31-4.村人?(31日目)
まだ西陽は強く、ぶらぶらと散策する時間はありそうだ。
というか待ち合わせ場所と時間を聞きそびれていた事に今更気付いたが、まぁどうにでもなるだろうと考えたからだ。
門番から聞いた話じゃ、村に宿が無い時点で野宿確定なのである。
そして明日、城に向かって出発する話も聞いているのだから、入り口だった北の門と真反対にある南の門へ行けば良い事も門番に確認済みだ。
村の中の家々の配置はエルフの時と似ていた。
北と南の門へ通じる今歩いているのが大通りといったところだ。
地面には2本の線が引かれており、荷車の車輪痕だろう物がくっきりと窪んでいた。
まだ陽は高いが冬期の屋外作業は少ないのだろう。 人通りもそれに習って少ないのだ。 たまに見かける住民から奇異の視線を感じるが仕方ない。 服装も、見た目も俺は彼らとは違うのだから。
脱色されていない麻色というか、茶色っぽい服が多い。 もちろん染色されて赤っぽかったりはするが、文字や柄がプリントされているような服を着ている者は居ない。
対して俺はジーンズとトレーナー姿に革製の防具を着込んでいる。 見慣れない色合いや服装なのだろうから当然である。
それと、インナーは吸湿発熱インナーを着込んでいるが、走った関係で汗をかいて今は逆に冷えてきてしまっている。 少々問題ではあるが、まだ耐えられるので我慢することに。
特に悪い事はしていないので、視線は気になるが堂々と村の中を歩き回る事にした。
大通りから見える家は、どこも玄関と思われる扉は閉じているが、家の壁から伸びる煙突からはもくもくと煙が上がっていた。
家自体の造りはエルフの村よりも立派であり、土壁や木の塀など意匠が凝っている。 また、家の敷地内に庭の概念を持って造ってあるだろう、木や石が落ち着きのある風景をかもしていた。
俺はそれらを開かれたそれぞれの家の門から覗いている・・・やはり不信者と思われているか?
さっきから背後から視線を感じる。。
一応、大通りに戻りゆっくりと後ろを振り向いてみた。
「ぁっ・・・!」
背後には子供が居たが、その子は小さな声を上げ、塀の後ろに隠れてしまった。 声は、可愛らしかったが・・・俺の視線は別のところに行ってしまい顔を確認することは叶わなかった。
だって、藁人形・・・、その子に対しては大き過ぎる藁人形が目に入ったのだから。。
一抹の不安で、背筋に一筋の汗が流れた。
まだ陽は出ているが、一気に寒くなった気がする。 俺が不審者として補導される方がまだマシな状況である。 俺以上に向こうの方が怪しいのだ。
子供は塀に隠れたまま。
だが、今も藁人形はこちらを見ている。
抱いていた藁人形の顔だけ、塀から出しているような状況だ。。
藁人形には顔がある。 どう見ても顔がある。 風になびく髪の毛まである。 藁のみで出来ているわけではない、その目が、その口が、動いている。
ただ、服は着ておらず、露出した肌ははっきりと藁だと断言できる。
顔すらもその肌は藁なのだ。
俺の足はその場で固まってしまっていた。
「き、君はだれ? おれ・・・いや、僕は智司だよ。 冒険者をしているんだ。 この村にはさっき立ち寄ったばかりで、物珍しくて周っていたんだけど・・・」
不審な子に対し、最大限丁寧に、かつ怯えさせないように話した。 尻すぼみになってしまいはしたが。。
藁人形はびっくりした表情の後、藁で出来た首を傾け、藁で出来た右手を頬に当てて考え込むような仕草をした。
(こ、こいつ・・・やっぱり動くぞ!?)
