10-2.長い夜(10日目)
川で怪我人を見つけ、助けたまでは良かったが突如悲鳴があった。
慌てて動くが・・・
叫び声を聞いてから懐中電灯を持ってすぐに玄関まで走ったが、扉を前に立ち止まった。 何者かに拷問され凌辱を受けただろう彼女の前に、男の俺が現れても良いものだろうかと考えが過ったのだ。
どうするべきか立ち止まった俺を余所に、紅葉はドアノブに飛び付いていた。
「早くいかなきゃ!」
紅葉の一言で我に返った。 悩んで考えたって答えなんて分からない。 行ってから考えるしかないのだ。
「あ、あぁ・・・ありがとう」
気持ちを切り替えて、扉を開いていく。 先ほどの絶叫以降は、暴れまわるような音も叫び声も無い。 俺達以外の物音すら聞こえない・・・どうしたのだろうか、自害とか最悪な事態に陥っていない事を望む。
紅葉はすぐさま寝かせている部屋へと向かった。 俺は履いていた革のブーツを脱いでから部屋へゆっくりと入っていった。
「なっ・・・!?」
声にならなかった。 怪我人は、意識を失っているようだった。
掛けていた布団は捲られ、大きく膨らんだお腹が違和感を如実に表していた。 おかしい・・・晩御飯までの数時間、ものの4時間程度目を離しただけなのだ。 その時はお腹の膨らみなど無い。 見逃す訳がない・・・目の前には臨月の様にお腹が膨らんだ状態の少女がマットからずれて仰向けに倒れていたのだ。
「ど、どうしよう・・・?」
紅葉からも戸惑っている事が感じ取れる言葉が漏れていた。 俺も困った状態である・・・。 出産なんて立ち会った事はもちろん無いし、何よりも頼れる医師や助産師も居ない。 彼女は気を失っているが陣痛などによる痛みなのか、はたまたこの状態に陥っている事でショックを受けたからなのか分からない。 ただ破水が始まっているのだろう、むき出しの股からはおりもののような粘液等が垂れている。
静かでがらんどうな部屋には血生臭いような臭いが立ち込めていた。 どうすれば良いのか分からず、あたふたするばかりで無駄に時間だけが過ぎていく。 その間にも着実に彼女の股からは粘液が出ていた。
「タ、タオルとお湯だったか? 持ってこよう」
何か、そんな動画か何か幼い頃の保健体育で学んだような無いようなあやふやな記憶でも動く事に決めた。
彼女をマットの上に寝かせ直してから、洗濯して一応綺麗なタオルと、かまどで沸かしていた鍋のお湯を水で割って冷ました物をバケツに入れて改めて戻ってきた。
だが・・・そこにはさっきよりも悪化した状況が待っていた。
破水どころか、既に産み落とされた命がそこにはあったのだ。 彼女とは似ても似つかぬ異質な存在。 そうだな・・・RPGのお約束的ではあるが、ゴブリンと表現した方が良いだろう。 肌はくすんだ緑色をしており、耳や鼻が長い。 指先の爪は既に鋭く伸びているが、頭部に毛は無かった。 耳に関しては彼女と似ていると言えなくも無いが、生まれたばかりの子は床に転がったまま目を見開き、彼女をじっと見つめていた。 口元は開き、涎を垂らしていると言う異質な状態でなければまだ救いようもあるだろうが・・・。
紅葉と相談し合い、様子を見続ける事に決めた。 どんな状況に転がるか予断を許さない。 もしもの事を考えて、玄関で脱いでいた革のブーツを履いて土足で部屋に上がっている。 もちろん、剣も携帯した状態だ。
彼女は意識を失ったままであった。 紅葉には申し訳ないが、出来る限りで良いのでタオルを使って彼女や床を拭いてもらっている。 俺は生まれたばかりの子を剣を携えたまま注視し続けている。 その子は時折首をこちらに向けて、こっちを見ている素振りがあった。 生まれ落ちたばかりなのに、人間と違い既に何か認識をしているかのような態度を取っている。 立ち上がるような気配はまだ無い。
