10-1.水死体!?(10日目)
部屋の中は暗く未だに日の出前だが、布団がモゾモゾと動き始めた。
(温け~・・・出たくねぇ。。)
目の覚めた俺は足をバタつかせながら、布団の魔力から抗おうとしている。
案の定、紅葉はぐっすりと眠っている。 この寝顔をゆっくりと見ているだけでも何か幸せになれるな。 俺には子供は居ない、犬や猫などの動物も飼った事は無い。 だから、この気持ちが何なのかは良く分からない。 言葉を話し容易に意志疎通が出来る小さなこの子とどう接すれば良いのか。 ペット、友達、相棒、娘・・・きっとどれも当てはまるのだろうけど、今は娘と思えるような愛おしさを感じている気持ちが一番強い。 そんな風に俺は考えている。
布団から出ている紅葉の頭をそっと撫でながら、俺は今日1日分のやる気とたくさんの幸せをもらえたような気がした。
「・・・さて、起きるか」
紅葉の支度はあっという間に終わるので、俺は先に布団から抜け出して先日川原で拾った防具を身に纏った。 不思議な装着感だ。 色々なベルト調整や革自体の固さもあるはずなのにフィットしていて動きやすい。 脱ぎ気も肌着を着るような感覚で着れてしまう。 有りがたい事この上無いが、摩訶不思議ワールドの一つだ。
「朝御飯の準備が先かな・・・」
今日は遠出して新たな場所の開拓や、温泉に浸かりたい等の願望がある。 最重要課題の肉の確保や、新たな食材探しも忘れてはいけない。 鎧を身に纏い冒険らしさが一気に湧いてきたが、腹が減っては戦はできぬ。
在庫は心許ないが、今日は塩コショウで肉を焼いていく。 串焼きの肉からジワジワと肉汁が溢れ、そして垂れ落ちる・・・炭火の上に垂れてジュワッと音と共に白い煙が舞う。 肉の焼ける良い匂いだ。
(あ、紅葉を起こしてくるの忘れてたな・・・)
焼きたての一番旨い状態を食べ会いたいのだ、というか自分がそう食べたいのだ。 このままだと焼き過ぎになるのも怖い、どうしたものかと肉を注視しながら考えていたら、当の本人がいつの間にか隣にいた。
「さとしぃ・・・ご飯?」
起きれた事を誉めてあげるべきだっただろうが、朝御飯が出来る匂いを部屋の中からどうやって感じ取ったのかと、驚きが勝ってしまっていた。
「えっ!? あ、紅葉・・・おはよう、今日は早起きだね」
「・・・お腹すいたぁ~・・・」
紅葉は前足で顔を擦りながら、ご飯の要求をしてくるばかりであった。
眠気と食欲が争った結果、食欲が勝ったようだ。 ペアーチ以外の食料が心許ないので極力節約してきた結果だろうか、ゆっくりと寝させてやる事も出来なかったか。。
ひょんな事から、今日のやる気はうなぎ登りであった。
朝食を終えた後は、久々の冒険をする事になるのでテントや非常用の携帯食料等準備をした。
陽は既に昇っており、時計を確認すると8時であった。 今日も晴天で雲も少ない。 絶好の冒険日よりなのは良いが、この世界に来て以来雨が降っていない。 冒険する上ではありがたいが、水不足になるとか・・・無いよな。 不安はあるが、水汲みをしている川の水量は衰える感じはなかった。 川の更に北には雨が降り続いているような世界があるのかもな。
というか、森の外側はどうなっているのだろう。 色々な不安も抱えてはいるが、考えれば考えるほど広がる未知の世界を前に童心に戻った気持ちが沸々と湧き上がってくる。
「よし、行くか!」
「うん!いっぱい美味しい物さがそー♪」
間違ってはいないんだがな・・・紅葉のやる気に苦笑しつつ俺達は南へ向かうこととした。 温泉に入りたいという気持ちだからって訳では無い。 うん、絶対に。