塀で見えない足がどうなっているかとか、さっきまで居たはずの子供が後ろに居るはずだとか、どうでも良くなってしまう。
視界にある藁人形の上半身は生きているかのように動いているのだ。
人形劇のような関節が吊られているような動きじゃない。 凄く滑らかで紐も見えないのは分かる。
球体関節人形が動き回るようなホラーを俺は体験している。
あれは磁器だったが、こっちは藁だ。。 こっちの方が呪われそうな気しかしない。
比較的可愛らしく見える顔だが、今は逆にそれが怖い。
人気の無い場所だったが、今はこの世界に誰も居ないのではないかと思わせる程の静けさが襲っている。
脇からも冷たい汗が流れ続け、身震いが止まらなくなっていた。
ゴソゴソ・・・
「・・・うぅー。 サトシ、汗臭い。。。 鼓動すごいけど大丈夫? ふぁぁ〜・・・」
一人という恐怖を拭い去る天使が降臨した。
紅葉が苦情と共に起き出し、胸元から出てきたのだ。
相当冷や汗をかいてるし、昨日は風呂にも入れていない。 なるべくしてなったと言えよう。
そんな事よりも、話し相手が増えた事で、俺の鼓動は落ち着きを取り戻し始める。
「紅葉、あれを見てくれ。 どう思う?」
藁人形を控えめに指し示し、紅葉の反応を伺った。
「ふぁぁ〜・・・、んー? 人形?」
あまり驚かないご様子・・・俺はぽかーんとしているだろう(´・ω・`;)
「そ、そうなんだけど・・・あれ、大丈夫かな。。」
「何もしてこないなら大丈夫じゃ・・・あっ! くぅ〜・・・」
(紅葉ーーー!!!)
不意に喋っちゃダメを思い出したようで、律儀に鳴きマネを始めてしまった。 いや、正しいんだよ? すごく助かる。。 でも、今は・・・今だけは。。
矛盾する願いを伝えるべきか迷っていると、遂に向こうから声がかかった。
「きつねしゃん・・・しゃべれる?」
声と共に、ゆっくりとその主が姿を表す。
その姿を見て、俺はガッツポーズをしていた。
(幼女キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!!!)
栗色でウェーブがかった長めのボブカットの幼女が現れたのだ。
3歳程度か? 短い手足で足取りが危なっかしくて手を出したくなるレベルだ。。 喋りも拙く、庇護欲がそそられる。 紳士として守らねばと。
藁人形は、まるでままごとで使う赤ちゃん役のようだ。
こっちは、黄金色で癖の無いストレートの髪で、緑色の目をしている。 体型としては5等身くらいだろうか? 持ち主よりも大人びて見え、どちらが本体か分からなくなる。
幼女はてとてとと紅葉の傍まで寄ってきて、再び“きつねしゃんっ!”としきりに話しかけている。
当の紅葉は、困っている模様。。 尻尾も垂れてこちらを見上げてきた。
仕方ない。
「紅葉、話して良いよ。 でも、一応遮音しちゃおうか」
僅かばかりの耳鳴りを経て、無音の世界が訪れる。
「わたしは、もみじだよっ! あなたは?」
「わっ! きつねしゃんっ! もみじ? もみじしゃん! もみじしゃん!!」
何やら幼女がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。 尊い・・・
あー、頭を撫でたい! 抱き締めたい!
おっと、涎が・・・ ズズッと、啜りながら衝動を抑え込む。 一応周囲も確認した。
(大丈夫だ、問題無い。 手は出してない)
深呼吸をしてから、俺も幼女に話しかけてみる。
「この子は、僕の仲間の紅葉だよ。 それと、僕は智司。 君のお名前は?」
「・・・ぼく? あやと。 きつねしゃん、すごいっ!」
一応、俺の言葉は聞いてくれているようだった。
というか、ボクっ子か? ボクっ子なのか!? いや、子供の頃は中性的だから、男でも可愛ければっっ!
(ゲフンゲフン おっと、落ち着け。。俺の情熱よ。。。)
まぁ、紅葉しか視界に入ってなさそうだが。
それと紅葉が尻尾を掴まれて、うるうるとこちらを見てくる。 無下にしない方が良いと考えて我慢してくれているようだが、俺にもどうにも出来ないのでそのまま耐えてくれとしか言えなかった。 泣かせるような事になれば、この後が本当にヤバそうである。。
「あやとくん、あやとくん。 紅葉ちゃんが尻尾が痛いって顔してるよ? ほら、男の子は女の子に優しくしないとダメだよ?」
「もみじしゃん、いたい?」
「そうだよー。 あやとくんよりも、紅葉ちゃんはちっちゃいから、そんなに握ってたら痛い痛いだよー?」
初めて、あやとくんがこちらを向いた。
何か紅葉から冷たい視線を感じるが…。
いや、こういう子と話す時はこうなるんだって!!! 言葉にせず何とか叫びは飲み込んで、あやとくんの反応を待つ。
このくらいの歳の子は自分が楽しい事最優先で、周りを気遣う事はまだ難しいだろう。 それでも悩むあやとくんの姿に一途の望みを賭けた。
「わかった。。」
とても名残惜しそうに、あやとくんは紅葉の尻尾を離してくれた。
(超ええ子やー!!!)
