8-2.電気を求めて(8日目)
家の前は陽に照らされてまだ明るかった。 戦闘もありはしたが一方的な状態であった為、夕飯を作り始めるにはまだ早い時間である。
「だいぶ早く帰ってきちゃったけど、紅葉は何かしたい事ある?」
「んー、晩ごはん!」
「ご飯は無しで、他には?」
俺は間髪入れずに、紅葉の回答を却下した。 聞いた俺が馬鹿だったと半ば反省していると・・・
「なら、部屋にある色々な物の話を聞きたい!」
考えてみれば生活するのに精一杯で、紅葉には家の事を何も話していなかった。
寝る所という解釈以上には必要が無かったからだ。 所狭しと色々と置いてあるのだし、生活が落ち着いて生きる以外にも目を向ける余裕ができていたようだ。
「それじゃあ、説明できる範囲で教えてあげるよ、紅葉の気になるものはどれかな?」
尻尾を振りながら走り出し、器用に玄関のドアノブに飛びついて扉を開けていく。 危険が無いと考えて今まで鍵を掛けていなかったが、そろそろ鍵を掛けるべきだろうか・・・。 カードキーでは無いし、流石に鍵穴に差し込んで回す作業は紅葉には厳しいかもな・・・
思考しながら俺も玄関をくぐると早速紅葉がアレは?と言ってきた。
「ん?」
指差す事は出来ないので不便だなと思いつつ紅葉の視線を辿っていくと、それは靴箱の上に置いてあるテラリウム風の置物だった。
「これは俺が自然の緑や木が好きだから、全部作り物だけど流木や亀とかを配置した置物だよ」
「食べられないのに置いてあるの?」
紅葉は食べる事が主観だった。
「俺はここに来る前、緑とか自然の少ないところに居たんだよ。 だから少しでも自然な雰囲気を味わえるように作ったんだよ」
「ふーん。 じゃぁ今は自然いっぱいで木もいっぱいだからサトシ嬉しい?」
中々難しい質問だった・・・。 自然の中で他人の目を気にせずに好き勝手自由に出来るのは素晴らしい。 ただ、今の状況を望んでいたかと言うとそうではないだろう。 息抜きとしての自然ではなく、生きる為のサバイバルとなっている状況を楽観視は出来ない。
「嬉しいと言えば嬉しいけど、生きる事に毎日大変で楽しむような時間がまだ無いかな。」
回答にならないような曖昧な言葉を返してしまったが、そうとしか言えなかったのだ。
「私はね! 毎日楽しいよ! こんな風にお話できるようにもなれたし、サトシと一緒に過ごすの楽しい。 それに今朝のご飯すごく美味しかった!」
うん、ありがとう紅葉。 前半の言葉だけだったら涙が出そうだったよ。 最後の言葉は要らなかったかな・・・。
鼻水が出掛かって、一度すすった。
「ズズッ・・・。 それを言われたら俺も同じで毎日楽しいかな。 紅葉が居なかったら、俺は今みたいに元気で居られなさそうだよ。」
「そう? えへへ・・・」
顔を赤らめながら、うつむきがちに微笑んでいるように見える紅葉はとても可愛らしく、カップルのようなイチャラブ展開が広がっていた。 誰も止める者が居ないのだから、甘い時間のみで空間が満たされていく。
「・・・そ、そうだ! 他にもね、聞きたい事あるの!」
ニヤケ顔だった紅葉がハッ!となり、さっきまでの甘い空気を吹き飛ばすかのように駆け出した。
誰も居ないのだから、恥ずかしがる事も無いだろうに・・・と考えてしまうのは歳のせいだろうか? 初心なままでは居られないな・・・。 俺は紅葉が異性ではなく、娘を見ているような気持ちになっていた。 もちろん実の娘では無いし、外見の違いもある。 ペットのような感じでもあるが意思もあり、会話もする事すら出来るのだ。 一個人として大差無いだろうと思っている。 外見が違うだけの人種のように。
俺はゆっくりとした足取りで紅葉の後を追う。
紅葉はフィギュア棚の前に行儀良く待ての姿勢で待機しており、棚を見上げているようだった。
「棚の上が気になる?」
棚の上には、黄色いクマや丸くてふっくらした猫等々のぬいぐるみが並べてあるのだ。