川沿には何かしら動物の集まるポイントや、集落が近くにある場合が多いだろう。 歴史の授業で習ったように、文明は水の側に出来るはずだ。
まずは、先日装備一式を拾った毎度の川へ向かい、そこから南下していく。
何かあるのは、いつも決まってあの川辺だ。 今日も何かあるかもしれない。
川へ向かう道中、小さなイノシシの群れと遭遇したが、拾い物とはいえ鎧と盾と剣を持った俺は、問答無用で切り裂いていった。 銅コインがドロップするだけで他は今まで通り消えてなくなってしまった。
辺りの木々は減ってきて、河原へ到着する間際、何故か紅葉が突然飛び出した。
「さとし、ちょっと先行ってくる!」
「えっ!? い、いってらっしゃい・・・てっ、ちがっ・・・」
深追いをするなとか、言うべき事はもっと他にあったのだが、咄嗟に出たのは挨拶的な反応だった。 俺は登山用のバックパックを背負い鎧や盾に剣を持っている。 装備の影響かそれだけ背負っていても十分動けるだけの力が出せているが、身軽とは言えず森の中を進むペースはいつもより遅かったのだ。 あっという間に紅葉は光の射す川原へ消えていった。
俺も慌てて紅葉を追いかけ、川原を目指した。
森を抜けると拓けた川原には陽を遮るものが無く水面はキラキラと輝き、岩や砂利も同様に白さを増して俺の目を眩ましてくる。 眩しさに負けて目を閉じていると、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「さーとーしー、こっちー」
紅葉の声だが、何かを見つけたようだ。 閉じていた瞼をゆっくりと開いていく・・・
紅葉はどこだ・・・? 居た! 少し北へ行った滝壺の方へ行っている。 水が砕ける轟音の中、さっきまで木々に囲まれた状態でどうやって気づいたのだろうか。。。? 嗅覚で・・・? すると、こっそりと出していたつもりのオナラとか紅葉にはもろバレどころか激臭だったのでは・・・。 考え出すと、羞恥心と謝罪の気持ちばかり膨らむので深く考えないことにしよう。 次回から外でする事を俺は心に決めた。
近寄ってみると、今回はイノシシではなかった。
対岸に人のようなものが倒れている。 水死体・・・という恐怖心が過るが、この轟音の中に居ながらも紅葉曰く弱々しいが呼吸しているみたいだとのこと。 紅葉さん嗅覚だけじゃなく、聴覚もマジパねーっス・・・。
何はともあれ、対岸に渡らなければ助ける事は出来ないだろう。 川幅は広く橋等も無い。 森の木を切り倒して架け橋とする方法も出来そうではあるがどう考えても運べないだろう。 すると船か・・・
「紅葉、森から蔓をいっぱい集めてここに持ってきてくれ、筏を作って対岸に渡ろう」
「分かった!」
二手に分かれて作業開始である。 紅葉はサッと森の中へ向かっていった。 こういう時、仲間が居るっていうのは本当に助かる。 物分りも良いし、何より素直だしな。
紅葉に改めて感謝している場合ではなかった。 俺も南下した先にある竹林へ向かう。 途中、幸運な事に大きなイノシシが横たわっているのを見つけた。 これを捌けば当分の肉は確保できるだろうが、先ずは筏作りだ。
竹林に到着後、竹を見上げるが本当に長い・・・一本ずつ引き摺りながら運ぶのが精一杯だろう。 まずは必要な分だけ先に切り倒しておくか。
ザッシュ!
剣を横一線に振ると、目の前に聳え立っていた竹を見事に斬り払う事が出来ていた。 剣豪や凄腕の冒険家になったような気分になり、現実を前に感動した。(俺、かっこいい!)
