31-6.ガイヤとユーフィリア(31日目)
楽しいはずの会食の空気が、ジンの一言で重く張り詰めていく。
好奇の目を向けていたカッシュは、そっぽを向いていた。
今や、俺と紅葉に注目する者は居ない。
ガイと呼ばれたのは、ガイヤの事だろう。
ゆっくりとした動きでガイヤが立ち上がり始めた。
しかし、ユーフィリアが先に口を開く。
「私はアヤト様の人形のユーフィリアですが何か。 あなたこそ何者ですか?」
淡々とジンに語るのだった。
度胸があるのか、煽っているのか、一触即発の状況にガイヤが割って入った。
「まぁ、待て待て! ジンも剣から手を離せ。 ちゃんと話すから一先ず座ってくれないか」
ガイヤがジンを座らせると、ユーフィリアとアヤトを仲居さんに任せて別室へと連れて行った。
せっかくの食事が台無しである。
正直、藁人形の事は気になるが、豪華な食事の方が優先順位が高いのだが。。
ただ周りの皆も、紅葉でさえ、食事は一時中断として納得したようだ。。 無言の多数決で、俺の意志は潰されるのだった。
「はぁ・・・。 フィーは、誰に似たんだか。。。」
「もちろん、奥様ですね」
肩を落とすガイヤのぼやきに、ユーフィリアは驚くべき一言を話した。
流石のジンも目を見開いて、ガイヤとユーフィリアを交互に見比べている。
ガイヤは藁人形と結婚したのか? あやと君は人間のように見えたが、あれは違うのか?
俺達の頭の上に“?”が浮かんでいるのを察して、ガイヤはユーフィリアとの出会いを話し始めた。
まず、ユーフィリアは人形に間違いないということ。
見た目通りの藁人形であり、普通は動いたり、話したりなどできるはずの無い存在だと。
それが何故動いているのか? 答えはそれも魔法らしい。
城下には、魔法使いの集まる店があるようで、そこで知り合った魔法使いの力のようだ。
話し、そして動く。 AIのような存在・・・とも一瞬思ったが、目の前のユーフィリアは、身体が特殊なだけで生きている自分達と遜色無く思えた。
それは一種の人体錬成のようで、神の領域の魔法では。。。と、話を聞いた事を後悔する事態になるのでは無いかと不安が過ぎる。
「魔法使いの集まる店じゃと・・・? お主、まだ懲りておらんかったのか・・・」
ジンが訳知り口調で、額に手を当てていた。 どうにも、心底呆れているようだ。
訳が分からないのでとなりのカッシュを小突いて話を聞くと・・・
重かった話はここで崩れ去る事となった。
どうやら魔法使いの店と言うのは隠語らしく、城下町にある女性が付き添ってくれる飲み屋等を手広くやっている店があるらしい。
どう考えてもキャバクラである。。
ただ、飲み屋以外にも劇場も運営しているようで、そっちが主要事業ではあるようだが。。
カッシュとアキラの話によると、城下町には劇場にも飲み屋にも通い詰める男は多いとのこと。 通い仲良くなる事が一種のステータスであるように。。
カッシュもアキラも行った事は無いらしいが、行く人達は軒並みリピーターとして通うようになるらしい。 それはお金を湯水のように使い続けながら。。。
呆れる俺達を余所目に、ガイヤはジンに弁明をしているが、結果的に偽りでは無いようだ。
俺の中で、ガイヤはキャバクラ通いの初老と認識する事となった。
「はぁ・・・それでどうしてこうなったんじゃ。。」
いい加減疲れ果てたジンが話を進めさせる。
魔法使いキャバクラ通ってたら、何故動く藁人形がここに居るのかはまだ繋がっていない。
意を決したのか、ガイヤの眼が鋭くなり、そして優しくユーフィリアを見て口を開いた。
「ユーフィリアはな、儂の嫁なんじゃよ」
一同、何かを言おうと口を開くが、開いたままとなっただろう。
何も言えなくなっていた。
いやいや、まてまて・・・
いくら雰囲気が可愛いと言っても、どう見ても藁人形だし・・・あやと君は養子だったりするのか? というか、あれにガイアは夜な夜な挿し込んでいたのか!? ユーフィリアの下半身は藁じゃないのか!? 乾いてるとかそんな次元じゃなく、どう考えても痛いだろ。。
頭の中は、ガイヤの特殊な性癖へと妄想が膨らみ続けていた。
ただのキャバクラ通いから、超高次元の変態と認識を改めようとしていたが・・・
ガッ、ズズー・・・
僅かに引っ掛かる障子を開ける音がして、全員がそちらへ視線を向けた。
「あら、あなたったら・・・恥ずかしいわv」
「フィか。 アヤトはどうしたかの?」
「寝ちゃっいましたよ。 今日は紅葉ちゃんではしゃいでましたからね」
ユーフィリアとガイヤの会話が途切れ、その場は無音に包まれた。
(冗談かと思ったけど、ガチだったーー!?!?)