「ううん、棚の中身が気になるの。 サトシみたいな人間?の女? ばっかり・・・?」
何か背筋に悪寒が・・・。
紅葉は棚の中身ではなく、こちらを射抜くような視線をさっきから浴びせてきている・・・。 大きさ的に、紅葉は足元でちょろちょろしているサイズ感なのに、今だけは大きく見えるぞ・・・。
この感じは何度か経験がある・・・。 嘘を塗り固めても、お世辞で回避しても後でヤバイパターンだろう。 仕方ない・・・本音で話してぶつかるしかない。
「棚の中身の女の子達はフィギュアって言う作り物だよ。 俺はアニメっていう向こうにある黒いテレビってのでこの女の子達が動き回る映像を見るのが好きなんだ。 そして、アニメだけじゃなくて気に入ったのはフィギュアやベッドの近くにも色々飾ってあるけど絵やタペストリーとか色々買ってたんだよ・・・。」
変な説明口調になり、更には最後の方は尻すぼみである・・・。 威圧感に勝てなかったのだ...分かってる、俺は尻に敷かれる様な性格だと。。(フローリング直で正座状態)
そういえば、紅葉に現代の言葉の意味が伝わるのだろうか? 人形と言えばよかったのか? アニメやテレビなんて言葉が伝わるのか? 俺の思考は、別の方へと飛んでいっていた。
「私とどっちが好きなの?」
紅葉から痛烈な一言が来た。
うん、この質問も何度か聞いた事がある・・・。 めっちゃ怒ってるなぁ・・・どうしたもんか...
どうせ怒られるのなら本心で語るべきだろう。 それでも着いてくる物好きが少しは居る事も知っている。
「比べられない・・・」
続けざまに、俺は本心を語っていく。
「紅葉は目の前に実在していて、こうして話す事も出来る。 紅葉が居なくなったら俺は寂しくて寂しくて仕方ないよ。 それはフィギュアでは癒す事は出来ないものなんだ。 だけど、それでも俺にとってはフィギュアも大切なんだ。 俺に話しかけてくれる事も無く、ただ画面の中フィギュアとしての存在だったとしても。 紅葉の方が大切だとは思ってる。 でも、フィギュアとかも俺自身を作り上げている大きな要素であって、蔑ろに出来る物じゃないし、して欲しくない。」
目を閉じて一呼吸をした後、ジッと紅葉の目を俺は見た。
真面目に俺は答えた。
第三者から見たら、狐に向かって正座しながらフィギュア愛を語っているおっさんの異様な姿が映っているのだろう。 だが、ここには第三者は居ないので全力でぶつかる事が出来た。 小心者の俺には、人前で本心をぶちまけるなんて中々出来ないのだ。
「そう・・・、ちょっと悔しいけど私も同じくらい大切に思ってくれてるって分かったから、困らせちゃってごめん。 それと、何で正座・・・?」
意外と受け入れてくれたようだけど、紅葉さん・・・呆れていらっしゃる・・・。
「な、なんとなく真面目な会話で正座しちゃっただけだよ・・・」
肌寒い時期なのに、すごい汗をかいてしまった・・・。 早く温泉に入りたい。。。 一難去って、安堵からお風呂が恋しくなってきた。 だが、今はそんな事を口走っては大変な事になるので時が過ぎるのをジッと堪えた。
「あ! テレビって今見れないの? サトシがそんなに好きなら私もアニメ見てみたい!」
「今は無理かな・・・。電気が無くてテレビとか動かないんだ・・・」
紅葉の要望へ力なく俺は答えた。
「電気があれば見れるの?」
「うーん・・・電気といっても、家電を動かす為には100Vの電圧で且つ、必要な電流を安定供給するには大きな発電機も必要だしなぁ・・・」
やはり紅葉の要望には応えてやれそうに無い。 俺もアニメが見られるなら、もっと生活が落ち着いてくれば娯楽としてありがたい。 それに電気が使えれば現代的な生活へ一気に躍進できる。 照明があれば夜だって、明るく過ごせる。
自転車の発電機を使って、水車で発電するか・・・? 発電量は微々たる物だし、数キロも送電する方法が無い。 蓄電だって乾電池程度しか・・・ ん?