誰も見て居ないが、飛び上がって喜びたい気持ちを抑えそっとガッツポーズをした。
ゴンッ(ぐぇっ!?)、ドサドサッ・・・ガサガサ・・・
長い竹が頭や肩に直撃した後、地面を転がった。 斬った竹が倒れてくるのに悠長にガッツポーズをしているなんて・・・こんなツッコミが入るなんて、等と考えていたが思ったより痛くない。 というか、無傷? 顔に触れても肩に触れても特別痛い所も何も無い。 どういう訳だろうか? 防具の効果がこんな部分でも発揮されているとしか思えない。 命拾いしたな・・・本当に防具様様であった。
さっそく地面に転がった竹を引き摺り運ぶ事にしたが、ここでも装備の効果が発揮された。 一本拾い上げたところ竹が軽いのだ。 2本、3本と増やしていったが余裕である。 しかし、邪魔な盾を外した途端1本も持てなくなったので、盾の効果か装備全体の副次効果である可能性が高い。 盾を装備し直し右手で抱え込める5本の竹をまずは運ぶ事とした。 途中、川岸で大きなイノシシも左手で掴んで運んだ。
滝壺に近づくと、既に蔓が何本も散らばって置いてあったが紅葉の姿は見当たらない。 まだ探し続けてくれているようだ。 筏作りには相当数必要だろうから助かる。 俺も負けじと追加の竹を10本運んできた。
計15本目の竹を運び終わるタイミングで紅葉も蔓を咥えて戻ってきていた。
「紅葉、ありがとう 助かったよ」
「えへへ、私しっかり出来た?」
「うん、すごいよ いっぱい蔓持ってきてくれたから、これなら筏が作れそうだ」
頭をくしゃくしゃに撫でてやると、紅葉は嫌そうな顔一つせず嬉しそうに尻尾を振っていた。
「さてと・・・では、始めるか」
竹は節毎に密閉されていて、良い浮きになるはずだ。 3mくらいの長さで竹を斬り、3m角の四角い筏を作る事にした。 一列に並べた竹を隣同士蔓で結びつけて1枚のすのこ状にする。 もう一式同様のすのこ状の物を作りそれらを直交させて重ね合わせ、さらに結び付けた。
撓まないしっかりとした筏が出来た。 操作用に側枝を切り落とした竹も持って川岸へ運ぶ。 川の流れは速いのでかなり流される可能性がある。 転落して溺れないよう気をつけなければ・・・。
「紅葉、危ないからここで待っていてくれるか?」
「嫌! 一緒に行くの!」
即答で返ってきた言葉は着いて行くの一点張りだった。 危ない可能性があるから、しっかりと掴まっていてくれと伝えると、胸当ての中に入って顔だけ出すスタイルに・・・俺が動いた際に潰れてしまわないだろうか? 守ってやれるか分からないぞと言っても聞き分けてはくれないので諦めてこのまま進む事となった。
筏を水に半分程度浸けたが問題なく浮きそうだ。 後は覚悟を決めるのみ。
「・・・いくぞっ、紅葉!」
俺は川の流れに乗り始めた筏に飛び乗り、操作用の竹で川岸を押し込んで対岸へ寄せようとした。
川の流れは想像以上に速かった。 川岸を押す竹があっという間に北を向いてしまう。 それだけ筏が南へ流れている証拠だ。 操作用の竹を南の川岸へ押し当てる事で流れに負けず、対岸へ近づくことが出来た。 だが、まだ着けない。 川底が相当深いのだろうか竹が当たらず、簡単に対岸へ寄り着けれそうにない。 慌てて対岸に竹を当てて引き寄せるしか方法が無く、何度も挑戦してやっと渡りきる事が出来た。 かなり南下してしまったが仕方ない、帰りはもう少しマシになるだろうと壊れていない筏を持ち上げて、紅葉と共に滝壺に向かって北上した。