彼等を繋いでいた、へその緒は次第に萎み始めてきた。 それを待ち望んでいたように子はおもむろに立ち上がり、へその緒をその鋭い爪を持った手で引き裂いた。
「カッターナイフのようだな・・・」
冷や汗が頬を伝う。 懐中電灯の明かりでのみ照らされた一室で、怪しげに立ち上がったその子はこちらをじっと睨み付けてくる。 既に首が座っているどころの騒ぎでは無い。 前屈みで酷い猫背のような姿勢で頭だけ持ち上げてこちらを見上げている。 鋭い爪のついた手はだらんと下げて、つり上がった笑みにも見えるような口からは涎が出ていて床に垂れ落ちていく。 口からは牙が見え隠れしており、噛み付かれると怪我をするだろう予想は容易にできた。 目には笑みはなく、見開かれたその目からは憎悪のような物を感じる。 不気味さばかりが先行して、可愛さの欠片も感じれない。
時間は更に過ぎていく、あちらからの動きは無い。 立ち上がりへその緒を自ら切り裂いた後は、俺と対面して睨み合ったままだ。
さっきから自分の心臓の音が煩い。 脇からも顔も冷や汗でベッタリしてきている。 手汗もかなりの状態なので拭きたいが剣を離す事が出来ずにいる。 互いに動き出さず、様子を伺ったままなのだ。 隙になるような行動は取れなかった。
硬直した時間の中、突如相手が動き出した。 産みの親に向かって飛び付き、口を大きく開き喉元に噛み付くような動きを始めたのだ。
ドカッ!
「やばい、紅葉!」
危険に気づき俺が声を発し終えるよりも早く、紅葉は産みの親に馬乗りとなった子へ体当たりをして、引き剥がす事に成功していた。
「ウガアァァァ!」
紅葉の体当たりを受けて、床に尻餅をついた子は、遭遇して以来初の奇声を上げた。 恨み深く紅葉を睨み付けている。 当の紅葉はというと、懸命に産みの親の乗ったマットを咥えて引っ張り、更に子から離そうと動いていた。 俺なんかよりもよっぽど対応が良い。
俺は俺の出来る事をしよう。 紅葉達を隠すように、子の前に立ちはだかり剣を構えた。
俺は迷っていた。 産み落とされた命をどう扱えばいいのか。 一応彼女は子を産んたのだ。 苦しい痛みを伴っただろう、ただそれは望むものでは無かったかも知れないが・・・。 そう・・・彼女が望んでいたのか、望んでいなかったのか俺には分からない。 悲鳴が聞こえていたのだから、十中八九望んではいなかったと思う。 だがもし違っていたら・・・。 それにこの世界の常識だって俺には無い。 だから攻撃する事に迷いが生じていた。
結果はすべて後手に回ってしまったが、今は優勢なはずだ。
対峙した子は、息荒く爪を構えている。 紅葉の体当たりはイノシシをも撃退できる威力があるのだ、生まれ落ちたばかりの子にも十分効果があったと見ていいだろう。 片手で腰辺りを押さえ、片膝をついた姿勢で俺を睨んでいる。 手負いの相手だ、慎重に・・・慎重に対応すれば問題ないはずだ。
シュッ!
「うわっ!? いってぇぇ・・・」
慎重に、慎重にと考えていた事が逆に隙を生んでしまっていた。 考える事や心を落ち着かせる事ばかりに気が取られ、対峙している相手への意識が途切れてしまっていたのだ。
失態の代償を俺は負っていた。 俺の腕には、爪で引っ掛かれた傷跡が出来ていた。 切り裂かれた訳ではない。 防具の身に付けていない部分を的確に狙われたが、ミミズ腫れで血が滲んでいる程度の事だ問題はない。(毒とか無いことを祈りつつ) 改めて剣を構え直す。
「キャキャキャッ!」
対峙している相手は小躍りして、笑っていた。 さっき、片膝をついてたのは演技だったのだろうか? 目に映る姿は「大した事など無かったんだよ、バカめ! うまく引っ掛かってざまーねぇな!」と言っているかのようだった。 狡猾だ・・・生まれながらにしてこんな事が出来るのか。 成長したら質が悪過ぎる・・・。 殺るしかないっ!