ふと気づいた事があった。
うちの家は、1棟4部屋アパートで2棟並んでいた。 うちの屋根自体を確認した事は無いが、隣のアパートの屋根には太陽光発電パネルが屋根についていた。 蓄電池まであるかは分からないが、もしかするとうちの屋根にも太陽光発電パネルがついているかも知れない。 運が良ければ、蓄電装置もあれば最高だ。
・・・バッ!
「えっ!? サトシどうかしたの?」
急に立ち上がった俺に、紅葉は目を丸くしてこちらを見ている。
「驚かせてごめん、もしかするとアニメ見られるかも知れないと気づいて確認しようと立ち上がったんだよ。 ちょっとすぐ確認してくるよ。」
ワクワクを抑えられなくなり、俺はすぐさま玄関を飛び出した。
外に出て屋根を見ようとしたが、舗装された範囲からはジャンプしようが見る事は出来なかった。 ワクワクしているので、心もピョンピョンしている事を付け加えておく。
「登る・・・しかないか」
木に登って、屋根を確認する他無さそうだった。 紅葉に登らせて確認してもらう事もできるが、果たして紅葉に太陽光発電パネルが分かるだろうか・・・? というか、今までの会話が成り立っている時点で理由は分からないが俺と同等レベルの認識をしている可能性がある。 ゲーム脳的に考えるならば、主人の知識レベルを共有している使い魔(?)と考えればスッキリする気はする。 ご都合主義にも程がある感じはするが。。。
ただ・・・今回は、俺自身で確認しよう。 紅葉が出来る出来ないとかでなく、俺がやりたいんだ!
「・・・もう少し・・・ よし! 届いた。 くぅーーー はあっ! はぁはぁ・・・」
踏み台レベルの脚立しかなく、それを使っても木の枝に手を掛けるのに苦労した。 それ以上に枝に登るのがキツ過ぎた。 体力も腕力もここに来てから鍛えられたと思ったが、所詮1週間。 大した事無い基礎体力から、スポーツマンのようになれるわけはなかった。
手や足に擦り傷は出来たが、成果はあった。
「あった・・・あったぞ!」
家の南向き屋根には太陽光発電パネルがあった。 1kW程度の期待だったが想定以上だ。 幅20m近くあるような屋根だから南面に大々的に設置していたようだ。
続いてアパートの2階部屋へ俺は入り、天井に点検口を見つけて持ってきた踏み台で屋根裏へ登った。
貴重な乾電池式のライトを使って、天井に這わせた配線やパワコンを探している。
2階の両部屋とも室内にパワコンは無かった。 となれば、屋根裏だと考えたからだ。 だが、埃っぽい屋根裏を見て回ったがどこにもない・・・ダメか?と諦めかけた時にふと思い立った。
(入居者が居た場合、天井裏じゃメンテナンス出来なくないか? 自分が作るなら、屋外配線の屋外設置しないか?)
俺は埃まみれで、2階の空き部屋を汚してしまったが気にせず、家の外周を確認する事にした。
「この箱怪しいな・・・」
俺の部屋の壁とは反対面(隣の空き部屋側の壁)に怪しい箱が取り付けられていた。
箱には鍵が掛かっており、悲しくも施錠されていた。
もちろん、箱の下面に鍵が貼り付けてあるとか、近くの植木鉢の下にとかってパターンも無かった。
「鍵開けのテクニックとかあればなぁ・・・」
部屋に戻れば針金程度あるが、それで開けれるとは思えない・・・。
グサッ・・・ ピキ・・・ピキッ バキッ!
