31-1.果物付きの朝食(31日目)
空に浮かぶ雲が、赤く染め上げられていく。
欠伸をしながらカッシュは同じように染まる焚き火を眺めていた。
「陽が昇り始めたかー・・・」
パチパチと音を立てる焚き火に薪を追加して火を強くする。
沸き出した鍋を持って荷車へと入っていった。
赤い雲がオレンジに、黄色に・・・そして次第に白へと変わっていく。
同じくして空も黒から青へと変わり始めていた。
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ふぁー・・・
周囲はまだ薄暗く、寝ぼけ眼には優しい明るさだった。
今日も早起きか。
日照に左右されやすい生活を始めてそろそろ1ヶ月か?
早寝早起き・・・もとい、睡眠時間だけを考えれば寝過ぎかと思えるほどだ。
そのおかげもあってか、寝起きはとても良い。
皮の上に寝ている程度だから、体の節々が痛くはあったが少し体を動かせば解れるだろう。
それよりもまずは・・・
胸当ての中を覗くと、毛玉が見える。
もちろん紅葉なのだが、寝返りを打った事すら気に留めず起きる気配は無い。
諦めてこのまま動き出すべきか、取り出して革に包んでおくか、一緒にこのまま寝続けてしまうか・・・
(一緒に起きるなんて選択は浮かんでこなかった)
俺は・・・
このまま起きる事にした。
カチャカチャと音を立てながら、アキラ達は既に起き出しているのだ。
かまどに視線を向ければカッシュですら、あくびもせずに湯気の立つ鍋の世話をしている。
朝食だろうか? 朝食だよな・・・
ジンの姿は見えないが、それぞれが朝のひと仕事に勤しんでるのに。
休んでなど居られなかったのだ。
それに俺は紅葉を信頼している。 起きる訳がないし、起こさない方が良いと。
それが信頼という言葉であっているかはかなり微妙だが。。
軽く伸びをして、薪やらを集めて周るアキラへと声を掛けた。
「おっ! まだ寝てても良いぞ? それともサトシも薪拾いするか?」
「おはよう、アキラ。 あぁ、寝てばかりもいられないさ。 これも拾っとくな」
足元に転がっていた薪を拾い上げ、腰をかがめたまま次の薪へと手を伸ばした。
「おぃおぃ! 冗談だったんだがな・・・ それ持ってカッシュの所へ行くか。 これだけあれば充分過ぎるだろう」
2人でカッシュの元へと向かう。
彼は今日も料理当番のようだった。
「しっかし、サトシは律儀過ぎないか?」
ぶっきらぼうに言いつつ俺から薪を、奪っていった。
「アキラの方こそ大概だろっ?w」
両手を頭の後ろに回して笑いながら話す。
何だろうな? 出会ったばかりだけど、気が許せる同性ってのは良いな。
可愛い異性や動物ばかりだったからな・・・
(シンとシュナイダーは同性だったが、年齢の問題かね・・・)
「おーい、カッシュ! 追加の薪持ってきたぞー」
「待ってたぞ・・・って、多すぎるわっ!」
積まれた薪山から声が返ってきた。
座っていたカッシュが隠れる程に積まれた薪山だ。 そりゃ多いわな。。
「これだけあれば、温かくもなるだろ?」
「そりゃなー・・・どれだけデカイ炎上げたいんだよ。。」
寒い朝方を少しでも温かくしようとするアキラの心意気のようだった。 いや、単純に炎が見たいだけか? アキラはかまどの中に薪を突っ込み始めていた。
「おはよう、今日は何かな?」
「お前ら。。はぁー・・・って、誰だこんなに火を強くした奴はっ!?」
鍋の中を覗き込んで朝ごはんを期待した俺へか、はたまた薪ばかり集めた俺達に対してのため息かは区別がつかなかった。
それよりも激しく燃える薪の炎が、置かれた鍋を包み込んでいた。 火力過剰なんてレベルをとうに超えている。
今朝スープのようだ。
透き通ったスープの中に、肉や野菜が見えた。 素材の雰囲気から塩やコンソメが欲しいが、俺がでしゃばる事では無い。 カッシュの手料理が完成するのを談笑しながら待つことにした。
鍋からは真っ白な湯気が立ち昇って、冬の寒さを物語っている。
アキラもカッシュも炎のそばに寄って身震いを時々していた。
俺はというと、寒さとは無縁だ。 今も紅葉の魔法が効いているからこそ、周囲へゆっくりと見渡せる余裕も出てくる。
「そう言えば、ジンの姿が見えないようだけど、どっか言ってるのか?」
荷車を引く牛は、今は道草を食っている。 文字通りだ。
ただ、その周りに見当たらないし、もちろんこの焚き火の周りにも居なかったのだ。
「あー・・・いつもなんだよ。 ジンは朝は果物が食べたいらしくてな。。 朝早く森に入ってるぞ」
アキラが、1人で森に入っているジンを心配する必要ないと、気に止める必要はないと説明してくれた。
「本当に心配することないぞ? 俺らが束になってもジンのがつえーからなぁ・・・ 昨日だって、俺らの成長の為だと言って放置されたんだぜ? 多分、死にかけたら助けてくれただろうがなー・・・」
アキラとカッシュの目に影がかかっていた。。
本当のようだ。
コポッ アツッ!?