「はぁーーっ!」
ザシュッ! ゴポ・・・ブシャッ ゴト・・・。
沈黙が訪れた。
剣一振りで終わった。 床に転がる相手の頭部からは赤い血が溢れていた。 倒れ伏した胴体からも血が流れ出し血溜まりを作っている。 俺は切った直後に血を浴びて鎧や剣はもちろんの事、髪や肌にもベッタリと血が付着していた。
10畳程度の部屋は血の臭いが充満し、周囲の静けさと合間って背筋が凍りつくような時間が流れ始めていた。
俺は、何をしていたのだろうか・・・? 握っていたはずの剣は手からズルリと滑り落ちて、ゴトンッとフローリングに金属の塊が落ちる鈍い音が響き渡った。
足元に目をやると、首からぶら下げている懐中電灯に照らされ、真っ赤に染まった床が目に入る。 視線を少し右に向けると、剣を握っていた右手は小刻みに震えながら返り血で真っ赤に染まっていた。
これが自分の手であると気づくまでに数秒を要した。 現実的ではなかったはず・・・。 ここは、血生臭い世界ではなかった。 赤黒く乾き始めた血は、現実離れしたこの異世界で強烈なまでに死を自覚してしまった。
震え続ける手は一向に止まらない。
心臓の鼓動もさっきの戦闘以上に煩くなっている。
頭がクラクラして、気持ち悪くなってきt
「・・・お゛えっ・・・う゛げぇ・・・けっ ぺっ・・・」
逆流して来たのを抑えられず、四つんばいになって濁流のように夕食を床にぶちまけていた。 涙目になりながら、口の中には胃液による酸っぱさが広がり何度も唾を吐いた。 そこが部屋の床の上だとか考えて対処する余裕など無かった。 床に座り込み、口元を腕で拭ってぼーっと天井を見上げた。
「さとし、大丈夫・・・?」
ゆっくりと重い頭と体を捻り、後ろを振り向くとライトの反射光で微かに照らされた紅葉が居た。 いつも綺麗でフカフカな毛並みも、今はどす黒い血で所々汚れて濡れ固まっている。 俺を心配して声を掛けてくれたようだが、俺は何も返さずまた同じように天井を見上げていた。
何度も声をかけられているようだが、聞き取ることは出来なかった。 グルグルと回るような頭痛はだんだんと激しさを増し、頭を抱え込むようにして縮こまって目を閉じた。
(俺は、殺したのか・・・)
殺生を殺生と感じない異世界だと思っていた。 ファンタジーゲームのような世界で敵を倒しても霧散して消えるだけ、そんな考えで戦闘をしてきた。 装備による影響が大きいが、最近は自分が強くなって戦闘を楽しいとも感じ始めていた。 この世界はちょっとサバイバル的な部分もあるけど、ハートフルでのんびりとしていると考え始めていたのだ。
(だが・・・。)
重い頭を上げて震える手で懐中電灯を取り、回りを照らす。
目に映ったのは足元に撒き散らした吐瀉物を気にせず、不安そうな表情で俺に寄り添っている紅葉と、部屋の隅で眠り続ける少女、床には部分的に血の海が出来ており壁や天井にも飛び散った滴のように点々と赤黒い模様が出来ていた。 そして・・・海の中央には胴と頭が離れた幼いゴブリンのような生き物の亡骸があった。
亡骸は霧散して消えていない。 時間が立てば消えるはず・・・そう願うばかりだった。
現実を改めて目の当たりにしたが、未だに手の震えや頭痛,激しい鼓動は何一つ治まることはなかった。
紅葉の声が大きくなっているような気もするが、聞き取れはしなかった。
今日もいつもと同じように肌寒い夜だが、汗でベッタリと体は湿り、凍えるような寒さを感じ始めていた。
赤い血だ・・・。 不思議な事に今までサバイバル動画や狩猟動画で動物を捌く生々しい動画等も好んで見ていた。 だが、自分の目の前で現実を伴って血を見ているのは好きでは無い・・・。
小学生の頃に、友達が窓ガラスを割って怪我をしたとか、交通事故現場とか・・・。 自分の怪我以上に、他人の状況を見る事に恐怖した。 ただ、その場から離れるとかはせず最低限の治療とか手を尽くして血を止めようと努力を惜しまなかった。 それはただただ流れ続ける血を見たくないという一心で。
