31-2.発見(31日目)
談笑しながらの朝食も終わりかけたところで、外に出ていた紅葉が俺の頭の上に飛び乗り・・・
「いたっ、痛いって紅葉っ! や、やめっ」
きゅーきゅーと鳴きながら、爪のある前足で頭を叩いてくる。
これが痛いのなんのって・・・少ない髪の毛がっっ
あっ! 一本ひらりと髪の毛が舞って地面へ。。
「紅葉っ! やめろっ!」
俺は頭から下ろし、掴み上げたまま強く言い放っていた。
びっくっとした紅葉が手の中でバタバタして、俺を振り払ってカッシュ達の足元へと行ってしまった。
い、言い過ぎたか・・・出してしまった言葉は、取消せないか・・・
紅葉はピンッと尻尾をを立て、毛を逆立てていた。
「キューーッ!」
吠えるように高らかと鳴くと、前足をビシッと伸ばしてバンバンと地面を叩き出す。
カッシュの足元で・・・だ。
俺はもちろんの事、カッシュら3人もポカン・・・としていた。
爆発寸前な姿を見て、俺は気付いてしまった。
カッシュの足元には、舐めつくされ薄皮のみになった柿の残骸が。。
そして、紅葉は甘い物が好きだ。 俺のガマズミは一つ食べて吐き捨てるくらいに俺と好みは違う。
これは、あれか? 何で自分の柿がないのかと・・・
スープ飲み終わる前にカッシュは2個目の柿を食べてたからな・・・紅葉は十中八九、自分にもあると考えていたのだろう。 いつも俺が準備する時はそうしてたものな。。。 咄嗟のことに、カッシュにあげてしまったことを悔やんだ。
「ジン! まだ柿は実ってるか!? 今すぐ柿のある所を教えてくれ!」
俺は後先の事は置いといて、ジンに柿を見つけた場所を確認する。
まだまだ残っている事と、まっすぐ奥に進めば良いだけのようだった。
「皆は先に出発してくれ! これは俺の問題だから!」
彼らの返答を聞く前に、俺は森の中へ駆け込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「お、おぃっ!? サトシッ!」
「行っちまったな・・・。 アキラ、出発するか?」
俺の呼びかけは無視されたようだ。
サトシが言ったように、俺達は出発するべきだろうか? 元々仕事で来ているのだから、仕事優先してくれた事は感謝に値する。 そうする事が正しいとも・・・
だが、恩人を一人置いて進んで俺は後悔しないだろうか?
答えは決まっているが、それを肯定するだけの言い訳が思い付かなかった。
カッシュの馬鹿野郎が、そのまま言葉通り受け取っている事を今は羨ましく思った。
「カッシュの言う通りじゃのぅ。 アキラ、出発の準備を始めんか」
「だが、ジンッ!」
2:1で俺は少数派となった。
俺は渋々出発の準備を始める他なかった。 荷車は今日の昼頃に村へ着く必要があった。 想定外の狼襲撃で予定は遅れているのだ。
時間厳守・・・これが守れなければ契約不履行となって、仕事の斡旋も減ってしまうだろう。 想定外のトラブルなんて過程は無視される。 結果が全てなのだ。
だから分かる・・・サトシの言葉は正しいと。
準備を終え、出発するが焚き火はそのまま残しておいた。
サトシの狐が火を消そうとすると攻撃的だったからだ。 退けようにも素早く避けられて共に出発する気は無いようだ。
柿1つに何をそんなに慌てて・・・と最初は思ったが、身のこなしや魔法が使える事を考慮すると、どちらが上かは何となく想像できた。
(苦労・・・してるんだな。)
ジンは牛を進め、カッシュは荷車に乗り込み後方を警戒し始める。
いつもの隊列だ。 遅れないよう俺も荷車の先頭へと走った。
ーーーーーーーーーーーーー
キャンプ地から、鈍足な荷車が見えなくなった頃・・・
「サトシのばーか。 何でわたしの分無いのっ!」
赤いの酸っぱくて美味しくないのに、オレンジ色のやつずっごく甘い香りしてて・・・。 沸々と食に対する怒りは沸きだして冷めやらない。
喋っちゃ駄目だとか、使う魔法も制限とかいっぱい言う事聞いてるのにっ!
それに、二人きりの冒険の筈だったのにっ!!
