉ー、話はできたー?」
・・・・・・
俺の耳で聞こえないだけだろうか? 周囲の森からサラサラと葉擦れの音だけが辺りを包む。 返答は何もなく、足音等一つすら聞こえ無かった。 急激に心拍は上がっていく。
何かあったのか!? 悲鳴は特に無かったがように思うが、それすらあげる間を得られなかった可能性もある。 またゴブリンが生まれたか現れたか、はたまた天使と思っていたが悪魔だったのだろうか? 紅葉の安否が怪しくなり、慌てて剣を取って階段を駆け上がった。
リビングにも、寝室にも・・・もちろん他もすべて見て回った。
どこにも居ない・・・。
寝かせていた寝袋と水の空になった桶があるのみで、二人の姿は忽然と消えていた。
俺が、妄想に耽って服を探していたからか・・・。 部屋で服を探している時は、玄関の扉を閉めていた。 大きな悲鳴が微かに聞こえる程度なのだ、普通に出ていったとしても音で気付く事は出来ないだろう。 周囲に血は無く、汚れたような部分も無い。 この部屋の中で争った形跡は見受けられないが、外に連れ出された可能性が高い。。。 紅葉には話が終われば晩御飯だと伝えてある。 お腹を空かせたあの子がご飯を食べず、しかも俺に一声も掛けずに外へ行くとは思えない・・・。 何かあったとしか思えない。
森の中に入られれば、俺の耳や鼻じゃ追う事はできない。 今回は紅葉に頼る事はできない・・・。 辺りは薄暗くなり始め、後数分で一気に暗くなってしまうだろう。 装備さえあれば、今まで出会ったような敵が相手でも俺は後れを取らないだろうが・・・。
未開の夜の森に入る事・・・方向感覚を昼間以上に失うだろう。 それに敵の存在以上に見通しが悪い事で崖から落ちる危険も多い。 サバイバルでも夜間の行動は避けるべきなのだ。
だが、俺は紅葉を放っておけなかった。
装備を整え、俺は携帯食料に手を付け手早く食事を取りながら、紅葉用の肉を焼いてタッパーに詰めた。 進むは真っ暗な森の中。 充電して使える懐中電灯もあるがバッテリーは有限だ。 それでも・・・
俺はバックパックに、太陽光パネルで充電していた大型バッテリーを入れた。 装備さえすべて身に付けていれば、この重さも楽々運べる。 後は肉詰めタッパーとペアーチを5つと、水入りペットボトル3本。 腕時計も懐中電灯も持った。 更に作業用のヘッドライトも充電池を詰めてできる限り万全を期した。
まずは、家の周囲を確認した。
森とアスファルト舗装の間には、木の生えていない土の範囲がある。 もちろん草は生えてしまっているが、草が踏まれている等の痕跡が残っていないか念入りに見渡す。 数時間前の事なのだ、きっと残っているはず・・・祈るような探索の中、家から北東の草にみずみずしさが残る潰れ跡があった。
(北東か・・・時刻はもう18時を回った。 一刻も早く・・・)
西や南の川では無く、深い森が続く方角である。 目を凝らし潰された草や、通るのに邪魔で引きちぎられた蔓などを探しながら進む。 歩みはとても遅い。 時々、紅葉の名を呼ぶが、既に喉が渇れてきている。 ペットボトルの水を少しずつ口に含み、咀嚼しながらゆっくりと飲み込む。 3本のペットボトルは俺の分というより、紅葉の為である。 最初から節水行動を取っておかないと後で後悔しても遅いのだ。
夜の森はいつも以上に不気味さが増している。 獣の遠吠えや徘徊する音も無いく、ただただ葉擦れだけが、この世界の音であるかのようだ。 そんな中、俺の呼ぶ紅葉の名だけが異質となっている。 紅葉が無事ならきっと気づくはずだ・・・あの聴力ならきっと・・・。
だが、何も進展がないまま森に入って1時間が経とうとしていた。 既に足跡など見失っていた。 ただただ北東方面を扇状に行き来しながら進んでいる状態だ。 家から離れれば離れるほど、探索範囲は広がる。 昼間の1割未満とも思える進行速度で北東を広範囲に探索していくが、もうそれしか俺にはできなかった。
喉は渇れ、声を出すのが辛い。 声すらも温存か・・・。 ヘッドライトの充電池を交換する為に、小休憩を取ったが成果は何もない。 1本目のペットボトルの水も100ccは飲んでしまった。
それでも進む・・・心細い・・・。 ヘッドライトで足元を照らしても、土や草、露出した木の根っこがあるばかり。 足元でいつもちょろちょろとしていた紅葉は居ない。
この世界に来たばかりの頃は確かに一人だった、だが早々に紅葉と出会い、共に過ごした時間の方がもう長い。 時にはうざったい時もあった、一緒にいる事が当たり前だった。 心細さからだろうか、今の境遇と過去の挫折や諦めた経験が重なり脳裏に浮かぶ。
大切だとか、かけがえないとか色々考えていても、一緒にいる間には気づけない物がある。 否、これは俺だからなのかもな。 過去にそんな感じですれ違い、別れが何度かあった。
あの時、俺は何をした・・・? 何もしなかった。
何故諦めた・・・? 俺は十分頑張ったと思っていたり、この程度問題ないと自惚れていた。
求められていたと後で知って何故後悔した・・・? 諦めたと自分に嘘をついていたのだろう。
(だから・・・)
恥ずかしい過去や、昨夜墓の前で誓った事が今の俺の気力になっている。
足は止めない。 足取りを見失ってからは、がむしゃらに走り続けている。
何度も転んだ。 それでも・・・。
血に染まり汚れていた装備の上から泥や草が付き、頬や手足にも擦り傷が増えていた。 夜の森の中を一人僅かな光源を頼りに、転んでも立ち上がるを繰り返して広大な森を少しずつ北東に進んでいた。 彼は22時を回ってもまだ歩みは止めないようだった。
「・・・もみじ・・・もみじっ・・・」
俺はもう呟くような声しか出なくなってきている。 走って、声を上げて・・・こんなにも頑張っている自分はs・・・
(否、すごくないっ! この体の痛みや重みに満足して、自分を慰めて諦めるなっ!)
足が重い・・・だがまだ上がる。 まだ進める。 走る速度はだんだんと落ちているが、時折僅かに水分を口に含んだり、充電池の交換が休憩と呼べる時間だった。 フルマラソンのように飲むというより口の中をすすいで乾きを抑えるような状態だ。(もちろん水は無駄にできないので本当に少量ずつを飲んでいるが)
まもなく24時を回る頃、森に入ってから走り続け全速力が駆け足になり、そして徒歩になり、ついに地面に倒れ伏した。
足が上がらない。
腕に力が入らない。
体を起こせない・・・。
呼吸をするのも胸が痛い。 酸欠だろうか? さすがに酸素ボンベは無いや・・・
頬が地面に触れているが、そこまでベタベタしない。
ひび割れた唇からは血が滲み、そして乾いていた。 汗が出なくなっている。 ペットボトル1本と決めていたその1本は既に飲みきっていた。 バックパックの中にはまだ2本残っているが、それを取り出すだけの力も今は出なかった。
まだ僅かに回り続ける思考だけが残酷に現実を突きつけている。
紅葉が居ない。 未だに見つからない。
たった半日・・・隣に居たはずの紅葉が消えた。
流れるはずの涙も零れる事はなかった。
渇れた喉で咳き込みながら嗚咽していたが、そこで俺の意識は途切れた。
二人で居る時って、一人の時間に憧れませんか?
逆も然りで・・・。