これは・・・事故ではない。 明確に俺が起こしたこと。 血を見たくなかった俺が、溢れ出る血を出させた。 そして何よりも、他人の命を奪った・・・。
そういえば、とある動画で両生類は度々捌いていたが哺乳類を捕らえて初めて止めを刺す時、止めを刺す事に対する重圧が大きくて決心に長い時間を掛けていた人がいたな。
(命を奪う重圧か・・・)
俺は決心とかそんなもの無かったな・・・なんだったんだろう。 生きているのが辛い・・・何も考えたくない。 だけど死ぬのは怖い・・・。
ボーっとしていた頭の中で、だんだんと思考は働いてきたが、暗く塞ぎ込むばかりの状況となっていた。
【俺の命は、一度地震の影響で死んだようなもの! 偶然こんな世界に迷い混んでしまったけれど、拾った命なんだから後先考えずに突っ走るぞ!】
なんて考えられたら、立ち上がれるだろうか? 考える事は出来ても、それを理解して受け入れることは出来なかった。
拾った命なんて安易には考えられない、そしてその命を最大限守り抜いて生きていきたい。 罵倒され、見放されようとも生きようと思える限り生き続けたい。 死を前にしたら逃げ出したい。 だけどもう立ち上がりたくない・・・何もしたくない。 俺に冒険なんて無理だったんだ・・・。
(所詮オタクなんだから・・・)
誰かが言っていたような気がする。 オタクを最も毛嫌いし差別するのは、オタク自身なんだと。 自分は紛れもないオタクだし、そして何より自分自身が惨めで嫌いな存在であった。 生まれ変わった気持ちで新しい人生を・・・最初はそんな事を考えていたけど、簡単ではなかったな。 結局俺は、俺のままか・・・
ドカッ! バタンッ 「ぐぇっ!?」
座り込んだ状態で、突然後頭部に衝撃を受けてフローリングへ顔面から倒れ込んでしまった。
「いってぇ・・・何だ・・・?」
「何だ? じゃないよ! さっきから呼んでも全然反応無いし、虚ろな目で・・・心配なの。 何で何も話してくれないの? 何で一人で辛そうにしてるの・・・? ねぇ、私悲しいよ・・・それと、こんな事してごめんなさい。 こうでもしないと、こっち向いてくれないと思ったから・・・」
いつもより目を真っ赤にして、血では無い液体を目からポロポロと流している紅葉が俺の目の前に現れた。
フローリングで打ち付けた鼻がまだズキズキするが、鼻血が出た程度だろう。 それよりも、目の前で泣きながらすり寄ってきた紅葉に俺は戸惑ってしまった。
「・・・俺こそ、ごめん・・・」
振り絞って出てきた最初の言葉はこれだけだった。 それでも紅葉は、俺を見上げて涙を溜めた目で微笑み掛けてくれた。
「やっと、私を見てくれた・・・。 私も居るんだよ。 一緒にって言ってくれたでしょ? 私嬉しかったんだよ? だから一人で抱え込まないで。 こんな姿を見ていたら辛くて苦しいよ。」
川原でそういえばそんな事も言ってたな・・・。 だけど、今の俺に何が出来るだろう。 命を奪ったという重圧に負けているし、気力が無くなってしまった。 きっと死んだ魚のような目をしているのだろう。 優しく話しかけ続けてくれている紅葉に何も返せずにいたが、それでも紅葉は話しかけ続けてくれた。
「血苦手だった? それとも、敵を倒した事が苦しかった?」
的を得た言葉だった。 俺は、ゆっくりとだが頷く事で肯定を示した。 話す事が何だかもう辛かったからだ。 俺の目からは何故か涙が零れて、頬を濡らし続けていた。
「私はね、敵を倒してくれて嬉しいよ。 サトシがここに生きて無事で居てくれたんだもん。 倒さなきゃ、サトシが死んじゃったら私嫌だよ・・・。 私だけじゃ敵は倒せなかった。 サトシが倒してくれたから私も、あの子も無事に生きてる。 私ね、サトシが居ないなら、もう生きている意味が無いってくらいに大切だって思ってるの。 だから、倒してくれてありがとう。 無事で居てくれてありがとう。」
「・・・っ」
俺は流れ続ける涙が激しくなったかも知れないが、声を発する事は出来ずにいた。
「サトシは・・・私がもし、敵に殺されちゃってたら悲しんでくれるかな・・・?」