わたしは思ってたの。
久しぶりに2人きりを満喫できるって。 ここには、アリスもリンも居ない。 サトシを守れるのはわたしだけだし、アリスからリードする為には今の状況は千載一遇のチャンスなの。
サトシはアリスの為に冒険を始めてる・・・わたしがそうなっても同じようにしてくれるのか不安。 アリスのようにサトシと夜な夜な過ごす事も出来なかった。
わたしはアリスに負けてたの。 ライバルだけど、同じ立ち位置にわたしは居なかったから。
こんな・・・喧嘩なんてしたくなかったのにな。。
我慢続きで癇癪を起こしてしまった事に、焚き火が消える頃にわたしは思い至った。 地面には日が差し込んできて温かい。
今になって、ごめんなさいって言いたいけど、もうここには謝りたい相手は居ない。
わたしはもう一眠りして、サトシの持ってくる甘いのを待つことにした。
考えてもどうにもならないと悟って。
――――――――――――――――
生い茂る森の中を俺は最短ルートで進む。
カーテンのような蔦も張り出した枝も…、目的の柿の木を目指して邪魔な物を薙ぎ払う。
身体強化が無い今、この剣だけが救いだった。
「はぁ・・・はぁ・・・あれか・・・」
息が落ち着くのを待って、俺は顔を上げる。
森の中にポツンとオレンジ色の実をつけた寂しげな木を見つけたのだ。
既にほとんどが落葉して、枝と柿をぶら下げただけの姿だったのだ。
とても悲しくなる・・・
(俺の頭もその内にこうなるのだろうな・・・)
遠くない未来を胸に、俺は重い足を上げて木へ進む。
背の届く範囲には柿は無く、剣を使って落そうものなら、この完熟柿をキャッチした時にぐちゃぐちゃに飛び散るだろう。 糖分が多いから乾いた時のベタベタ感が半端無いはず。。
それに嫌いな食べ物なのでそんな状況は避けたい…。
「・・・あっ!」
木に登ろうと思ったが、冷静さを取り戻した頭が飛ぶ事を思い出させた。
まだ効果は切れていないかも知れない。
それに登る前提で、そのバックアップとして飛翔すればいい。 着地しやすい場所を確保して幹を抱きかかえるようにして飛翔を始める。。
飛ぶというよりも、命綱でも付けて木に登る感じだ。
垂直な幹を登り、太い枝を跨いで柿の残っている枝へと手をかける。
コンコン・・・ ピシッ・・・バキッ!
ナイフで枝に切れ込みを入れて、そこを支点にゆっくりと折った。 無理やりに勢いよく追っては、この軟弱な柿爆弾が飛び散る羽目になるのだ。
まだ飛べる事が分かったので、着地地点へと降下しようと太い枝の上に立った時・・・
キラッ
森の奥に何か輝く物が見えた。
柿の木からさらに奥、距離にして300mはあるだろうか? 何か大きな物を持った人が居るようだった。
一度俺は地面へと柿を降ろして、改めて飛び立ち柿の木の上から凝視する。
あれは・・・ハンマー・・・? 持ち主よりも大きなハンマーが揺れ、その部分に陽が当たって輝いていたようだ。
その隣にはもう一人、手を伸ばして、何か振って…何かをしている。
彼らの先には、3人ほど跳んだり回ったり、手を広げたり足を開いたり・・・
(あれ・・・踊ってるのか?)
耳を澄ましても、自然音以外聴こえてこない。
森の中でポツンとダンスレッスンでもしているようだ。。 怪し過ぎてあまりお近づきになりたくなかったので、見てしまった事は記憶の彼方に追いやって、俺は紅葉の待つ河原へと向かう事にした。
今は紅葉以上に優先する事は無い。
「ただいまーっ! 紅葉の分、確保していなくてごめん!」
俺は森を出るなり、すぐに声を掛けた。
紅葉なら、遠くても聞こえるはずだ。
彼女はペットじゃない。 今は確かにペットを演じてもらっている。
それでも、1人として扱っていなかった自分の失態を謝罪する為に。
聞こえているはずだが、動き出してこなかったので近寄ると。。
「すぅー・・・すぅ・・・ もっと、もっと。。食べたい・・・ 」
夢の中でも紅葉は腹を空かせているようだった。
「柿、採ってきたよ。 ほら、起きて。」
優しく頭を撫でながら、懸命に声を掛ける。 寝起きを少しでも害さないように…
そして鼻先に柿を近づけて、匂いでも釣る作戦だ。
「・・・ふわぁ・・・ おやつのじかん・・・?」
「うん、おやつの時間だよ。 遅くなっちゃってごめんな?」
「・・・っ!! くぅーん・・・」
急にとってつけたように、紅葉が喋るのをやめて、手に顔を擦り付けながら鳴き始めた。
「ごめんね。 紅葉は悪くないよ。 柿、楽しみにしてたよね。 早速食べる?」
頭を撫でながら、握ったら潰れてしまいそうな柿を皿に置く。
「キュッ! ・・・クゥ。。」
嬉しさ半分、戸惑い半分かな?
完熟柿の扱いに困ってるようだった。 いつものように前足で掴もうとするとぐにゅっと形が変わるほどだ。
俺は柿のお尻にナイフで✕の切れ込みを入れて、皮を開く・・・透明感のある茶色に近い果肉が顔を出す。 スプーンを挿せば掬える柔らかさ。 それを紅葉の口元へと運んだ。
「ほら、あーんして」
「キュッ♪ ・・・あっまーい♫ ねぇ、サトシッ! すっごく甘くて美味しい!! あっ!Σ・・・」
目をキラキラさせながら興奮した紅葉は、またも急に黙ってしまった。 これからの事を考えるとこんな中途半端じゃ先が思いやられるな・・・と考えつつも俺は紅葉の笑顔がやっぱり好きだ。
無理をさせている事を自覚しつつ、俺も笑顔でスプーンを紅葉の口へと運び続けるのだった。
ーーーーーーーーーーーーー
森の中でぽっかりと拓けた一画には、見てみぬふりをされた3人のエルフが一糸乱れぬ動きをしていた。
彼らの視線の先では、少女が指揮棒を振っている。
彼らの周りには遮音結界が貼られ、外には音が漏れないよう守られているようだ。
しばらく時が流れ、指揮者の少女が手を下ろすと
エルフ達は力なく人形が崩れるようにへたり込んでいた。
頭痛が酷いのでzZZZ