装備の効果だろう、筏を担いだままでも十分動ける。 今なら両手で抱え込めないような大岩さえも持ち上げれそうだ。 武器防具としての価値以上に、この装備は日常生活において有効活用できそうだと感じた。 今後の計画に組み込まねば・・・
そうこうしている間に、紅葉に置いて行かれた俺も、滝壺へと到着して川岸に筏を下ろした。
休んでいる暇は無い、人命救助をしに来たのだから。
「紅葉、どんな感じだ?」
先に到着して覗き込んで確認している節のあった紅葉に声をかけ、俺もうつ伏せになって倒れている人に近づいていった。
「呼吸はしてるみたいだけど、意識が無さそう・・・どうする?」
ボロ切れのような布を纏ったその人は、金色の髪と長く尖った耳をしており、ファンタジーで王道のエルフと思える容姿をしていた。 容態を確認するべく、出来るだけ優しく担ぎ上げて筏の上に仰向けに寝かせた。
無惨だった・・・。
顔は右目に殴られたような痣があり腫れ上がって目を開けられなさそうだ。 肌は栄養失調だろうか全体的に張りがなく、カサカサしていた。 両肩には赤黒い痣がはっきりとあり、腕にもいくつもの青痣がある。 これでは腕を動かすのは厳しいだろう・・・。 あまり直視しては可哀想だが、小さな膨らみかけの胸にも殴られたかのような打撲痕が残っている。 肋骨骨折などしていたら不味いかもな。 腹や足に掛けても打撲痕もあるが、それ以上に鞭を打たれたようなミミズばれが多数あり、痛々しい状態である。 それと・・・股には僅かな血と粘液が零れ落ちた跡のようにこびり付いて乾いていた。 この少女が何をされていたのか一目で分かる状態である。 歳は人間的な見た目上では12~13才ってところだろうか、胸糞悪い気持ちになりつつも怪我人に致命傷は無さそうに見えた。 医者では無いから一概には言えないが・・・助けられそうな命なら、俺は助けたい。 見捨てて後悔するよりは、出来る限りを尽くして悔やみたい。
「紅葉、いくぞ・・・」
「・・・うん」
短い言葉のみを伝え、一刻も早くここを離れる事にした。 怪我人の状態から見て、今さっき倒れたような感じでは無いだろうが、こんな状態にした張本人がこの世界には居る。 ここで休息するよりも対岸へ戻ってから休憩する方が安全だと感じたからだ。
帰りは怪我人も載せた状態であったが、一回目の苦戦もあったおかげで無事に自宅のある対岸へ戻って来れた。 俺は戻るや否やそこから対岸を注視して見渡した。
「特には・・・何も見えないか・・・、紅葉、対岸に何か潜んで無いか分かる?」
「んー・・・何も居ないと思う。 匂いも音も特に変わった感じはしないよ」
ありがとうと、紅葉の頭を撫でてやるといつものように尻尾を振っていた。 張り詰めた空気が少し和らいだ気がする。
どうするべきか・・・元々の予定ならもっと南下してテントを張る予定だったが、この状態ではな・・・。 視線を落とした先には、筏の上で仰向けになった|ボロ布に包まれた怪我人《エルフの少女?》がいる。 この距離なら胸や腹が上下に動くので呼吸している事が俺でも分かる。 現状は無事だが、このまま安易に放置は出来ない。 それに今、この川岸は対岸にかけて特に危険だと思われる。 ならば・・・一つか。
「紅葉、一旦家に戻ろう。 家の周囲ならきっと安全だ。 あそこまで戻った方が良いと思う」
「うん、そうだね!」
俺は筏の上に、|ボロ布に包まれた怪我人《エルフの少女?》と新たに大イノシシを載せて、筏ごと担ぎ上げた。
重量挙げの選手が持ち上げるが如く、頭上に筏を持ち上げたまま帰宅する事となった。
「さとし、力持ち~♪」