「そ、そうか・・・ガイヤはよ、嫁をも・・・貰ったんだな。。 そ、それは祝わなきゃならんのぅ・・・」
いつも冷静だったジンが、俯き気味に言葉を詰まらせていた。
俺ではそんな言葉は直ぐに出なかっただろう。。
酒がしっかり入って酔っている状態で聞きたかった。。 とんでもない変態カミングアウトじゃねーか。。
シラフでこんな事聞かされたら何も言えねぇ・・・
自分も重度のロリコンだとは自負しているが、これほどの変態を極めているとは。。 お近づきになりたく無いと感じてしまう。
「それよりも、私も早くお店からあなたの村へ行きたいわね。 そっちの状況はどうなのかしら?」
「あぁ、順調じゃよ。 予定通り儂の方も準備しておく」
“?”
ユーフィリアの言葉に疑問符が浮かぶ。 既に隣にいるのに何を言っているのかと。
そんな状態を察してか、再びユーフィリアが口を開いた。
「あなたがあんな説明するから皆さん戸惑ってるわよ? んーと、私がユーフィリア(本体)とでも言えば分かるかしら?」
ユーフィリアは姿こそ同じだが、口調も纏うオーラも何か違って見えた。
主従関係があるのかと思っていたが、今は対等以上に見える。
「私自身は今も城下町のお店に居るのよ。 この子を介して皆さんとお話はせてもらってるわ。 私の魔法は遠隔操作なのだけど、自立意思も持たせられるのよ。 いつもは悪いと思ってこの子の体を奪うような事はしないわ。 もど、秒で旦那に冷たい目線が向けられるのは妻として哀れなのよね。。」
ガイヤは深々と頭を下げていた。
ここでも女性が強いようだ。
そして分かった事は、ガイヤはユーフィリア(本体)と子を成し、この村で暮らしているようだ。
その子がアヤト君であると。
ガイヤは、ちゃんと生身としていたようだ。
周囲から安堵の息が漏れ、皆俺と同じように腫れ物に触るような気持ちだったのだろう。
落ち着いたところで、逆に話題はヒートアップすることとなった。
何故ならカッシュが食い気味にガイヤに質問を浴びせている。
魔法使いの集まる店で、仲良くなるどころか結婚し子供を作るまでに至っているのだ。
異常者扱いから、今や打って変わって英雄のようにもてはやされている。
ジンも1つの鞘に収まったガイヤに改めて祝の言葉を掛けていた。
ジンの歓迎が主体で始まった会食は、ひと悶着あったがガイヤの祝となり食事が再開される。
冷めてしまってはいたが、ちゃんとした料理を食べるのは久々だ。
イッピンだけのご飯ではないのだから。 それだけで楽しい。
落ち着いたところで紅葉も出てきて二人で分け合いながらの食事が始まった。
冷めてしまってはいたが、焼き魚は淡白な中にも甘みがある。 骨からの身離れも良く、出来るならば焼き立てを食べたかったところだ。
ヒレにはしっかりと塩が振られており、見た目も美しく焼かれていたのも感動した。
小鉢は、芋と人参を醤油ベースで煮た物のようだ。 芋と言っても里芋らしく、もっちりとした中に粘り気のような食感があった。 甘辛く煮込まれた里芋がとてもうまい。 というか、さっきから塩や醤油に砂糖と欲しかった調味料がふんだんに出てきている。
気にはなるが、今は食事に集中しよう。 さもなくば、俺の焼き魚は無くなってしまう。
