31-3.入村(31日目)
太陽は頂点に達し、冬を忘れさせる陽気となっていた。
予備で持ってきていた柿すらも食べ終え、紅葉の気持ちも落ち着いたようだ。
安堵のため息をついて、俺はアキラ達を追いかける事を伝えた。
村や街に入る場合、通行許可証や身分証明が必要なはずだ。 それが今まで読み続けたラノベのセオリーだし、間違いない!
そんな時に頼りになるのは現地人との関係だろう。 だから、まずは村に入るまではアキラ達と行動を共にするのが得策だと。
「キュー! ♪」
紅葉はひと鳴きして、尻尾を振っていた。
すごい!すごい! そんなに先まで考えていたんだっ♪なーんて、聞こえてきそうな反応だ。
「それじゃあ、飛んで差を詰めようか」
まだ、俺にはリンの魔法がかかっているようだった。 紅葉と一緒なら万が一落下することになっても、死ぬ事はないだろう。
いつも通り鎧の中から紅葉が顔を出し、俺は周囲の木を見下ろせる高さまで飛び立った。
おっ・・・あの荷車は多分アキラ達だな。
村へとつながる川沿いの一本道を進む者は他に見当たらない。 既に村までの道は後1/3といった所だろう。 走ってもこの差は簡単に埋まらない。 ただ、最短距離を素早く飛べる俺達にはこの差は容易に詰めれた。
俺は、荷車から見えないようにカーブが続く地上に降り立った。
「紅葉、揺れるけど我慢な?」
そう言い、全速力で荷車へと追いつくのだった。 さも、最初から走ったように。。
荷車に近づくと、カッシュがこちらに気づいて手を振っていた。 彼が荷車の中に消えるとしばらくして荷車が止まり俺達は追いつくことが出来た。
「はぁはぁ・・・ただいま。。 何とか間に合ったな・・・」
膝に手をついて肩で息をしていると、アキラが水筒を手渡してくれた。
「すまんな、助かった・・・」
水を飲んで落ち着くと、俺は驚愕した。
手に持っている水筒は、サバイバル道具で見るような楕円底で、口元にかけて絞られ、栓はネジが刻まれたキャップだった。 確かに俺も持っているが、あまりに自然に渡され自然に使っていた。 これをアキラが・・・?
「・・・ありがとう、うまい水だった。 それに…良い水筒だな」
俺はそれとなく水筒に探りを入れた。
「そうか? 王都へ行けば簡単に手が入るぞ。 まぁこれから作村にも少しは売っているんじゃないか?」
「同じのは無いだろうけど、あるんじゃねーかな」
アキラの言葉にカッシュが肯定する。
人の住む村は・・・エルフの村とは違うようだ。 あそこは言っちゃなんだが、毎日がなにも装備を持っていないようなサバイバルセリ活だもんな・・・人の住む村への期待が膨らむな。
落ち着いた俺を見て、ジンが再び牛を操り荷車が進み始める。
俺の足取りも疲れよりも期待が大きくなって軽くなるのだった。
道なりに進み続けると延々と続いていた木々が減り、畑・・・
いや、あれは田んぼか!?
俺は荷車を追い越して、少し周りよりも低くなった土地へと足を踏み入れた。
周囲は土手になっていて、刈り取られた株が点々と列をなしている。
乾燥してひび割れた地面もあるが、手で土を摘むと適度な粘土質だと感じた。 慌てて土手を駆け上がり、土手の周囲には水路も作られている事が見えた。
麦にはこんな土地は準備しないはずだ。
稲・・・それも水稲だろうか? 俺の知識にあるのはそこまでだ。
「おーい! 勝手に入るなって、サトシ! 出てこいよー」
アキラに呼ばれて、俺は不法侵入していた事に気が付く。
お米の可能性を前に、俺の衝動は止められなかった。。
俺の奇行に足を止めていた彼へ謝罪し、村の事を聞く事にした。
「この村では農業が盛んなのか?」
聞くところによれば、城への農作物を供給している村の1つらしかった。 1つと言うことは、城の周囲にはこんな場所がいくつもあるという事なのだろう。
畑もあるようだが、森から流れてくる水を使った田んぼが多いらしい。 山や川から流れてくる栄養分豊富な水の入れ替えが可能で、粘土質なこの場所なら、確かに良質な稲を育てられるだろう。
エルフの村のあたりや、自宅の場所はここほど粘土層が無く、稲作に適さず畑以外の使用法は無いと感じていた。
それと、アキラ達も冒険の時以外ではよく米を食べるらしい。
何故、昨日の晩御飯に無かったんだ・・・とボヤいたが、調理が面倒で冒険中はスープや焼き肉が主体だとのことだった。 キャンプ飯でご飯を炊こうというのは確かに手間が掛かる。 人数が増える程に洗い物も面倒になるし、水が自由に使えないとするとこびり付いた米の洗浄も確かに大変だよな・・・俺は経験から納得する他なかった。
「早く村へ行こう!」
俺は米を手に入れる為、皆を急かして村へと向かう。
何か後方で呼び声が聞こえたが、気にせず一番乗りで村へ着いた俺は、結局足止めを食らう事となった。
村の周囲は簡単な柵で囲われている。 少々足をかけて登れば来れられるような2mに満たない高さの柵だ。
それでも村へ入る為の道は、門へと続くこの一本道。 真っ直ぐ走ってきた俺に気付かない訳もなく、ましてや俺も騒ぎを起こしたくは無かったので今に至る。
「だから、先に行くなと言っただろうが・・・」
アキラが開口一番、額を抑えながら呆れていた。
「迷惑を掛けたのう。 こやつは帰りに森でてあった男じゃが問題を起こしたりせん。 わしが保証しよう」
「ジン様がおっしゃるのでしたら・・・。 ただし、入村料は頂きますが宜しいでしょうか?」
ジンは2人の門番へ説明と何かを手渡していた。 入場料・・・か?