な、何を紅葉は言っているんだ!? そんなの・・・
「・・・とうぜん・・・悲しくて辛い・・・そんなの考えたくも無い。。。」
かすれた声だったが、俺の気持ちを紅葉に伝える事が出来た。
「・・・そっか。 そう思ってもらえてて嬉しいな・・・♪ だったら、敵を倒さなきゃ私殺されてたかもね?」
「そう・・・だな・・・」
紅葉の言葉で、少しずつ命を奪った事への重圧を受け入れる事が出来ているような気がしてきた。 俺達が過ごしていく為の障害を排除したんだと。 食べる為の殺生では無く、大切だと思う人を守るために。 否、自分の為でもあるな。 大切な人と一緒に居たいから、刺し違えてでも守りたいと思えるから・・・。
「・・・そうだな。 うん、そうだな。」
何度も同じ言葉を繰り返し、言葉と心が溶け合っていく。 まだ、殺した事に対する重圧は心の中にはあったが、それを持ったまま立ち上がれるだけの気力が沸いて来ていていた。
「・・・紅葉、ありがとう。 今回は、今までで一番辛かった・・・。 本当にありがとう」
血で汚れてしまっていた手だったが、紅葉は頭を撫でられながら幸せそうな表情をずっと俺に向けてくれていた。 もう少しだけ、こうして居たいとの俺の希望に紅葉は快く頷いて、一時現実から目を逸らし、じゃれ合って笑う事ができた。
真っ暗だった部屋に月明かりが差し込み始める頃、俺は自分の頬を叩き立ち上がって宣言した。
「紅葉、ありがとう。 これからどうするかとかまだ色々と考えなきゃだけど、今やるべき事が見えてきた気がする。 それは紅葉が居てくれたからだよ。 何度も言うけど、本当にありがとう」
たくさんの感謝を紅葉に伝えた。 それは一人で閉じ籠ってしまいそうだった時に助けてくれた事、いつだって俺の事を心配してくれていたこと。 パートナーとしての紅葉の存在が確立されていった。 俺が守って助けていた様で、実態は紅葉に俺が助けられ、そして俺は紅葉に依存してしまうんだろうなと苦笑いを浮かべてしまうくらい思考は働きだし、手の震えも頭痛も消え去っていた。
「俺はこの亡骸にお墓を作るから、ちょっと外へ行ってくるよ、紅葉も来るか?」
「もちろんだよっ!」
元気いっぱいの返答が返ってくる。 何か不思議と俺まで元気になってくる。 紅葉自身も疲れているだろうに、気を使わせちゃってるかな・・・まぁ、また悪いな、ありがとうとか言うとお互い様だからって素っ気なく言われそうだな。 紅葉のが俺より自立してそうだ・・・もう娘なんて言ってられないか。 俺も前に進まなきゃな!
亡骸は汚れていないバスタオルで包んで庭と森との境界辺りを掘って埋めた。 墓石と言うべきか、手頃な岩を拾ってきて亡骸の埋めた場所にそっと置いた。 そして俺は手を合わせて目を閉じた。
(命を奪った事はごめん。 俺達が生き残る為にこうするしかないと思ったから後悔はしていない。 君は俺を呪いたいほど怨んでいるかも知れないね。 だけど、俺は負けないよ。 君の命を奪い、そして手に入れたこれからの時間を、俺は紅葉と過ごし、呪いでもなんでも乗り越えてやるから! 俺に出来る君への弔いはこの程度しかできない・・・それでも君の魂が少しでも安らかに眠れる事を祈ってる。 俺に新しい覚悟を与えてくれて、ありがとう)
ゆっくりと目を開き、合わせていた手も解いていく。 月明かりに照らされた墓石はキラキラと輝いているようだった。 目の錯覚かな・・・俺には墓石から空に向かってゆっくりと上っていく光のようなものが見えた。 鼓動はゆっくりしたものになり、深い深呼吸をしてから足元を見てみた。 俺と同じように器用に立って前足を合わせて目を閉じている 紅葉が居た。 何を考えているんだろうな・・・。
そんな紅葉も目を開き、いつもの四足歩行へ戻ると俺の肩に飛び乗ってきた。 悪い気は全くしないのでそのままさっきの部屋へと戻ることにした。
すでに丑三つ時を回った所だが、眠気は無い。 思考は冴えており、やるべき事を整理していく・・・
①怪我人の容態確認