メインの焼き魚は、2匹あったのだが既に1匹は背骨を残すのみである。
紅葉が頭ごとバリバリと。 おっと、2匹目の身を摘んでいたらそっちの頭にも食らいついてしまっていた。。
尻尾を振っているところを見ると味はお墨付きのようだ。
気を利かせて鳴く事も止めているようでありがたいが、手を止めたら俺の分は無くなるのだ。
焼き魚の取り合いの後、紅葉は食べる物はもう無いとばかりに鎧の中に戻ってしまう。
肉が無く、野菜が多いのでそうなったのだろう。 後で食べ物を与えないと怒りそうだった。。
ちなみにお浸しはフキノトウのようで、好き嫌いが出やすい食材だが、灰汁をしっかり抜かれていて柔らかく、若い物をわざわざ選んでいる事が伺えた。
米も味噌汁も美味かった。 味噌汁は出汁は感じ無かったが、まさか外で飲めるとは思わず、こちらも感動した。
人間の住む村はとても日本風で、家や料理は懐かしささえ感じるものだった。
「そう言えば、何か大切な事をサトシに聞こうと思ってたはずなんだがなー・・・思い出せないな」
皆の膳が空き始めたところでアキラが不意にそんな事を言ってきた。
たぶん、紅葉の事で間違いないだろう。 ガイヤの話題に全て持っていかれてた関係で、喋った事の記憶は曖昧になったようだ。 ここは便乗しておこう。
「ん? 俺がわかるわけ無いだろ? 忘れたって事は大したことじゃないんだろうさ。 思い出したらまた聞いてくれりゃいいさ」
「まっ、そりゃそうだな」
「そんな事より、飯美味かったなー。 調理方法知りたくなったぜ・・・」
仲居さんやガイヤにもハッキリと聞こえる声で、カッシュが飯の感想を話していた。
俺も同じ気持ちだが、調味料の事を聞きたい所だが・・・あー、辞めとくか。。
カッシュが丁重に断られているのを見て、諦める事に。
旅館開業時の目玉でもあるのだろう。 リピーターになってくれって事のようだ。
謝罪ついでに、開業後のサービス券をカッシュは受け取っていた。
ガイヤは冗談ではなく、旅館営業を進めているようだ。
価格にもよるだろうが、俺もリピーターになりそうである。
「まだまだ歓談していたいところですが、ここらで食事を終えて客室へ案内しましょう」
パンパンッ
「皆様を、お部屋へ」
ガイヤが手を叩くと、静かに開いた障子から仲居さんたちが現れ、それぞれの部屋へ同行してくれるようだ。
今だからできる事なのか、はたまたこういう趣向なのかは分からないが、手厚過ぎるほどの対応に驚く。
「どうぞ、こちらです。 布団は準備してありますので、お使い下さい。 何かございましたら、お呼び頂ければ伺いますのでお声掛け下さい」
俺を案内した仲居さんは丁寧にそう言い終えると、去ってしまった。
普通は部屋の扉を開けて案内するものだろ?と、障子を前にして思ったがまだまだこれから開始する店なのだから教育不足なのかも知れない。
後でガイヤにもそれとなく伝える事にしよう。
それよりも今は、“布団”の言葉が気になった。
連日野宿は避けられたのだ。 やはり睡眠はしっかりと取りたいものである。
スーッ
俺は障子を開けて部屋に入った。
追記していくパターンですが、頻度は低いのでご了承を。。