悪魔くんとクリスマス・ラプソディ
子どもの頃からクリスマスなんて大嫌いだった。
だれもいない暗い家。ラップのかけられた冷たいご馳走とクリスマスケーキ。『いい子でお留守番しててね。メリークリスマス』というメモが添えられたプレゼント。あたたかい、楽しい思い出なんてひとつもない。
涸れ果ててしまった涙を数える、ひとりぼっちの夜――これからもずっとそうだと、思っていた。
「メリークリスマース!」
ぱぁん! とクラッカーが弾け、色とりどりの紙テープと紙吹雪が降り注ぐ。トナカイの角とピエロのような赤い団子鼻をつけたメフィストフェレスが、「いえーい!」などとVサインを突き上げていた。おまえは合コンでほろ酔い機嫌の大学生か。
「ほらほら、どうしたのサンタさん。テンションが低いですよ!」
座卓に足を乗せるな、足を。わたしは肩に積もった紙切れを無言で払い落とした。
「もー、どうしちゃったのよこの子は。何がそんなに気に入らないのかな〜?」
「……メフィスト」
「んー?」
わざとらしく耳に手を当てている悪魔に、にっこりと笑ってやる。
「おまえ、超うざい」
「ひど! とーこたんてばひど! こんなに俺が一生懸命盛り上げてるのに!」
「とーこたん言うな! いい年こいた悪魔がかわいこぶるんじゃない。気色悪いわ! だいたいこんな格好させられて喜ぶやつがどこにいる!?」
「いいじゃん、似合ってるんだし。赤いミニスカから覗く真っ白なふとももに、不肖このメフィストフェレス、思わずハァハァしちゃ……」
「――っんの変態!」
座布団代わりに敷いていたクッションを力の限り顔面にお見舞いしてやると、赤鼻のトナカイはくぐもった奇声を上げて背中から倒れた。一生そのまま沈んでいろ。
ため息とともに重い視線を落とすと、半ば剥き出しの太股が目に飛びこんできた。慌ててミニスカートの裾を引っ張る。
夜の街にきらびやかなイルミネーションが浮かぶ十二月二十四日。我が家では居候の主張によりクリスマスパーティーが催されていた。ふたりっきりというのはいつものことだ。しかし、なぜサンタクロースの衣装を身につけなければならないのかわからない。しかもグラビアアイドルがバラエティ番組で着るような、きわどいデザインの!
顕になった肩と腕、おそろしく丈の短いスカートが季節感をまるっと無視している。ふわふわの白いファーでかわいらしく縁取られていたりするが、まったく意味がない。寒い、寒すぎる。
ハロウィンで味をしめたのか、最近メフィストフェレスの変態ぶりがアクセル全開で加速している気がする。悪魔の生態がわからなくなってきた……。
「かわいい娘がかわいい服を着るのは自明の理だろ」
起き上がったメフィストフェレスがクッションを弄びながらぼやく。ああもう、何を言うのか!
一気にのぼせたわたしは座卓に突っ伏した。
「おまえ、最近おかしいよ……」
「いやいや、こんなもんでなめてもらっちゃ困るぜ」
お願いだからなめさせてくれ。ご馳走に手をつける前から胸までいっぱいで倒れてしまいそうだ。
本当は、知っている。
だれかと一緒に過ごすクリスマス。くだらない、笑ってしまうような馬鹿騒ぎ。優しい悪魔からのクリスマスプレゼント。
わたしは腕に顔を伏せたまま呻いた。
「……わたしのこと甘やかしすぎだ、おまえ」
「いいんだよ、今までずっと我慢してきたんだから。まだまだ足りないくらいだ」
三角帽子越しに頭を撫でられる。ちらりと視線だけ上げると、くすぐったいほどやわらかな微笑みが待っていた。
使い古された陳腐な言い回しかもしれないけれど、目に映るすべてがきらきらと輝いて見える。夜空から星屑が降ってくるような、忘れていたはずの涙が滲むほどのまばゆさ。
もう寒くない。寂しがらなくていい。
わたしのサンタクロースは、ここにいる。
「メリークリスマス、陶子」