脳筋宜しく、手持ちの工具で外装ごと鍵を破壊する事に成功した。
一般的に考えたら器物破損だが、今ならきっと大丈夫。
予想通り箱の中には、パワコンが入っていた。 箱は防滴仕様だったのか蓋の噛み合わせ部分にはゴムパッキンが付けられていたが、今は無残な状況となっており防滴機能は失われてしまっている。 この世界に来て以来、雨は降っていないが今後も降らないとは限らず、早めに打開策は講じるべきだろう。
だが、電気を渇望してたので打開策検討へは至らなかった。
さっそくパワコンを確認すると通電状態だとはっきり分かる液晶画面に表示が出ている。
表面の仕様表には10KW対応の単相100Vであり、屋根に設置された太陽光発電パネルの配線はアパート壁内を通し、パワコンのみが屋外に設置されている事がわかった。
パワコンの出力側にはケーブルが接続されており、アパート外周部にある排水用の側溝の側面に配管を固定し、中に配線を通しているようだった。 その配管は、突如現れる土と森でスパッと境界が分かれるように切断されていた。
発電はしていたが、パワコンの2次側が切断されたままとは・・・。
俺は両手を組み、天に掲げて目を閉じた。
神を信じるような性格では無いが、短絡でパワコンが故障していなかったのは涙が出るほどありがたい奇跡だった。
天に感謝を捧げた後、パワコンの電源を切って排水溝に延びた電線は抜き取っておく事にした。
パワコンの側面には、自立運転時用の100Vコンセントが2口備え付けられている。
一度自分の部屋に戻り、屋外作業用にと購入していた30mのコードリールを持ってきて繋いでみた。
箱の中に入っていた取扱説明書を読み、自立運転を行うとコードリールの動作ランプが点灯し、紛れも無く100Vの電源取り出しに成功しのだ。
「やったぞ! やったぞーーーーっ!」
辺りは薄暗くなり、間もなく陽は沈み夜が訪れる。 そろそろ火を焚かなくちゃな。
今は発電量も期待できず、コードリールは屋外に設置して室内へ配線を引き込む作業は明日実施する事に決めて、晩御飯を作る事とした。
玄関に向かうと、頃合を見計らったのか紅葉が外に出て、お手製かまどの前に座っていた。
「ただいま、紅葉」
「サトシ、おかえりー! どうだった?」
「バッチリ! といっても、まだ明日すぐには使えないけど、昼前にはアニメが見れそうだよ」
俺は、明日早起きをして配線引き回しを行う事を考えていた。 俺だってアニメが見たい。 新しい物を見る事は出来ないが、撮り溜めている物なら見れるのだ。
太陽光発電用の大型蓄電池は無いので、発電した電力は使わなければ無駄になるだけである。
「やったー♪ 楽しみ!」
喜ぶ紅葉と同じく、俺も一緒に喜んだ。
晩御飯は特別な事はせず、塩コショウでのステーキとした。 やはり、溶岩プレートとこの肉の相性は良い。 俺達は揃っておかわりして、肉の消費のみが加速していった。
食事の後はすぐにベッドに入る。 暖房は無いので日中差し込む陽によって温まった部屋の空気をカーテンで守るのが防寒対策であった。 夜にせめて電気毛布でも使えればな・・・。
キャンプ用の蓄電池ならあるが、もちろん電池切れである。 だが、明日からは違う。
明日は朝から蓄電池の充電をしておき、且つ部屋にケーブルを引き込む。 生活環境は一気に向上するだろう。 ニンマリとする俺を、紅葉は不思議そうに見ていたが布団の中で転がったりして温まってくるにつれて睡魔が襲ってきた。
暗い部屋の中、1人と1匹は眠りについている。 カーテン越しに僅かに漏れる月明かりとは別に、ベッドの下では淡い光が明滅を繰り返していた。
それでは、良いお年を~