②清潔な場所へ怪我人の移動
③惨状のあった部屋の清掃
まずは3点ってところか・・・
「怪我人の状態は・・・ずっと寝てるな・・・。 呼吸音も安定はしてるし、命には別状なさそうだな・・・」
「だねぇ・・・私よりも良く寝る人だね」
「おぃおぃ、怪我人なんだし一度起きてトラウマもんの状況だったんだろうし・・・体も心もボロボロだろうし、仕方ないさ」
お寝坊仲間を見つけたどころか、半ば呆れ気味の紅葉の言葉は少々問題あるが、あえて空気を明るくしている気もする。
俺の発言の後に、ふふっと笑った紅葉からはそんな気配がしたのだった。
「さて、流石にこの部屋に寝かせたままには出来ないよなぁ・・・」
「うん・・・私もここだったら外で寝かせてもらう方が嬉しい」
満場ってか2人だけだが、意見は一致したので残りの空き部屋へ運ぶ事が決まった。
寝かせていたマットは汚れてしまい、洗っても相当シミが残りそうである。 このまま汚れたマットに寝かせるのは心許ないので改めて新しいタオルで体を拭いてから2階の空き部屋へ寝袋を敷布団代わりにして毛布を掛けておいた。 毛布の在庫がもう無いので、これ以上汚さないで下さいって心の声は漏れないようにグッと堪えた。
少女を抱きかかえて運ぶ際、紅葉がかなり不服だったらしく、首元に絡み付いてきて苦しかった。 俺の事を心配してくれていたはずだが、首を絞めてくるとは・・・結構苦しかったが解いてもくれず、駆け足で運び込んだので色々な意味で息切れしてゲッソリしてしまった。
まだまだ疲れて休んでいる場合ではないので、疲れた体に鞭打って部屋の清掃を始めた。
改めて見るが、大惨事である。
床は吐瀉物と固まり始めた血溜まり、天井や壁にも血は付着しており天井と壁はもうどうにもならないだろう。 床の清掃を早急に実施せねば・・・どうやって・・・?
「うーん、どうやるべきか・・・」
あまりタオルを汚したくないしどうしたものかと悩んでいると紅葉がチリ取りを咥えて足元へやって来た。
「・・・液体ごと、すくえる物はこれですくっちゃうか。 紅葉、気が利くね。 ありがと」
「えっへん♪ どういたしまして♪」
深夜の寒さが身に染みるが、早々に全ての窓と扉を開け放ち掃除開始である。
紅葉には、吐瀉物や血溜まりの少ない部分の雑巾掛けを頼んでおいた。 乾いてしまった血は中々落ちないので俺が絞った水雑巾で丹念に擦って貰っているのだ。 前足で器用に擦るので想像以上に役に立ってくれている。
俺はというと、また吐いてしまいそうな臭いと戦いつつ、諸々をすくったり削ったりして捨てる予定のバスタオルの入ったゴミ袋に集めていった。
深夜は疾うに過ぎて日の出も近づき始めた頃、大惨事だった部屋の掃除が大方片付いた。
壁や天井の血に関しては、換気をしつつ乾いたら最悪壁紙などを剥がすか、覆い隠す他無いだろう。 清掃用のスプレーや消臭スプレーも後先考えずふんだんに使って、天井や壁さえ気にしなければ寝泊りするには十分な部屋に戻った。
「紅葉、おつかれ・・・」
「さとしぃ・・・zzZZ」
「おぅ、もう寝ちゃったか。 俺ももうだめだわ・・・おやすみ・・・zzZZ」
お互いに眠気の限界だった。
清掃し終えて、消臭スプレーの爽やかな香りに包まれながらフローリングの床に大の字になったら、あっという間に眠りに入った。
開け放たれた窓や扉からは、2人の眠りを優しく包むように早朝の爽やかな風が吹き抜けていく。
長い長い10日目の夜はやっと明けたのだった。
ここから少しずつ話が進んでいくかも~ 行かないかも~ 曖昧で申し訳ありません。
プロットなど無く思い付きで書いているだけなので。。。(ぉぃ
今回も1万文字近く…ふと考えると合計10万文字に達していたんですね。
最初は3千文字で苦労していた気がしますが、変わるものですね。
400字詰め原稿用紙だと、250枚分! うわーよく書いたもんだ。
まだ、やっと新たな出会いが始まったばかり!(というか目覚めてない)
まだまだ続きますので気長に宜しくお願いします。