煮立つ鍋から大きな気泡が浮かんで、水面で弾けて周囲に飛び散った。
死んだ魚のような目をした2人も熱湯で正気を取り戻したようだ。
「この辺りまで来ると森の木の実も充実しとるのう」
ジンが枝を手に持って、こちらに歩きながら声をかけてきた。
濃いオレンジ色の実が4つ付いた枝と、赤い小さな実がいくつも付いた枝の2本だ。
今まで森の中で見たことない物のようだ。
それほどエルフの村から離れてはいないはずだが、生息MAPの範囲が切り替わったのか?
一応、俺もみかんとペアーチを持ってきているが、分け与える必要は無さそうだ。
「おっ! 柿の時期か。」
「完熟じゃん! よっしゃー♪」
アキラとカッシュが、ジンの持ってきた枝を見て歓声を上げていた。
濃い、かなり濃いオレンジ・・・
ジンが到着して、俺は柿を改めて確認する。
予感は的中し、俺は柿を丁寧にジンへと返した。
オレンジ色が濃く、透明感も感じる柿だったのだ。 柿は完熟すると透明感のある赤に寄ったオレンジ色になる。 柿の皮は元々薄いのに熟した柿は果肉がトロトロになり破れやすい。 そして、そうなった柿の糖度は格段に上がる。 干し柿を食べた事がある人ならばある程度想像がつくだろう。 あいつら糖分が析出するくらいに甘くなるのだ。
しかし、野鳥に突付かれ食べられる事も多いが、ここまで熟した柿が枝に実ったまま放置されているのには驚く。 鳥や小動物が少ない・・・と言うことか。
「お主はいらんのか? これほど熟れた柿は美味いぞ」
「要らないなら、俺がっ!」
ジンは柿を俺に勧め、それを聞いたカッシュは間髪入れずに求めてきた。
まずはさっき作ってたスープを飲むべきでは?と思うが、皆柿にかぶり付いてしまっている。。
「すまないが俺は遠慮しておく。 カッシュ、欲しいなら上げるよ」
「柿は苦手だったのか? 珍しい事もあるもんだな。 こんなに甘くて美味いのに」
アキラまでそんな事を言ってきた。 ぐちゅっと潰れた柿の果肉を頬に付けた状態で。。
柿は嫌いじゃない、むしろ好きだと言える果物だ。
だが、完熟柿は好きじゃないだけ。 ヌメヌメとドロドロとしたまとわりつく様な甘さの完熟柿が嫌いなだけだ。
農家の生まれなので、もちろん柿の木が家にはあった。 完熟柿を祖父母から進められることもあったが、嫌いだと言って断っていた。
個人的に、柿にはカリッとシャキシャキした食感がある黄色い柿が好きだ。 というか、良く実家の柿を食べる時は色づき始めた黄緑色の柿を好んで食べていた。 甘さは熟れた物より当然落ちるし、渋柿で無くとも若干の癖がある味をしている。 変わりに、ゴリゴリとさえ表現できる食感がそこにはあるのだ。 そう言えば、桃も早採りして硬くゴリゴリした実をかじるのが好きだったりする。 多分、俺は食感の無い果物が・・・いや、バナナは好きだったな。 どうにも中途半端な好き嫌いのようだ。
柿をかじるのでなく、吸うという表現が正しそうな3人を見ながら、俺は赤い小さな木の実に手を伸ばした。
「ジン、これ少しもらっていいか?」
赤い実を摘んで口の中に放りこんだ。
口の中で転がしても味は無い。
カリッ
歯は薄い表皮を破り、すぐに硬い部分に止められた。 果肉は少ない・・・
しかし、舌の上にはザクロのような爽やかな酸味と後味には甘みが来きた。 これは良いな、完熟の柿とは違って俺好みの味だ。 枝から2粒、3粒と摘んで口に入れていく。 朝食にこの酸味はとても良い・・・俺はスープの事など忘れて枝から赤い実を頬張るのだった。
「そっちは気に入ったようじゃな?」
柿を食べない俺を気にしてか、もっと食べれば良いと枝を差し出して隣へ座った。
「酸味は強いけど、ほのかな甘みが良いですね。 どうにも柿の甘さは苦手で。。」
「そうだったんか・・・この時期にあんな甘い物は他に無いから重宝されてるんじゃがな。 お主にはそっちのガマズミが口に合ってるんなら採ってきたかいがあったのう」
「ガマズミ・・・これ美味しいですよ! 酸味が体に染みるというか、朝には特に!」
俺は、目を細め嬉しそうなジンにガマズミの美味しさを力説する。
だって、すごく好みの味なんだ。
「逆にカッシュのやつはこれが苦手でな。 柿と分けた事にしてこの枝のも食べるといい」
カッシュの了承は得ず、俺はガマズミの付いた枝を一本もらい受けるのだった。
「ジンも、サトシも朝飯にするぞっ!」
アキラとカッシュが、俺達を呼ぶ。
やっと、ちゃんとしたスープの時間となったようだ。
干し肉と野菜を煮込んで塩で味付けただけの簡単な料理のようだが、ちゃんと塩の味がした。 昨日の串もそうだが、俺は塩を渡していない。 と言う事は彼らは調味料として所持しているということ。 柿に対してあれだけ貪欲だった事を思うと、塩よりも砂糖の方が貴重なのか?
俺はそんな事を考えながら、熱々で湯気を建てるスープを味わうのだった。
ただ、干し肉は冷まして紅葉に与える他なかったが。。。
ご飯時になると起きるんだから。。。
今日はちょっとずつ追記予定。