俺は大きなトラブルも無く、門をくぐる事が出来た。
「ジン、さっきは助かったよ。 ありがとう。 それと通行料・・・」
「気にする事では無いのう。 弟子達を救ったのはお主じゃ」
ジンの言葉はそこで終わったが、ジンの感謝がこれだと言うことか。 彼なら俺が出る必要がなく、アキラの話を信じれば勝てただろう。 それでもあえて頂いた善意は受け取ろう。
「そうか。 ありがとう。 何かあれば呼んでくれ、今度は俺も手伝おう」
感謝を述べて、次へ繋がる言葉を添える。 彼らとの繋がりはきっと今後にも役立つはずだ。
「それはありがたい。 儂らはここでの取引を終えたら城へ向かう。 途中で狩りを行おうと思っとったから、あいつらの護衛を頼めんか?」
「そんな事で良いのか? 城には俺も行きたかったから、願ったり叶ったりだ」
「そういえば、お主は路銀は持っとるのか?」
路銀・・・お金っぽい物は戦闘でいくつか拾っていた。 確か、ポーチのポケットに・・・。 手を突っ込み、中のコインを引っ張り出しジンへと見せた。
「これの事・・・か?」
いびつな銀色と銅色のコイン。 あれだな、小さくなった亀○製菓のまがりせんべいのようだ。 折れ曲がっているほどでは無いが、日本の硬貨のような高品質では無い。 というか、すぐに偽造出来るのでは?と思えてならないが。
「おぉ、少しばかりは持っておったか」
ジンの反応から、この世界で使える硬貨はこれで正しいようだ。
話によると村に入る時に使ったのは銅貨1枚のようで、一応自分でも払える金額だ。
そして、銀貨1枚は銅貨10枚分になるらしい。
今の手持ちは銀貨8枚と銅貨7枚持っている。 村の中での買い物が楽しみだ。
「儂らは依頼の報告をしてくるが、しばらく待っていてくれんかのう?」
「あぁ、村の中周ってるから気にしなくていいよ」
ジン達を見送り、俺は一旦門へと戻る事にした。
門は、木の柱の上に申し訳程度の屋根が付いた簡素な物だ。
もちろん扉すら付いてはいない。
村の周囲には田んぼがあって、森から村は離れているので周囲の見通しは良く、見上げれば門の上には物見櫓があったので、一応周囲の警戒がしやすいようになっていた。
「おっ? 門がどうかしたのか」
門番の一人が、門わきで見上げている俺に気さくに声を掛けてきた。
「いや、初めて見た物だから気になっちゃっただけですよ・・・」
本当に何となく見ていただけなので、警戒させてしまったと反省する。
「あー・・・この門も最近作り始めたところなんだ。 今後は扉も付いてもっと立派になるはずだぞ。 君はどこから来たんだ? ジンさんが確か森で会ったと言っていたか・・・」
「そうですね。 森の中で暮していた所をジンさんに着いてきて城へ行く途中です。 今は、別行動しているので村を見て回ろうかと。」
「ほぅ。 しかし、何も無い村で退屈していたからここに来たってところかな?」
慌ててそんな事無いと否定するが、あっはっはと笑う門番は楽しそうに村の事を話してくれた。
どうにも向こうも暇だったようだ。
すっかり遅くなっていた自己紹介を経て、村の事を教えてもらった。
近頃は森の中から獣やモンスターが村の近くまで来る事があるようだ。
実被害には至ってないようだが、農夫の村人達も不安視していて門や柵を作るようになったらしい。 農作業の合間、特に今時期は冬籠りの作業も落ち着いて男手に余裕が出来ているので、柵の拡張をこことは反対側で進めているようだ。 森に近い側を優先し作業しているとのこと。
村の中には商店と呼べるような場所は無く、また宿も無いようだ。
基本的にこの村は、通過点であり補給関係も物々交換が主体のようで硬貨での購入も可能だが、総じて割高になってしまうらしい。
村の中で硬貨の流通は悪く、城に行けば対して硬貨の価値が上がるようだ。
村としての外貨収益は、城への農産物の出荷であり、またたまに訪れる入村者の通行料らしい。 というか、村に入らず脇道を通れば入村料など不要なようで、払うような奇特な人は少ないと再び笑っていた。
門番へお礼を伝え、俺は村の中を散策させてもらう事にした。
ここは小さいと言っても、エルフの村より大きい。
新しい発見に胸を踊らせるのだった。