何だか紅葉の機嫌が良いが、俺もこんな事まで出来てしまって驚き半分、優越感半分といった所だった。 悪い気は全くしない。 ただ翌日大丈夫かな?という一抹の不安はあったが・・・。
帰りはイノシシとの戦闘も無く、平穏に帰宅する事が出来た。
アスファルトの上に、慎重に筏を下ろし腕時計を確認した。 16時か・・・日が傾いてきている。 手当てと言うほどの事ではないが、シップを貼って寝かせておく位なら出来る。
「紅葉、ちょっとこの子を見ていてくれ、布団とか準備してくる」
「はーい♪」
俺は部屋に戻って、来客用の敷布団兼クッションマットと毛布を引っ張り出して隣の空き部屋へ持ち込んだ。
(部屋・・・使わせて頂きます。)
地震以前にはこの空き部屋にも人が住んでいた。 今は空き部屋だが、使用するのに僅かながら罪悪感があったので、心の中で一言だけ祈っていた。
「紅葉、どう?」
「特に変わらずだよ。 ぐっすり眠ってる感じ~」
紅葉は気楽で良いなー・・・何て感じてしまうが、そんな相手がいる事で俺自分を保てているような気もする。 感謝しとかなきゃな。
「ありがと、ちょっと部屋に寝かせてくるよ。 それからイノシシ捌いてご飯にしよっか。 お昼食べれず仕舞いだったしね」
「お腹ペコペコだよ~ 私もがんばったからこの前のやつがいいな・・・」
「この前のやつ・・・ステーキの事かな? いいよ、分かった任せとけっ!」
「わーい、さとし大好きっ♪」
あーーーっ!? もうっ可愛いなこいつ!! 抱き上げた怪我人ほっぽりだして紅葉を可愛がりたいじゃないか・・・あーーーもうほんとに。。。
ちょっと冷静になる為、目を閉じて一呼吸置いてから、怪我人を部屋へと運び込みクッションマットの上に寝かせた。 申し訳ないがボロ布は剥ぎ取り、寝かせた状態で首や肩、腕・胸・腹・股・足と全身を濡れタオルで拭いた。 特に股の辺りは念入りに拭き取って綺麗にしておいた。 性的な意味で見ていないと言えば嘘になるが、彼女がどんな気持ちでこの状態になって倒れていたかを想像すると、目覚めた時に、そんな出来事は無かったよ、悪夢を見ていただけだよと伝えたい気持ちになっていたからだ。
彼女は全体的に細身で小柄な体躯、Aカップ否AAカップだろうか・・・しっかりと目に焼き付けて傷が治った状態を妄想した。 もちろん脳内HDDにはしっかりとダビングず・・・
(あっ!? 断じてハァハァなどしていないぞ! 誰だこんな事考えた奴はっ! 不謹慎にもほどがあるぞっ!?)
ヘンテコな自問自答を経て、痣の酷い部分には冷感シップを貼っておく事にした。 そして毛布を掛けて少しでも温かく寝かせてあげようと。 頭の近くに水桶とタオル、そして水の入ったコップとペアーチを1つ置いておいた。 RPGのエルフ通りなら肉は食べないだろうし、果物の方が良いだろう。 もし、目を離している間にこの子が目を覚ましたなら、きっとお腹を空かせているだろう配慮だ。 警戒はするだろうけど、やれることはこれくらいしかない。 後はこの子が生きたいと強く願い、目覚めてくれる事を祈るばかりだ。
そういえば、紅葉との出会いも同じような状況だったな・・・。 あいつも怪我して倒れてたのを助けたんだった。 たった数日前の事でも今はずいぶん昔に感じていた。 毎日が濃厚で、それでいて充実しているからなのかな。
「キミと笑顔で過ごせる日を楽しみにしてるよ。 大丈夫、ここは安全だから」
独り言を囁き部屋を後にした。 さて、次は紅葉の為にも晩御飯の準備しなくちゃな。 まずは大イノシシ捌きからがんばるぞい!