抱きしめたくなるが、捕まりそうなので今回も悶える他無かった。
「あやとくんのお人形さん可愛いねー! そう言えば、どうして僕達の後ろに着いてきたの?」
「かわいいでしょー! ゆーしゃんなの!」
ゆーしゃん。。 勇者じゃないよな? ゆーちゃんか? ゆーさんか? やべー…困ったなこれは。 えぇい! “ちゃん”に賭けるっ!
「ゆーちゃんって言うんだ。 ゆーちゃん、宜しくね。 僕は智司。 こっちは紅葉だよ」
人形はご丁寧にあやと君の手から降りてお辞儀をしてきた。
「私は、ユーフィリアと申します。 サトシ様,紅葉様、綾都様共々 宜しくお願い致します」
「・・・・・・。 こ、これはご丁寧にどうも。。 こちらこそ宜しくお願い致します」
(めっちゃ、流暢にしゃべれるん!?)
ユーちゃんことユーフィリアさんは藁人形のようだが、自立できる上に喋れるようだ。 とてもとても、夜には遭遇したくなかった。。。
そんなこんなで予想外に時間を食われてしまい、村の散策は道半ばにして空が赤くなり始めていた。
「おーい! こんな所にいたのか。 探したぞ」
アキラの呼び声が掛かり、振り向くとジンやカッシュもこちらに来ていた。
「申し訳ないけど、呼ばれてるから行ってくるよ。 あやと君、バイバイ」
紅葉と共に、俺はアキラの元へ逃げた。
何故、彼がついてきたのかは分からなかった。 丁寧だけどユーフィリアも怪しく見えてしまう。
もう会う事も無いと忘れる事にした。
「話混んでたみたいだが、良かったのか?」
「問題ないよ、挨拶してたくらいだしさ」
アキラは律儀に後方のあやとへ視線を向けていたが、共に南へと歩みだした。
「取引の方は終わったのか?」
「あぁっ! すっげーぞ、これ見ろよっ」
身を乗り出してきたカッシュが、ジャラジャラとうるさい布袋を向けてきた。
中身を覗くと、見たことの無い金色で立派なコインが6枚あり、後は銀色のまがりせんべい・・・もとい銀貨が沢山。
「金色のもあるんだな。。 これは初めて見たよ」
俺はそう言いながら金貨へ手を伸ばしたが、カッシュに袋は閉じられてしまった。
「これは触らせないからなっ! 取ろうとしたってそうは行かないぞっ」
「見たことなかったから、見たかっただけなんだがなぁ」
「まぁ、その金貨は1枚で銀貨1000枚の価値があるからな。 そうそう見られるもんでも無いぞ」
無知な俺にアキラは貨幣の事を教えてくれたが、銅貨<銀貨<超えられない壁<金貨のようだ。
金貨の中には更に価値のある物もあるようで、日常生活で使う物は銅貨や銀貨で、前にも聞いたが物々交換も頻繁に行われていると。
そんなこんなで、金貨なんて買い物に使おうとすると相手側が釣銭を出せなくなるとの事で、上流階級が高額な物の取引で使ったり銀行に預け、銀貨に変えながら少しずつ使うのが冒険者らしい。
貴重な金貨を取られまいとガルルっと唸るようなカッシュを見ていると、奪いたくなってしまう。。 ワイワイと沈みかける夕日の中、俺はカッシュを追いかけた。
アキラがランタンに火を灯す頃、俺はカッシュを捕まえられず諦めることとなった。。
「そう言えば、どこで野宿する? 焚き火でもしてないと凍えるよな。 やっぱ、森の方に行くか?」
南に行くほど、たくさんの薪からは遠ざかる事になってしまう。 紅葉の魔法頼りの俺は問題無いとして、アキラ達は凍えるだろう。
村の中には燃やし続ける為の薪も大量には無いし、火事の危険すらあるわな。。
「ジンが先に行っちまったが、宿のアテが出来たんだ。 ありがてぇよな。 こっただぞ」
うんうんと、首を縦に振るカッシュの顔は、暗くてハッキリ見えないが、かなり勝ち誇った顔をしているように思えた。 返すつもりだけど、絶対に一度は1枚金貨を取ってやると心に誓い、俺はアキラの後ろに着いて、今晩の宿を目指すのだった。
毎度の通り、追記を重ねる投稿で話を作ります。(数日後かな?