玄関を開けると、紅葉がかまど周りに薪を引っ張ってきている所だった。 いつも俺が集めてアパートの軒先に貯め置きしている物をすぐ使えるようにとの配慮だろう。 ただ待つだけや遊んでいるとかで無く、こうして次の事を考えて率先して動いてくれている・・・食欲からの行動かも知れないが、短い手足では運べないから少しずつ咥えて何往復もしていたのだろう。 ありがとう、この感謝は今日の晩御飯で返そうじゃないか。
歩み出した俺に、紅葉が気付き駆け寄ってきた。
「あの人、どうだった?」
「まだ、なんとも分からないな。 寝てるようだし、安静にしとく位しか出来ないしね。 紅葉の時も同じだったんだぞ?」
真っ先に、怪我人の安否を聞いてきた事に紅葉の優しさを改めて気づかされた。
「そうだった! でも倒れる前の記憶が無いし、今が楽しいから忘れちゃってた♪」
細かく動く耳と激しく振られる尻尾、そして話せるようになった時から手に入れた表情から紅葉の楽しさが伝わってくるようだ。 お茶目な感じで話す彼女は、やはりペットでは無い。
「俺も毎日が楽しいよ、紅葉が元気になって、本当に感謝してる。 ありがとね」
「あ・・・改まってどうしたの?」
えへへ♪と小さな声が漏れているが、紅葉は更に嬉しそうだ。
「あの怪我人が元気になったら、もっと楽しくなるかもなってね、それに薪運びありがと、急いで支度するね」
「うんっ♪」
大きなイノシシの腹からナイフを刺し入れて内臓を・・・あれ? そうだった、こいつらには内臓は無いぞーだった。 うん、親父ギャグでも寒すぎる。
心の中でボケて、同じく心の中でツッコミを入れる。
そんなこんなで皮剥ぎをさっさと終わらせる。 後は全て肉の塊だ。 大きなイノシシの形をした肉塊、紛れもなく肉の塊なのだ。 繰り返しだが、骨も筋も無い。 こんな生物が現実にも居たら、肉コストはグッと下がるんだろうな。 可食部ばかりの肉塊を前に、ナイフを入れて足から順に輪切りにして保存用のジップロックヘ入れていく。 部位毎に肉質の違いが無い事は、メリットであり、デメリットでもある。 生きる為だけなら、今が一番なんだろうけどな・・・人は本当に満たされないな、食に対する欲望が膨らみ出すのは安定してきている証拠だが、今一つ喜べないのは食のバリエーションが少な過ぎるからだよなぁ。 こぼれたため息は、夕日と共に森へ沈んでいった。
かまどでは、溶岩プレートを熱している。 分厚く肉を切り出してプレートに置くと、ジュッ!っと焼け始める音と共に白い僅かな煙が上がった。 後はじっくりと焼けるのを待つだけだ。
紅葉はまだ?まだ?と俺の隣に来て、一緒に肉が焼けるのを眺めている。 焚き火の熱気で顔が熱せられて赤くなってくる。 肉もだんだんと熱が入り白くなってきた。 余分な脂が肉から染み出し、プレートを覆ってしまう前に、木の枝で簡易的に作ったヘラを使い溜まり始めた油をプレートから落としていく。 揚げるような焼き方もあるが、前回同様にプレートの効果で焼き続ける。 表面から1/3程度火が入った肉をこれまた手作りの竹箸でひっくり返す。
「紅葉、あと少しだぞっ!」
「早く、早くー♪」
待ちに待ったステーキである。 同時進行でまたもタレを作っている。 今回はニンニクも追加し、味見した限りでは前回よりも上々だ。 一緒に味見した紅葉も同様に気に入っており、期待が膨らみ続けている。 焼き加減を失敗できない。 絶えず肉を見続けて、顔が焼けるようだったが諦めず熱と戦った。
「完成だ!」
「やったー、晩御飯っ晩御飯っ♪」
盛り付けて一緒にステーキにかぶり付く。 旨い・・・捌きたてとかはこの肉に限って差がないが、調理方法さえ変われば本当に美味しく食べれる。 口いっぱいに広がるジューシーで甘い脂を、醤油ベースのタレが締め、そしてニンニクがコクを何倍にもしてくれている。 噛むほどに染み出る旨味を堪能する。 内心段々と飽きが来ていた焼き肉も、味付けが違えばそれはもう別物だ。 お互いにおかわりをし続け、共に3枚ずつステーキを食べた。
満腹だ、もう入らん・・・紅葉は一体どこに3枚の肉をしまっているのだろう? とりとめもなくぼーっと赤く揺らめく燠火を眺めながら、ゆっくりとした日没後の時間が流れていた。
「い、嫌っーーーー!?」
静けさを終わらせる絶叫が聞こえてきた。 もちろん俺の声で無く、紅葉でも無い。 怪我人を寝かせていた部屋から聞こえてきたのだ。 目が覚めたのだろう。 何を思って叫んで居るのかが分からないが、意識が戻った事に安堵し、そして気を置けない時間が始まったと感じた。
「行くぞ、紅葉!」
俺達は、怪我人を寝かせている部屋へ走った。 今日はまだ終わらない。 長い夜の始まりであった。
中身が薄く中々進まず申し訳ないですが、ゆっくりと生活している様を書きたいのでこれからも宜しくお願いします。




